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第81話 侵入者

 地に落ちた空飛ぶ船。その船の内部への侵入には成功した。

 だがその先の通路には、行く手を遮る大きな扉が待ち構えていた。


 その大扉を調べていた男が、後ろに控えていた女魔術師を呼び寄せた。


「ロザリー、開錠を頼む」

「分かりました」


 女魔術師が両開きの大きな扉に手を向け呪文の詠唱を始める。

 男はその様子を邪魔にならないよう後ろから見守っている。


 男の名はカーティス。

 半年ほど前に急遽編成されたホルス軍特別部隊の隊長である。

 彼の部隊は通常の戦闘部隊ではなく、ただ一つの目的のために急遽編成された部隊だ。


 この部隊は兵士と魔術師の混成部隊で、部隊設立以来ずっとホルス王国内の秘密訓練施設にて厳しい訓練を重ねてきた。

 基礎体力を鍛える訓練やロープを使った高所への登攀訓練に加え、兵士は狭い室内での剣や短槍を使った戦闘訓練を、魔術師は特殊な魔法の訓練を繰り返し行ってきた。


 魔術師たちの訓練には、出所不明の謎の技術がいくつも使われた。

 鍵穴のない不思議な錠前と、それを開けるための開錠魔法。

 障害物の存在を無視し、周囲の空間の様子を読み取る探索魔法。

 浮遊石の欠片と、その効果を打ち消すための反浮遊魔法。

 どれも世間には知られていない、未知の品物と魔法である。


 そんな訓練を行ってきたこの部隊の目的はただ一つ。

 とある場所に現れるという空飛ぶ船に侵入し、その船の主を捕獲もしくは殺害すること。

 標的の名はタツヤ。エデン帝国皇帝を名乗る黒髪黒目の青年である。



「ふー」


 ロザリーが呪文の詠唱を止め大きく深呼吸した。


「開きそうか?」

「九割方終わりました。あと少しだけ時間をください。もう一息です」

「分かった。焦る必要はない。落ち着いてやれ」


 ロザリーにはそう言ったものの、一番焦っていたのはカーティス自身だった。


(まずいな。開錠に時間がかかり過ぎだ。魔法による探査結果が正しければ、開錠すべき大扉は全部で四つ。こんなところで時間を取られている訳にはいかない。急いでくれ……)


 ロザリーが再び扉へと手をかざしたとたん、大扉が中央部から左右へと開いた。

 開いた扉は壁の中へ引き込まれてしまい、もうそこに扉のあった痕跡さえ残っていない。


 扉の向こう側は、こちら側と同じような通路が伸びており、十五メートルほど先には別の大扉が見えている。

 どうやら奥に見えるのが開錠すべき二番目の大扉のようだ。


「ロザリー、よくやった」


 労いの言葉にロザリーは困惑顔だ。


「……いえ、何だか扉が勝手に開いたような……」


 カーティスはロザリーの言葉を謙遜と受け止め聞き流した。

 そして後ろで警戒に当たっていた兵士に命じた。


「ロッド。三人連れてこの先の通路を調べろ」

「了解です」


 兵士たちは通路の奥へと慎重に足を進めた。

 彼らは通路に面したいくつかの小さな扉や、通路の突き当りの大扉をくまなく調べると結果をカーティスに報告してきた。


「隊長、通路に面した扉も奥の大扉もどれも開きませんね。他に怪しいものは見当たりません」


 カーティスが大扉の前で待機していた残りの兵士たちに前進の合図を送ると、兵士たちは周囲を警戒しながら通路を奥へと進み始める。


「よし、ロザリー。俺たちも行くぞ。この調子で次も頼む」


 兵士たちに続き奥へと足を踏み出したとたん、先程開けたばかりの大扉が左右の壁から飛び出し目の前で閉まった。


「しまった! 分断されたぞ! 罠か!」


 よく見れば大扉は完全には閉まりきっておらず、僅かに隙間が開いている。

 カーティスは扉に手を掛けて開こうとしたが、大扉はびくともしない。


「ロッド! 無事か!? 返事をしろ!」


 大扉の隙間の向こうから声が返ってきた。


「カーティス隊長、こっちは大丈夫です」

「いつ敵が出てくるか分からん。常に周囲への警戒を怠るな」

「了解です」


 後ろを振り返り、残っている人数を確認する。

 こちら側には兵士が一人とロザリーを含む男女四人の魔術師が残っている。

 カーティス自身を入れれば計六人だ。

 ということは大扉の向こう側に分断されたのは十二人か。


「ロザリー、もう一度開錠を頼む。急げ!」

「はい、カーティス隊長」


 ロザリーが大扉に近づくと、彼らの立つ床がゆっくりと傾き始めた。


「くそっ、またか! 全員、急いで大扉の前に集まれ!」


 少し前にも通路が右へと傾き始め、最終的には床と天井が入れ替わるところまで回転した。

 たぶん船が横回転して、上下逆さまになったのだろう。


 今回は前回とは違い、床が前方へと傾いている。

 どうやら船の舳先を下に沈めるように回転を始めたようだ。


 カーティスたちは回転によって底面となる大扉へと移動した。

 傾きつつある床に留まっていれば、いずれ転んで怪我をすることになる。

 それが嫌なら、常に傾斜を下に向かって移動し続けなければならない。


 通路の傾きは九十度に達して止まった。

 どうやら船は舳先を下にして逆立ちしているようだ。

 目の前にあった大扉は前方に倒れ込み、今では大きな床と化している。

 大扉で分断されたロッドたちのいる区画は、カーティスたちの足の下だ。


 カーティスはこの時点で初めて自分の置かれた状況に気が付いた。


 横に延びる長い通路も真っ直ぐに立ててしまえば、深く掘られた縦穴でしかない。

 大扉によって閉鎖された金属壁の長い通路は、いまや逃げ場のない強固な縦穴牢獄へと姿を変えていた。


(やられた! これでは穴に落ちたネズミも同然だ!)


 カーティスは足元の大扉に顔を近づけ、隙間から下を覗き込んだ。

 分断された兵士たちが十数メートル下の二つ目の大扉の上に立っている。


「みんな無事か? 状況は?」

「隊長、今のところ大丈夫です。ですが何だか嫌な予感がします」


 返事を返そうとした時、どこからともなく男の声が響いてきた。


『侵入者の諸君。ごきげんよう。我はエデン帝国皇帝タツヤである』


 カーティスは剣を手にして周囲を見回した。だが声はすれど姿は見えない。


『諸君らを我が船に招待した覚えは無いのだが……まあその件は今は不問としよう。で、今日はいったい我に何用か?』


(エデン帝国皇帝タツヤ、俺たちの標的か。だがこうなってしまってはもう捕獲も殺害も無理だ)


 船にうまく侵入できたと思っていたが、どうやら敵の罠に誘い込まれただけのようだ。

 見事と言う他ない。船を下に向けただけで、あっさりと全員が捕らえられてしまったのだ。

 この日のためだけに辛い訓練を積み重ねてきたというのに、一度も剣を交えることなく捕らえられた。

 作戦は失敗した。


 カーティスからの返事が無いのに苛立ったのか、不機嫌そうな声が響く。


『我の言葉を無視するとはいい度胸だ。不敬で愚かなる……』


 不意に声が途切れた。

 だが声はすぐに戻って来た。


『ああっ、いつまでもこんな話し方やってられん! おい! 侵入者ども、よく聞け! 直ちに武器を捨てて降伏しろ! 降伏すれば命だけは助けてやる』


 皇帝っぽい話し方は無理して作っていたようで、口調ががらりと変ってしまった。

 しかし何だな。これでは皇帝というよりただの野盗の類ではないか。


『カーティスってのがお前たちの隊長か? ではカーティス、お前が決めろ。降伏か、それとも死か?』


 カーティスの部隊に降伏は許されていない。

 この部隊、特に魔術師たちは他に漏らす事の出来ない秘密を多く知り過ぎている。

 これは絶対に敵に漏らしてはいけないものだ。

 もし降伏すれば、ホルス軍は絶対にその者を許さないだろう。

 例え命永らえたとしても、生きてホルスの地を踏むことは叶わないであろう。


(俺たちに降伏という選択肢はない。となれば……)


『さあ、返答は?』

「断る! 俺たちは誇りあるホルス軍の兵士だ。例え殺されようと降伏などせん!」

『へえ、誇りあるホルス軍兵士ね……。誇りある兵士は街を襲って住人を皆殺しにするのか』


 街の虐殺にはカーティスたちの部隊は関わってはいない。

 だが同じ遠征軍のやったことだ。自分たちは関係ないなどという言い訳は通用しない。


「それは……、それは……、それが命令ならば従うまでだ」

『命令なら赤子の首を刎ね、女を犯し殺すのか? 全くたいした誇りだな』

「俺たちは軍人だ! 上からの命令には逆らえん。例えどんな不本意な命令だろうとだ!」

『ご立派なことだ。まあ俺としてはそう言ってもらうと助かるな。お前たちを始末するのに罪悪感を抱かなくて済む』

「俺たちを殺すつもりか?」


 返事はない。カーティスは周囲に注意を促した。


「何かしてくるぞ! 魔術師たちは攻撃魔法の準備!」


 周囲を警戒するカーティスの耳に、下の区画のロッドたちの悲鳴が飛び込んで来た。


「隊長! 床の扉が開き始めました! 扉の下は深い穴になってます! まずい、どんどん開いていく! このままじゃ俺たち穴の底に落とされます! 隊長! 助けてください!」

「助けて! 落ちる! 嫌だ! まだ死にたくない!」

「誰か! ロープを! ロープをくれ!」


 カーティスは急いで大扉の隙間から下を覗き込んだ。

 下の区画では兵士たちの立つ大扉が、中央部分から左右に少しずつ開いているところだった。

 開きつつある扉の下には通路が続いているようだが、今の状況では底の見通せない深い穴でしかない。


 大扉の上に立っている兵士たちは、穴に落ちまいと壁際にへばりついているが、扉はゆっくりと開き続けており、このままではいずれ全員が穴に落ちてしまうだろう。


 船を立てただけで、通路は強固な牢獄に変わった。そう思っていた。

 だがそれは間違いだった。ここは牢獄などではない。処刑場だ。


『カーティス、もう一度聞こう。降伏か、それとも死か?』


 皇帝が再度降伏を促す。

 足元からは兵士の声が聞こえる。


「隊長! 降伏してくれ! 俺はこんな所で死にたくない! 隊長! もう足場がなくなる! 隊長! 隊長! あっ! ああーーーーーーーーー」


 部下の一人がバランスを崩し、穴の中へと落ちていった。

 続けてドスンという音がして、それきり声は聞こえなくなった。

 カーティスの顔に悲壮感が漂う。


『カーティス、一人死んだぞ。奴はお前が殺したんだ。早く降伏しないと全員が死ぬことになる』

「降伏はしない!」

『そうかい。まあ、いつまでもつかな?』


 カーティスたちの立っている大扉もゆっくりと開き始めた。


「きゃあ、助けて! 私は死にたくない! 降伏します! 降伏するから助けて!」

「俺も降伏する! 俺は街の虐殺には関わっていない。誰も殺していないんだ。降伏するから助けてくれ」

「降伏します! 助けて! お父さん、お母さん、助けてーー」

「降伏する! 国で妻と娘が俺の帰りを待っているんだ! こんなところで死ぬ訳にはいかない!」


 開き始めた大扉の上で、魔術師たちが相次いで降伏を口にしている。

 兵士たちと違って降伏することに抵抗が無いのだろう。


『ほう、いい心掛けだな。だがお前たちの隊長は、お前たちに死ねと言っているぞ』


 魔術師たちが必死の形相でカーティスを見て懇願する。


「隊長! 降伏しましょう。こんな所で死んでも意味ありません!」

「隊長! 隊長!」

「死ぬなら隊長一人で死んでくれ。俺たちは降伏する」


 カーティスは思わず彼らから視線を逸らした。

 その時、足元からまた断末魔の叫び声が聞こえてきた。


「うわあぁぁぁぁーーーーーーーー」


 カーティスはがくりと床に膝を付くと両手で耳を塞いだ。


『カーティス、また一人落ちたぞ。これが最後だ。降伏か、それとも死か?』

「降伏だ……。もうたくさんだ! 降伏するからもう止めてくれ!」

『賢明な判断だ。では時間もないことだし、早速尋問に移ろうか』


 カーティスは力無く頷いた。

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