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第64話 弩級砲艦イフリート

 エデン空中艦隊の旗艦、弩級砲艦『イフリート』が完成した。


 艦隊とか旗艦とか言ってるが、我がエデンの保有する空中艦はこのイフリートただ一隻だ。

 一応、次の艦の建造予定はあるから決して嘘を付いている訳ではない。


 エデンの技術の粋を集めて建造したこの艦は、独特の外観をしている。

 全長二百五十メートルの巨大な船体と、その船体から左右に長く伸びた翼のような支持架。そして支持架の先には二百メートルにも及ぶ砲身のレールキャノンが左右に一門ずつ装備されている。

 見た目は空に浮かぶ三胴船といった感じだ。


 本当は正規の戦艦を建造したかったのだが、扱いの難しいデリケートな砲を二門も搭載したため急激な機動がさせられず、圧倒的な攻撃力と程々の防御力、そして無きに等しい機動力といった極めてバランスの悪い砲艦になってしまったのだ。


 どんな強力な敵でも一撃で粉砕する圧倒的な力を追及した結果なので、これはこれで正しいのだが、機動力ゼロでは前線には出せず、運用の難しい艦になってしまった。


 イフリートは空中艦として新しく設計した艦なので、その建造には多くの問題が発生し解決にかなり苦労した。

 そして今、幾多の苦難を乗り越えイフリートは()()完成した。

 ほぼと言うのはまだ試験が未了だからだ。


 実はイフリートの誇る二門のレールキャノンはまだ一度も発射したことがない。

 元々製造と同時にカナン島で試射を行うつもりだったのだが、ロックから『カナン島を荒らすな』と抗議を受けたのだ。

 レールキャノンはエデンの技術で作り得る最強兵器だ。

 そんなものを軽々しくカナン島内で撃てば、森は焼かれ山は抉られ大きな傷跡を残すことになる。


 そのため試射はズルズルと先延ばしにされ、今回やっと試験に適した場所を見つけて試射に漕ぎつけたのだ。



 ◇◇◇



 アルビナ王国の海岸から六十キロほど沖の名もなき火山島。


 この島は火山から流れ出た溶岩が冷えて固まって出来た島で、絶えず有毒ガスが噴き出しているため人や動物や植物は一切存在していない。

 ここならどれだけ大地を荒そうと誰も文句は言わないので試射場として最適だ。


 だた問題があるとすれば、島が大陸に近いため大陸の漁船や交易船に見られる可能性があることだ。

 この島は有毒ガスのせいで誰も寄り付かないだけで、島の存在自体はアルビナ王国でも認識されている。

 そのため試射時は周辺海域に偵察機代わりの輸送機を多数展開させ、近づく船がいないかチェックさせながら行うことになった。

 イフリートの存在さえ隠蔽出来れば、例え試射の轟音を聞かれたり閃光を見られても大して問題はない。火山島なので火山が噴火したと思われるだけだろう。




 俺はイフリートの艦橋から前方に位置する火山島を眺めていた。

 その俺にケルビムが声を掛けた。


『マスター。イフリートが配置に付きました。そろそろ退艦をお願いします』

「了解だ。じゃあ、後は頼むぞ」


 俺はイフリートの格納庫で待つ流星号に乗り込むと、艦外へと発進させた。

 まだ艦の安全性が確保されていないため、試射の様子は流星号に乗って艦外から見守るのだ。


『これよりレールキャノンの発射試験を開始します。左舷第一弾発射用意』


 イフリートの艦首が僅かに下方へと沈み込んでいく。

 レールキャノンは固定武装のため、照準は艦自体の向きを変えて行うのだ。


 前方の島にそびえる火山の麓に照準が合わされた。

 多少照準がずれても山が盾になって受け止めてくれるはずだ。


『左舷レールキャノン、発射!』


 レールキャノンから猛烈な勢いで砲弾が発射された。

 その速すぎる弾速はまるでビームが発射されたかのような速さだ。


 着弾と同時に周囲に大音響が響き渡る。

 砲弾の着弾地には爆炎のドームが形成され、徐々にそのドームが大きく広がっていく。

 大きくなった爆炎のドームが弾けて消えた後にはもう何も残っていなかった。

 これは爆発と言うより蒸発と言った方が正しい。この砲弾を撃ち込まれれば、どんな強固な建造物も一瞬で灰になることだろう。


『目標地点に命中。レール損傷度十。次弾発射に問題なし。冷却システムは正常に作動中。五十八分後に再発射可能』

「凄いな、これは使えるぞ! 威力が半端ない。これでどんな魔物が現れようと撃退できる。もうシルバーサーペントなんて目じゃないぞ!」


 再発射まで五十八分というのは、左右二門を交互に使用すれば二十九分まで短縮出来る。

 問題は多いが、とりあえずこの威力があれば砲艦として合格だろう。


 流星号が呟いた。


「すげえな。俺もあんな砲が欲しいぜ」

「全長二百メートルの砲身を持つエアカーってどんなだよ。付けてやってもいいが、あんなので武装したら空を飛べなくなるけどいいか?」

「じゃあ要らね!」


 諦めの早い奴だ。そこは『わーい』と言って喜ぶところだろ。最強のエアカーを目指そうよ。


 試験は左舷のレールキャノンに並行して右舷のレールキャノンでも進められた。

 右舷側は砲弾の材質や形状を少しずつ変えての発射試験だ。


 レールキャノンの砲身は発射時のダメージにより弾を六発ほど撃つと自壊する。

 そこで砲弾を工夫することで砲身の寿命を少しでも伸ばせられないかと思ったのだ。

 まあ千年前の技術者が叡智を集めて作った代物だ。そう簡単に改善など出来はしないだろうが、物は試しというやつだ。


『右舷第一弾発射用意。低伝導弾装填、準備よし。右舷レールキャノン、発射!』


 先程と同様にレールキャノンから砲弾が猛烈な勢いで飛んで行った。

 この砲弾は通常弾より電気伝導率を下げた弾体だ。威力はいくらか落ちるが砲身への負荷も減るはずだ。


『目標地点に命中。目標破壊度九十五。レール損傷度九。次弾発射に問題なし。冷却システムは正常に作動中。五十六分後に再発射可能』


 僅かにレールへの負荷が減り冷却時間も短縮されたが、それに伴い破壊力も低下した。

 この程度ではあまり砲身の負荷軽減にはならない。この砲弾は不採用だな。


 その後も左右のレールキャノンの試射を何度も繰り返した。

 通常弾を撃ち続けた左舷レールキャノンは六射目を放つと限界に達した。


『レール損傷度六十二。次弾発射不可。左舷レールキャノンを投棄します』


 イフリートの左舷レールキャノンが艦から切り離され海へと落下していく。

 損耗の激しいレールキャノンは修理が出来ず消耗品扱いだ。

 そのため不要になったレールキャノンは簡単に切り離せるような構造にしてある。

 本来は破損したレールキャノンはエデンに持ち帰り素材回収に回すのだが、今回は投棄までが試験項目である。


 これで左舷レールキャノンの耐久試験は完了した。


 残る試験は右舷レールキャノンの改良砲弾の試射が二回のみ。

 試射のスケジュールは細かなトラブルが続いたため、終了予定時間を大幅にオーバーしており、既に陽も落ち周囲は暗くなっている。


 右舷レールキャノンの第五射目は魔石を詰め込んだ砲弾を使った試験だ。


 ケルビムによるとレールキャノンの砲弾に魔石を詰め込むと、発射時の弾速が速くなり威力が増す……かもしれない、ということでお試しで作った砲弾だ。


『右舷第五弾発射用意。魔石弾装填、準備よし。右舷レールキャノン、発射!』


 魔石の詰まった砲弾は、明るく輝きながら一瞬で目標地点に着弾した。

 砲弾の着弾と同時に着弾地点に爆炎が上がる。

 だが爆発に勢いがない。さっきまでの試射に比べて威力が低すぎる。


「あれ? 不発? 魔石のせいで威力が低下したのか?」


 だがそれは大いなる勘違いだった。

 僅かな静寂の後、世界中に響き渡るかのような爆音が天と地に響き渡った。

 その爆音の衝撃を受け流星号の機体が大きく震える。


 島の火山が爆発したのだ。

 いや、爆発とは少し様子が違う。火山の火口が大きく開いており、その中からは大きな青い炎が天に向かって一直線に伸びている。まるでサーチライトのような集束した炎だ。

 闇に包まれていた島が、炎から漏れる光により昼間のように明るくなっている。


「流星号! 退避だ! 島からもっと距離を取れ!」

「ラジャー」


 流星号は俺が指示するまでもなく避難行動に移っており、火山を背にして全速で離脱していた。


「ケルビム! 何が起きた? イフリートは無事か?!」

『イフリートは健在ですが右舷レールキャノンが崩壊しました。緊急パージを実行しました』


 後ろを振り返りイフリートを探す。

 いた! 左舷に続き右舷のレールキャノンも切り離して身軽になったイフリートは、流星号の後を追って退避行動に移っている。


「何が起きたんだ? 火山を刺激しすぎたのか?」

『不明です。火山の中で何かが起こっています。通常の火山活動ではありません。ありえない程のエネルギーが火山の中に満ちているようです』


 俺は改めて火山を見た。

 火口から上空に向かい真っ直ぐな炎が立ち上っている。

 火柱は高く高くひたすら高く、まるで天に突き刺さるかのように上空へと伸びている。


「これは魔石弾が原因か?」

『不明です。魔石弾発射時にレールから異常な電磁エネルギーを検知しましたが、魔石弾が原因とは断定できません。現在データを収集し解析を進めていますが時間がかかります』


 俺はもう一度火山から天高く伸びる火柱を見た。

 詳細は分からないが、今のこの事態はイフリートが招いたことに間違いない。

 だがあの火柱は何だ。これはただの火山噴火じゃない。


 一時間ほど火山の観測を続けたが、火口から立ち上る火柱はいつまで経っても収まる気配を見せない。

 どうしようか……。


「ケルビム。輸送機を一機島の監視用として残し、他の輸送機は全て帰投させろ」

『了解しました』


 俺は流星号に呼びかけた。


「流星号、俺たちも引き上げだ。イフリートに向かってくれ」

「ラジャー。でもあの火山、このまま放っておくのか?」

「俺にはどうしようもない。何も出来ないならいつまで眺めてても仕方が無い」

「それはそうだけどさ……」

「自然に消えるのを待つしかないだろ」


 大惨事になってしまった。火山島での試射は無謀な行いだった。

 もし試射場が火山島でなく通常の原野だったら、たとえ魔石弾を使ったとしてもあんな火柱が上がるような事態にはなっていなかったはずだ……。


 ……いや待て! 本当にそうだろうか?

 原野に魔石弾を撃ちこんでも異変は起きないのか?


「ケルビム!」

『はい、マスター』

「エデンに戻ったらイフリートに新しいレールキャノンを装着してくれ。それと魔石弾はあれ一発しか用意してなかっただろ。大至急もう一発作ってくれ。明日、大陸西岸の砂漠地帯で魔石弾の発射試験を行う」

『了解しました』



 ◇◇◇



 アルビナ王国南端の港町アンデは、今まさにパニックに襲われていた。


 港から見える海の向こうに、太い真っ赤な火柱が立ち上ったのだ。

 火柱はその高さをぐんぐんと上げ、天まで届くかの如く上空に向かって伸びている。


 肩を寄せながら港で夜空を眺めていたカップルが、火柱を見て恐怖に震えていた。


「ねえ、あの火柱は何なの? 何が起こってるの?」

「知らねえよ! 俺にも分かんないよ!」


 港で停泊中の船の船員たちは、甲板に並んでこの火柱を眺めていた。


「おい、あの火柱は何だ? あっちは火山島のある方向だろ。あの火山が噴火したのか?」

「よく見ろ。火山が噴火したってあんな火柱になる訳がない」

「海で魔物が暴れてるのか?」

「何を言ってる。あんな火柱を立てる魔物なんていないぞ」


 港の近くで占い屋を開いている老婆が、海の火柱を見て大声で騒ぎ立てていた。

 老婆の周りには人だかりが出来ている。


「この世の終わりじゃ。あれは世界の終焉の予兆じゃ。もう助からん。魔王が、魔王が復活する。もう誰にも止められん。この世の終わりじゃ」


 海に立ち上った火柱についての議論がアンデの街の至る所で交わされたが、火柱の正体は杳として知れなかった。


 そして火柱の正体を知る唯一の男は弩級砲艦イフリートの艦橋で頭を悩ませていた。


(やっぱり魔石弾が原因だよな……。明日の試射でも同じ結果になったら……)


 謎の火柱によってアルビナ王国の沿岸部が大混乱に陥っていることなど、彼には知る由も無かった。

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