第59話 浮遊石
俺と流星号は製錬プラントの建設資材を運ぶ輸送機に随伴し、カナン島の上空を飛行していた。
カナン島は広大な大地の広がる無人島で、島内の十数か所で鉱石の採掘が進められており、島の中央部では製錬プラントが建設中である。
周囲には見渡す限りの森が広がっており、遠くには連なる山々も見える。
雄大な自然を見ていると、とても心が洗われる。
「流星号、地上の様子を見たい。もっと高度を下げて速度も落としてくれ」
『ラジャー』
流星号は速度を落とし随伴していた輸送機から距離を取ると低空に降下した。
『マスター。これぐらいの高度と速度でいいか?』
「ああ、それでいい」
眼下の森は緑に覆われ、空からでは地表の様子は窺い知れない。
俺は周囲に向けて魔力波を飛ばした。森に隠れて姿は見えないものの、多数の魔物の反応が返ってきた。
「やっぱり地上には魔物が多いな。これなら有機素材の調達も問題なく出来そうだ」
魔物が多数生息しているというのは本来なら大きな脅威なのだが、今の俺にとって魔物は単なる素材の供給源でしかない。多ければ多いほど大歓迎である。
『マスター。もうすぐ製錬プラントに到着する』
前方を見ると森の中に開けた場所があり、先行する輸送機はその地点に向かって降下している。
「流星号。製錬プラントの周囲をゆっくり旋回してくれ」
『ラジャー』
森の中の開けた場所はきれいに整地されており、その中央に建造中の製錬プラントの建屋が見える。建屋の脇には輸送機の発着場と倉庫が立ち並んでいる。
近くには川も流れており、ここまで水路が引かれているようだ。
建設中の建屋の外壁に多脚汎用作業機械であるスパイダーが二十機ほど取り付いて建設作業を進めている。
輸送機が発着場に着陸すると数機のスパイダーが輸送機に向かい、コンテナから資材を引き出し倉庫に運び込んでいく。
「あれ? プラントの周囲は堀と塀で囲うんじゃなかったか?」
『それはもう少し後の工程だろ』
「そうだったか。でもこの近辺は魔物が多いだろ。襲ってきたりしないのかな?」
『プラントに辿り着く前に狩られてるんじゃないかな。ロックが『製錬プラントの周囲には魔物狩猟機が多数配置してある』って言ってただろ』
「そうだっけ?」
『向こうを出る時に聞いただろ! 勘弁してくれよ。もうボケが始まったのか?』
「ぐぬぬ……、言わせておけば……。まあいい、プラントは後でゆっくり見よう。このまま一番近い採掘場に向かってくれ」
『ラジャー。第三採掘場に向かう』
流星号は製錬プラントを離れ山に向かって飛んで行く。
「地上には魔物がたくさんいるみたいだけど、空を飛ぶ魔物はいないのかな?」
『森の上を飛び回る程度の小型の魔物はいるけど、大型で高空を飛ぶ魔物はまだ確認されてないはずだ』
「そこはしっかりと確認が必要だな。今更だけど輸送機に自衛用の武器が必要だったかも知れないな」
『俺のレーザー砲と同型モデルなら、輸送機に後付け出来るはずだぜ』
「そうか。早めに島の魔物の生態を調べて武装を考えないといけないな」
しばらく飛行を続けると、周囲の地形は森林地帯から山岳地帯へと変わっていった。
『マスター。第三採掘場に到着』
上空から見下ろすと、倉庫のような大きな建物が山にめり込むように建っていた。
「ん? 採掘場はどこだ?」
『へっ? ちゃんと下に見えてるだろ』
「倉庫しかないぞ」
『あの建物は鉱石置場兼輸送機の発着場で、あの中に坑道への入口があるんだよ』
「へー。そうなの」
『何で知らないんだよ! 採掘場の図面や完成予想図は見てるだろ』
「うーん。最近物忘れが激しくてな」
『駄目だこりゃ。それより採掘場には降りるのか?』
「降りよう。倉庫の屋根を眺めててもつまらん」
流星号が採掘場の建屋の上空で停止すると、建屋の屋根の一部がスライドして大きく開いた。
「おおっ! 秘密基地みたいでかっこいいじゃないか!」
『だから何で今初めて知ったみたいに言ってるんだよ!』
開いたハッチの中へ流星号がゆっくりと降りていく。
建屋内部は広い空間が広がっており、採掘された鉱石の入ったコンテナや、採掘用の重機が並んでいる。
建屋内の奥には山肌が見えており、その山肌に巨大な丸い穴が開いている。穴の奥底では採掘機が休むことなく鉱石を掘り続けているはずだ。
「採掘も順調そうだな。あとはプラントがうまく稼働すれば素材問題は全て解決だ」
『やっぱり地下工場をこっちに移転させるのか?』
「ああ、このまま問題が起きなければ、こっちに工場を作って引っ越しだな」
地下工場の再生を果たし素材問題も解決の目途が立った。後は工場を島に移せば一段落だ。
「流星号、島の様子をもう少し見ておきたい。眺めが良さそうな場所を適当に選んで一時間ほど飛んでくれないか」
『ラジャー。今日は天気もいいし遊覧飛行日和だな』
「そうだな。この素晴らしい景色は全て俺のものなんだぞ。ああ、なんて贅沢な気分なんだ」
流星号は採掘場を後にし、島の海岸や湖畔や高原などを次々と巡っていった。
この島はどこに行っても雄大な自然が広がっており眺めがいい。正に素晴らしいの一言に尽きる。
眼下に流れる景色を眺めていると、森の中に小さな泉があるのを見つけた。
「流星号、下に見える泉に降りてくれ」
流星号が泉の近くにゆっくりと着陸した。
俺は流星号から降りて泉のほとりに立ち周囲を見渡した。
森に囲まれたその泉は、もの静かでとても落ち着く雰囲気の場所だった。
目を閉じて周囲の森のささやきに耳を澄ます。
なんだかとても心癒される不思議な居心地の良さを感じる。
「流星号、この場所を憶えておいてくれ。家を建てる候補地の一つだ」
『この島に住むのか?』
「まだ決定じゃないが、たぶんそうなるだろうな」
その後も流星号に乗ってあちこち見て回り、家の建設候補地を数か所見つけ出した。
「今日のところはこれで十分だ。プラントまで戻ろうか。帰りの操縦は俺がするよ」
『ラジャー』
流星号は搭載されている人工知能による自動操縦が基本なのだが、俺の場合は流星号に組み込んだ浮遊石と推進システムに魔力を流すことにより、自分で流星号を操縦できるのだ。
魔力操作のスキルを持つ俺だけに出来る特技だ。
別に流星号を自分で操縦したいという訳ではない。トラブル時に操縦を引き継げるように訓練だけは行っているのだ。
俺は流星号から操縦権を受け取ると、旋回や加減速を何度か繰り返し自分の意のままに操縦出来ることを確認した。
結果に満足したところで流星号の進路を製錬プラントに向けた。
しばらく景色を楽しみながら飛んでいると、流星号の機体がふらつくのを感じた。
「流星号。今のは何だ? 突風か? それとも俺が操縦をミスったのか?」
『異常の原因は不明。突風でも操縦ミスでもない。すぐに着陸した方がいい!』
機体のふらつきが大きくなり、勝手に高度が上がり始めた。
「くそっ、機体が浮き上がるぞ! 制御不能! 流星号、操縦を代わってくれ!」
『ラジャー。緊急着陸する』
流星号に操縦を任せたとたん、大きく揺れていた機体が安定した。
流星号は急速降下し地上に着陸した。俺は着地した機体から飛び降りた。
「流星号! 機体のセルフチェックだ!」
『ラジャー。…………チェック終了。異常なし』
「もう一度やり直せ!」
『ラジャー。…………チェック終了。やはり機体に異常はないぜ』
「制御不能になった原因は分かるか?」
『原因は不明』
「ロックに機体のフライトログを送信」
『ラジャー』
作ったばかりの機体なので不具合が出るのは仕方がないと思っているが、原因不明というのはまずい。
俺は腕にはめたブレスレットを口元に寄せて呼びかけた。
「ロック。聞こえるか」
『はい、聞こえます』
このブレスレットは、カナン島に出向くにあたって用意した腕輪型通信機だ。
常に通信状態にしてあり、ロックに俺の行動をモニターさせているので、こういう時に細かく状況説明する必要はない。
「ロック。流星号に異常が発生した。フライトログを送ったからそっちでデータ解析して原因を探ってくれないか」
『了解しました』
結果はすぐに返ってきた。
『解析が完了しました。機体が制御不能になった時間、浮遊石に異常な振動と発光が認められます。外部から何らかの干渉があった可能性があります』
「外部からの干渉って何だ?」
『干渉の詳細は不明。情報が不足しています。原因調査のため流星号を使ってのデータを収集を提案します』
ロックは流星号を飛ばして異常時の状況を確認したいようだ。俺はロックにデータ収集のための飛行を許可した。
ロックは無人の流星号に指示を出し異常の発生した地点を何度も飛行させた。だが流星号に異常は現れなかった。
次にロックは俺を流星号に乗せ、俺の魔力を使って流星号を飛行させた。
何かトラブルが起きれば墜落する危険性はあったが、いざとなれば機体の浮遊石を引き抜いて空に飛び出せば大丈夫と覚悟を決めて流星号に乗り込んだ。
俺が流星号を操縦すると機体はふらつき勝手に上昇や降下を始めた。
慌てて操縦を流星号に任せると機体の動きは正常に戻った。
「これって俺が異常の原因なのか?」
『要因ではありますが、原因ではありません。異常な動きは特定エリアの上空でしか発生していません。まだデータ不足で確証は得られていませんが、原因の見当は付きました』
「勿体ぶらないで教えてくれ。何が原因だ」
『異常の原因は浮遊石同士の共鳴と思われます。この地域のどこかに浮遊石が存在します』
◇◇◇
流星号の異常は、どこかに存在する浮遊石が俺の魔力を受けて活性化し、流星号の浮遊石と共鳴現象を起こした結果らしい。
だから俺が魔力を流して操縦している時にしか異常は発生しないということだ。
俺はロックの製作した計測器を流星号に取り付け、連日カナン島の上空を飛び回り浮遊石が異常反応を示す地点を詳しく調査して回った。
どうやら浮遊石は一つではなく、この地域に割とたくさん埋まっているようだ。
何日も流星号で島を飛び回った結果、浮遊石の埋まっている場所をいくつか割り出した。
そして今、俺の目の前で掘削器具を装着したスパイダーがその地面を掘り返している。
スパイダーが掘りつつある穴の深さは、既に二メートルに達している。
『出てきました。たぶんこの岩が浮遊石でしょう』
掘り返した穴底から岩の頭が少し顔を出している。
『少し魔力を注いでみてください。ゆっくりですよ』
「了解だ」
俺が岩に軽く魔力を注ぐと、岩がうっすらと光を放ち始めた。間違いない。浮遊石だ。
注意深く少しずつ魔力を注いでいくと岩の光りが強まり、それと共に岩がグラグラと動き始めた。
更に魔力を注ぐと土に埋もれていた岩が浮き始め、やがて岩全体が地面から抜け出し宙に浮かんだ。浮遊石は高さ一メートルほどの卵型をしていた。
「何だか思ってたより、ずいぶんデカイぞ」
俺の持っている浮遊石はウズラの卵サイズで、このサイズでさえ流星号を浮かせられるのだ。こんな大岩の浮遊石を使えば家でも城でも余裕で浮かせられるだろう。
(ん? 城か……。天空の城ラ……タ。いやこれは駄目だ。考えるのはやめよう。そもそも城なんてどこにも無いしな……)
まあ城はないにしても、地下工場なら浮かせられないかな?
工場を浮かせてこの島まで引っ張ってこられれば引っ越しが楽だ。
「いいものが手に入ったけど、こんなにデカイと扱いに困るな」
『切断すればいいのでは? 小さなサイズにカットして輸送機に組み込めば輸送量を大幅に増やせますよ』
「えっ? これを切っちゃうの? こんなに大きいのに勿体ないじゃないか」
『浮遊石は他にもたくさん埋まっているんですよ。気にする必要などありません』
「そういえばそうだな。でも浮遊石がこんなにたくさんあったとはな……」
たくさんあるのは嬉しいが、そんなに大量にあっても使い道がない。
と言って、見つけてしまった以上放置するのも気が進まない。
掘り出せるものは全て掘り出しておきたい。
「ああ、後は工場の移転で終わりだと思ってたのに……。次々とやらないといけない事が増えてくるな。明日からしばらく浮遊石の掘り出し作業かよ……」
『浮遊石をいちいち掘り出す必要はないのでは?』
「どういうこと?」
『地面に魔力を注げば、浮遊石は勝手に地中から浮いて出てくるのでは?』
「おお! お前は天才か!?」
『と思いましたが、計算してみたらちょっと無理のようです。石の大きさや地盤の状態にもよりますが、だいたい深さ三メートルを超えると地中から引き抜けません』
「期待させておいてそれは無いだろ! まあ、それでも浅い位置の浮遊石は掘らなくても取り出せるんだろ。それだけでも朗報だよ」
ロックにはそう答えたが、俺の心に何かが引っかかった。
何だ? 何が引っかかってる? この違和感の正体は何なんだ?
あれ? もしかして……。
「なあロック……」
『何でしょうか?』
「この周辺一帯に広く浮遊石が埋まってるんだよな?」
『はい、そう推測されます』
「どれくらいの広さだ?」
『だいたい縦横四キロ四方のエリアに集中しています』
「埋まっている深さは?」
『地下四百メートルまでは確認しました。それより深くにもあるとは思いますが探知圏外です』
「深い層にある浮遊石は、今回みたいな単独の岩じゃなくて、岩盤の中に存在している可能性があるって話だったよな?」
『可能性の話です。浮遊石が深い岩盤層にあるとしたら採掘機を使わないと掘り出せないでしょう』
「…………」
『何をお考えですか?』
何と答えようか。
俺自身、頭の中の考えがまだ整理出来ていない。
思っていることをそのまま口にしたら馬鹿にされるだろうか?
「なあロック。俺が地中の浮遊石に思い切り魔力を注ぎ込んだら、この周囲一帯の大地がごっそり宙に浮くんじゃないか?」




