第71話 作戦会議
ギナンの街はアルビナ王国とホルス王国、それとセントース聖王国の三国が国境を交える地域にある街で、現在はアルビナ王国が領有している。
この地は大きな街道が交わる交通の要衝なのだが、同時に魔物も多く出没する危険地帯でもある。
百二十年前、ホルス王国は街道の安全を確保するため、この地に城塞都市を築いた。
魔物の多く出没する地に都市を築くのは非常に困難を伴う作業だったが、ホルス王国は多くの資金と人命を注ぎ込み城塞都市ギナンを建設した。
城塞都市が街道周辺の魔物討伐に力を入れたおかげで、危険だった街道は急速に安全な街道へと変わり、街は交易地として栄えることになった。
だがその繁栄は、わずか十年で終わりを告げた。
スタンピードと呼ばれる魔物の大氾濫により城壁が破られ、街は一夜にして壊滅してしまったのだ。
以来、街は放置され廃墟となり長い年月が過ぎた。
今から三十数年前、当時のアルビナ王国の国王がギナンの街を再建させた。
廃墟と化した都市の城壁を修復し、街の中の建物を全て新しく作り直したのだ。
ホルスと同様アルビナもギナンの街の再建には、多くの資金と人命を注ぎ込んでいた。
このアルビナ王国によるギナン再建に、ホルス王国が黙っている訳が無い。
ギナンの街はホルス王国の領有地であり、たとえ廃墟と化していようとその事実に変わりはないと主張したのだ。
これにアルビナ王国が反論した。
廃墟と化し八十年も放置された地は、もはや未開拓の地と同様であり開拓を行った者に領有権があると。
広大な大陸では、国と国との間には未開拓の地が広がっているのが普通であり、こういった未開拓の地は開拓を行った者がその領有権を主張できる。これは昔から伝わる暗黙のルールなのだ。
つまり八十年前の廃墟を『寂れた街』と認識すればギナンはホルス王国領であり、『放棄された未開拓地』と認識すればアルビナ王国領となる。
よくある領土紛争のケースである。よくあるケースではあるが、こういった問題が双方の合意を持って解決されることは稀だ。
たいていは力の弱い方が表面的に矛を収める。だが火種は見えないところでくすぶり続ける。そしていつか大きな炎となり周囲を焼き尽くすのだ。
こんな紛争、解決などする訳がない。
かつてホルス王国とアルビナ王国はギナンの街を奪い合って戦争を起こしている。
その時の戦争はアルビナ王国の勝利に終わったが、ホルス王国はそれでも諦めずギナン奪回の機会を窺っていた。
もし今回、ホルス王国の侵攻をうまく阻止出来たとしても、彼らはギナン奪回の夢を諦めたりはしないだろう。
もう一度言おう。こんな紛争、解決などする訳がない。
◇◇◇
「ホルス軍はどれくらいの兵力を出してきた?」
俺の質問に宰相のフォルマー公爵が答えた。
「ホルス王国軍はギナンの街のあるクレスト砦だけでなく、ヴァルス砦とタムール砦にも同時に兵を送り込んできています。敵の兵力はクレスト砦に一万、ヴァルス砦に八千、タムール砦に七千ほどです」
「国境の守備兵力は?」
「街道を守る三つの砦には国境守備隊がそれぞれ三百名ほど駐留していますが、一週間ほど前からホルスが国境に兵を集結させているとの知らせが入り、各砦の領主が兵を増強させています。現在の守備隊兵力はクレスト砦に三千、ヴァルス砦とタムール砦は二千五百づつとなっています。王都からも騎士団を中核とした増援を三つの砦にそれぞれ二千ずつ向かわせています」
各砦へ向かった王都からの増員が到着しても、数的にはホルス王国軍の半分にしかならない。
だが数の差はそれほど問題ではない。
ホルス王国軍がアルビナに侵攻するには、ホルスとアルビナを隔てる山脈の街道を進むしかない。
そんな山道でもし戦端が開かれても、兵を広く展開させられる場所などほとんどなく、戦えるのは先頭にいるごく少数の兵だけだ。
山を超えて麓まで下りきってしまえば少しは兵を展開できる地形になるのだが、そこにはアルビナの砦がそびえ立っている。
ホルス軍の侵攻をアルビナが指をくわえて見ている訳も無く、砦から出撃したアルビナ軍は自分たちに有利な地でホルス軍を迎え撃つことになる。
つまりどれだけ大軍を揃えても、数で押せるような戦いにはならないのだ。
「ホルスの宣戦布告はギナン奪還を謳っているのに、ギナンの街を守るクレスト砦以外にも進軍している。これをどう見る?」
俺の質問に宰相のフォルマー公爵は少し考えてから言った。
「ギナンの奪還は本来の目的を隠すための建前で、実際はアルビナに侵攻してそのまま王都まで攻め込むつもりでしょうな」
「俺もそう思う」
ホルス王国としては今でもギナン奪還の夢は捨てていないはずだ。
だが今なら街一つ取り返すより国全体を奪う方が簡単だと考えたのだろう。
何しろアルビナ王国は新王即位に伴う内紛の影響で国力が大きく落ちている。
国境を守る辺境伯の一人が、国に対する反逆行為を理由に爵位を剥奪され追放されたのだ。
その際に辺境伯と王都の軍勢の間で戦闘が発生し、双方の兵に少なからぬ被害が出ている。
後任として任命された辺境伯が後始末に追われているが、国境の守備力低下は如何ともし難い。
しかも今の王都には王城が存在しない。俺が完全に破壊してしまったからだ。
王は王都の宮殿にて政務を行っているが、外敵に対する防御力は城と宮殿では雲泥の差だ。
ホルス王国はアルビナ王国内に、かなりの密偵を送り込んでいる。こういった情報がホルス側に詳しく伝わっていても不思議ではない。
ホルス王国にとっては、これは王都を攻める絶好の機会なのだ。
「とは言えこんな大軍を送っても、砦を落とせるとは思えないんだがな」
「それについては気になる点があるのですが」
「何だ? 何でも言ってくれ」
「ホルス軍の動向を調べているこちらの密偵が『ホルス軍の中に有力な将軍がいない』と報告してきています。ホルス軍は軍勢を三つに分けて侵攻してきました。これだけの大軍を率いているのです、どの軍勢も名の知れた将軍が率いているはずです。が、実際には軍事に疎いお飾りと思われる高位貴族が指揮を執っているようです」
「どこかに本命の軍勢が伏せてあるという訳か」
「おそらくは」
俺は横で俺たちの会話を聞いていたギルベルト王に言った。
「王と宰相と俺の三人で話がしたい。別室を用意してくれ」
「分かりました。ではこちらへ」
王は自ら先を歩き俺たちを別室に案内した。テーブルと椅子しかない質素な部屋だが、内密な話をするのに問題はない。
俺は護衛のバトルロイドに指示を出した。
「お前たちは部屋の前で警護だ。緊急の連絡以外は人を入れるな」
バトルロイドが部屋の前で警護に付いたのを確認してから、俺は椅子に腰を降ろした。
「もう人目は無いから気楽にいこうか」
「皇帝陛下。御足労かけて申し訳ありません」
ギルベルト王が俺に頭を下げた。
「いや、王位に就いてからこっち、ずっと面倒事ばかり続いているだろ。少しはこっちで引き受けてやろうと思ってな」
「ありがとうございます。正直、問題続出でもう逃げ出したい気分ですよ。……ああっと、今の言葉は忘れて下さい。ちょっと気を緩め過ぎました」
「いや、愚痴くらいいくらでも聞いてやるからどんどん言えよ。溜め込むのは良くない」
俺はフォルマー公爵に聞いてみた。
「まだ政務の問題ってかなり残ってるのか?」
「ええ、財政問題、食料問題、治安悪化、外交問題、貴族問題……、もっと詳しく聞きたいですか?」
「止めておこう。題目を並べられただけで気が滅入ってくる。じゃあ明るい話をしようか」
俺はギルベルト王とフォルマー公爵に向かって言った。
「今回のホルスのアルビナ侵攻だが、これはアルビナ王国の問題であってエデン帝国が介入すべき問題ではないと思っている」
「えーっ! それ、どこが明るい話ですか!」
ギルベルト王が泣きそうな顔をして俺を見た。
その顔からは帝国の助力を当てにしていた事がありありと見て取れる。
かまわず俺は続けた。
「が、今回は俺にも原因がありそうだし、エデンの属国として迎えるはずのアルビナがホルスに蹂躙されても困る。そこでエデン帝国はアルビナ王国の支援に回る。今回は特別だ」
「やった! これでホルス王国も終わりだな!」
ギルベルト王が嬉しそうな爽やかな笑顔になった。
こいつ、なかなか表情豊かじゃないか。見てると面白い。
「但し、帝国は三つの砦の防衛戦には直接参加しない。帝国が本気を出せばホルス軍は簡単に滅び去るが、ホルス軍の殲滅は帝国の本意ではない」
「えー」
ギルベルト王が思いっきり失望の表情をしている。
自分たちは城を壊されたのだから、ホルスも同じ目に合えばいいとでも思っていたのだろう。
「俺の配下に国境の軍の動きを調査させている。収集した情報は随時提供しよう。言っておくが国土や国民を守るのはあくまでアルビナ王国軍だ。俺は後ろから支援はするが前面に出るつもりはない。それは忘れるなよ」
「はあ、支援は大変ありがたいのですが正直言って不安です。ホルス軍はこちらの倍に及ぶ数で攻めてきています。そんな大軍を動かしても簡単に砦を落とせないのは向こうも承知しているはずなのに。何か砦を落とす秘策を用意しているんじゃないかと思うと、不安が拭えないんですよ」
「もしホルス軍に砦を抜かれる事があれば、その時点で帝国が前面に出て武力介入する。アルビナ国民に被害が出ないよう、ホルス軍を痛めつけて自国に追い返す。王都まで侵入される事はないから、そこは心配するな」
俺の言葉にフォルマー公爵が反応した。
「皇帝陛下。ホルス軍を『追い返す』と言われましたか? 殺すでも捕虜にするでもなく追い返すと?」
「ああ、なるべく殺さず追い返すつもりだ」
「それは承服致しかねます。敗残兵は何をしでかすか分かりません。素直にホルスに逃げ帰ればいいですが、散り散りに山や森に逃げ込まれると盗賊となり近隣の村や街が襲われます。民を危険に晒すことになりかねません。どうかご再考を」
フォルマー公爵が真剣な眼差しで俺を見ている。彼の言葉には強い説得力がある。
「すまない。確かにその通りだな。ちょっと考えが足りなかったようだ」
「戦いに情けは無用です。非情に徹しなければ戦場を生き残れません」
「宰相は戦場に出た経験があるのか?」
「ええ、若い頃は領地の軍を率いていくつかの戦いに参加しました。三十年前にも今と同じようにホルス軍がギナンの街を狙ってアルビナに侵入しており、その時の戦いにも参加しています」
「すごいな。軍人上がりの宰相なのか。文武両道とは恐れ入った。経験者の語る言葉には重みがあるな。しかしなあ。ホルス兵を殺したくないってのは別に情けからじゃないんだ」
「では、どんな理由で?」
「ホルス王国を我がエデン帝国二番目の属国にする予定だ。なのでホルスの軍事力をあまり削りたくない」
「「は?」」
ギルベルト王とフォルマー公爵が呆けたような顔をしている。
どうしたんだろうか。そんなにおかしな話はしていないはずだが。




