第62話 初めてのお使い
「マスター。食料が不足しています」
メイドのアリスが俺のところにやって来て報告した。
「何が足りないって?」
「肉と魚以外の全てが不足しています」
メイドロイドにはエデンの屋敷の管理を一任したのだが、食材の在庫をチェックしたアリスが食料庫の惨状を見て慌てて注進に来たようだ。
アルビナ王国で騎士団から逃げ出して以降、俺はとても貧しい食生活を送っていた。
地下工場に逃げ込む際に大量に持ち込んだ食料と、狩猟で得た魔物や獣の肉のおかげで飢えることはなかったが、調味料不足のためろくな調理が出来ず、食事はただ単に腹を満たすためのものになっていた。
カナン島を見つけてからは魚と塩が手に入るようになったが、状況が大きく変わった訳ではない。
俺は持ち込んだ食材を細々と使ってきたため、今の在庫量でもまだ大丈夫という認識だったが、アリスから見たらこの程度の量は無きに等しい量なのだろう。
「そうは言っても食料はあれだけだ。肉と魚は狩猟や漁で入手できるけど、野菜や小麦はエデンにもカナン島にも無いから今の在庫が尽きれば終わりだ。調味料の類は塩しか無い」
「街に行って買ってきてください」
「いや、俺はお尋ね者だから街には行けないぞ」
「では私が買って参ります」
「そんな怪しい仮面を付けて街に行ったら捕まるぞ」
「仮面を外す許可を」
「駄目だ! 街がパニックになる!」
「ではどうしろと?」
確かに今までは食事に気を掛ける余裕が無く、ただ食べられればいいと思ってやってきたが、そろそろ豊かな食生活を求めてもいい頃かもしれない。
「仕方がない。街へ買い出しに行くか。でも飛燕騎士団の存在が怖いんだよな」
飛燕騎士団の裏には秘密組織『梟』がいる。奴らはスキル持ち集団なので、いつ俺の前に姿を現しても不思議ではない。
まあ今回は流星号がいるから、もし捕まりそうになっても何とかなるだろう。
とはいえ、流星号が街中に姿を晒してレーザー砲を撃ちまくるような事態は避けたい。
厄介事は御免だ。
ピンチを切り抜ける方策より、ピンチに陥らない方策を練るべきだ。
どこかの街で人知れず物資を買い付けるいい方法はないものか?
レマーンの街のクラレンス商会に連絡を取って買い付けを頼むか……。
いや、これは駄目だ。下手にクラレンスやテレーゼに接触すればまた迷惑を掛けるかもしれない。
俺はお尋ね者だ。知り合いと接触するのはなしだ。
「うーん。どうしたものかな。リスク覚悟でどこかの街に出向くか? アリスの仮面をベールに替えれば街へお使いに出せるかな?」
何が最善の方法か分からない。
とりあえず調達が必要な物資のリストを作っておこうとペンを持ち、紙に必要な品物を次々に書き込んでいった。
「まずは小麦粉だろ。これは大量に必要だ。保存の利く野菜はもうないから買えるだけ買っておこう。生鮮野菜も欲しいな。それと香辛料だな。そうそう、卵が欲しい。久々にパンも食べたいし、後は……」
思い付くまま次々とリストに書き込んでいき、手が止まったところでリストをアリスに渡して尋ねた。
「アリス、他に必要な物はあるか?」
アリスは小首をかしげながら口元に指を当てリストを見ている。
さすがセクサロイド。仮面で表情を隠しているというのに妙に男心をくすぐる仕草をしてくる。
だが俺は騙されんぞ。お前の仮面のその裏には……。
やめておこう。思い出しただけで背筋が寒くなってくる。
そんな馬鹿なことを考えていた俺に、アリスが衝撃的な言葉を投げかけた。
「申し訳ありません。読めません」
「え?」
「読めません」
「……」
(アンドロイドは字が読めない? いや、俺の字が汚くて読めないと言ってるのか。パトリックに三歳児の字って馬鹿にされたもんな……。いや! そうじゃない!)
「ケルビム! これ読めるか?」
『この世界の文字ですか。私にも読めませんね』
そう。俺は無意識にこの世界の文字でメモを取っていたのだ。
俺は頭を抱えた。迂闊だった。全く気付いていなかった。
俺自身は「異世界言語」というスキルがあるので、この世界の言葉が理解できる。
だが過去の文明の産物であるケルビムやアリスにとって、この世界の言語は未知の言語だ。
街で会話が出来ないとなると、アリスを街へ買い出しに行かせられない。
今後、この世界と関わっていくのに会話や文字の読み書きが出来ないでは困る。
「ケルビム。俺がお前にこの世界の言葉を教える。その場合、習得した言語を他の人工知能に伝授することは可能か?」
『可能です。その件についてはご提案があります』
「何だ?」
『人が多く住む街に情報収集装置を設置しましょう』
ケルビムから提案の内容を詳しく聞いた。
情報収集装置とは要はカメラやマイクや各種センサー類を一纏めにした小さな装置だ。
人の多く住む街の中にこの装置を多数設置し、街で交わされる会話や人の行動を分析し続ければ言語の習得はもちろん、大陸の情勢や文化などの調査も可能とのことだ。
確かにこれは学習型人工知能の得意分野だろう。
街で勝手に情報収集して学習してくれるならこちらも助かる。
俺は分析困難な部分のサポートと習得結果の確認さえしていれば、付きっきりで一から教えなくても大丈夫らしい。
「分かった、それで行こう。情報収集装置を作ってくれ。俺が街に行って設置して回るよ」
結局、俺が街まで出向くことになった。
街までは流星号で行くとしても街中では一緒に行動出来ない。
流星号に代わる俺の護衛が必要だ。
「ケルビム。護衛用のアンドロイドが欲しい。何かお勧めはないか?」
『一口に護衛用と言っても種類が多いですから、どんな機能を重視するかでお勧めも変わってきます』
◇◇◇
俺はケルビムと相談の上、一体の護衛用アンドロイドを作り上げた。
最初は人間そっくりなアンドロイドを希望したが、人に似せるとどうしても戦闘力が低くなる。
かといって戦闘力を重視すると、人型とはいえ火器満載の異形の怪物になる。
俺が欲しいのは一緒に行動できる護衛であって殺戮マシーンではない。
最終的に採用したのが人型の汎用作業用アンドロイドだ。
作業用とはいえ街中を連れて歩ける大きさで、剣を持たせれば人間と対等以上に戦える。
元はいかにもロボットという外観だったが、外装を鎧と兜に換え重騎士風にしたことで、この世界でも何とか人と言い張れる姿になった。
武装は背中に背負った大剣と内蔵レーザーの二つのみ。
通常は素手もしくは大剣で戦闘を行う。
レーザーはあくまで緊急事態への対処用とし、平時の使用は禁じてある。
俺はこのロボットを『バトルロイド』と呼ぶことにした。
「ケルビム。気が進まないが明日バトルロイドを連れて物資の買い出しに行ってくる。情報収集装置もできるだけ多く街中に仕掛けてくるよ」
『気が進まないのであれば、バトルロイドだけで行かせてはどうですか?』
「バトルロイドはこの世界の言葉が話せないから駄目だよ」
『会話はマスターが代わってすれば問題ないのでは?』
「ん?」
何を言っているのかよく理解できなくて黙り込んでしまった。
ケルビムが丁寧に言い直した。
『エデンからバトルロイドの動きをモニターして、人との会話が必要な時だけマスターが代わって話せばいいのでは?』
「そんなこと出来るの?」
『出来ますよ』
「……」
何のことはない。ゴーグル型のヘッドセットを付ければ、バトルロイドの視点で周囲を見たり会話したり出来るらしい。
更に操縦システムを使用すればバトルロイドを自ら操作することも可能ということだ。
「最初に言ってよ……。もしかしてメイドロイドも遠隔操作は可能なのか?」
『ええ、遠隔操作機能は共通仕様です』
「だったら初めからバトルロイドなんて作らずに、アリスにベールでも着けさせて街に行かせれば良かったんじゃないか?」
『いえ、アリスに戦闘能力はありません。一人で街へ行かせるのは危険です』
それはそうか。女性型アンドロイドを一人で街に向かわせれば、ゴロツキに襲われる可能性がある。
何となくアンドロイドは人より強いというイメージがあったが、よく考えればセクサロイドに戦闘力などある訳がない。
いや待てよ。ベッドの上では最強と聞いた覚えが……。まあ、それは意味が違うか。
「分かった。じゃあ街へはバトルロイドだけで向かわせよう。俺はエデンから監視だな」
せっかく護衛ロボを作ったのに、これじゃあただのお使いロボじゃないか。
◇◇◇
俺は慎重に買い出しに行く街を選び出した。
港町アンデ。アルビナ王国南端にある港町だ。
外国との交易で栄えている街で、城壁こそないものの街の規模はかなり大きい。
この街であれば農産物と海産物が一度に手に入るし、アルビナ国内には出回らない交易品の入手も容易だ。
アンデは交易都市だけあって外国人や人間以外の種族も多く住んでおり、街中には異彩な容姿風貌の人があふれている。
兜で顔を隠した重騎士がうろついていても、そこまで怪しまれたりしないはずだ。
バトルロイドと荷車を輸送機に乗せアンデに向かわせた。
輸送機には海からアンデに接近させ、街の近くの森に着陸させた。
目立たず街の近くまで接近できるのもこの街を選んだ理由の一つだ。
『マスター。輸送機の着地を確認しました』
俺はエデンの屋敷内でソファーに座り、ヘッドセットを頭に装着した。
俺の視界いっぱいに輸送機のコンテナ内の風景が広がる。
これは今バトルロイドが見ている風景だ。
俺は周囲を見回し、ヘッドセットがバトルロイドの頭部と同期していることを確認した。
「よし、それじゃあ街へ行こうか。輸送機は上空で待機だ」
俺はバトルロイドに指示を出し街への移動を命じた。
直接バトルロイドを操縦することも可能なのだが、面倒なので俺はあくまで会話担当だ。
荷車を引いたバトルロイドは、森を抜けしばらく歩いて街に入った。
この街には城壁がないため、下手な小細工をしなくても街に入れて非常に楽である。
まずは街を歩き回りつつ、事前に目を付けておいた場所に情報収集装置を設置していった。
装置は石片や木片に偽装してあるため、人の集まりそうな建物の外壁にさりげなく貼り付けておけばいい。建物の建材に紛れて見つかることはないはずだ。
「よし、設置作業は片が付いたようだな。じゃあ食料の買い付けに行こうか。商店街のあった通りに向かってくれ」
バトルロイドに指示を出しながら店を見て回り、一軒の商店に目を付けた。
やたらと大きな店舗で取り扱い品の種類も多い。店舗内に客も多く人気店のようだ。
店内にいた店員が声を掛けてきた。
「騎士様、何かお探しでしょうか?」
「小麦粉はあるかな。二十袋ほど欲しいんだが」
「小麦粉ですね。すぐご用意致します。一袋銀貨一枚ですので合計で金貨二枚になります」
「あー、この国の貨幣の持ち合わせがないんだが、払いは魔石では駄目かな? 駄目なら換金してから出直すが」
「大丈夫です。魔石でも金や銀でも受け付けますよ」
さすが交易都市だ。
外国からの客も多いようでアルビナ王国の貨幣以外でも取引は可能のようだ。
「助かる。あとこれだけ揃えたいんだが」
俺は店員に買い物リストを渡した。店員はリストを見ながら答えた。
「申し訳ございません。うちでは扱っていないものがいくつかありますが」
「構わない。用意できるものだけでいい」
引いてきた荷車に買い込んだ品々を載せ魔石で代金を払う。
買えなかった品物は別の商店を数軒回って全て購入した。
「よし、これで必要な物資は全て揃った。バトルロイドの初めてのお使いは無事に完了だな」
兜で顔を隠していても、それほど怪しまれることはなかった。
ケルビムがこの世界の言葉を習得すれば、次回からはバトルロイドだけで買い出しが出来そうだ。
街の外へ移動しようと荷車を引かせて歩いていると、一軒の古本屋を見つけた。
ケルビムへの土産にしようと本棚に並べられた本を手に取った。
「えーっと、なになに、『お姫様と七人のゴブリン』か。これはファンタジー小説か、それともエロ小説か? 微妙なタイトルだな。こっちは『簡単なお仕事で月収金貨五枚稼ぐ方法』だと。今時こんなのに引っ掛かる間抜けがいるのか? これは『ハーレム入門~こうして僕はモテモテになった~』だと! 買った!」
本棚をあれこれ物色し数冊の本を購入した。
ほとんどはケルビムの文字学習用の教材として買ったものだが、二冊だけ自分用に購入した本もあった。
『魔法入門初級編』と『魔道具の作り方』この二冊だ。
俺には無尽蔵の魔力がある。にも関わらず一切の魔法が使えない。俺に魔法適性がないせいだ。
だがMPゼロのはずの俺にはちゃんと魔力があった。であれば魔法適性がなくとも魔法が使える可能性だってあるのではないか。
そのため、魔法を使うためのヒントになればと買ったのがこの二冊だ。
これは時間のある時に読んでみることにしよう。
輸送機から降り立った森まで戻り、バトルロイドに指示を出した。
「今から輸送機を降ろす。買った荷物を積んだら戻ってきてくれ。後はよろしく」
もう俺の指示が無くても大丈夫だろうと、バトルロイドとの交信用ヘッドセットを外そうとした時、ケルビムから連絡が入った。
『マスター。港で何か起きたようです』
街中に仕込んだ情報収集装置がさっそく何かを捉えたようだ。




