第65話 エデン空中艦隊
ミルドランド大陸西岸の無人の砂漠地帯。
今日はここでレールキャノンの再試射を実施する。
試射条件は前日の火山噴火時と同様、魔石弾を使った発射試験だ。
弩級砲艦イフリートが海の上空から海岸沿いの砂漠に向けて照準を合わせている。
「撃てっ!」
俺の号令により、イフリートのレールキャノンが発射された。
砂漠に向かって放たれた魔石弾は砂漠の砂中に撃ちこまれると、一瞬のうちに着弾地を砂の海から灼熱のマグマの海へと変えてしまった。
理論上、ありえないような高エネルギーが地中で発生しているようだ。
新品の砲身を使った第一射であったが、発射後にレールキャノンは崩壊した。
昨日の火山の火柱現象はやはり魔石弾が原因だったのだ。
今日は火柱こそ上がっていないが、代わりに広大なマグマの海が出来てしまった。
なぜ砲弾に魔石を入れると異常とも言えるエネルギーを生み出すのかは、ケルビムの解析でも判明しなかった。
俺は砂漠の中で煮えたぎるマグマの海をじっと見つめていた。
「ケルビム」
『はい、マスター』
「これは駄目だ。強力すぎる。とても使えない……、いや、使っちゃいけない」
『ですがマスター。これは正にあなたが求めた圧倒的な力ですよ。何が問題ですか?』
「確かに俺は力を求めた。……でも何か違う。これじゃない。こんな力じゃ駄目なんだ」
『よく分かりません。マスターはシルバーサーペントを倒せるような力が欲しかったのでは? イフリートの力ならシルバーサーペントでも、もっと強力な魔物でも難なく倒せますよ』
確かに強力な魔物でも撃退出来るほどの強力な力だ。俺の望んだ力だ。
だけど、力を手に入れて初めて気が付いた。この力は違う。
「俺は身を守る為の力が欲しかったんだよ。俺自身とエデンとカナンを守る力を。こんな強力で制御不能な力を持っていたら、身を守るどころか身を滅ぼすことになる。……そんな気がする。俺はそれが怖い」
『マスターは大きな力を振るうことに恐れを感じているのですか?』
「そうだ。イフリートの力は絶大だよ。この力があれば一国を相手に戦っても勝てるはずだ。たぶん大陸中を敵に回しても勝てるだろう。俺がこの力に溺れたらどうする?」
『溺れるとは?』
「力を背景に傲慢な男に成り下がったらどうするってことだ。我こそ正義と自分の意に沿わない国を滅ぼして回ったら……。俺はそんな人間にはなりたくない」
『ではイフリートを廃棄しますか? ですが強力な魔物が現れても対抗出来なくなりますよ』
「だから困ってるんだ。力が必要なことに変わりはない。だけど力に溺れたくない」
葛藤の末、俺は結論を出した。
「イフリートと予備のレールキャノン、それに魔石弾を含む全砲弾。これらを全てエデンの地下格納庫に収容して封印する。格納庫のゲートにはロック機構を取り付け、ロック解除指示を出してから一定時間経たないと開けられないようにする」
『その対応にあまり意味があるとは思えませんが』
「心の問題だよ。俺の心はそんなに強くない。イフリートを目にすれば使ってみたくなる。だから普段は見えない所に隠し、安易に開けたりしないようにロックを掛けるんだよ」
『分かりました。ですがイフリートを封印してしまうと、いざという時に即時の対応が出来なくなりますが』
「新しい艦を建造しよう。今度はもっと機動力のある艦だ。イフリートのように全てを破壊してしまうような力ではなく、必要な場所に必要なだけの打撃を与えられる艦だ」
『了解しました』
俺はケルビムに一つの頼みをした。
「ケルビム」
『はい、マスター』
「もし俺がイフリートを使って世界を破滅させようとしたら……。その時は何としても俺を止めて欲しい。いや、イフリートだけじゃない。今後手にする力で俺が我を忘れるようなことがあれば……、俺が力に溺れることがあれば……、その時は俺を止めて欲しい。今の俺には頼れる者がいない。ケルビムとロックだけが頼りなんだ」
『お約束します。その時は、私やロックが必ずやあなたをお引き留めます』
◇◇◇
完成したばかりの弩級砲艦イフリートは、エデンの地下格納庫に厳重に封印された。
俺はイフリートに代わる二隻の空中艦を建造した。
更に艦の建造に合わせて、新型バトルロイドの製造も行った。
その目的はエデンとカナン島防衛の為の、制御可能な限定的な戦力を整えることだ。
建造した一隻目の艦は機動力重視の空中フリゲート艦『サラマンダー』だ。
全長百五十メートルの小柄な船体に高出力レーザー砲と新開発の魔道エンジンを搭載しており、有事の際には即座に現場へ急行し敵を一掃する。
今後はイフリートに代わり我がエデン空中艦隊の旗艦として活躍する予定だ。
しかし、この世界の戦いは艦砲で片の付くものばかりではない。
もっと小規模で使い勝手のいい戦力も必要だ。
そこで二隻目として建造したのが空挺母艦『アルバトロス』だ。
空挺母艦アルバトロスはバトルロイド空挺部隊を最大百機搭載可能な艦で、戦力を必要とする地点に即座に駆け付け、上空から迅速に空挺部隊を降下させるための艦だ。
搭載するバトルロイドは、以前俺の護衛用に製造したバトルロイドをベースに、新たに設計し直した空挺用だ。
初代バトルロイドより一回り大きな機体に防御力を高めた甲冑を付け、背中には特殊鋼製の大剣を装備した身長二メートルの偉丈夫だ。
胸部にはレーザーも仕込まれており、対人および対魔物に威力を発揮する。
空挺用として浮遊石の欠片が組み込んであり、高空から降下しても地表近くで減速して難なく着地することが可能だ。
バトルロイドには人工知能が搭載してあり会話も可能だ。この世界の言語も習得済みで大陸人との会話も問題ない。
重騎士風の姿にしてあるため、人前に出しても正体を見破られることは無いだろう。……たぶん。
ちなみに新型に組み込まれた浮遊石はごく少量なので、落下速度を落とすことは出来ても自由に空を飛ぶことまでは出来ない。
そのため空挺降下後は自力で母艦に戻ることは出来ず、母艦から回収艇を降ろしてもらいそれに搭乗して帰還することになる。
本来であればアルバトロスにはバトルロイドを百機搭載する予定であったが、バトルロイドの製造に必要な素材が尽きてしまい、現在は四十八機で生産が止まっている。
まあ最大が百機というだけで、四十八機もあれば十分であろう。
相次ぐ空中艦の製造でこれまでに蓄えた資材はほとんど使い果たしてしまった。
魔物から入手した大量の魔石や、カナン島で採掘した浮遊石もほとんど在庫が無くなった。
そのおかげで生産工場も造船ドックも休業状態だ。しばらくはまた資材の備蓄に努めることになるだろう。
何はともあれ、エデンとカナン島の防衛力整備は一旦完了だ。
大型の魔物だろうが国の軍隊だろうが、サラマンダーとアルバトロスの両艦があれば撃退できる。もしこの二艦で対抗できなければ、その時こそイフリートの出番である。
今後も防衛力整備は続けていく必要はあるが、今はもういい。
このところ働きづめで俺は疲れた。しばらくは何もしたくない。
俺の面倒を見てくれるメイドもいることだし、一ヵ月ぐらいグータラして過ごすのも悪くないかも。
よし、決めた! 明日から俺はグータラ過ごすぞ。グータラ万歳!
◇◇◇
森と泉に囲まれた閑静な佇まいの西洋風の屋敷。
そのバルコニーで俺はお茶を啜りながら庭を眺めていた。
俺の隣ではメイドのアリスがお茶菓子を準備している。
何もせずにグータラ過ごすって最高だ。
「やっぱりここは心が落ち着くな……。ん? あれ? ……なあアリス。何だか庭の様子が前と変わってないか?」
確かこの屋敷を建てた時は、自然の草地が広がっているだけで何もなかったはずだ。
それが今見ると草地は芝生に変わっており、きれいに刈り揃えられているようだ。
しかも芝生の中に遊歩道のような小道まで出来ている。
「造園作業は順調に進んでます。明日あたりから植樹を始めるようですよ」
「造園って何のこと?」
アリスがあきれたといった顔で俺を見た。
メイドロイドには白い仮面を付けさせているので表情なんて見えないのだが、体の仕草で何となく相手の思いが伝わってくるのだ。
「マスターがご自分で西洋庭園を作れとお命じになったじゃないですか。お忘れですか?」
「……俺、そんなこと言った?」
「三週間ほど前に庭を眺めながら『この庭は自然のままもいいが、もっと手を入れれば更に良くなるぞ』とおっしゃって、ケルビムに西洋庭園風にするよう指示を出されていますが」
三週間前って言うとサラマンダーやアルバトロスの設計が佳境に入った頃だ。
確かあの頃は作業に追われてろくに眠れず毎日くたくた状態だったはずだ。
造園しろなんて一言も………………言ったな。
そうだ。何となく思い出した。確かに言いました。
あれは疲れて昼間からぼーっとすることが多かった時期だ。
そんな時に無意識に造園を命じてしまったのだろう。
「確かに俺が命じた……ような気がする。それにしても三週間も経ってるなら進捗が遅いんじゃないか?」
「五体のガーデロイドの製造や造園用重機の製造。それに屋敷の地下に造園機器の収納庫も作っているんですから、むしろ早い方だと思いますが」
「ガーデロイド?」
「それもお忘れですか? 人の顔と姿を持つ庭師アンドロイドです。まあ顔の精巧さはメイドロイドに及びませんが、庭仕事に関してはいい仕事をしますよ」
だんだん思い出してきた。
疲れて朦朧とした意識の中でケルビムと造園に関して会話した覚えがある。
何てことだ。やはり働き過ぎは良くないな。
「そうか、じゃあいいよ。そのまま作業を続け……。おい! ちょっと待て! 人の顔を持つアンドロイドだと! そのガーデロイドはもう完成してるのか?」
「はい、五体とも先日より造園作業を始めています」
「五人全員ここに連れてきてくれ」
「かしこまりました」
アリスが五人の男たちを引き連れて戻ってきた。
五人とも背格好はほぼ同じだが容姿はバラバラだ。
くそっ! 五人とも俺よりイケメンじゃないか。
俺は先頭の男に命じた。
「笑ってみせてくれ」
ガーデロイドがニコリと微笑んだ。それを見て俺は叫んだ。
「ギャーーーーーーーーーーー!」
背筋が凍るような恐ろしい微笑みだった。
こうしてエデンの屋敷には三人の仮面のメイドに加え、五人の仮面の庭師が住まうことになった。
ガーデロイドはメイドロイドとは異なる設計思想で作られたアンドロイドのはずだが、不気味な表情は共通仕様のようだ。
俺は五人のガーデロイドたちに名前を与えた。
アルファベット順に「アンディ」「ボビー」「クリフ」「ダン」「エディ」である。
彼らはケルビムの指示のもと、毎日せっせと庭の造成を進めている。
そんな彼らが毎日少しずつ作っていく庭園を眺めることが、いつの間にか俺の心の癒しになっていた。




