第58話 流星号
千年前の地下工場の再建に取り掛かって既に三か月。
もはやここは過去の遺跡とは呼べない存在に変貌していた。
この施設の工場エリアは崩壊して土砂に埋もれてしまっていたが、土砂は撤去され建屋はきれいに修復された。新しくなった工場エリアには新設した工作機が多数設置され、工場の生産能力は驚異的に向上した。
劣化が進んだ施設内の設備は日々新しく作り直され、順次入れ替え作業が進んでいる。
生産に必要な有機素材の収集は自動化され、日々倉庫に備蓄が積みあがっていく。
全てが順調だったという訳でもない。
次々と設備の製造を行ったため、資材倉庫に大量に保管されていた金属素材がかなり消費されてしまったのだ。
有機素材と違って金属素材は入手方法がない。少量の鉄や銅などなら街に出向いて購入するのも可能だが、とてもこの工場で消費する量を賄えるものではない。
解決策は一つしかない。自力で鉱山を見つけ出し採掘するのだ。
高空から鉱脈を見つけ出すための資源探査機や、見つけた鉱脈から鉱石を採掘する採掘機。それに掘り出した鉱石から金属を製錬するプラントなど、未来テクノロジーで設計された機器情報は情報ライブラリに山のように入っており、いつでも製造は可能だ。
あとは鉱石が採掘できる鉱脈さえ見つかれば金属素材の入手は十分に可能なのだが、問題はそんな都合良く鉱脈が見つかるかどうかだ。
俺の時代でも鉱物資源の枯渇は問題になっていた。あれから千年以上経っているのだ。採掘可能な鉱物などとっくの昔に掘りつくされているのではないだろうか。
だがロックはそんな俺の考えを否定した。
『千年前、地球規模での天変地異により各地で地盤の隆起や沈下が起こっていました。地底深くに埋蔵されていた鉱物が地表近くに出てきている可能性は極めて高いです。千年前に文明が崩壊したのであれば、それ以降は大規模な鉱石採掘は行われていないでしょう』
過去の文明が単に崩壊しただけなら、この世界の各地に千年前の文明の残骸が山のように残っているはずだ。
それが何の痕跡も残さず失われてしまったということは、全てを地の底や海の底に沈めてしまうような大規模な天変地異が起きたということだ。
元々この地下工場も地下十数メートルに作られていたはずだが、今は数メートルの深さしかない。この地でも地表が十メートルも削られてしまう何かが起こったはずなのだ。
ロックの言葉に納得した俺は資源探査機を十二機製造して、この地下工場を中心とした十二方向に向けて飛ばした。
地下工場のあるアルビナ王国はミルドランド大陸西岸に位置する国なので、探査機は陸へ海へと各自の担当エリアの探査に飛び立っていった。
各地に散った探査機はミルドランド大陸の地形と資源を次々と調査し、収集した情報を送って来た。
結論を言ってしまえばこの世界で鉱脈は豊富に見つかった。
鉱脈が見つかっても近くに人が住んでいれば採掘は難しいと思っていたのだが、人の住んでいない地域にも鉱脈は多数存在し、人知れずに鉱石の採掘や製錬作業を行うことは十分に可能だ。
だが採掘を始めるとなると別の問題も持ち上がって来る。
今いる地下工場は人の往来が絶えて久しい旧街道から更に奥に入った森の中にある。
人の住んでいない地域とはいえ、人の往来が全く無いわけではない。
今でも有機素材調達のため、魔物狩猟機や植物採集機がこの近辺で派手に活動しているのだ。
今後金属素材の搬入が頻繁に行われるようになれば、いずれ人目に付き騒ぎになるのは目に見えている。
せっかく人の居ないところに逃げ込んだというのに、わざわざ人の注意を引くような真似はしたくない。とは言えいい対応策も見つからない。
問題は先送りとし、とりあえず見つけた鉱脈のうち数か所で採掘を始めようと準備作業を始めた矢先、西方の海を調査していた探査機からとある報告がもたらされた。
大陸の西九百キロほどの位置に北海道ほどの大きさの島が見つかったのだ。
有望な鉱脈がいくつか存在する島で、平原地帯や森林地帯には多数の魔物や獣が生息しているようだ。
これまでの調査では島内に人の住んでいる兆候は見受けられない。
この島の発見により俺の今後の方針は大きく方向転換する事になる。
◇◇◇
「ロック、島を調査している探査機からの続報は?」
『これまでに島内には有望な鉱脈が十五か所見つかっています。魔物や通常の獣も多数生息し有機素材の調達にも問題はありません。やはりこの島に人は住んでいないようです』
「資源と自然の宝庫だな……」
発見した島の周囲の海には大型の海洋性の魔物が多数生息しており、船で近づけば大型船でも簡単に沈められてしまう。そんな理由でこの島はずっと未発見の島だったのだろう。
つまりこの島がどこかの国に領有されているという事実はなく、島は見つけ出したこの俺のものということだ。
俺はこの島に『カナン島』と名前を付けた。
「ロック、大陸で予定していた鉱石採掘は全て取りやめだ。採掘はカナン島のみでやろう」
『製錬プラントもカナン島に建設しますか?』
「ああ、そのつもりだ。製錬プラントを建設する候補地を見繕っておいてくれ」
『了解しました』
「島で鉱石の採掘と製錬に成功したら、この地下工場をカナン島に移転しようと思うんだがどう思う?」
『そうですね。製錬した金属素材をここまで輸送するより、工場を島に移転した方が効率がいいのは確かですね。人目に触れずに有機素材を調達するのも難しくなってきましたし、移転はいい考えだと思います』
「まずは鉱石の採掘と製錬プラントの建設だ。移転はその結果を見てからになるが、準備は今のうちに始めておきたい」
『了解しました。移転作業の素案を作成しておきます』
「よろしく頼む」
方針が決まった後の展開は俺の想像を遥かに超える速さで進んでいった。
地下工場では二十四時間のフル稼働態勢で輸送機と鉱石採掘機を製造し始めた。
また製錬プラントも輸送機に積めるようモジュール化して製造が進められた。
そして最初の輸送機が完成すると鉱石採掘機が次々とカナン島に送り込まれ、到着と同時に鉱石の採掘が開始された。
製錬プラントの建設も着々と進められており、この段階まで来ると俺がすべきことは何もない。
「なあロック。俺も一度島に行ってみたい。輸送機は人が乗るように出来てないから俺の移動用に何か乗り物を作って欲しいんだが」
この工場とカナン島を結ぶために製造した輸送機は、大きなコンテナを六個のローターで浮き上がらせ空を飛ぶ無人航行の輸送機だ。
物資輸送専用のため、コンテナ内に人員の乗るシートや窓は付いていない。
『浮遊石を使えばご自分で空を飛べるのでは?』
「九百キロは遠すぎるだろ! だいたい浮遊石は常に魔力を流していないと飛べないんだよ。この前飛んでる最中に居眠りしたら、森の中に落ちかけて酷い目にあった。だから何もしなくても勝手に飛んでくれる乗り物が欲しいんだよ」
『でしたらこんな感じのエアカーなどいかがですか?』
俺の目の前にタイヤのないスポーツカーのような形のエアカーがホログラム映像で映し出された。SF映画に出てくるような赤いボディーのエアカーだ。
「おおっ! かっこいい! これ欲しい!」
『お気に召して何よりです。これはジェットエンジンを搭載していますので、ジェット燃料を消費しますがよろしいですか?』
「よろしい訳がないだろ! 石油は貴重なんだから電気で動くものしか駄目だってば」
そうなのだ。この世界ではまだ石油が見つかっていない。各地で調査を続けている資源探査機は鉱脈だけでなく石油の存在も探知出来るはずなのだが、未だ石油発見の報は入ってこない。
地下工場の貯蔵施設に備蓄されていた石油はあるが、これは素材として使用しており燃料として消費するなど論外だ。
今回製造した輸送機も電動でローターを動かすタイプで、動力源はバッテリーから魔石に改造してある。
「電動のエアカーは無いの?」
『電動だとプロペラ駆動もしくはローター駆動に限定されるため、エアカーのようなスポーツカー形状には出来ません』
残念……。カッコいいエアカーに乗ってみたかった。
プロペラ機にすると俺の時代と同じような、大きな翼の付いた古めかしいデザインの機体になるし、大きすぎて使い勝手が悪そうだ。
ローター機はコンテナをぶら下げたような輸送機タイプのデザインばかりだ。
どちらも俺の欲しいカッコ良さとは無縁の代物だ。
個人用の乗り物は諦めて、積荷に混じって輸送機に乗るか。
輸送機のコンテナでも、生身の体で浮遊石を握り締めて飛ぶのに比べれば遥かに楽ではある。
(ん? エアカーのジェットエンジンの代りに浮遊石を入れればいいんじゃないか?)
さっそく確かめてみることにした。
俺はロックに魔石から魔力を取り出し浮遊石に供給する浮遊装置を作らせた。
資材倉庫にあった二メートル四方の鉄板に、浮遊装置と座席を取りつけ乗り込む。
浮遊装置に付いているスロットルレバーを少しだけ引いた。
「おおっ、浮いたぞ!」
鉄板は俺を乗せたまま少しだけ浮き上がった。空飛ぶ絨毯ならぬ空飛ぶ鉄板だ。
更にスロットルレバーを引くと、鉄板も更に高く浮いた。
ここは地下工場内なので、スロットルの入れ具合を誤ると天井にぶつかってしまう。
以降のテストは外で行うこととし、空飛ぶ鉄板を搬出口に移動させようとして気が付いた。
「これ前進出来ないぞ!」
俺が浮遊石で空を飛ぶ時は、念じるだけで思う方向に飛んでくれる。
だが俺の思念が介在しない浮遊装置では、魔力供給量の調整で上下方向の移動は出来ても、水平方向の移動は無理のようだった。
仕方がないので鉄板に小型の推進用プロペラと方向舵・昇降舵を取り付け、操縦桿で操縦できるようにしてみた。
鉄板に乗り込み操縦桿を動かすと、その動きに合わせて鉄板が自在に空を舞う。どうやら問題はなさそうだ。
「ロック、作ってもらった浮遊装置をエアカーに組み込めば空を自由に飛べそうだ。外付けの推進器は必要だけど翼もローターも不要だからエアカー形状に出来るはずだ」
『確かにうまく飛べそうですね。では作ってみましょうか。どんなデザインのエアカーをお望みですか?』
俺の目の前にエアカーのホログラムが次々と浮かび上がる。
映し出されるエアカーはどれもカッコ良く、とても一つに絞れそうもない。
「候補が多すぎて選べないよ。どれがいいかな……」
次々と浮かび上がるエアカーの中に、何だか見覚えのある車体があった。
「ちょっと待った! 少し戻して…………。おい、これ何だよ?」
『これですか。これは『流星号』ですね』
そこには俺が幼少の頃テレビアニメで見ていた懐かしのヒーローの愛車が映し出されていた。
流線形でタイヤのない2シーターオープンカーといった外観で、車体後部の左右には小さな尾翼も付いている。
「いやいや、これ架空の乗り物だろ。何でこんなのが入っているんだよ」
『これは実在の製品ですよ。エアカーメーカーのフューチャー社から2235年に発売されたレトロシリーズの一台ですね』
「マジかよ……、未来人恐るべし……。よし決めた! これにしよう。これ作って」
『了解しました』
「あっ、ちょっと待って。少し改造したいけど大丈夫かな」
『程度によります。どう改造したいのですか?』
俺はロックにいくつかの要望を伝えると、それに合わせてホログラム表示の流星号の姿が少しずつ変わっていく。
『こんな感じでどうでしょうか?』
「いいね。これでいこう。さっそく製造に取り掛かってくれ」
『了解しました。明日中には完成すると思います』
「ところで、何で軍需工場の情報ライブラリにこんな民生用エアカーの設計情報まで入ってるんだ?」
『千年前の法律では、市販される工業製品の設計製造情報は全て国に提出する義務があり、軍事機器を開発する場合はその設計情報を自由に使用できました。そのため軍事施設の情報ライブラリには軍事と民生の区別なく、全ての工業製品の情報が保存されています』
何てこった。やっぱり俺の後世の日本は軍事国家に変わってしまったようだ。
二日後、浮遊石を組み込んだ俺の新造エアカー『流星号』は完成した。
元の設計からの大きな変更点は二人乗りから四人乗りに変わったことと、対魔物用のレーザー砲を二門装備したことだ。
流星号には人口知能が搭載されており、動かすには口頭で指示を与えればいい。
ちなみに流星号の人工知能の性格パターンは使用者の好みにカスタマイズできる。
俺は流星号の性格パターンを『お調子者』に設定した。
総合管理ユニットであるロックは軍需工場の人工知能のため、なかなか冗談が通じない。
そのため流星号には俺の寒いおやじギャグでもちゃんと受け止めてくれるような性格を選択したのだ。
さて、流星号の飛行テストが済んだらカナン島へ視察に行くことにしようか。




