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第70話 宣戦布告

 翌日、俺とテレーゼはクラレンス商会の行商隊と落ち合うべく、レマーン近郊の小さな森に出向いていた。


「おーい! パトリック! こっちこっち」


 俺たちの前にクラレンス商会の二台の荷馬車が止まる。

 八体のバトルロイドがその荷馬車の周りを取り囲んで警護している。


 御者台に座っていた商隊の責任者パトリックが馬車を降りると俺たちのところにやってきた。


「お待たせしました、タツヤさん。テレーゼも元気だったかい……、と聞くだけ野暮ですね。……何だか雰囲気が変わりましたね。妙にきれいになったと言うか。いや、まあ、元気そうで安心しました」

「あ、ありがとうございます」


 褒められてテレーゼが照れている。

 パトリックが嬉しそうに俺を見て大きく頷いた。

 何を想像してるのか分からないけど、俺とテレーゼのことは完全に見抜かれているようだ。


「まだ街まで少しあるけど、ここで護衛を回収したい。いいかな?」

「ええ、問題ありません。しかしこのゴーレムたちはすごいですね。彼らが護衛に付いてからは盗賊も魔物も一切寄り付きませんでしたし、行商でも力仕事を手伝ってくれたのですごく助かりました。ありがとうございました」

「役に立ったならこっちも嬉しいよ」


 俺は八体のバトルロイドに声を掛けた。


「ブルー隊、レッド隊、ご苦労だった。これにて商隊護衛の任を解く。回収艇に搭乗して帰投しろ」


 バトルロイドたちが森に隠した回収艇に向かうなか、護衛隊長のブルー1だけはパトリックの前に進み出て、手を差し出した。


「パトリックさん。私たちはこれにて帰ります。楽しい旅でした。またご縁がありましたらご一緒に旅をしたいものです」

「いや、礼を言うのはこっちですよ。あなた方がいてくれたおかげで安心して行商が出来ました。本当にありがとう」


 パトリックと握手を交わしたブルー1は、踵を返して回収艇の方へと歩いて行った。

 それを見送ってパトリックが言った。


「私には彼がゴーレムとは未だに信じられません。優しくて力持ち。理想の人間じゃないですか。彼がもし人間だったら一緒に酒でも酌み交わしたいところですよ」


 パトリックはそう言って驚いていたが、実は俺の方がもっと驚いていた。


(バトルロイドに搭載した人口知能は戦闘用で指揮官である俺の命令は絶対のはずだ。なのにあいつは俺が帰投しろと命じたのに、自分の判断でパトリックに別れの挨拶をした。おまけに戦闘用らしからぬあの礼儀正しさ。パトリックと行動を共にして彼の性格に影響を受けたのか? 学習型人工知能ってそういうものなのか?)


 ……まあいいか。別に礼儀正しいのは悪いことでもない。


「タツヤさん。駄目とは思いますがそれでもお聞きしたい。あのゴーレム、一体でいいので売ってもらう事はできませんか?」


 パトリックのバトルロイドへの評価はかなり高いようだ。


「悪いけど売り物じゃないんだ。必要ならまた派遣を検討するけど、それ以上は無理かな」

「はあ、そうですか。でもまた会える可能性があるのなら、それで良しとしましょう」


 その後、俺とテレーゼは荷馬車に同乗させてもらい、レマーンの街のクラレンス商会へと向かった。




 商会の建物の前に荷馬車が止まった。

 俺は荷馬車から降り立ち、目の前のクラレンス商会の建物を見上げた。


「ああ、懐かしいな」


 ここは俺がこの時代に飛ばされた時に出現した場所だ。いわば俺の始まりの地だ。

 俺は懐かしさのあまり、しばらく商会の前で物思いに耽ってしまった。


 しばらくすると商会の入口の扉が開き、中から映画俳優のようなナイスミドルな男が出て来た。

 出て来た男は店の前に佇む俺に気付くと俺をじっと見た。


(あの時もこうやって顔を見合わせてたな)


「お久しぶりです。クラレンスさん」

「タツヤさん……。良かった……、ご無事でしたか。生きて帰ってくると信じていましたよ」

「ええ、ずいぶんご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。何とか帰って来られました」

「今まで何を……、いや、まずは中に入ってください」


 俺が中に入ろうとした時、誰かが後ろから俺の腕に手を添えた。もちろんテレーゼだ。

 俺と腕を組むテレーゼの姿を見て、クラレンスが目を丸くしている。

 やがてクラレンスは忍び笑いを始めた。


「フフッ、フハハ、フハハハハ。いや、めでたい。今日はなんてめでたい日だ。テレーゼ、良かったね。本当に良かった。フハハハ」


 どうやらクラレンスにも俺とテレーゼの関係を見抜かれてしまったようだ。

 まあ、腕を組んで見つめ合ってたらバレない方がおかしいか。


「ベティー、ベティー、タツヤさんが帰ってきたよ」


 商会の奥からクラレンスの妻のベティーが出て来た。ベティーも俺の姿を見て驚いている。

 もともと彼女は俺に対して過保護な所があった。

 その俺が一年も消息不明になっていたのだ。どれだけ心配を掛けたことか。

 ベティーは俺の前に立つと、そっと俺を抱きしめて言った。


「おかえりなさい」


 俺もベティーを抱きしめて言った。


「ただいま」




 俺たちは商会の中に招き入れられた。

 通された部屋では、クラレンス夫妻と俺とテレーゼの四人がテーブルを囲んでいる。

 俺たちはそこで改めて再会を喜び合った。

 

 落ち着いたところで、俺はクラレンス夫妻に騎士団に捕まってからの経緯を語って聞かせた。とは言えテレーゼと同じように全てを正直に話した訳ではない。


 俺を捕えた騎士団からは何とか逃げ出し、その後はずっと秘境に隠れ住んでいた。

 秘境で魔道具の研究をして、売れそうな魔道具をいくつか作り出した。

 最近になり魔道具を売ろうと街に出向いたら再度騎士団に捕まった。

 アルビナ王国とは何とか話し合いで片を付けたので、もう逃げ回る必要はなくなった。

 商隊が盗賊に襲われているのを見つけ、魔道具を使って助け出したらクラレンス商会の商隊だったので驚いた。


 とまあ、クラレンス夫妻にはこんな筋書で話をした。

 このあたりは事前にテレーゼとも打ち合わせ済で、他の人に話をする時もこのストーリーで通すことにしてある。


 俺の語る物語がひと段落着いたとことで、俺は大事な要件を切り出した。


「実は夫妻に折り入ってお願いがあるのですが……」


 隣に座っていたテレーゼが息を飲んで身を固くした。

 俺は居住まいを正しクラレンスに向かって言った。


「テレーゼを俺に…」

『マスター、緊急事態です!』


 俺の言葉を遮るように、ブレスレット型通信機からケルビムの声が割り込んだ。

 クラレンス夫妻がその声に驚いて俺を見ている。


(くそっ、大事なところなだったのに!)


 俺は舌打ちをすると、ブレスレットに応答した。


「ケルビム。何があった?」

『アルビナ王国より緊急連絡。ホルス王国がアルビナ王国に対し宣戦を布告しました』

「何だとっ!」

『ホルス王国軍は国境を越えクレスト、ヴァルス、タムールの各砦に向け進軍を開始。各砦では迎撃の準備を進めています』


 ホルス王国はアルビナ王国のすぐ北側に隣接する国だ。

 国土の広さ、経済規模、軍事力などアルビナ王国と似たような規模の国である。

 地図上は長い国境で接しているが、国境の大部分は東西に延びる山脈であり、人が行き来できるのは山あいの三つの街道しかない。

 その通行可能な三つの街道には、ホルス・アルビナそれぞれが自国領に砦を築いており、国土の守りを固めている。


「敵の数は?」

『アルビナ王国からの情報によると、クレスト砦に一万、ヴァルス砦に八千、タムール砦に七千が進軍中』

「合計二万五千か。結構な数に見えるが……。まあいい。ケルビム、先日作った試作偵察機、すぐに出せるか?」

『はい、いつでも出せます』

「国境に向かわせてホルス王国軍の動きを監視させろ。それとサラマンダーとアルバトロスを王都に向かわせろ」

「了解しました」


 俺は黙って会話に耳を傾けていたクラレンスに言った。


「クラレンスさん。聞いての通りホルス王国がアルビナに戦争を仕掛けてきたようです。レマーンの街は影響は少ないと思うけど、十分注意してください」


 クラレンスが驚きながら矢継ぎ早に質問を投げた。


「今の話は本当なんですか? さっきの声は? 何でタツヤさんがそんな事を……」


 俺は手首のブレスレットをクラレンスに見せた。


「これは遠くにいる者と話が出来る魔道具で、さっきのは俺の部下の声です。俺は今、アルビナ国王の相談役みたいな仕事をしてるんですよ。これから王宮に行って状況を確かめてきます。すいませんがテレーゼを頼みます」


 俺は立ち上がりテレーゼを抱きしめた。そして小声で耳元に話し掛けた。


「すまん。ちょっとアルビナ王宮へ行ってくる。これでも一応皇帝様だからね。テレーゼはしばらくここにいてくれ。安全を考えるとエデンに戻った方がいいのかも知れないが、一人で置いておくのも不安だからね」


 テレーゼの手にはめられたブレスレットにそっと触れる。


「ブレスレットは常に身に付けていてくれ。何かあればすぐに連絡を。いいね」

「はい。行ってらっしゃいませ、あなた」


 テレーゼが俺の顔に手を伸ばし引き寄せると、そっと口づけをした。


「いいわねぇ」


 ベティーがそれを楽しそうに見ていた。クラレンスも一緒に笑っている。

 あちゃ、見られた。そういえば人前だった。けっこう恥ずかしいな。


 俺は部屋を出ながらブレスレットに呼びかけた。


「流星号、応答せよ」

『あいよ! マスター!』

「王都の宮殿に向かう。すぐに煙幕を張って降りてこい」

『ラジャー』


 はあ、大事な話の途中だったのに……。

 ホルス王国め! 許すまじ!



 ◇◇◇



 俺は流星号で王都まで飛び空挺母艦アルバトロスと合流すると、二体のバトルロイドをお供に付けて宮殿の庭へと降り立った。


 俺の訪問は事前に連絡を入れてあり、庭には案内係の文官が待機していた。

 俺は文官に案内され宮殿内の王のいる広間に向かった。

 そこでは二十人ほどの文官や騎士が大きなテーブルを囲んで騒がしく何かを議論していた。


「ギルベルト王、今の状況は?」

「皇帝陛下!」


 テーブルの上の地図を見ていたギルベルト王と宰相フォルマー公爵は、俺の姿を見ると姿勢を正しこうべを下げた。

 部屋の中にいた者のうち、俺が何者かを知っている者たちは王と同じように頭を下げたが、俺を知らない者たちはその光景を見て固まっている。


 エデン帝国の存在は今はまだ非公開だ。アルビナ王国の上層部しか俺が何者かを知らないので、大勢の者が集まるとどうしてもこういう状況になってしまう。


 王が頭を下げているのに自分たちが突っ立ている訳にもいかず同じように頭を下げる者がいる一方、忠誠を誓った王の目の前で得体の知れない者に頭を下げるのを良しとせず立ちすくむ者と対応が分かれている。

 こういう場合、どういう対応が正解なんだろう? 俺にもよく分からん。


「構わん。それより状況を教えてくれ」

「はっ! 宰相、皇帝陛下にご説明を」


 宰相のフォルマー公爵はテーブルに置かれた封書を手にすると俺に差し出した。


「今から一時間程前に、ホルス王国の大使より宣戦布告の書簡が届きました。回りくどく書かれていますが、要約すると『不当占拠されているギナンの街を武力を持って奪還する』と書かれています」


 やっぱりギナンの街を理由にあげてきたか。

 というか、ホルス王国との懸案事項はいくつかあるが、戦争を仕掛ける理由になり得るのはこの問題しかない。当然と言えば当然だ。


 はあ、どうしたものか……。

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