第69話 皇帝陛下の生活設計
エデンにテレーゼを迎えて五日ほどが経った。
テレーゼもこの屋敷の生活に段々と慣れてきたようで、最初こそはお付きメイドのセシリアの世話になっていたが、少しずつ自分で出来ることは自分でこなすようになってきており、今もキッチンに立って夕食の準備をしてくれている。
せっかくメイドがいるのだから任せてしまえばいいと思うのだが、何か仕事をしていないと落ち着かない性格のようだ。
俺は食卓に座り、キッチンで料理を作っているテレーゼに声を掛けた。
「テレーゼ、今後のことなんだけどさ」
「はい、何でしょう?」
「明日あたり、パトリックの率いるクラレンス商会の商隊がレマーンに戻る予定なんだ。それに合わせて俺もクラレンス商会に挨拶に行こうと思ってる。商隊の護衛に付けたゴーレムたちも回収しないといけないからね」
「そうですね。旦那様も奥様も、タツヤさんが元気な姿を見せたらお喜びになりますよ」
「そういう事だからテレーゼも荷物をまとめて帰る準備をしておいてくれ」
「ガチャーン!」
皿が床に落ちた。
でも大丈夫。皿は強化セラミック製なので割れたりはしていない。
テレーゼを見ると信じられないと言った顔をして俺を見ている。
俺は皿を拾い上げてテレーゼに差し出した。
「いや、そこは驚くところじゃないだろ。テレーゼはまだ商会の人間なんだから、ちゃんと身辺整理をしてからじゃないと、ここに迎え入れられないよ」
「すいません。確かにその通りですよね」
今の素振りを見ると、帰ることなんて全く考えてなかったようだ。
テレーゼはクラレンス商会の従業員ではあるが、十歳の時に両親を亡くして以降クラレンス夫妻に面倒を見て貰っている。クラレンス夫妻が実質的な親代わりだ。
テレーゼを貰い受けるとなれば、夫妻に対してそれなりの挨拶が必要だ。
「クラレンス夫妻には俺のこれまでのことを報告するのは当然なんだけど『テレーゼを僕にください』っていうのもやってこようと思ってる」
「ガチャーン!」
今度はグラスが床に落ちた。
でも大丈夫。グラスは強化ガラス製なので割れたりはしていない。
俺はグラスを拾い上げてテレーゼに差し出した。
テレーゼに目をやると両手で顔を覆っている。顔を赤らめてプルプル震えているようだ。
もう五日も一緒に生活しているというのに、未だにこの手の話には免疫が無いようだ。
「こういう時の決まりというか作法が分からないんだけど、何か注意点ってある? 手土産は何を持っていけばいいかな?」
テレーゼが大きく深呼吸して息を整えている。
「貴族様ならいざ知らず、平民の間には特に作法なんてありません。ただ相手を紹介して終わりですよ。手土産も決まりはありません」
「そうか。じゃあ何か焼菓子でも作って花を添えて持っていくかな。それはいいとして、あとは式をどうするかだな……」
「式?」
「ああ、結婚式」
「ガチャガチャーン!」
数本のフォークとスプーンが床に落ちた。
でも大丈夫。フォークもスプーンも金属製なので壊れる恐れはない。
「結婚式……、タツヤさんと結婚……」
テレーゼが何か呟いている。結婚という言葉に対し反応し過ぎではなかろうか?
俺はフォークとスプーンは返さず、代わりにテレーゼをキッチンから引っ張ってきて椅子に座らせた。食事の準備は話が終わってからでいい。
「いろいろ準備が必要だし、式は一か月後くらいでいいかな? 待てよ、ドレスの準備とか考えるともっと期間が必要なのかな。そう言えばこの世界では結婚式ってどんな事をするんだ?」
「結婚式は教会で神に夫婦になることを宣言して祝福を受けます。その後は家で親類や友人を集めてパーティーを開くのが普通です」
テレーゼが少し寂しそうに続けた。
「私には親も親類もいませんし、友人と呼べるほど親しい人もいませんからパーティーは……」
「何言ってるんだ。クラレンス夫妻は親も同様だし、商会の従業員たちは友人とは言えなくてもそれなりに親しいだろ。それだけいれば十分パーティーは開ける。だいたいそれを言ったら俺なんてこの世界では天涯孤独だぞ。知人は増えたけど親しい友人なんて一人もいやしない。まあ呼べそうなのはそれなりにいるから式にはそいつらを呼ぶか。国王とか王姉を呼べば少しは式に箔が付くだろ」
国王と聞いてテレーゼが顔を強張らせている。
「そんな恐れ多いこと……」
「何を言ってるんだ。テレーゼは俺と結婚すれば帝国皇妃になるんだ。属国の国王より宗主国の皇妃の方が立場は遥かに上だ」
「えっ?」
皇帝の妻になるという意味が分かっていないようだ。
「式の費用はいくらぐらい用意しておけばいいかな? ん? そう言えば俺、お金持ってないぞ!」
エデンにはお金がない。小銭程度ならあるがまとまった現金がない。
いつもアンデの街への買い出しは魔石払にしているので現金がないのだ。
「お金ならタツヤさんから預かっている金貨がありますよ。確か百八十枚くらい」
そうだった。昔にクラレンス商会にお金や荷物を預けてそのままだ。一年以内に取りに行かなければクラレンスとテレーゼに譲渡すると伝えてあるから、俺が預けたお金についてはテレーゼに譲渡済だ。
「それは俺のものじゃない。もうテレーゼのお金だよ」
「いえ、私のお金じゃありません。……私たち夫婦のお金です」
最後の方は小声になっていた。見ればテレーゼが顔を覆って俯いている。
どうも自分のセリフに照れてしまったようだ。
初々しくていいのだが、話が進まないからそろそろ慣れて欲しいな。
結局、結婚式の費用は俺の預けてあった金貨で賄うことにした。
今後は街での活動が増えることになるだろう。
現金を得る手段を考えておく必要があるかもしれない。
手っ取り早く現金を得るにはカナン島で魔物を狩って得た魔石や魔物の素材を売ればいい。鉱山から得た金や銀もあるから、いざとなれば何だって換金は可能だ。
だがこれらは本来、エデンとカナン島の生産工場で使用する素材として備蓄を進めており売却用ではない。
実のところ素材を売らなくても、俺の魔力操作のスキルを使えばお金を稼ぐなど造作もない。
街でクズ魔石を集めて魔力を充填し、通常の魔石として売り出せばいいだけだ。
だが労せず無から有を作り出すような金儲けは、俺の道徳観に合わず抵抗感がある。
そうなると今の俺にはちゃんとした収入というものが無い。
一応俺は、エデン帝国の皇帝様なんだが国民がいないから税収なんて無いし、アルビナ王国はまだ正式な属国じゃないから上納金を差し出させることも出来ない。
正式にアルビナ王国を帝国に組み込むまでは、収入は無いということだ。
まあ、本当にお金に困れば素材の売却も魔石の再生もギルベルト王からお金を毟り取るのも何だってやるが、それらは他にいい手段が見つからなかった時の話だ。
「なあ、テレーゼ。二人でお店でも開こうか?」
「何のお店を始めるんですか?」
「魔道具店なんてどうだろう。最近魔道具の製作に凝ってていろいろ作ってるんだ。知り合いの冒険者に試してもらったりしてるし、その中から評価がいいものを売りに出そうと思ってるんだ。どう思う?」
「タツヤさんはエデン帝国の皇帝様なんですよね? 皇帝様のお仕事はしなくていいんですか?」
「恥ずかしながら、皇帝様にはたいした仕事が無くて収入も無いんだ。なので皇妃様も一緒に働いて生活費を稼いでくれると助かる。不甲斐ない皇帝様で申し訳ない」
「大丈夫ですよ。タツヤさんが働かなくても私が働いて稼ぎます!」
「亭主をヒモ扱いするのは止めてくれ。二人で頑張ろうよ」
二人で店を開く提案をしたのは、何もお金を稼ぐだけが理由ではない。
天空の島エデンには俺とテレーゼしか人がいない。
エデンの屋敷は住むにはとてもいい環境なのだが、人との繋がりが全く持てない。
人は孤独では生きていけない。俺はその寂しさを知っている。
だからエデンだけでなく、人のいる街の中にも居場所を作る必要があると思ったのだ。
「うふふ。お店ですか。実は今まで誰にも話したことないんですけど、自分のお店を持つのが昔からの夢だったんですよ」
「えっ、そうなの。何のお店をやりたかったの?」
「お花屋さんとかパン屋さんとか。別に何のお店でも良かったんです。自分のお店っていうのに憧れていたんです」
テレーゼは孤児だ。これまでずっとクラレンス商会で働かせてもらって生きてきたのだ。恩義のある商会を出て、自分の店を持つなどというのは決して口に出来ない夢だったのだろう。
「じゃあ、花屋にするか? 俺には花の知識はないが、ガーデロイドを何体か付ければ花の手入れは完璧に出来るはずだ」
「いえ、魔道具のお店でいいですよ。二人で一緒に出来るお店じゃないと意味がありません」
確かにそうだ。ガーデロイドに任せてしまうと俺とテレーゼの店にはならないな。
「じゃあ、とりあえず魔道具店を開くって事で。俺が魔道具を作ってテレーゼが店で売る。考えただけで楽しくなってきたな。そうなるとテレーゼが店長だな」
テレーゼが嬉しそうに笑った。自分の店が持てるという実感が湧いてきたのだろう。
「店はどこに開こうか。レマーンか王都のどちらかだな。テレーゼはどっちがいい?」
「それは王都の方がいいに決まってます。けど王都は土地代が高いですから……」
「そこは結婚祝いとしてギルベルト王に強請ろう。奴にはずいぶん貸しがあるから、それくらい出させても問題ない」
第二王子だったギルベルトが王位に就く前、俺はギルベルトに敵対する貴族達の屋敷に情報収集装置を仕掛けて回ったのだ。
そうしたら、まあ出るわ出るわ。殺人、脅迫、横領、収賄、犯罪組織との繋がりなど、犯罪の証拠がこれでもかと集まった。
証拠はそのままギルベルトに渡して後の対処は任せたが、おかげでギルベルトの国王就任はスムーズに進んだ。
ギルベルト暗殺計画まで暴いてやったのだ。結婚祝いに土地建物を強請るくらいかわいいものだ。
「店名は『テレーゼ魔道具店』でいいかな?」
「魔道具を作るのはタツヤさんですから『タツヤ魔道具店』じゃないですか」
「いや、店長はテレーゼなんだから当然『テレーゼ魔道具店』だろ」
「じゃあ名前を使わない店名にしますか。例えば……」
その後もお店のことや、今後の生活についての話が弾んだ。
夕食の準備中であったことに気付いたのは、夜もずいぶん更けてからだった。




