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第77話 ジェノサイド

残酷で陰鬱な描写があります。

苦手な方は後書きまで読み飛ばしてください。

 サラマンダーの艦橋のモニターには、大勢の街の住人の死体が映し出されている。


「ケルビム、街中で動いている人間はいるか?」

『一人も見当たりません』

「街の上空から生存者がいないか探せ。連れて来たバトルロイドは全機地上に降ろして生存者の捜索に当たらせろ。もしホルス兵が街に残っていたら捕獲しろ。情報を引き出したいから絶対に殺すなよ」

『了解しました』


 俺はライザーの顔を見て聞いた。


「俺は地上に降りる。ライザー、君はどうする? ここで待つか、それとも一緒に行くか」

「一緒に行く。この街はアルビナの街だ。俺が行かなくてどうする」



 街に降り立った俺たちは顔を歪めた。街中に死臭が漂っていたのだ。

 先に地上に降りた八機のバトルロイドが、生存者を探して死者の間を歩き回っている。


「俺たちも手分けして生存者を探そう。ホルス兵が残っていないとも限らん。十分注意しろよ」

「了解です」


 俺は街の中へと足を踏み入れた。街のそこかしこに死体が転がっている。


 小さな金槌を持った鍛冶職人の老人。エプロン姿の中年女性。荷馬車の荷台に倒れている商人の青年。まだ小さな男の子。冒険者の服装の少年。

 皆、切られたり突かれたりして殺されたのであろう。血塗れの状態で倒れている。


 胸を刺された小さな赤ん坊がいる。その近くには母親らしき女性が赤ん坊の方に手を伸ばして死んでいた。


(目の前で我が子を殺されたのか……。どれほど辛かったことか……)


 俺は赤ん坊を抱え上げると、母親の胸にしっかりと抱きしめさせた。


 ここには死んだ者しかいないのか? 生きている者はいないのか?

 俺は声を張り上げて叫んだ。


「おーい、誰か! 誰か生きている者はいないかー! 返事が出来ないなら物音を立てるだけでいい! 合図をくれ!」


 耳を澄ますが、呼び掛けに応える声も物音もしない。



 近くの民家の戸を開けて中に入った。

 室内はひどく荒らされ、金目の物は全て奪われてしまっているようだ。

 奥の部屋を覗くと椅子に座ってテーブルに突っ伏している老婆の姿が目に入った。

 その背中は血で染まっている。そっと肌に触れてみる。とても冷たい肌だった。

 俺はそっと家を出た。


 何軒かの家を見て回ったが、どこも同じような状況だった。

 家々は荒され、人々はみな殺されていた。

 生きている人は誰一人として見つからない。

 死体の状況から見て、襲われてから数日は経っているようだ。


 街中を進んでいくと大きな三階建ての建物が目に入った。宿屋のようだ。

 扉を開けて中に入る。

 一階は酒場になっているようで、大きな部屋の中にテーブルや椅子が乱雑に転がっている。床には沢山の壊された酒樽が見える。


 階段を上がると二階の廊下の両側にいくつもの客室の扉が並んでいる。

 一番近くの扉をゆっくりと開けた。


 そこはベッドとテーブルと椅子だけが置かれた質素な部屋だった。

 そしてベッドの上には一人の裸の少女が横たわっていた。

 少女の青白い体には、血痕や傷跡は見られない。


 思わず部屋に駆け込み、肩を揺すりながら少女に声を掛けた。


「おい、しっかりしろ!」


 反応がない。手首を掴んで脈を計る。

 だがその手首はとても冷たく脈は無かった。

 少女は死んでいた。


 体には凌辱を受けた跡が残っている。

 どうやら犯された後に首を絞められて殺されたようだ。

 俺は少女の体にそっとシーツを掛けると部屋を出た。


 他の部屋も調べてみた。全ての客室に女性たちがいた。

 皆、凌辱された跡があり裸で死んでいた。

 首を絞められた者。刺されて死んでいる者。体中に殴られた跡のある者。

 死因は様々だった。


 俺は宿屋を後にした。



 この街の住人は全員殺されてしまったようだ。

 小さな街とはいえ数百人の住人がいたはずだ。

 胸の奥底から湧き上がる怒りの感情に体がブルブルと震える。


 俺は腕のブレスレットでライザーを呼び出した。


「ライザー、生存者はいたか?」


 返事がない。……いや、通信機の向こうから何か聞こえる。すすり泣く声のようだ。


『何でだよ……。何でこんな事が出来るんだよ……。これが人間のする事かよ……』


 十分に人生経験を積んできた俺でさえ、この惨状に打ちのめされているのだ。

 年若いライザーの受けた衝撃は計り知れない。


「ライザー、もういい。戻ってこい。聞こえてるか?」

『…………了解』


「ケルビム。そっちはどうだ。生存者は見つかったか?」

『残念ながら見つかっていません』

「そうか……」


 俺は念のためケルビムに尋ねた。


「これはホルス軍の仕業で間違いないだろうな。通りすがりの盗賊団という可能性はないよな」

『状況証拠しかありませんが、限りなく黒です。街の住人を一人も逃がさず殺すには、襲撃側も百人単位の人数が必要です。こんな僻地に百人規模の盗賊団が現れるとは考えにくいです。街の中を詳しく調べれば、ホルス軍が街にいた痕跡はいくらでも見つかると思います』

「そこまでする必要はない。ホルス兵を何人か捕まえて締め上げれば、この街で何をしたのか白状させられるだろう」


 俺は周囲をゆっくりと見渡し、街の惨状をしっかりと心に刻みつけた。


「やつらはなぜこの街を襲ったと思う?」

『森に隠れて王都の騎士団が国境に出払うのを待っていたのでしょう。当然五千もの大軍が森に潜んでいればこの街の住人に気付かれます。王都に通報されないよう街を襲って住人の口を封じたのだと思います。若い女性は生かして慰み者にし、出て行く直前に殺害したのだと思います』

「くそったれが!」

『これからどうしますか?』

「決まっている! 王都に向かったホルス軍を叩く! 街の外にサラマンダーを降下させろ!」


 上空で待機していたサラマンダーが地表すれすれまで降下し底部のハッチを開く。

 街に散って生存者の捜索に当たっていた八機のバトルロイドが、サラマンダーの下に集まって来る。

 少し遅れてライザーも姿を現した。泣き腫らした目をしている。


「ブルー隊、レッド隊、サラマンダーに搭乗しろ。ライザー……、行こうか」


 八機のバトルロイドがサラマンダーのハッチへと歩いていく。

 だが先頭にいたバトルロイドがハッチの手前で足を止めた。

 後ろを振り返り街の方向をじっと見ている。


「ブルー1、どうした?」


 街を見ていたブルー1が、いきなり街の中に向かって走り出した。

 俺はその後ろ姿を茫然と見ていた。


「お、おい! ブルー1、何してる、戻ってこい!」


 ブルー1は俺の声を無視して街の中に消えていった。


(何だ! 何が起きた? 俺の命令を無視した! 故障か? まさか人工知能の反乱!?)


 バトルロイドにとって俺の命令は絶対だ。命令無視などありえない。

 これが単なる故障ならいいが、自らの考えで主人の命令に背いたとなると大問題だ。


「ケルビム! ブルー1を止めろ!」

『駄目です。停止命令を拒否されました』

「何だとっ! ブルー隊、ブルー1を追え! 取り押さえるんだ!」


 ブルー2、3、4の三機がブルー1の後を追って走っていく。


「ライザー、レッド隊とこのまま待機していてくれ」


 俺はブルー1の後を追って街に駆け込んだ。


「ケルビム、ブルー1はどこに行った?」

『前方百メートルほどの民家に入りました。……マスター、急いで下さい』


 息を切らしながらケルビムに指示された民家に駆け込んだ。

 家の中には胸から血を流した女性が倒れており、ブルー隊が女性を抱えて運び出そうとしている。


「何をしている?」


 ブルー1が女性の倒れていた床に手を掛け、床板を持ち上げた。

 どうやら床下が収納庫になっていたようで、床板は簡単に開いた。


「あう……、あう……」


 床下の収納庫には毛布に包まれ籠に入れられた赤ん坊が入っていた。

 泣き声を上げようとしているようだが、衰弱して声も上げられないようだ。


(母親が赤ん坊を守るため床下に隠したのか? この子はいつからここに入ってる?)


 俺は慌てて赤ん坊を抱きあげた。


「冷たい! すぐに体を温めないと! お腹もすいてるはずだ。ミルクはないか?」


 ブルー隊に指示を飛ばす。


「お前たち、どこかにミルクがないか探せ。周囲の家にも探しに行け!」


 ライザーとレッド隊も呼び寄せミルクがないかと探し回ったが、どの家も略奪に遭っている。ミルクも食料も見つからなかった。

 赤ん坊の様子を見ていたライザーが心配そうな声を出した。


「陛下、このままじゃまずい。すぐにどこか近くの街に連れていかないと」

「ライザー、この子を王都まで連れて行ってくれないか。近くの街でも王都でも流星号ならたいして所要時間は変わらない。だったら優秀な回復魔法の使い手がいる王都の方がいい。王都には俺から連絡を入れておく」

「分かった」


 サラマンダーの格納庫にいる流星号を呼び出す。


「流星号! すぐに来い! 赤ん坊を王都まで届けてくれ」

『ラジャー!』


 文字通り飛んでやってきた流星号が家の前に着陸した。

 赤ん坊を抱かえたライザーが流星号に乗り込む。


「ライザー、流星号、この子を頼んだぞ!」

「この街で生き延びたたった一つの小さな命。絶対に救ってみせる!」

『任せておけ!』


 飛び立つ流星号を見送ると、俺は王都にいるクリスティンに通信を繋いだ。

 クリスティンはアルビナ王国宰相フォルマー公爵の娘で、ライザーと同様にエデンと王宮の間の連絡役を任せている娘だ。

 連絡役とは言え相手が妙齢の女性ということで、ライザーのように気軽には呼び出せず、最近はあまり会話を交わしていない。


「クリスティン、俺だタツヤだ」

『まあ、皇帝陛下。お久しぶりですわね。今日はいかがなさいましたか?』

「緊急の要件だ。今からライザーが王宮に赤ん坊を連れていく。衰弱していて命の危険がある。回復術師の手配と、赤ん坊に飲ませる母乳かミルクの用意を。あと赤ん坊の世話を任せられる人の手配を頼みたい」


 俺の緊迫した声を聞いて、クリスティンがきびきびとした返事を返す。


『かしこまりました。直ちに手配いたします』

「クリス、頼む。赤ん坊を救ってやってくれ」

『……はい、わたくしめにお任せ下さい』


 とりあえず出来る事はした。後は赤ん坊が無事に生き延びることを祈ろう。


 だがこれで終わりではない。

 赤ん坊が見つかったという事は、他にもまだ生存者が残っている可能性がある。


「レッド隊、この街をもう一度徹底的に捜索して他に生存者がいないか探せ。床下、屋根裏、倉庫、人の入り込める場所は念入りに探せ。行け!」


 レッド隊が散っていくと、俺は残ったバトルロイドの一体を睨みつけた。


「ブルー1。なぜ俺の命令を無視した。ケルビムの停止命令も拒絶したな。理由を聞こうか」

「助けを求める声を聞いたような気がしました。そのため生存者の確認と救出が最優先と判断しました」


(『助けを求める声』って何だ? あれだけ遠くから声など聞こえる訳がない。しかも『聞いたような気がしました』だと? こんなあいまいなセリフをロボットが言うのか?)


「ケルビム、ブルー1のログに赤ん坊の声を捉えたデータはあるか?」

「……ありません」

「ブルー2、お前は助けを求める声を聞いたか?」

「いいえ、聞いていません」


(人工知能の思考異常か? それとも回路の故障か?)


「ブルー1、生存者の声が聞こえたとして、なぜその時点で俺に報告しなかった?」

「生存者の確認と救出が最優先と判断しました」

「……はぁ」


(俺の命令より赤ん坊の命を優先した。これが人間ならその行動は理解できる。だけどブルー1はロボットだぞ)


 ブルー1は異常だ。だがその異常なロボットが小さな命を救った。

 これは否定しようのない事実だ。


 追及は後にしよう。今はホルス軍の対応が先だ。


「ブルー隊は直ちにサラマンダーに搭乗!」


 俺は街中に目を向け、心の中で死者たちに詫びた。


(すまん。埋葬はもう少し待ってくれ。ホルス軍を片づけたらすぐに戻ってくる)


 俺はサラマンダーのハッチを潜りながら指示を出した。


「ケルビム、サラマンダーを発進させろ。ホルス軍を追うんだ。もう奴らに慈悲は掛けん。この報いは必ず受けさせてやる」

<第77話のあらすじ>

ホルス軍の進軍ルートを探ろうと辿り着いた小さな街。

その街はホルス軍の襲撃に遭い、住人の全てが無残に殺されていた。

だが全滅と思われた街で、一人の赤ん坊が生き残っていた。

赤ん坊を連れて王都へと急ぐライザー。

タツヤは込み上げる怒りを胸にホルス軍の後を追う。

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