第60話 エデン誕生
『大地を宙に浮かせられるか?』
そんな俺の疑問に答えるため、ロックは浮遊石に関するデータとカナン島の地質を精査し、何万回ものシミュレーションの末ひとつの答えを導き出した。
『大地を宙に浮かすことは可能である』と。
ロックは空に浮かぶ大地の想定姿を、ホログラム映像で俺に見せてくれた。
四キロ四方の巨大な大地が宙に浮いている。
全域が森林で中心付近には小高い山も存在している。
俺はそのホロ映像の姿に魅せられた。
「まるで空に浮かぶ島だな……」
宙に浮いたそれはもう大地とは呼べない。
これは島だ。天空の島だ。
ロックは大地を宙に浮かす事は可能だと言ったが、解決すべき課題がいくつかあった。
第一の課題は浮遊石の埋蔵密度の問題だ。
地中に埋蔵されている浮遊石の分布は一様ではない。
浮遊石が高密度で埋まっている箇所もあれば、密度の薄い箇所もある。
これを均し浮力に偏りが出来ないように浮遊石の位置を調整することが必要だ。
浮力バランスの調整に失敗すれば、地殻に無理な力が加わり大地は崩壊する。
これについては既に浮遊石の位置を綿密に調べ上げてある。
密度を平均化させることは十分に可能だ。
第二の課題は浮遊石の活性化の問題だ。
広範囲に広がる多数の浮遊石を一斉に活性化させるには、途方もない大量の魔力を広範囲に、しかも均一に流す事が必要だ。
活性化させるタイミングが少しでもズレれば浮力の乱れで大地は崩壊する。
この問題は魔力操作のスキルと無尽蔵といえるほどの大量の魔力を持つこの俺がいる以上、それほど問題にはならないはずだ。
第三の課題は浮遊状態の維持の問題だ。
空に浮かべた島には永続的な魔力供給が必要となる。
浮遊石への魔力供給が止まれば島は地に落ちる。
実は浮遊石が大量の魔力を消費するのは活性化させる時だけだ。浮遊石を一旦励起状態まで持っていけば、後は少量の魔力で励起状態を維持できる。
俺が常に付いていなくても、大量の魔石があれば浮遊状態の維持は可能なのだ。
魔石から浮遊石に魔力を供給する技術は流星号で実証済だ。技術的な問題はない。
島全体での消費される魔力はかなりの量になるが、俺なら魔石への魔力補充は簡単だ。
全ての課題はクリア出来る。大地は必ず空に浮く。
後は実行あるのみだ。
そう決意したとたん、俺の心に微かな迷いが生じた。
(俺はなぜそこまでして大地を浮かそうとしている?)
地下工場を復活させたのは過去の遺産を失いたくなかったからだ。
カナン島を開発したのは資源を手に入れるためだ。
では大地を浮かす理由は?
大地を浮かすには多大なる労力と資源が必要だ。
それだけのものを注ぎ込む価値があるのか?
俺は目を閉じ己の心に問いかけた。
答えはすぐに出た。大地を浮かす理由? そんなの決まっている。
あえて言おう、ロマンであると!
ここはファンタジーの世界だ。ロマンを追い求めずして何とする!
迷いは吹っ切れた。俺はロックに宣言した。
「これより『天空の島計画』を開始する!」
◇◇◇
天空の島計画の発動以降、俺は脇目も振らず計画の遂行に邁進した。
必要な作業の大部分は浮遊石の再配置だった。
浮遊石を密度の高い箇所から掘り出し、密度の薄い箇所に埋めていったのだ。
その後は魔力供給ユニットを大量生産し、浮遊石の埋まるエリアに設置して回った。
そして今、全ての準備は整った。
失敗は許されない。チャンスは一度きりだ。
俺は森の中の小さな広場に立っていた。
木々を伐採して整地された広場で、周囲には幾つかの計測機械が並べられている。
広場の隅には流星号も待機している。
「ロック。最終チェックを始めてくれ」
『了解。最終チェックを始めます。……計測ユニット問題なし。……制御ユニット問題なし。……魔力供給ユニット問題なし。いつでも行けます』
「了解。流星号も準備はいいな。それじゃあ始めるぞ」
俺は大地に膝をつき、手の平を広げて地面に押し当てると魔力を流し込み始めた。
大量の魔力が地中へ拡散していくのを感じる。
「状況はどうだ?」
『まだ反応ありません。もっと強く魔力を流して大丈夫です』
「了解」
俺は魔力量を増やし、ひたすら地面に注ぎ続けた。
『浮遊反応を感知。魔力の供給速度を緩めてください』
「了解」
浮遊石の埋まるエリア全域に魔力が行き渡ったようだ。
地中の魔力濃度が高まっている。
森の異変を察知した鳥たちが一斉に空へ飛び立った。
動物や魔物たちも興奮状態に陥り逃げまどっているようだ。
『D7エリアの魔力量が規定値を下回っています』
「了解だ。D7への魔力供給を増加」
『E5、E6エリアでも魔力量が低下中』
「同時に対応は無理だ!」
『了解。Eブロックの魔力供給ユニットを作動させます」
「頼む!」
『D7エリアおよびE5、E6エリアの魔力量が安定しました。全エリアの魔力濃度は規定範囲内です』
「了解。次のステップに移行する。魔力供給量を上げるぞ。そら行けっ!」
俺は地面に注ぎ込む魔力を一気に限界まで引き上げた。
未だかつて、これほどの魔力量を扱ったことなど一度もない。
ここから先は俺にとっても未知の領域だ。心に一抹の不安がよぎる。
大量の魔力を流し続けているせいか体が熱くなってきた。俺の額から大粒の汗がポタポタと流れ落ちる。
まずい。目が眩み頭が朦朧としだした。ダメだ、ここで倒れる訳にはいかない。
悪寒に耐えながらひたすら魔力を流し続けると、どこかから低い地鳴り音が響いてきた。
あと一息か?
『Jブロックの地殻に亀裂発生。対応不能。Jブロックを放棄します』
「くそっ! まだ浮かないのか?」
『浮遊反応増大。離昇します』
不気味な重低音の地響きがしたと思ったら、突然大地が大きく揺れ始めた。
両手両膝を大地に付け跪く格好でいたのだが、そんな姿勢さえ維持できないほどの大きな揺れが襲ってきて、俺の体は地面をゴロゴロと転がされ続けた。
『浮遊石の活性化に成功。島の離昇を確認しました。魔力供給ユニットは正常に作動中。もう魔力供給を停止しても大丈夫です』
地面を転げ回っているうちに悪寒が酷くなり、魔力の供給などとっくに出来なくなっていた。
いつまで経っても揺れの収まる傾向がない。
「流星号! 助けてくれ!」
『あいよ!』
俺の傍にやって来た流星号からアームが延びてきて、転げ回る俺の体を掴んだ。
俺がアームにしがみ付くと、アームは俺を持ち上げ座席にそっと降ろした。
「はあ、はあ。駄目だ、気分が悪い。吐きそうだ」
『ギャー! 中で出すのはやめてー! 出すなら外へ出して!』
俺は流星号の座席から機外へ身を乗り出し、胃の中のものを全てぶちまけた。
俺から流れ出たものは流星号のボディーを伝って地面へと落ちていった。
「はあ、はあ、出すもの出したらスッキリした」
『ぐすん。俺の純白のボディーが穢されちまった……』
「おい、誤解を招く表現はやめろ。後でちゃんと洗ってやるよ。それよりもう島の上昇は始まってるんだろ。状況を確認したい。全景が見えるよう距離を取ってくれ」
『ラジャー』
流星号は揺れる大地を飛び立ち、ある程度離れたところで機首をぐるりと反転させた。
俺の目の前に広大な島が浮いていた。
カナンの森の一角が地上を離れ、ふわりと宙に浮いたのだ。
俺は息をするのも忘れ、目の前の光景に見入った。
感動のあまり全身に鳥肌がたっている。
俺は体をぶるりと震わせると大きく息をはいた。
「やった! ついにやったぞ! 成功だ! 天空の島の誕生だ!」
『やったなマスター。ずっと頑張ってきた甲斐があるってもんだ』
「ああ、本当だよ。感動で体の震えが止まらないよ」
俺は改めて島を見た。島の上昇は既に止んでおり、現在は宙に静止している。
我ながらよくこれだけの大質量を空に上げたものだと感心してしまう。
「ロック。Jブロックは駄目だったのか?」
『はい。対処不能と判断して放棄しました。そのため浮上に成功したのは想定面積の八十二パーセントに留まります』
「いや、正直なところ半分も浮けば御の字だと思ってたから、これだけ浮けば大成功だよ。魔力供給に問題は出てないか?」
『全ての魔力供給ユニットは正常に作動中』
「地殻は大丈夫か?」
『A8、A9エリアで底部の岩盤剥離が止まりません。危機レベル1です』
「まだ許容範囲内だな。監視を続けてくれ」
『了解しました』
島の周辺部や底部からは土砂や岩がポロポロと落下し続けている。
だがこれは想定内だ。一ヵ月くらいは不安定な部分の落下が続くだろう。
「天空の島計画の第一段階は成功だ。これも全てロックのおかげだ。ありがとう」
『どういたしまして。やり応えのある計画でしたので私も満足です』
「最大の難関はクリアした。明日からは計画の第二段階に入る。地下工場の移転もあるし、やる事が盛り沢山だ。これからもよろしく頼むよ」
『お任せ下さい。ご期待に沿えるよう頑張ります』
この天空の島は俺のロマンの象徴だ。俺はここに理想郷を築くつもりだ。
いや、この島の広大な森には理想郷より楽園という言葉の方が似合っている。
「ロック」
『はい、何でしょうか?』
「この島の名前を決めた。『エデン』だ。天空の楽園『エデン』だ」
◇◇◇
天空の島計画の第一段階は無事成功し、エデンはカナンの地から飛び立った。
だがエデンは浮遊石の力で浮いているだけで、自ら移動が出来ない。
そこでエデンの移動を可能にすべく、エデン外周部に多数の推進器の設置を進めている。
これが天空の島計画の第二段階である。
この作業が完了すれば、エデンは名実共に空の支配者となる。
天空の島計画の発動により延期されていた地下工場の移転は、当初の予定を一部変更し実行された。
地下工場の機材の六割は、カナン島の製錬プラントに隣接して建てられた新工場へと移された。
総合管理ユニットのロックも新工場に移した。
残りの四割の機材は、エデンに新設した工場に移した。
工場を二か所に分けたのは危機管理のためだ。万一火災や事故が発生して工場が失われても、他の工場が生きていれば再建が可能だ。
拠点を分けたたことにより、エデンに総合管理ユニットを新設した。
新しい総合管理ユニットには『ケルビム』の名を与え、エデンの管理を任せている。
ケルビムも流星号の人工知能と同じく性格パターンの選択が可能だった。
ロックほどお堅くなく、流星号ほどお調子者でなく、ちょっと洒落の通じるジェントルマン風の性格が良かったのだが、そこまでぴったりの性格パターンは用意されていなかった。
そこでケルビムには『執事風』の性格パターンを設定しておいた。
主人に忠実に仕え、しっかり補佐してくれることを期待したのだ。
ちなみにエデンもケルビムも命名は旧約聖書の創世記からの引用である。
エデンの園からアダムとエバが追放された後、神がエデンの園の命の木を守るため置いたのがケルビムだ。
エデンの管理者としてこれ以上相応しい名前はないだろう。
ケルビムが天空のエデンを、ロックが地上のカナンをそれぞれ管理する。
今後は二本の柱として俺を支えてくれるだろう。
天と地にこの二柱ある限り、俺に恐れるものなど何もない。




