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第75話 山道の戦い

 アルビナ軍との戦端が開かれた。

 攻略軍のストラーニ男爵率いる部隊が、アルビナ王国の国境守備隊と遭遇し戦闘に突入したのだ。

 モーリア山脈の街道をアルビナ王国側に幾分か入った、若干道幅の広くなった場所であった。


「行け! 押し進め! 奴らの様を見てみろ! 我らの勇猛さに恐れをなして震えているぞ! アルビナの雑兵など恐るるに足らず! 一気に突き抜けろ!」


 ストラーニ男爵は自ら先陣を切り敵兵と切り結びながら、後に続く兵士たちを鼓舞している。

 男爵はしばらく戦闘を続け、向かってくる敵兵が少なくなったと見るや兵士たちに指示を出した。


「第一分隊、後退だ!」


 ストラーニ男爵は部隊に後退を指示すると、自らも少しずつ後方に下がっていく。それを見たアルビナ兵が逃すまいと後を追ってくる。


「今だ、矢を放て!」


 迫りくるアルビナ兵に向け、後続の弓兵隊から一斉に矢が放たれた。


「ぎゃー」


 弓兵の前に誘い込まれた敵兵たちが次々と矢の餌食となっていく。


「第二分隊、進め!」

「おーーーー!」


 後続部隊の中から剣を構えた兵士の一団が進み出て、鬨の声を上げながら敵兵に向かっていく。


「弓兵は次の斉射に備えろ。第一分隊は後退して休め」


 ストラーニ男爵は今度は戦闘に加わらず、敵に突撃した部隊の後方から指示を出している。


「敵の左側が手薄になってきているぞ! 食い破れ!」


 戦況は若干こちらが押しているように見えるが戦いはまだ始まったばかりだ。予断は許せない。



 ◇◇◇



「ストラーニ男爵、戦況報告を」


 攻略軍の再編に専念していたブラッドは、部隊再編の目途が立ったと見て残りの作業を文官たちに任せ、自ら最前線に駆け付けてきた。


「ブラッド司令官代理、申し訳ありません。全体に押してはいますが、敵の抵抗が激しくギナンの街まで押し進むには、今しばらく時間が掛かります」

「十分な働きです。私の想定より早いペースで進軍出来ています。もう少ししたら後続部隊を前に出すので、男爵は自分の部隊を率いて中継地点まで後退するように」

「司令官代理、私はまだ戦えます!」

「いや、男爵をここで使い潰すつもりはありません。男爵にはギナン攻略でも働いてもらう予定ですから、今は後方で英気を養っておきなさい。それに男爵に活躍の場を独り占めされると、私が他の部隊から突き上げを喰らいます」

「……申し訳ありません。少々熱くなっておりました。ご指示に従い後退させていただきます」


 ストラーニ男爵は一礼して自分の部隊の方に戻っていった。


 この攻略軍の中核は王都の騎士団であり、残りはホルス王国各領から集めた領軍である。

 領主たちが兵士を派遣しているのは何も愛国心だけからではない。

 戦いで功績を上げることにより力を誇示し、戦後に分配される利益をより多く手に入れようとしているのだ。

 そのためには積極的に戦って戦果を上げなければならない。活躍の場は多ければ多いほどいい。


(自分たちが囮の軍勢だと知ったら、突き上げ喰らうぐらいじゃ済まないでしょうね。アルビナ王都の攻略は本命の攻略軍の担当だ。一番おいしいところを横取りされたら私だって怒り狂いますね)


 ブラッドは思わず身震いした。


(せめてギナンの街だけでも占領しないと……。とはいえ五日間は敵軍を引き付けておく必要があるから、かなり難易度が高いぞ。まずはこの山を抜けることを考えましょうか)


 ブラッドは両手で頬をパンと叩き気合を入れた。


「よし! 私たちも行ってみましょうか!」


 ブラッドは後ろに控えた牛人族部隊のリーダーに目をやり声を掛けた。


「猛牛部隊! 準備は出来ていますか?」

「…………」

「準備は出来ていますか?」


 呼びかけられた牛人族のリーダーは、きょろきょろと周囲を見回してから言った。


「えっと、猛牛部隊って俺たちのことかな?」

「他にいないでしょ」

「俺たちはただの牛人族部隊だよ。猛牛部隊なんてカッコいい名前じゃない」

「……そうでした。私が勝手に付けた部隊名でした」


 急遽任命された攻略軍司令官代理なので、麾下の部隊を覚えきれなかったのだ。

 そのため外見に特徴のある部隊については、脳内で勝手に部隊名を付けていたのだ。


「ということで、今後あなたたちは『猛牛部隊』と名乗るように」

「何が『ということ』なのか分からないけど、カッコいいからそれでいいよ」

「それで、準備は出来ていますか?」

「いつでも出られる」


 獣人は人と獣の中間の存在であり、牛人族はその獣人の中でもかなり獣寄りの存在である。

 巨大な体に筋肉の盛り上がった太い手足。頭は大きな角の水牛そのものといった偉丈夫だが、見た目に反して性格は温厚である。


 その猛牛部隊の前には丸太を隙間なく積み上げて作ったような長い塀が立っている。

 塀の内側には、丈夫な取っ手が付けられており、十人ほどの牛人が等間隔に並んで丸太塀の取っ手に手を添えている。


 ブラッドは猛牛部隊の後方に目を向けた。

 そこには大盾を持って並んでいる犬人たちがいた。


「駿犬部隊、そちらも準備はいいですか?」


 猛牛部隊のリーダーとの会話を横で聞いていた犬人部隊のリーダーが返事を返す。


「今の話の流れだと俺たちが『駿犬部隊』ってことだな。準備はいいぜ」


 犬人は見た目は人間とほぼ同じで、違いと言えば頭の上にピンと立った耳と腰から伸びる尻尾くらいだが、身体能力に関しては人間より駿足で鼻や耳も良い。


 獣の性格が強く同族で群れて生活している牛人族などとは違い、犬人は人間の中に溶け込んで生活しており、攻略軍内でも各部隊に数人づつは犬人が所属している。


 攻略軍の再編において、ブラッドは各部隊にいた犬人たちを全て集めて独立した犬人部隊を編成していた。

 本来、横の繋がりのない部隊間で兵士を異動させるなど不可能な話なのだが、各部隊の指揮官が不在の今の状況では、ブラッド攻略軍司令官代理の命令に異を唱える者などどこにもいないのだ。正にやりたい放題である。


「よし、合図を出してストラーニ男爵の部隊を後退させなさい! 猛牛部隊! 駿犬部隊! 男爵の部隊が後退したら突撃します! 丸太塀を構えよ!」


 前方にいた男爵の部隊が後方に退くと、猛牛部隊の者たちが丸太塀を持ち上げ、道幅いっぱいに広げて通せんぼをする。

 丸太塀を持って並んだ牛人の後ろには、大盾を抱えた犬人が一人づつ付いている。


「猛牛部隊、駿犬部隊、突撃ーーー!」


 それぞれの部隊から鬨の声が上がる。


「もおぉーーーー!」

「わおーーーーん!」


 丸太塀を道いっぱいに広げたまま敵部隊に向かって突っ込む猛牛部隊。

 敵兵は剣を振りかざすが、丸太で組まれた塀はびくとせず、塀の後ろの牛人たちに剣が届くことはない。


 そうこうしているうちに、牛人の押す丸太塀がグイグイと兵士たちを押し出していく。

 逃げるとすれば後ろに下がるしかないのだが、後には後詰めの兵士がひしめいており下がる余地は少ない。

 牛人たちは丸太塀を山道に対して真横ではなく、山側は前へ谷側は後ろへと斜めに構えている。

 そのため丸太塀に押された敵兵たちは、道の谷側へと徐々に押されていき、ついには道から外れて谷の斜面へと転げ落ちていく。


 すると後続の弓兵部隊が、谷の斜面に転げ落ちてもがく敵兵に矢を放ち止めを刺していく。

 谷からは阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡っている。


 予想以上の戦果である。

 ブラッドの護衛として後ろに控えていた兵士が、猛牛部隊の戦いを見て呟いた。


「すごい。こんな戦い方があるなんて……」

「ここは街道の山側も谷側も急勾配で伏兵を隠せるような地形ではない。狭い道で前からしか敵が来ないのであれば、馬鹿正直に剣で戦う必要などありません」


 成す術も無く谷に落とされていく兵たちを見て、アルビナ軍の指揮官が兵士に後退を指示している。

 アルビナ軍も黙ってやられているつもりはないようだ。剣では丸太塀に対抗できないと見るや、弓兵隊を前に出して丸太塀を押す牛人目掛けて一斉に矢を放った。

 矢は山なりに放たれ丸太塀に隠れた牛人に向かって飛んでいく。


「駿犬部隊! 盾防御!」


 ブラッドの掛け声と共に牛人たちは前進を止め姿勢を低くする。

 牛人の後ろに付いて進んでいた犬人たちが、素早く牛人の巨体へと飛び乗り手にした大盾を空に向けて構えた。

 アルビナの弓兵の放った矢が、犬人の構える大盾に突き刺さる。大盾に守られて犬人にも牛人にも被害はない。

 矢の斉射が収まると、すかさずブラッドから指示が出される。


「今です! 進撃再開!」


 犬人たちが牛人から飛び降り後ろに下がると、牛人たちの突撃が再開された。

 その猛烈な突進に、後方に下がり損ねた弓兵が丸太塀に押されて谷に落ちていく。


 その光景を見てブラッドは呟いた。


「そろそろ敵の魔術師部隊が出てくる頃合いだと思いますが……」


 剣も弓も通用しないとなれば、次は魔法による攻撃を加えてくるはずなのだが、今のところ敵の魔術師の姿は見えない。

 魔術師は数が少なく貴重な存在である。温存してギナンの街の防衛に回したのだろうか。


「このままギナンの街まで押しきれると楽なんですけど、まあそううまくはいかないでしょうね」



 ◇◇◇



 アルビナの王宮の一角に駐機しているエデンの輸送機。

 ここはその輸送機の内部に設営された作戦指令室である。


 中央の大きなテーブルの上には、国境地帯の立体地形図がホログラム投影されており、そこにアルビナ軍とホルス軍の動きが青と赤の矢印として表示されている。

 壁面に配置されたモニター画面には、国境地帯に放った偵察機から送られてくる各種情報が刻々と映し出されている。


 ギルベルト王の参謀たちが、それらの情報に目を通して戦局の分析を行っている。


 この部屋は元々自分用の作戦指令室として用意したものだが、ギルベルト王を呼んでホルス軍の情報を見せてやったところ、その素晴らしさの虜となったギルベルト王が、参謀や側近たちを引き連れて入り浸るようになってしまったのだ。


「それどれ、新しい情報が入って来たみたいだな」


 戦場は三か所もあるのだが、エデンには偵察機が一機しかない。

 仕方がないので偵察機は絶えず三つの戦場を飛び回って情報を収集している。

 そのため送られてくる情報は、どうしても断続的になってしまうのだ。


 ホルス軍は今回、宣戦布告と共に軍勢を三つに分けてアルビナに侵攻してきた。

 アルビナ軍もこれを迎え撃つため国境の三つの砦から守備隊を出撃させている。

 ヴァルス砦とタムール砦から出撃した守備隊は、山中でホルス軍と対峙し侵攻を食い止めているが、クレスト砦から出撃した守備隊はホルス軍に押されてギナンの街まで後退してしまっている。


 立体地形図にはギナンの街に迫るホルス軍の侵攻ルートが赤い矢印として表示されている。

 ギルベルト王がその矢印の先端を指差し声を荒げている。


「どういうことだ! ホルス軍にこんなところまで侵入されるなんて! もうギナンの街の目の前だぞ!」


 周囲の側近たちが身を竦めている。それを見て俺は口を挟んだ。


「ギルベルト、あまり大きな声を出すな。すこし前の映像だがこれを見ろ」


 部屋の壁面に偵察機の撮影した映像が表示された。


 侵攻するホルス軍と迎え撃つアルビナ軍が山道で対峙しているのが見える。

 丸太塀を前面に構えてホルスの牛人たちが突撃すると、アルビナ兵たちが丸太塀に跳ね飛ばされて次々と谷に転落していく。


「あれは丸太で作った塀? あんなもので我が軍の兵士たちが蹂躙されているのか」

「敵も考えてるようだな。確かにあんな頑丈な丸太塀で押しまくられたら、剣も槍も弓も無意味だ。力の強い獣人がいてこそ使える戦法だな。他の二つの街道の軍勢は普通に剣で戦ってるようだし、丸太塀戦法はこの軍勢独自のアイデアなのかな?」


 王の参謀の一人がギルベルト王に意見を言う。


「国王陛下。我が軍は山道での戦闘の不利を悟ってギナンまで引いたのでしょう。平地ならあんな丸太塀戦法は使えませんし、麓に大軍を展開して敵を迎え撃つ方がいいとの判断でしょう。侵入されたというより誘い込んだと考えるべきかと」

「そうか、そうだな。援軍の騎士団もそろそろギナンの街に到着する頃だ。そうなればホルス軍を撃退出来るか。…………本当に大丈夫だろうな? ギナンが落とされることはないだろうな?」

「大丈夫です。ギナンには黒竜騎士団と火龍騎士団を援軍として送り込んでいます。我が王都の精鋭騎士団ですから、必ずしやホルス軍を撃退してくれるでしょう」

「ならいいんだが……」


 そんなギルベルト王の思いは、作戦司令室に駆け込んできた騎士の言葉に打ち砕かれることになる。


「国王陛下、大変です! ホルス軍の旗を掲げた軍勢がグレース平原を王都に向かって進撃中です。その数およそ五千!」


 やはり国境の軍勢は囮だったようだ。ホルス軍の本隊はこいつに違いない。

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