第5話 テレーゼ(2)
さて服は買った。お次は靴だ。
靴に関しては簡単に済んだ。服屋の隣が靴屋だったのだ。
この靴屋の商品は全て同じデザインの靴で、サイズ違いが揃えてあるだけのようだ。
選ぶ面倒が無くて良かったが、選択の余地なしと言われるとそれはそれで釈然としない。
ここで売られている靴は厚手の革を使ったブーツのような靴で、俺のビジネスシューズより見た目がかっこいい。
ただ靴底も革で出来ていて、あまり固さがなく履き心地が悪い。慣れの問題か?
靴底に何か固い物を敷かないと使えないかもしれない。
まあ何とかなるだろう。お金を払ってこれも購入だ。
「そういえば、下着が欲しかったんだけど服屋には見当たらなくて。どこで買えばいいの?」
「それは雑貨屋ですね。こっちです」
テレーゼが歩き出す。置いて行かれないように後を追う。
しばらく歩いて辿り着いた店は、店内に所狭しと日用品を並べている雑貨屋だ。
他の店とは品揃えの数が段違いに多い。
確かに下着もある。新品だ。
さすがにお古の下着は抵抗があるからな。
俺は下着、靴下、タオル、ハンカチなどの日用品を数枚づつ購入し、一緒に買った背負い袋に放り込んだ。
本当は店内の品揃えをもっとじっくり見たかったのだが、テレーゼを待たすのも悪いので切り上げる事にした。
場所はしっかり覚えたので今度一人で見に来よう。
「ありがとう。とりあえず必要な物は全て手に入ったよ。助かった」
「お役に立ててよかったです。私も街歩き楽しかったですから、お気になさらずに」
やっぱり、うちの娘とは言う事が違うな。
うちの娘がこういうウイットに富んだ会話をしているところを想像してみると……。
ダメだ。全く想像できん。
商会への帰り道、テレーゼからクラレンスの家族や商会についての話を聞いた。
クラレンスには妻と息子二人と娘一人がいて、息子二人はどちらも独立して別の街で商会を営んでいるそうだ。
娘はこのレマーンの街の職人に嫁いで家を出ているため、現在のクラレンス商会には夫妻と住込み従業員三人が暮らしているとの事。
ちなみにテレーゼも住み込みの一人だそうだ。
商会の建物は住宅と店舗を兼ねた三階建で、一階部分が店舗、二階部分が従業員の居室や客室など、三階部分はクラレンス夫妻の住居だ。
以前は一階の店舗で小売りを行っていて客で繁盛していたそうだが、現在は卸売に専念しており、一階部分は事務所兼倉庫として使っているようだ。
俺がいろいろ質問すると、テレーゼが淀みなく答えてくれる。
質問しておいて何だが、俺のようなよそ者に個人情報とか企業情報とか教えて大丈夫なのか?
まあこの世界には『コンプライアンス』なる言葉は存在しないようなので大丈夫という事にしておこう。
広場まで戻って来た頃には、正午をだいぶ過ぎていた。
俺もテレーゼも昼食を食べ損ねていたので、広場の屋台で何か買って食べる事にした。
「テレーゼさん。この広場の屋台で何かお勧めの食べ物はある?」
「そうですね、行きに話が出た挟みパンがお勧めです。お勧めと言うか私のお気に入りですね」
おお、俺も気になってた店だ。
早速目的のパンの屋台に並んで人気の挟みパンを二つ買う。
広場の石段に並んで腰を下ろし、テレーゼにパンを一つ渡す。
挟みパン。細長いパンの真ん中に切り込みを入れ、焼いた薄切り肉とレタスのような野菜を挟んだパンだ。
何と言うか、これは焼肉ドックだな。
挟みパンなんて安易なネーミングは止めて、もうちょっと捻ろうよ。
挟みパンを一口かじる。
「美味い!」
中世レベルの食べ物という事でちょっと警戒していたのだが、食べてみると意外と美味しい。
パンがどうにも固かったが、タレを付けて焼いた肉と野菜の組み合わせが、いい味を出している。
もっとパンが柔らかければ文句なしだったのに実に惜しい。
自分のパンは早々に食べ終わってしまったので、そっと横目でテレーゼの姿を見る。
テレーゼは挟みパンを少しずつ、時々口元にハンカチを当ながら食べている。
よほど美味しいのだろう。食べる度に顔がほころんでいる。
うん。いいね。美人の食事風景は見てて絵になるな。
これがうちの娘なら……。
目を閉じると瞼の裏に、ホットドッグの端を口いっぱいに突っ込み、大笑いしながら食らいついている我が娘の姿が浮かんできた。
隣の芝生は青く見えるそうだ。
比べてはいけない。上を見たらキリがない。
元気に育ってくれればそれでいいじゃないか。
元気であれば……、健康であれば……、生きてさえいれば……。
『生きてさえいれば、ちょっとぐらいお馬鹿だっていいじゃないかーーー!』
気が付けば心の中で大声で叫んでいた。
我が娘の将来を思うと涙が頬を伝うのは何故だろうか?
俺は零れる涙をそっとぬぐった。
商会への道をのんびり歩いていると、獣人だか亜人だかの中年男とすれ違った。
あの長い耳は……兎男か?
「テレーゼさん。今すれ違った耳の長い男。あれ、人間じゃないよね」
テレーゼは後ろを振り返り、男を目にすると、
「獣人ですね。この街には結構いますよ。タツヤさん、獣人を見るのは初めてですか?」
「俺の住んでいた所には人間しかいなかったので、珍しくて凝視しちゃったよ。ああ悪い。今のは無礼な振る舞いだったかな」
「タツヤさん。獣人は嫌……いえ、獣人の方を見てどう思いますか?」
「そうだな。あのオッサンにウサ耳はないだろ。ヤツはどう見てもクマ耳タイプだ。いや、以外とネコ耳なんて似合うかも」
「ぶぶっ。…………失礼しました」
テレーゼが吹き出した。
「すいません。獣人の方に嫌悪感を持つ人が多いものですから、意外な答えでしたがちょっと安心しました」
「えーっ、男はともかく、女の子のケモミミは可愛いよね。テレーゼさんもどう? イヌ耳なんて付けると一段と可愛くなりそうだ」
テレーゼが下を向いてしまった。
しまった、失敗した!
自分の娘と同年代と思って気安くしすぎた。
女性の容姿を話題にするのはセクハラになるんだっけ?
どうしよう。気を悪くしたかな?
怒っては……いない……かな?
うーん。まあいいか。
この世界には『セクハラ』なんて概念は無いはずだ。大丈夫だろう。
とりあえず、何か話題を変えないと……。
獣人の話題が出たついでに、クラレンスの話に出て来た、魔物について聞いてみよう。
「テレーゼさん。この辺りには魔物っているの?」
「ええ、いますよ。レマーンの街は壁で囲まれてますから、魔物が侵入する事はないですけど、街の周囲には角ウサギ、マッドボア、フュージモールみたいな小型の魔物が出るそうです」
「へえ、やっぱりいるんだ……」
魔物は実在する。やっぱりファンタジー世界だな。そうなると、これを聞かない訳にはいかないな。
「この街に魔法が使える人っている?」
「そうですね。生活魔法レベルなら使える人はけっこういますよ。攻撃魔法が使えるレベルになると数は少ないですね。高位の魔術師はどこでも引く手数多で、特に冒険者からのお誘いが多いそうです」
「ほう、冒険者ですか。冒険者って何人かでパーティーを組んで魔物討伐とかする職業のことですか? もしかして冒険者ギルドなんて組織があったりします?」
「よくご存じですね。この街にも冒険者ギルドはありますよ」
あったよあった。魔法に冒険者だよ。
どうやらここは剣と魔法のテンプレ異世界だ。
まあ俺にとっては分かりやすくて良いと言うべきか。
魔法ってロマンだよね。この世界に魔法があるなら俺もぜひ覚えたい。
俺が魔法を使っているシーンを想像してみる。
指先から炎を出して咥えタバコに火を付ける俺。
指先から氷を出してウイスキーのグラスに注ぐ俺。
指先から温風を出して髪を撫でつける俺。
あれ? 俺の魔法のイメージが指先限定になってるのは何故だろう?
この世界で魔法を覚えて日本に帰れば、娘に披露して自慢できるはずだ。
そうすれば下降線をたどりつつある父親の尊厳が一気に上昇に転ずる事間違いなし。
それに俺が日本に帰れる頃には、俺は無断欠勤で会社をクビになっているはず。
ここで魔法を覚えて日本に帰れば、種も仕掛けもない本物のマジシャンとして稼いでいけるはずだ。
むふふふ。よし、俺は魔術師になるぞ!
その後も通りに並ぶ店でテレーゼを質問攻めにしつつ帰途についた。
商会にたどり着いたのはもう夕方に近い時間だった。
商会に戻りクラレンスに声を掛けると、明日から交代で人を付けるので夕食まで部屋で休んでいて下さいと言われた。
部屋に入り買ってきた品々をクローゼットやチェストに片づけると、窓際の椅子に座り窓の外に広がる西洋の街並みを眺める。
(異世界か……。やっぱり夢じゃないんだよな。まあテンプレ異世界っぽいからまだましか……)
異世界物のお話で転移と言えば、最初は見知らぬ森に放り込まれるのが定番だよな。
森を彷徨ううちに特別な力に目覚めて、通りがかった馬車が魔物やら盗賊に襲われていているのを見て助けに入る。
助けた馬車にはお姫様か大貴族の娘、もしくは大商人が乗っていて、助けてくれた礼にと街へ連れていってくれて、今後の活動の後ろ盾になってくれる。
とまあ、そんな感じかな。
俺にとってこの世界は「イージーモード」だ。
何しろ転移した先は森をすっ飛ばして大商人の商会前だし、黙ってても商人側から声を掛けてもらったし、いきなり大金が手に入ったし、食事と住居は面倒見てもらえるし。
正に至れり尽くせりだ。
無駄なイベントをこなさなくていいのは楽と言えば楽だが、欲を言えばお姫様を颯爽と助けるヒーロー役もやってみたかったな。
夕食に時間になり、テレーゼに呼ばれて食堂へ案内された。
食堂のテーブルには既にクラレンスが座っており、その隣には中年女性が座っている。
「タツヤさん。これはうちの家内のベティです。ベティ、こちらはうちにしばらく逗留されるタツヤさんだ」
「はじめましてベティさん。タツヤと申します。突然の押しかけまして申し訳ありません。何日かお世話になります」
「クラレンスの妻のベティです。まあまあ、あまり固い挨拶は抜きにしましょう。気楽になさって下さいね。うちの主人がお客様をお招きするなんて、本当に何年ぶりかしら?」
ベティは温和な優しそうな奥さんだ。
どこかクラレンスに雰囲気が似てる。似たもの夫婦というやつか。
食事はとても楽しい時間だった。
出てきた料理は何かの肉の煮込み料理と野菜スープ、それにパンといった質素なものだったが、質素な見た目を裏切る素晴らしい味だった。
肉料理は牛とも豚とも鶏とも違う、今まで食べた事のない美味な味だ。一体何の肉だろう?
食事中にクラレンスが俺の事を放浪者と呼んだため、べティが興味を示して話を聞きたがった。
「残念ながら記憶が無くなっていて何も思い出せないんです。帰る場所も分からないし、行く当ても無いので途方に暮れている状態です」
そう告げると、ベティは涙を流して言った。
「ああ、帰る場所が無いなんて……。心配しなくても大丈夫よ。何か思い出すまで、ずっとうちに居ていいんですよ」
クラレンスも横で一緒に頷いている。
ベティの言葉を聞いて俺まで思わず泣きそうになった。
この夫婦、人が良すぎる。
優しい人に商売は向かない。
商取引では時には非情ならなければいけない事もあるはずだ。
俺が見てきたビジネス界の成功者は例外なく、自信に満ち溢れ押しが強く立ちふさがる者は強固に排除するようなタイプだ。
どう見てもクラレンスは成功者タイプではない。
にもかかわらず、こんな大きな商会を持つに至るとは。
もしや、優しい笑顔の裏に冷酷な顔を隠し持つ闇商人か?
俺を騙して金品を巻き上げ、奴隷として売り飛ばそうとか……。
……もうこのネタはいいか。
「タツヤさん。明日の午前はうちの商会の使用人、パトリックをタツヤさんに付けます。このアルビナ王国と周辺国の地理や情勢に詳しい男なので、お役に立つと思います。午後はテレーゼを付けます。また街を案内させましょう」
「分かりました。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」
クラレンスに礼を言い自分の部屋に戻る。
朝から驚きの連続で思ったより疲れが溜まっていたようだ。
ベッドに横になると急激に眠気が襲ってきた。
(いかん、寝る前に、明日……聞きたい事を……整理して………………ぐう)




