第83話 褐色の巨人
「ロジェ将軍、部隊の再編がもうすぐ完了します」
「再編が完了したらすぐに出発だ。作業を急がせろ」
「了解しました」
遠征軍の総大将ロジェ将軍は、部隊の再編状況を確認し終えると空を見上げた。
青い空の中に黒い小さな点が見える。
今回の遠征の目的の一つ。空飛ぶ船である。
グレース平原に現れた空飛ぶ船は、五人の魔術師による反浮遊魔法により大地へと引きずり降ろされた。
そしてこの日のために特別な訓練を積んだ十八名から成る部隊が、船の内部へと侵入していった。
後は船の主であるタツヤ皇帝を確保もしくは殺害して船を奪い取れば、遠征軍の任務の半分は達成だ。
だがそんな思いを打ち砕くように、一人の重騎士が我が軍勢の中に飛び込んで来た。
青い兜と鎧の重騎士は大剣を振りかざし、反浮遊魔法を発動していた五人の魔術師に襲い掛かった。その結果、魔術師のうち三名は死亡し、残り二名は連れ去られた。
魔術師による反浮遊魔法が止まったことで、空飛ぶ船は空高くへと舞い戻ってしまった。
いつまで経っても船が降りて来ないのを見ると、船に侵入した部隊の皇帝捕獲は失敗したようだ。
空飛ぶ船は地に落ちた際、船底の武器らしきものを全て失っている。
あの船は無力化された。敵対していてもお互い手出し出来ない存在になったのだ。
であれば我々はアルビナ王都攻略に全力を振るえばいい。
王都攻略の先鋒を担うはずのルーベック将軍が敵に捕らえられてしまったのは痛手ではあるが、他にも有能な指揮官は大勢いる。致命的な損失ではない。
「将軍、準備が完了しました。いつでも出発できます」
「よし! これよりアルビナ王都に向け……」
ロジェ将軍が進軍の号令を出そうとした時、彼の周囲に多数の何か大きな物体が落ちて来た。
「何事だ!?」
応える者は誰もいない。気が付けば将軍の周囲にいた騎士たちは皆、地面に崩れ落ちている。
空から落ちてきたのは青い甲冑の重騎士だった。
それも一人や二人ではない。数十人もの重騎士が将軍の周囲をぐるりと取り囲んでいる。
ロジェ将軍はその光景を目にして、剣を引き抜く事も忘れて立ちすくんでいた。
重騎士の一人がロジェ将軍に近づくと将軍の体を押さえ込み、力ずくで地面に膝を付かせた。
別の重騎士がロジェ将軍から素早く武器を取り上げる。
「貴様ら、止めんか! 何をするか!」
周囲を取り巻く重騎士たちを掻き分け、赤い鎧に身を包んだ一人の男が進み出てきた。
重騎士の一人が将軍の後頭部を掴んで、額を地に押し当てた。
「皇帝陛下の御前である。頭が高い」
ロジェ将軍は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「貴様が皇帝タツヤか! のこのこ敵陣の真ん中に乗り込んでくるとはいい度胸だ!」
「威勢のいいセリフだが、土下座しながら言われてもな……。おい、頭は放してやれ。年寄りは労わってやらんとな」
重騎士がロジェ将軍の頭から手を放して後ろに下がる。
ロジェ将軍は頭を上げ周囲を見回した。だがホルスの騎士たちは皆倒れており、視界に入るのは全て青い鎧の重騎士だけだ。助けは来そうにない。ロジェ将軍は唇を噛みしめた。
「それで、お前がロジェで間違いないな?」
「ああ、儂がジェラール・ロジェだ。この遠征軍の総大将だ」
タツヤ皇帝は黙ってロジェ将軍を見下ろしたまま、口を開こうとしない。
何か思案しているように見える。
沈黙に耐えきれなくなったロジェ将軍が口を開いた。
「儂をどうするつもりだ?」
「お前には既に降伏勧告を行った。それに対する拒絶の返答も受け取った。このまま全員殺してしまっても問題は無いが……」
タツヤ皇帝の顔が険しくなり、ロジェ将軍を睨みつける。
「ここに来る前、南の街に寄って来た。街の全住人が殺されていたんだが、あれはお前の命令か?」
「…………」
ロジェ将軍は固く口を閉ざして返事をしない。
「ふむ。沈黙は肯定と解釈しよう。ではお前は生かしておいてやる。あの街の惨状について全てを吐いてもらわないといけないからな」
「儂は何も言うつもりはない。さっさと殺すがよい」
「ジェラール・ロジェ。ホルス王国バルマール領の元領主。若い頃は数々の戦いで武勲を上げた英雄だそうだな。現在は長男に家督を譲り隠居生活のはずだが、それが何で遠征軍の総大将に収まってるんだ? 国王かその周辺から要請があったのか?」
「…………」
タツヤ皇帝は重騎士の一人を呼び寄せた。重騎士は手に何か黒い板を持っている。
「これを見るがいい」
重騎士の持つ黒い板に、小さな城が映し出された。
「何だその板は? 何だ? 絵が、絵が動いておる……」
「これは遠くの風景を映し出す魔道具だ。驚くのは無理ないが、今はこの板じゃなくて映っている風景の方を気にして欲しいな」
「これは……、これはバルマール城ではないか!」
「そうだ。かつてのお前の城、今は現領主であるお前の息子の城だな。今現在、お前の息子や孫たちがこの城の中にいるのは確認済だ」
「……貴様、何を企んでおる」
タツヤ皇帝がニヤリと笑った。見る者の背筋を凍らせるような冷たい笑いだった。
「お前は自分が死ぬことを恐れていない。息子に家督を譲って隠居の身だから死んでも構わないと思ってるだろ。死を恐れぬ者に『殺す』などという脅しは効かん。だが相手がお前の息子や孫ならどうだ? お前が俺に膝を屈しないなら、息子たちや五人の孫たちの命は露と消える。それでも俺に逆らうか?」
「刺客でも放ったか! だが城の警備は厳重だ。そう簡単に侵入は出来んぞ!」
「侵入? そんなことする必要は無い。俺がアルビナ王城を瓦礫の山に変えたことは知ってるだろ。バルマール城にも同じことをするだけだ。簡単な話だ」
「ハッタリだ。貴様の船はもう力を失っておる。空に浮いているだけで手出しをして来ないのがその証拠だ」
タツヤ皇帝が青い空に向かって指を差す。その指先には黒い小さな点がひとつ。
「見えるか? あれが俺の空飛ぶ船だ」
「見えておる。儂らにとって、あの船はもはや脅威ではない」
「じゃあむこうのは何だと思う?」
タツヤ皇帝が別の方向を指差す。ロジェ将軍がその指の方向に目を向けると、そこにも黒い小さな点が……。
ロジェ将軍の目が見開かれた。
「確かに俺の船は無力化された。だが、なぜ俺の船が一隻しかないと思ったんだ?」
皇帝が空を指していた指をパチリと鳴らした。それと同時に近くで大きな爆発が起きた。
周囲を取り囲む重騎士たちが壁となり、爆発のあった地点は直接目視出来なかったが、爆発音に混じって人の悲鳴がはっきりと聞こえた。
「見ての通り、こちらの戦力は未だ健在だ。バルマール城の上空にも別の船が待機している。俺の合図でバルマール城は瓦礫の山となる。中にいる人間もろともだ。お前が逆らえば一族郎党滅び去ることになる。ホルス王国の歴史からバルマールの家系は消え去るんだよ」
「貴様……、この人でなしめ!」
「お前がそれを言うか。まあいい。決断しろ。降伏か、それとも滅亡か。好きな方を選ぶがいい」
ロジェ将軍は鬼の形相で皇帝を睨みつけていたが、やがてその首がガクリと垂れた。
「貴様の勝ちだ。好きにするがいい」
◇◇◇
ここはホルス王国の王都。
その中央地区に立つ白亜の王城の一室で、ホルス王国の国王ルートヴィヒはホルス軍の作戦参謀から戦況の報告を受けていた。
「攻略軍のうち、アルビナ王国のヴァルス砦とタムール砦に向かった部隊は、山中でアルビナ軍の足止めに成功しています。クレスト砦に向かった部隊は進軍を続けギナンの街の手前で陣を張っています。ギナンの街に入ったアルビナの騎士団は街の防衛に徹するようで、出てくる気配はありません」
「クレスト砦に向かった部隊の進軍が速すぎではないか? あまり押し過ぎてアルビナの騎士団にギナンの街から逃げ出されると後が面倒だ」
「大丈夫です。このタイミングなら逃げ出した騎士団がどう動こうと、アルビナ王都の攻略には影響ありません」
「そうか、なら良いが。それで肝心のロジェの遠征軍はどうなっておる?」
「少し前に入った情報では、グレース平原で敵の一団と交戦。空から船が降りてくるのを確認したようですが、その後の連絡はまだ届いておりません」
「おお、やはり予知は正しかったか! 空飛ぶ船か。早く儂も見てみたいものだな。続報が入り次第すぐに知らせよ」
「かしこまりました」
作戦参謀が退出すると、ルートヴィヒ王は玉座に深くもたれかかった。
(もうすぐ空飛ぶ船が手に入る。アルビナ王国を落とし空飛ぶ船が手に入れば、もう儂に怖いものはない。近隣諸国を従え統一するのも夢ではない)
ルートヴィヒ王は顔に浮かぶ笑みを隠そうと、口元に手を当て表情を隠している。
そこへ一人の騎士が駆けこんで来た。
「国王陛下、大変です! 王都の南大門に巨人が現れました。巨人は南大門を破壊し王城を目指して進んでいます!」
王の隣で聞いていた宰相が応えた。
「巨人だと。森のティターン族どもか。王都に無法を働くとは奴らは何を考えておる? ええい、騎士団を出してさっさと討ち取らんか!」
「いえ、ティターン族などではありません! 城壁より遥かに大きい身の丈十数メートルの巨人です。城の窓からならご覧いただけるはずです」
王と宰相が南に向いた窓から外を見る。
王城を取り巻く市街地の向こうに巨大な人型の何かが見える。
「何だ、あの大きさは!」
「あの巨人は、空から南大門の前に舞い降り、門を破壊した後に街に侵入してきたそうです」
王と宰相は顔を見合わせた。
この時期に空から現れたということは、あれはエデン帝国に関連するものに違いない。
となれば空飛ぶ船の奪取に失敗したという事か? 船を奪おうとした事への報復か?
「あれはゴーレムなのか?」
「あんな巨大なゴーレムなど、聞いた事がありません」
巨人は全身が褐色の石材でできてたゴーレムのように見える。
だがこの巨人はゴーレムに比べて桁違いに大きいし、まるで鎧を着ているかのような外観をしている。
これが本当にゴーレムなのかどうかは、王にも宰相にも分からなかった。
王都の城壁内は土地が限られていることもあり、三、四階建ての建物が多いのだが、その高い建物より更に大きな巨人が、南大門から王城に至る大通りをゆっくりと歩いている。
大通りは道幅が広く作られているが巨人が通るには狭すぎて、ときおり通りの両側に建つ建物に接触しては屋根や壁を壊していく。
その頃になってやっと騎士たちが巨人のもとに駆け付けてきた。
だがこれだけ大きな巨人に対して騎士の剣や槍の攻撃が通用する訳も無く、巨大な足に踏みつぶされないように右往左往するだけで精一杯のようだ。
魔術師の部隊が遅れて到着し、少し離れた場所から魔法による攻撃を加え始めた。
だが魔術師たちが放つ炎や氷の弾は、巨人の足に当たって弾かれるだけでダメージを与えられていない。
巨人は魔術師たちなど歯牙にもかけず、ゆっくりと王城へと向かっていく。
魔術師の中から一人の男が進み出た。男は何やら呪文の詠唱を始めている。
他の魔術師たちは男を守るかのように周囲を取り囲み、巨人に対し魔法攻撃を続けている。
やがて男の詠唱が止み、その腕を巨人へと差し向けた。
「メガ・ライトニング!」
巨人の頭に青白く光る稲妻が落ちた。
閃光と大音響の中、巨人は動きを止めた。そして巨人の身体がゆっくりと右へと傾き、いくつもの建物をの上にずしりと倒れ込んだ。
巨人はもう動かない。
「うおーーーーっ! やったぞ、巨人を倒したぞ! 俺たちの勝利だ!」
遠巻きにしていた魔術師や騎士たちが、歓声を上げて倒れた巨人の周囲を取り囲む。
中には巨人の体によじ登り、その上で飛び跳ねている者もいる。
ひとしきり興奮が収まると、倒した巨人を詳しく調べようと人が集まってきた。
「こいつが魔物なら、どこかに魔石があるはずだけど、どこなんだ?」
「石で出来てるのに何で腕や足が曲げられるんだろうな?」
「この表面、石に見えるけど……これって金属なんじゃないか?」
その時、倒れていた巨人の目が光った。
巨人の上に乗り、顔を覗き込んでいた者がそれを見て叫んだ。
「こいつまだ生きてるぞ! 逃げろ!」
巨人に取り付いていた者たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
巨人はゆっくりと身を起こすと、埃を払うように体をひと撫でし、何事も無かったかのように王城に向かって歩き出した。
まっすぐ王城に向かってくる巨人を見て、宰相が王に進言した。
「国王陛下、万一に備えて城外に避難された方がよろしいかと」
「そうだな。奴はここを目指しているようだ。さすがにあんな化け物の相手などできん。近衛たちに護衛させて城を出る。王妃や王子たちも急いで避難させてくれ」
「畏まりました」
宰相が近くにいた騎士を捕まえて命じた。
「おい、陛下が城を出る。城の前に馬車を回せ。急げ」
「直ちに!」
城の前に馬車が用意され、国王が城から出て来た。
城を囲む壁の向こうに巨人の上半身が見える。あと少しで王城に押し寄せてくるだろう。
護衛に付いた近衛兵の隊長が馬車に乗り込んだ王に注意を与える。
「すぐに城を出ます。飛ばしますので馬車が揺れると思いますが、ご容赦願います」
「構わん。急げ」
騎士の一団に先導された馬車が、城の門に向かって走り出した時、それは唐突に現れた。
「ドスーーン!」
馬車の前には褐色の巨人が立っていた。
巨人は王が城から脱出しようとしたのを察知したようで、城の壁を飛び越えて一気に乗り込んで来たのだ。
巨人の腕が伸びてきて馬車をガッチリと掴む。
巨人の目が一瞬ピカリと光ると、馬車と馬を繋ぐ金具が全て切断された。
馬たちが慌てて逃げていく。
巨人は馬のいなくなった馬車を顔の前まで持ち上げると、馬車の内部を覗き込んだ。
「やめろ! 降ろせ! 助けてくれ!」
巨大な目で見つめられ、馬車の中のルートヴィヒ王は蒼白になっている。
巨人がおもむろに語り出した。
『ホルス王国国王ルートヴィヒに間違いなさそうだな。せっかく攻城戦の用意をしてきたってのに、何もしないうちに王の捕獲に成功するとはね。拍子抜けというか何というか……。まあいい、ホルス王国国王ルートヴィヒ。お前の野望はこれで潰えた。戦争はもう終わりだよ』




