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第73話 ブレストークの砦

 ホルス王国がアルビナ王国に宣戦布告する一ヵ月ほど前の事。


 ホルス王城の財務部門に勤めるブラッド子爵は、上司であるロイド伯爵から呼び出しを受けていた。

 ブラッドはロイド伯爵の執務室に出向き、扉をノックして声を掛けた。


「ロイド伯爵、ブラッドです。お呼びと伺いましたが」

「ブラッド子爵、来たか。入りたまえ」


 ブラッドが執務室の扉を開けると、執務机で上司であるロイド伯爵が苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。

 その表情を見て固まってしまったブラッドを見て、ロイド伯爵が表情を和らげた。


「ああ、すまん。別に貴公がどうこうというのではない。この書類の山に嫌気が差しているだけだよ」


 見れば執務机の上には大量の書類が山と積まれている。

 ロイド伯爵が身振りでブラッドに座るよう促した。


「すまんが立て込んでいて、ゆっくり世間話をしている時間がない。早速だが本題に入ろうか。ブラッド子爵、ここからの話は極秘事項だ。他言無用と心得よ」


 ブラッドは無言で頷いた。ロイド伯爵はそれを見て話しを続けた。


「一ヵ月以内に我がホルス王国はアルビナ王国に宣戦布告する。今回はいつもの国境での小競り合いではなくアルビナ王都まで攻め込む。ホルス軍はアルビナ王国につながる三つの街道に同時に軍勢を送り込み一気に王都を落とす」


 ブラッドは伯爵の言葉に驚いたが、言葉は発しなかった。


(最近城内にピリピリした雰囲気が漂っているのはこれが理由か。以前から噂になってたけど、とうとう出兵か。しかし簡単に言ってるけど国境の山を越えてアルビナ王国に侵攻するのは難しいだろうな)


 ブラッドは子爵という身分ではあるが領地のない法衣貴族であり生粋の文官だ。

 戦争といっても前線で戦う可能性などほとんどなく、戦場で命を懸けて戦う兵士とは違って気楽な立場だ。


「その件に関して辞令が出ておる。ラリー・ブラッド子爵、貴公をクラルヴァイン領ブレストーク砦の司令官代理に任ずる。ただちにブレストーク砦に赴き開戦の準備を進めるように」

「……は?」

「聞こえなかったのか? 貴公をブレストーク砦の司令官代理に任ずる。了解したか?」

「へ? マジ?」

「ああ、マジだ」


 思わず無礼な物言いをしてしまったが、ロイド伯爵はそれを咎めることなく同じように返答を返してきた。


「司令官代理? 伯爵、私は文官ですよ。誰か他の方と間違えているのでは? それとも司令官の副官にという話ですか?」

「まあ、驚くのも無理はない。儂も何度も上層部に確認したがブラッド子爵、確かに貴公で間違いない。それに役職は司令官代理だ。副官などではないぞ」


 辞令が人違いでないことは理解したが、その他の事は疑問だらけだ。


「ブレストーク砦はクラルヴァイン辺境伯の砦ですよね。辺境伯が私に来いと言ってるのですか?」

「詳しいいきさつは聞かされていないが、どうやらそのようだ」

「なぜクラルヴァイン領と関わりのない私が指名されたのでしょうか?」

「そこまでは儂にも分からんよ」


 ブラッドは首を傾げた。ブレストーク砦を守るのはクラルヴァイン辺境伯の役目だ。

 領民でもない王城勤めの文官を司令官代理として迎える理由が分からない。


「ブレストーク砦の司令官はルーベック将軍だったと思いますが、将軍はどうかなされたのですか?」

「ルーベック将軍は極秘任務でしばらく砦から離れる。その間の代理が子爵の仕事だ」

「砦の司令官は武官が勤めるのが通例ではないですか。くどいようですが私は文官ですよ」

「子爵ならやれるとクラルヴァイン辺境伯が判断し、うちの上層部に対し出向を要請した。これはその結果だ」

「無理です、無理。私は一度だって戦場に出たことはないんですよ! 司令官代理なんて無理です」


 強硬に抵抗するブラッドにロイド伯爵は引導を渡した。


「往生際が悪いぞ。命令を拒否すれば抗命罪で監獄行きだ。いいかげん諦めろ」

「そんなご無体な……」



 ◇◇◇



 東西に長く伸び、アルビナ王国とホルス王国を南北に隔てるモーリア山脈。

 その山脈の中には、山を抜けて両国をつなぐ街道が三つだけ存在する。

 その一番東よりの街道にホルス王国が築いたブレストーク砦がある。


 そのブレストーク砦にブラッドは司令官代理として着任した。

 着任してすぐにブラッドは身分を隠して砦の中を視察して回ったのだが、その結果は目を覆いたくなるような惨憺たるものだった。


 見張り台で居眠りしている歩哨などまだかわいいもので、中には歩哨中に酒盛りや賭博に興じている者もいる。そもそも兵がいるはずの場所に誰もいないことさえある。職務を放棄して遊びに行っているのだろう。


 大きな砦ではあるが、砦を守備している兵士の士気も練度もかなり低い。

 国境を守ると言っても戦争など三十年前に起きたのが最後で、今では戦う相手は山中に出没する盗賊くらいしかいない。

 毎年のようにアルビナ王国の国境守備隊との間で小競り合いが起きているが、はっきり言って酒場の喧嘩レベルで終わっている。

 そんな状況なので士気が上がらないのは仕方がないとはいえ、流石にこれはない。


 砦の司令官であるルーベック将軍がいれば文句の一つも言いに行けるのだが、本人は極秘任務とやらで砦を出ており、仕事の引き継ぎさえされていない。

 副官を始めとした幹部連中も、その半数がルーベック将軍と共に砦を出てしまっている。

 文句を言う相手がどこにもいない。


 ルーベック将軍は勇猛な武人ではあるが配下の管理が出来る人物ではない、と以前どこかで聞いたような気がする。この現状を見ればさもありなんである。


(早急にブレストーク砦の綱紀粛正を図る……のはとても無理だ。ああっ、どうすればいいんだよ!)


 開戦までの猶予は一ヵ月もない。開戦が近づけば砦に国内各地からアルビナ攻略のための部隊が大挙して集結してくる。それまでに砦に攻略部隊を受け入れ出撃させられる体制を整えなければいけない。


 それだけではない。もし攻略部隊がアルビナ軍に敗れて敗走し追撃されれば、砦の兵力で味方を救出し敵を迎え撃たなければならないし、砦に籠って防衛戦という可能性もある。

 今の兵士の様子を見ればどこまで戦えるか怪しいものだ。早急に軍事訓練が必要である。

 だが文官であるブラッドには、軍事面で何をどう訓練すればいいか分からない。


 ブラッドは頭を抱えた。こんな状況で戦争を始めるなんて無謀だ。

 開戦を決めた王やその周囲は、この砦の状況を知っているのか?


(だからか……。私はこの砦の状況を打破するために呼ばれたのか……)


 ブラッドは昔から事務処理能力が高く、同世代の若手同僚たちの中では頭一つ飛び抜けている。王城内での評価も高い。

 クラルヴァイン辺境伯はそれを知っていて王城にブラッドの出向要請を出したのだろう。

 辺境伯の周囲にも事務処理にたけた人材は沢山いるはずだが、そういった人材が事態の改善に失敗したからこそ、領外からブラッドを招いたと考えるべきだろう。


(これは正攻法では無理だ。私の司令官代理の権限を最大限活用して大鉈を振るわないと駄目だ!)




 ブラッドは翌日から精力的に動き回った。


 最初に彼は砦に残っていた文官をかき集めて砦の管理部門の再編を図った。

 その際、組織にとって有害と判断した反抗的な者や、能力の乏しい者を躊躇いなく排除してしまったため、只でさえ少ない文官が更に少なくなってしまった。


 人材不足が深刻だった。文官はもちろん足りないが、練度の低い兵を鍛え直す熟練の武官も全く足りていない。


 ブラッドは人材不足を解消すべく、砦の領主であるクラルヴァイン辺境伯の館に乗り込み面会を求めた。

 応接室で待つブラッドの前に現れたのは、どことなく疲れた顔をしている年の頃五十前後の男だった。

 辺境伯と言えば国防を担う勇猛な貴族のイメージがあるのだが、目の前の男はどう見ても武人という感じではない。


「ブラッド子爵、私がクラルヴァイン辺境伯だ。子爵には無理を言って来てもらったのに、砦を任せきりで申し訳ないと思っている」

「いえ、辺境伯もご多忙のようですので、そこはお気になさらず」


 本当は砦の惨状を声高に説明し糾弾したいところではあるが、吹けば飛ぶような子爵の身分では間違ってもそんな事は出来ない。


「本題に入る前に、ひとつお伺いしたいのですが」

「何だね?」

「なぜ私なのでしょうか? この領内には有能な人物がたくさんいると思うのですが、なぜ領外から私を呼ばれたのですか? 司令官代理となれば、この領の裏の部分にも多く触れる事になりましょう。後々この領に不利益をもたらす存在になりかねませんよ」


 クラルヴァイン辺境伯はしばらく考え込んでいたが、おもむろに口を開いた。


「ブラッド子爵、アランという男を知っているかね?」

「アラン……、アラン・ボーモンのことですか?」

「そうだ。彼は今、私のところで参謀として働いてもらっている。その彼から強い推薦があったのだよ。砦の改革を任せるなら君が適任だとね」


 アランは騎士学校時代のブラッドの友人だ。ブラッドもアランも騎士としての才能がないのは自覚しており、卒業と共に文官への道を進んだ。

 一時期、王城で一緒に仕事をしていた事もあり、実務能力はお互いに良く知っている。

 彼からの推薦となれば、ブラッドに白羽の矢が立った理由は納得だ。


「アランも有能な人材ですよ。私ではなく彼を司令官代理に据えればよかったのでは?」

「彼は男爵家の三男だったが、昨年家を出て今は平民の身分だ。さすがに平民を司令官には出来んよ。それに彼には別の仕事があって今はここにはいないしね」


(アランがいない……。ルーベック将軍も姿を消してるし裏で隠れて何かしてそうだな。これはあまり突っ込まない方がいいのか?)


 その後は辺境伯と交渉を重ねて、クラルヴァイン領内から即戦力になりそうな人材を掻き集めて砦に送り込むことを約束させた。


 砦に戻ったブラッドは、管理部門に領内から集めた文官を加えて再編を行った。

 そして再編した管理部門には手始めとして砦の備蓄品の検査を行わせた。

 現状の砦の様子を見るに、備蓄品の管理態勢が非常に怪しかったのだ。


 砦には守備隊が消費する物資に合わせ、各地から集まるアルビナ侵攻部隊が消費する物資も必要であり、砦の倉庫には大量の備蓄品が保管されている。

 戦場での物資の不足は即座に敗北につながる。開戦前の備蓄品確認は絶対に必要な作業なのである。


 備蓄品の検査結果は案の定、予想した通りの結果となった。

 少し調べただけで砦の倉庫の管理者による物資の横流しがボロボロと判明し、十数人からなる犯行グループが捕縛され処罰された。

 ブラッドは直ちに横流しで不足した備蓄品を辺境伯に要求し、開戦に間に合うよう調達を急がせた。


 万事がこの調子であった。ブラッドはひたすら砦と守備隊の問題点を次々とあぶり出し、根気よく対策を練っていった。


 守備隊の戦闘訓練については、クラルヴァイン領軍の隊長クラスを何人か引き抜いてきたので、彼らに兵の鍛え直しを一任した。

 ブラッドは軍事面では何も出来ないため、彼らに任せるしかなかったのだ。

 鍛え直しても使えないと判断した兵は容赦なく砦から追い出し辺境伯の元に送った。


 開戦まで時間がない。何をするにも時間を掛けてはいられない。

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