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第74話 全軍出撃

 アルビナ王国への宣戦布告の前日、ホルス王国ブレストーク砦の執務室では、砦の司令官代理であるブラッドが書類仕事の傍ら、次々と入って来る案件に指示を与えていた。


「ブラッド司令官代理、もうすぐ牛人族部隊が到着しますが、もう砦の中には収容できる場所がありません。いかがいたしましょうか?」


(そんな事いちいち司令官のところに持ち込むなよ!)


 本来であれば誰か文官に任せるところだが、あいにく文官たちは全員席を外している。


 アルビナ王国を攻める攻略軍は、マリネール伯爵率いる王都の騎士団を中核に、ホルス王国各地の領主軍や獣人族部隊を加えた混成軍だ。

 攻略軍の各部隊はホルス王国各地からブレストーク砦を集結地として集まってきている。中核となる部隊は既に砦に到着し国境に向けての進撃準備を整えているが、遠地から攻略軍に参加する部隊は三々五々と遅れて砦に入ってきている。


「砦の西側の広場で野営させなさい。まだ他にも遅れてくる部隊が次々と到着するはずです。広場を区画割りしてこちらで野営区画を指示すように。夕刻までには馬人族部隊も到着するはずです。牛人族と馬人族は仲が悪いから喧嘩しないよう野営の区画は離しておきなさい」

「了解しました」


 指示が終わると共に、待ち構えていたように次の報告が上げてくる。


「ブラッド司令官代理、攻略軍の輜重部隊から砦の物資が在庫リストと合ってないと苦情が来ているのですが」

「在庫リストは無視しろと伝えなさい。倉庫の現物が全てです。現物の数量を確認して輜重品の準備を進めるように。夕刻には次の補給品搬入があるので、それで必要な数量は揃うはずです」

「了解しました」


 部下の持ち込む案件が途絶えた事を確認し、ブラッドは机に突っ伏した。

 朝から次々に対処が必要な問題が持ち込まれ、ずっと指示を出し続けていたのだ。


(ああ、疲れた……。このままひと眠りしてしまいたい……)


 だが今日中に処理しないといけない案件がまだたくさん残っている。

 明日にはアルビナ王国に対して宣戦布告が行われる予定だ。

 砦に駐留している攻略軍も、宣戦布告と同時に砦を出て進軍を開始する。

 攻略軍がいなくなれば、少しは休む時間も取れるだろう。


 そう思ったとたん、部屋に一人の兵士が駆け込んで来た。


「司令官代理、大変です! 砦に駐留している攻略軍の中に体調を崩して倒れる者が続出しているようです」


 ブラッドは自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。


(アルビナの間者に毒でも撒かれたか? それとも疫病か? 今疫病なんて出したら終わりだぞ!)


「病人は何人出ている? 原因は分かっているのか?」

「現在は七十名ほどですが、病人は続々と増えています。軍医の見立てでは攻略軍が外部から持ち込んだ食材が原因の食中毒ではないかとのことです。病人は攻略軍の指揮官たちがほとんどで、救護所も既にいっぱいになっています。砦の守備隊の兵に体調不良を訴える者は出ておりません」


 守備隊に病人が出ていないのであれば疫病の疑いは低い。とりあえずは一安心だ。


(いやいや、安心なんてしてられない! すぐに手を打たないと!)


 砦にはポーションの備蓄が十分あるのだが、ポーションは外傷の治療用で病気に対しては効果が低い。

 効果が低いと分かっている以上、ここで大量に使用してしまう訳にはいかない。そんな事をすれば今後の戦闘による負傷者に行き渡らなくなる。


 とはいえこの現状を放置しておく訳にもいかない。

 明日はアルビナ王国に向けた宣戦布告の日なのだ。宣戦布告と同時に他の二つの砦からも攻略軍が出撃する。この砦だけ出撃中止とはいかない。


(どうするんだよこれ……)


 宣戦布告の刻限は刻一刻と迫っている。



 ◇◇◇



 翌朝、執務室のブラッドの元に砦の兵士が駆け込んできた。


「司令官代理! 王都からの伝令です!」


 兵士の後ろには息を切らした一人の騎士が立っている。

 騎士はブラッドに敬礼をすると懐から封書を取り出した。


「ブラッド司令官代理への指令書です」


 ブラッドは封書を受け取り伝令の騎士に言った。


「伝令ご苦労だった。部屋を用意させるから少し休むといい」

「ありがとうございます。その前に攻略軍司令官マリネール伯爵にも指令書をお渡ししたいのですが、伯爵はどちらにおられますか?」


 ブラッドは騎士を案内してきた兵士に指示を出した。


「救護所のマリネール伯爵のところに案内してさしあげなさい」


 伝令の騎士は救護所と聞いて不審そうな顔をしていたが、兵士に案内されて部屋を出て行った。

 攻略軍の司令官、マリネール伯爵は昨日から発熱と嘔吐で救護所で寝たきりだ。


 攻略軍に体調不良の者が続出したのは、軍医の見込み通り食中毒が原因だった。

 昨日、マリネール伯爵は攻略軍の幹部や指揮官たちを全員集めて、出陣前の決起会を開いていた。

 そこで出された食事に問題があり、出席した者たちが次々と倒れてしまったのだ。


 攻略軍は、各地からブレストーク砦に集まった領主軍や獣人族部隊で編制されている混成軍だ。

 大きな領地を持つ領主は百人以上の騎士団を派遣しているし、弱小領主だと領主自ら数人の兵を従えて参戦する場合もある。


 マリネール伯爵としては烏合の衆である攻略軍の内部で少しでも連携を深める、顔合わせの意味もあって決起会を開いたのであろうが、今回はこれが完全に裏目に出た。

 攻略軍の幹部や指揮官のほとんどが倒れてしまった事で、攻略軍の各部隊への指揮命令系統が壊滅してしまったのだ。

 彼らは自分たちで用意していたポーションを服用したようだが、たいした効果は無かったようだ。



 ブラッドは伝令から受け取った自分宛ての封書を開き、中の文書に目を通した。

 封書の中身はアルビナ王国に対して宣戦布告を行った事実を伝えるものであった。


「とうとう始まったか……、はあぁ……」


 ブラッドは砦の守備隊の隊長たちを集め、アルビナ王国との開戦を伝えると共に、砦を戦時体制に移行するよう伝えた。

 事前に準備出来ることは全てやった。後は臨機応変に対応するしかない。


 ほどなく伝令を連れて救護所に向かった兵士が戻って来た。


「司令官代理、マリネール伯爵が至急お話したいとのことです。こちらに出向けないため救護所までご足労願いたいと」

「分かった。すぐ行く」


 ブラッドが救護所の一室に出向くと、攻略軍の司令官マリネール伯爵がベッドに横たわったまま弱々しく口を開いた。


「ブラッド司令官代理、わざわざすまんな」

「いえ、お加減はどうですか?」

「見ての通りだ。この様では出陣は難しい。儂の部下たちも皆倒れてしまった」


 マリネール伯爵がベッドの脇に立っていた従者に合図をすると、従者はブラッドに封の開いた封書を差し出した。


「これは?」

「さきほど儂に届いた指令書だ」


 ブラッドは少し躊躇ったが、従者から封書を受け取った。

 マリネール伯爵が人払いを命じると、部屋にいた従者たちが部屋から出て行った。

 ブラッドは受け取った文書に目を通した。


「これは!」


 文書にはブラッドの元に届いたものと同様の開戦を伝える内容と、ホルス王国とアルビナ王国の間に位置するギナンの街への攻略命令が記されていた。


 その内容はブラッドの予想通りだった。驚いたのはその後だ。その文書には攻略軍の本当の任務が書かれていた。


 攻略軍の本当の任務。それは事前に知らされていたアルビナ王都攻略などではなく、アルビナ軍を国境地帯に呼び寄せ、撤退させないよう長期に渡り引き付けておくことであった。

 アルビナ軍を全滅させギナンの街の占領に成功すれば良し。もし占領が難しい場合でも敵戦力を引き付けておけば任務は達成である。


「攻略軍は囮ですか……。マリネール伯爵は最初からご存知だったのですか?」

「ああ。三つの砦からアルビナに侵攻する攻略軍は全てが囮の軍勢だ。別に動いている本命の軍勢がアルビナ王都を攻める」

「本命の軍はどこから国境を超えるのですか?」

「それは機密事項で教えられん。儂らは任務は開戦から五日間、敵を国境地帯に引き付け戦線を維持することだ。五日を過ぎればそのままアルビナ王都まで進撃するも、ブレストーク砦まで後退して守りを固めるも儂の裁量に任されておる」


(攻略軍の任務は重大だな……。勝っても負けても駄目とは無茶振りが過ぎるよ)


「ブラッド司令官代理、貴公に頼みがある」


(まずいぞ、まずい。嫌な予感しかしないぞ。聞いちゃ駄目だ!)


「ええと、伯爵もお疲れのようですし、そろそろ私は……」

「ブラッド司令官代理、貴公に攻略軍の司令官代理を頼みたい」


(ぐおっ! 言われてしまった!)


「攻略軍の指揮官はほとんどが倒れてしまっておる。攻略軍を率いることが出来る者が他におらんのだ。既に宣戦布告してしまった以上、出撃しない訳にはいかん。我らが出ないとアルビナを攻める本命の攻略軍が危うくなる。頼めるのは貴公しかおらん。この通りだ。引き受けてもらえんか」


 攻略軍が出撃しないと全体の戦局に大きく影響する。伯爵も必死である。

 マリネール伯爵がベッドの上に身を起こし頭を下げた。


 退路は断たれた。伯爵ともあろう人物が一介の子爵に頭を下げているのだ。これを断ることなど出来ようもない。


「伯爵、お止めください。分かりました。分かりましたから頭を上げてください!」

「ありがとう、感謝する」

「攻略軍司令官代理に任ずる委任状を書面で用意願いますよ」

「ああ、後で届けさせよう」


 そう言うと、マリネール伯爵はベッドに倒れ込んだ。伯爵の顔には大粒の汗が流れており非常に苦しそうだ。


(確かにこれじゃあ攻略軍の指揮を執るなんて無理だ。といっても私は文官だぞ……)


 少し前までは王城勤めのただの文官だったのに、今ではブレストークの砦の司令官代理と攻略軍の司令官代理の兼任だ。


(私も偉くなったものだな。まあどっちも代理だけど。ううっ、胃が痛い……)



 ◇◇◇



 ブラッドは砦の前に集結した攻略軍を前に号令を発していた。


「諸君! 私は攻略軍の司令官代理ブラッドである。今後はマリネール伯爵に代わり私が攻略軍の指揮を執る。我が軍はこれよりアルビナ王都ライランドに向けて進軍を開始する! 最初の攻略目標は国境地帯にある街ギナンだ。ストラーニ男爵、貴公に先鋒を任す。街道の敵兵を排除しギナンの街に至る侵攻ルートを確保しろ」

「はっ! 先陣は武人の誉れ。このストラーニにお任せあれ。敵軍を一掃してご覧に入れましょう」

「よし! 敵にホルス軍の恐ろしさを思い知らせてやれ! 全軍出撃!」


 ストラーニ男爵の率いる部隊が隊列を作って進み始めるのを確認して、ブラッドは砦の執務室に戻った。椅子にどしりと座り込むと大きなため息をついた。


「はあー、何だか偉そうな事を言ってしまったな」


 それを聞いて部屋にいた文官が吹き出した。


「実際に偉いんですから、どんな偉そうな事言っても問題なんてないですよ」

「私は代理でしかないんだから全然偉くなんてないよ。ルーベック将軍やマリネール伯爵が復帰すればただの文官に逆戻りだ」

「私はそうはならないと思いますがね」

「そうだな。攻略軍が大敗すれば私も責任を負わされて処刑かな……。ああ、何でこんなことになったんだろうな……」

「何でそう悲観的な事ばかり考えるんですか。勝てばいいんですよ。攻略軍がアルビナ王都まで進撃して一番乗りで占領してしまえば、司令官代理は英雄ですよ」


(所詮私たちは囮だから、国境からあまり先には進めないんだけどね)


 ブラッドは気持ちを切り替え、執務室に集めた文官たちに声を掛けた。


「さてと、ストラーニ男爵が侵攻ルートを確保してくれる間に、急いで攻略軍の再編に取り掛かろうか。皆も協力を頼むよ」


 ストラーニ男爵は砦に到着するのが遅れたため、決起会に参加しておらず食中毒の被害を免れた。

 男爵は百人あまりの部隊を率いて攻略軍に合流してきている。彼と彼の部隊に任せておけば自力で戦線を維持してくれるだろう。


 彼が時間を稼いでくれる間に攻略軍の指揮命令系統を再構築し、ブラッドの命令一下で部隊を動かせるよう再編しなければいけない。


 進軍中に指揮命令系統を再編するなど無謀ではあるが、指揮官不在の部隊を前線に投入する訳にもいかない。


(ああっ、胃が痛いよー)

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