第63話 アンデ沖海戦
『マスター。港で何か起きたようです』
「もう少し状況を詳しく」
『港全体が騒然としており、三隻の大型船が慌ただしく出航準備を始めています。女性や子供が港から退去しつつあるようで、何らかの異常事態が起きているようです』
ふーむ。これだけでは何が何だか分からんな。
俺はヘッドセットを外しながら言った。
「輸送機への物資搬入を急げ。積み込みが完了次第直ちに離陸。高度を取って港の上空に向かえ」
そう指示してから気付いた。何も輸送機で偵察しなくても情報収集装置があるではないか。
「ケルビム。港の映像は出せるか?」
『映像出します』
俺に前に港の映像が映し出された。
大勢の船員たちが何か怒鳴り合いながら、港に係留されている大型船に次々と乗り込んでいく。
埠頭で二人の男が大声で会話しているのが聞こえる。
『おい、野郎どもは揃ったか』
『クルーは全員乗船しましたが、まだ冒険者パーティーが到着していません』
『ちっ、呼び出しは届いてるんだろうな?』
『はい、今こちらに向かってるはずです』
『何をのんびりしてやがるんだ。やつらが来ねえと出航できねえじゃねえか! このままだとオニキス号とセレーン号に遅れを取るぞ!』
『もうこのまま出航しますか』
『そうもいかん! 相手はシルバーサーペントだ。魔術師がいないと俺たちだけじゃ倒せん。くそっ、どこで油売ってやがる!』
カメラを切り替え、他の場所での会話も聞いているうちに状況が分かってきた。
この港の近くに海洋性の大型の魔物、シルバーサーペントが現れたらしい。
シルバーサーペントは巨大な大海蛇で、船を見つけると船体に体を巻き付けて海の底に沈めてしまう恐ろしい魔物だ。
小型船や中型船はもちろん、大型船であろうと平気で襲ってくる。
本来はもっと陸から離れた外洋に生息する魔物だが、数年に一度くらいの割合で海岸近くに迷い込むことがあり、時にはそのまま住み着いてしまうこともあるらしい。
こういった魔物は早急に討伐しないと、いつまでも船が出せず交易も漁も出来なくなる。
アンデのような交易都市にとって港が閉鎖される事態は死活問題である。
そのため、大型の魔物が現れると街が総出で討伐に当たる。
俺はケルビムに状況を説明してやり指示を出した。
「港の沖に大型の魔物がいるはずだ。探し出せ」
輸送機はすぐに港の近海で巨大な魔物を見つけ出した。
全長五十メートルはありそうな大きな魔物で、体は銀の鱗で覆われ海中を悠々と泳いでいる。
「ちょっとデカ過ぎじゃないか? 輸送機のレーザー砲でこいつを倒せると思うか?」
『無理でしょうね。輸送機の武装はあくまで自衛用です。ここまで巨大な魔物を相手にすることは想定していません』
「そうだよな……」
上空から監視を続けていると、港から大型船が二隻出航してきた。
シルバーサーペントはそれに気付くと、一方の船に狙いを定めて近づいていく。
狙われた船の舳先には数人の男が立っている。その先頭で魔術師と思われる男が杖を構えてシルバーサーペントに向けている。
シルバーサーペントが船に襲い掛かろうとした時、大きな雷がシルバーサーペントの頭部に落ちた。
シルバーサーペントは落雷を受けて狂ったように暴れ回っていたが、やがて船に向かって襲い掛かり巨体をぐるぐると船体に巻き付け締めあげた。
「おい! あれってまずくないか!」
『ええ、あの大きさだと十分船を沈められます』
船員たちは船体に巻き付いたシルバーサーペントへと殺到し、手斧を手にして振り下ろし始めた。だが船員たちの奮闘も虚しく、手斧はシルバーサーペントの鱗を切り裂けないでいる。
やがてシルバーサーペントに締め付けられていた船体がミシミシと音を立て始め、とうとう船体は大きな音を立てて割れてしまった。
甲板にいた船員たちが一斉に海に飛び込み、急いで船から離れようとしている。
船が沈む際に近くにいると一緒に海の底に引きずり込まれるからだ。
運のいい船員は船の破片につかまり浮いているが、大部分は荒れる波に漂っている。
「ケルビム。彼らの救助は可能か?」
『不可能です。輸送機には救難装備はありません』
「くそっ!」
一緒に港から出て来たもう一隻の船が速度を上げてシルバーサーペントに近づいてきた。
今度の船は何人もの屈強な男たちが舷にずらりと並んでおり、彼らの手には大きな銛が握られている。
シルバーサーペントはまだ一隻目の大きく割れた船体に巻き付いたままだ。
二隻目の大型船がシルバーサーペントの脇を駆け抜けると、舷に並ぶ男たちが次々と銛をシルバーサーペントに投げつけた。
何本かの銛がシルバーサーペントの鱗を突き破り体に突き刺さった。
二隻目は速度を落とすこと無くそのまま直進を続け、シルバーサーペントから遠ざかっていく。
「あんな銛じゃあ何本刺さっても倒せないだろ」
『急所を狙えばあるいは』
シルバーサーペントは一隻目の船体から離れると、二隻目を追って海中を進み始めた。
二隻目は速度を落としシルバーサーペントを引き付けるかのように徐々に進路を港方面に向けていく。
やがて港方向から三隻目の大型船がシルバーサーペントに向かって進んできた。
二隻目の船は三隻目に向かって突き進み、その脇をすり抜けると速度を上げて離脱していく。
二隻目の離脱で正面から激突する態勢になった三隻目とシルバーサーペントが今まさにすれ違おうとした時、空に巨大な稲妻が走り大音響と共にシルバーサーペントに直撃した。
「何だあれ! 魔法か? あの威力は何だ! さっきの雷とは格段の差があるじゃないか!」
よく見れば三隻目の舳先には女魔術師が立っている。どうやら彼女が雷系魔法を使ったようだ。
落雷の直撃を受けたシルバーサーペントは大きな叫び声をあげ海中に逃げ込もうとしたが、やがて海面にプカリと浮きあがり動かなくなった。
船員たちの間で大きな歓声が上がった。
アンデの三隻の船の活躍によりシルバーサーペントは討伐された。
二隻目と三隻目の大型船が、大破した一隻目の浮かぶ海域で海に落ちた船員の救助作業を始めた。
波間に漂う船員たちが全員救助されたのを確認し、俺はケルビムに指示を出した。
「ケルビム。輸送機に帰還指示を。それと後から相談がある」
『了解しました。何のご相談ですか?』
「エデンとカナン島の防衛についてだ」
◇◇◇
俺は屋敷のバルコニーで優雅な午後を過ごしていた。
バルコニーの椅子に座り屋敷前の森を眺めつつ、アリスの入れてくれた紅茶を飲む。
テーブルの上にはティーポットとクッキーの乗った皿が並べられている。
アンデで買い込んだ物資の中には砂糖やミルクなども含まれており、セシリアがそれらの材料を使ってクッキーを焼いてくれたのだ。
そんなゆったりしたティータイムを過ごしてはいたが、俺の心は深く沈み込んでいた。
(俺は井の中の蛙だな……)
過去の遺産を手に入れた。カナン島を手に入れた。天空の島エデンを手に入れた。
この世界ではもう恐れる物など何もない。そう思っていた。
だがそれはとんでもない思い上がりだった。
今日見たシルバーサーペント。俺にはあの魔物を倒す術がない。
輸送機のレーザー砲ではあの魔物を倒せなかっただろう。
流星号も然り。搭載レーザー砲は輸送機と同型だ。やはり奴は倒せない。
俺はこの世界の魔物を甘く見ていた。
どんな魔物もレーザー砲の一撃で簡単に倒せると思っていた。
現に地下工場やカナン島の魔物はレーザー装備の魔物狩猟機で難なく倒してきた。
だからこれまで威力の高い武器を求めてこなかった。
シルバーサーペントはそんな俺の甘い考えを一瞬で吹き飛ばした。
この世界には強力な魔物がもっとたくさんいるはずだ。
あんな魔物がカナン島やエデンに現れたらとてもじゃないが守り切れない。
魔法に関しても同様だ。
生活魔法を除けば、俺が今まで実際に見た事のある魔法といえばソフィーのファイヤーボールくらいだ。
確かに攻撃に使える魔法だが、剣や槍や弓などに比べ突出して強いという印象は無かった。
だがあの女魔術師の雷系魔法は次元が違った。ソフィーのファイヤーボールなど子供のお遊びに等しい。
俺は追われる身だ。いつ強力な魔術師が追手として現れるか分からない。
あんな魔法を前にしたら、バトルロイドの護衛など何の意味もない。
あれは危険だ。魔法は俺に取って警戒すべき脅威だ。
俺は弱い。
だからこそ力が必要だ。
魔物や魔法に対抗できるような強大な力が。
「ケルビム、聞こえるか?」
『はいマスター。ケルビムです。聞こえています』
「今日の海戦を見て思うところが多々あった。まあ話が長くなるから結論だけ先に言おう。今後はエデンとカナン島の防衛力を強化していこうと思っている」
俺は一旦言葉を切った。だがケルビムの反応が無かったので話を続けた。
「相談なんだが……。エデン防衛の要として戦艦を一隻建造しようと思う。海上艦じゃないぞ。エデンの守りを固めるんだから当然空中戦艦だ。建造可能かどうか意見が欲しい」
『マスター。空中戦艦などというものは過去に設計も建造もされたことはありません』
「分かってる。だから新規に設計するんだ。俺たちには浮遊石がある。浮遊石があればどんな船体だろうが浮かせられる。その船体に武器と推進器を取り付ければ空中戦艦の出来上がりだ。流星号と同じだよ」
『簡単に言いますが、戦艦となれば工場では作れません。造船ドックが必要です』
「カナン島に造船ドックを作ろうと思う」
『設計図のある艦船を建造したり改造を加える程度なら比較的簡単に出来ますが、新規に艦を設計するとなると、かなり時間が掛かりますよ』
「いや、浮遊石がある以上どんな手抜きの設計をしてもまず墜落なんてしない。むしろ設計は簡単だと思うんだけどな。何だったら既存の海上艦の船体をそのまま浮かせてもいい」
昭和の某SFアニメでは、旧帝国海軍の戦艦が宇宙を飛んでいた。
あれはツッコミどころ満載の設定であったが、この際あんな感じでも構わない。
『船体の話は一旦保留にしましょう。どんな武装を施すかでまた話は変わってきます』
「敵を一撃で粉砕するような強力な主砲が欲しい。圧倒的な破壊力で群がる敵を一掃できるような兵装だ」
『そういう兵器は使い勝手が悪いのでお勧めしません』
「でも戦艦なんだから強力な武装は必須だろ。ほら、よく言うだろ『大艦巨砲は男のロマン』ってな」
『ロマンなんかで戦艦は作れません』
「いや、ふざけてる訳じゃないぞ。俺たちの敵はどんな強大な力を持っているのか分からない。その敵の力に対抗するには、こちらも持ち得る最大戦力を用意してぶつけるしかない。使い勝手は二の次だよ。……ということでケルビムのお勧め超兵器って何かない?」
『ないことはないですが……』
「どんなの?」
俺の前に長い棒のような何かがホログラム表示された。何だこれ?
『電磁投射砲、いわゆるレールガンと呼ばれる兵器です。砲身は全長二百メートル。カナン島の工場で製造できる最強兵器と言えばこれでしょう』
「そうそう。こういうのでいいんだよ。ちゃんとあるじゃないか」
『威力は絶大です。これがあればシルバーサーペントと言えど恐るるに足りません。但しデメリットも多いです』
「どんな?」
『連射不可。一発撃ったら砲身の冷却に一時間必要です』
「まあ、仕方がないかな」
『六発撃ったら砲身は崩壊します』
「何でっ?」
『この砲は弾を超高速で打ち出すため、撃つ度に砲身に深刻なダメージを与えます。砲身は消耗品とお考え下さい』
「うーむ」
『もしこの砲を空中戦艦に搭載するとなると、艦の全長は二百メートルを超えます。急激な機動をすれば砲身に負荷がかかるため、ゆっくりとしか動けません。もはや戦艦とは呼べませんね』
「……」
この後もケルビムと延々と討論を続け、新造艦の要求仕様を決めていった。
気が付けば外は真っ暗で深夜になっていた。
「じゃあケルビム。この案で設計を進めてみてくれないか。問題が出てきたらまた相談だ。あとカナン島に造船ドックを建設するようロックに伝えておいてくれ」
『了解しました。艦の設計と造船ドックの建設に取り掛かります』
「ああ。よろしく。じゃあ俺はもう寝るよ」
(ああっ、疲れたな……。そう言えば夕食を食べ損ねたぞ。まあいいか……。新造艦はこれでいいとして、バトルロイドも強化が必要だな。流星号も改造したい……。ああっ、また忙しくなる……)
俺は自室のベッドに倒れ込んだ。




