第4話 テレーゼ(1)
話がまとまると、クラレンスは部屋の外に声を掛けた。
先ほど紅茶を入れてくれたメイドさんが部屋に入って来た。
「テレーゼ。こちらはタツヤさんだ。しばらくうちに逗留していただく事になった。タツヤさんは遠方の国の方で、この国の習慣に慣れてない。何か困っている事があったら積極的に声を掛けて助けてあげて欲しい」
メイドさんが俺の前で一礼して挨拶をする。
「タツヤ様、私はクラレンス家の使用人、テレーゼと申します。御用の節は何なりとお申し付けください」
「テレーゼさん。タツヤです。しばらくご厄介になります。それと、私に『様』は不要です。『様』付けで呼ばれると背中がムズムズするので、単にタツヤと呼んでください」
テレーゼは困った顔でクラレンスに視線を投げた。クラレンスが頷くのを確認すると、軽く微笑んだ。
「分かりました。タツヤさん。よろしくお願いいたします」
テレーゼさんか。本物のメイドさんだ。ちょっとドキドキしちゃうな。
このメイドさん、金髪碧眼のすらっとした細身の美人さんなのだが、残念ながら見た目が地味だ。
原因は服装だな。頭には白いキャップをかぶり、丈の長い黒い服に飾り気のない白いエプロンをしている。
たぶんこれが本来の正統メイド姿なんだろうけど、メイドと言うと日本のコスプレメイドを思い浮かべる俺からすると、コレジャナイ感が半端ない。
何と言うか、メイドと言うより『金髪のロッテンマイヤーさん』という雰囲気で、ちと色気が足りてない。
せっかくのファンタジー世界なんだから、そこはもうちょっと、ねえ……。
そんな失礼なことを考えていると、クラレンスが俺を見ながら言った。
「早速ですが、一般常識その一です。タツヤさんの服ですが、この国にはないデザインで非常に目立ちます。気にしないのであれば問題ないですが、着替えた方がいいと思いますね」
しまった。人の服装を気にしてる場合じゃなかった。俺のスーツにネクタイ姿の方が問題らしい。
そんな指摘をしながら、さりげなく俺の体を見つめるクラレンス。
俺の体……じゃなくて俺の服に興味津々のようだ。
残念ながらいくら凝視してもスーツ生地の解析は出来ないだろう。これ化学繊維だからな。
お金の心配が無くなったので服の売却は必要ないかと思ってたんだけど、これは売らないといけなくなる気がする。まあこれは後々考えよう。
「普段着が買える店を教えてもらえますか。代わりの服が手に入ったら、このスーツはお預けします。いろいろ見てもらってかまいませんよ」
クラレンスはとても良い笑顔でテレーゼに指示を出す。
「テレーゼ。急いでタツヤさんを服屋へご案内して購入のお手伝いを。予算はタツヤさんと相談して下さい。まあ、今のタツヤさんなら店ごと買えそうですが」
クラレンスの冗談を聞いて気が付いた。
「そうだ、お金をどうしよう。大金を持って街を歩くのは怖いんですが、どこかにお金を預ける事はできませんか?」
「客室に鍵付きの収納庫があります。貴重品はそこに入れて鍵を掛けておけば大丈夫ですよ。収納庫は作り付けですから持ち出しは出来ません。力ずくで無理やり壊されなければ盗まれる心配はないです」
確かに商会内ならば盗難の心配は無いだろう。
◇◇◇
俺に用意された客室はそれほど広さはないが、アンティーク風の高級感漂うベット、テーブル、椅子、チェストが一つずつ備えられており、なかなか居心地良さそうだ。
これなら現代日本のホテルと比べても引けを取らない。
客室は二階にあり、窓を開ければ異国情緒溢れる西欧風の街並みが見える。
うん。いい部屋だ。気に入った。
作り付けのクローゼット内には鍵付きの収納庫が備え付けられている。大きな南京錠が付いていて確かに安全そうだ。
金貨の入った革袋から金貨を三枚だけ取り出し、財布に移す。残りの金貨はカバンと一緒に物入に入れて鍵を掛けた。
これで良し。買い物資金は金貨三枚、三十万円相当だ。まず足りなくなることはないだろう。
テレーゼに準備が整った事を伝え一緒に商会の建物から外へ出る。
ここに転移したのはまだ朝の早い時間だったので、通りに人はそれほどいなかったのだが、今の時間はお昼に近く、通りに人が溢れている。
テレーゼに案内され服屋に向かって歩く。
クラレンス商会のある一帯はレマーンの街の商業地区で、街一番の繁華街だそうだ。
通りの両側にはいろいろな店が立ち並び、店先に商品を並べている。
広場のような場所では、飲食物を売る屋台が並びいい匂いを漂わせている。
見る物全てが珍しく、賑やかな西洋風の街の雰囲気に気分が高揚してしまった。
見慣れぬ物を見つける度に、テレーゼに何の店かを聞きまくる。
「テレーゼさん。あのモクモク煙が出てる屋台は何を売ってるの?」
「あれはブラックボアの串焼きですね。あの店はこの広場で一、二を争う人気店らしいですよ」
(ブラックボアって何だ? 黒猪? 黒豚みたいなものかな? 旨そうだな。ぜひ食べてみたい)
「あっちの行列が出来てる屋台はパン屋かな?」
「最近人気の挟みパンのお店ですね。パンに切り込みを入れて野菜や肉を挟み味付けしたものです。私も食べた事がありますけど、美味しいですよ」
(挟みパン? ホットドックとかハンバーガーの事か?)
テレーゼは俺が放浪者と聞いているようで、質問には丁寧に答えてくれた。
若い女性と会話しながら並んで通りを歩くのはデート気分でなかなかいい。
(俺も昔はよくこんな風に女の子とデートしたもんだけどな……)
なんて昔の事を思い出すのは年を取った証拠だな。
そうだよな、俺ももうすぐ五十だもんな。
ヤダねえ。歳は取りたくないな。
隣を歩くテレーゼは見た目こそ金髪ロッテンマイヤーさんだが、とても物腰が柔らかく、ちょっとした仕種に大人の雰囲気を漂わせている。歳は二十代前半くらいか?
「テレーゼさんはクラレンスさんの所で働いて長いの?」
「そうですね、十の頃からですから、もう八年になります」
「何っ!」
思わず叫んでしまった。御年何と十八才。本当にびっくりだよ。
俺の娘と似たような歳だ。大人の雰囲気が漂ってたからもっと上かと思ってた。
しかし何だな。うちの娘は十七だけど、あれとは全然違うな。
うちのは誰が何と言おうとお子様だ。
よく大声出してケラケラ笑ってるし、大人の雰囲気など微塵もない。色気も気品も大人の魅力も何もあったもんじゃない。
この差はどこから来るんだろうか? 社会に出て経験を積むと変わるのかな?
それともどっかで育て方を間違えたのか……。
街中に並ぶ商店をあれこれ見ながら歩いていると、店先に大量の服を吊るした店が現れた。目的の服屋だ。
事前にテレーゼから聞いた話では、この世界では既製服というものはほとんど存在しないらしい。
富裕層はオーダーメイドで服を仕立てさせるが、これはとても高額になる。
そのため一般庶民は布地を購入して自分で服を仕立てる事が多いそうだ。
とはいえ布地もそれなりの価格のため、お金の余裕がない庶民の間では古着の売買が盛んだ。
そういった理由で店に並ぶ古着の品質は作り手次第のピンキリで、質に見合った価格が付けられている。
今回はお金に余裕があるのでオーダーメイドとしたかったが、オーダーメイドは仕上がるのに日数が掛かるらしいので、諦めて古着を探すことにした。
店に入ると奥から店主が出てきた。
「へい、いらっしゃい。お客さん、変わった服着てるね。うちではそんな変な服扱ってないぞ」
「この服、やっぱり変に見える? はあ、まあいいや。普段着でいいから上下一揃え、いや、二揃え欲しいんだけど」
「普段着ならそこに並んでいる中から好きなの選んでくれや」
店主が示したコーナーに並んでいるシャツやズボンの古着を眺める。
俺には異世界のファッションセンスなど皆無なので、どんなデザインがいいかなんて全く分からない。ましてや生地の良し悪しや縫製の具合などさっぱりだ。
こういう時こそテレーゼに丸投げだな。
「テレーゼさん。悪いけど俺に合いそうな服を選んでくれないかな? 値段は気にしなくていいから、なるべく丈夫そうなのをお願い」
大量の服をしかめっ面して見ていた俺の様子から、こういう展開を予想していたようでテレーゼは笑いながら言った。
「ふふっ。かしこまりました。男の人はこういうのは苦手でしょうからね」
彼女は俺を脇に追いやると、吊るされている服を次々にチェックし始めた。
生地のへたり具合や縫製の具合を確かめ、シャツとズボンを五着づつを選び出した。
そして俺を呼び寄せ、選んだシャツを順に俺の身体に当てて見ている。
ズボンについては、実際に穿いて履き心地とサイズを確かめるよう俺に指示して、試着室に押し込んだ。
ズボンはどれも丈がいくらか長いのを除けば問題は無かった。
更なるテレーゼの選考の結果、上下各五着の服の中から上下各ニ着が選び出された。
あっという間の出来事だ。実に手際がいい。
価格も手頃らしく、俺の目から見ても問題はなさそうだ。
「店主さん。これだけ買うよ。買った服は着て帰るから、また試着室使わせてもらうね」
店主にお金を払って服を購入し、上下一着分を手にして試着室で着替える。
(ズボンの丈が長いな。ん? 丈が長いだと……。これは中古のズボンだ。誰かが履いてたズボンだ。つまり……俺の足が短いと?)
シャツのサイズはピッタリだった。ズボンも胴や腰回りのサイズは問題なかった。ズボンの股下だけが長いのだ。俺の試着した五本のズボン全てが……。
どうやらこの世界の住人どもは皆、俺より足が長いらしい。
悲しい現実を突きつけられて、俺の心は深く深く傷ついた。
俺の穿いたズボンの余った裾を見ながら店主が聞いてくる。
「サイズ直ししようか? 一着につき銅貨三枚だ。すぐできるぞ」
「いらん! 折り返しておけば問題ない!」
サイズ直しを頼んだら負けのような気がして断った。
店の外に出てからテレーゼが、俺の袖を引きながら小声で聞いてきた。
「よろしければズボンの裾、後で直しましょうか?」
もしかして足の短さに落胆してる俺を見て、慰めてくれているのか。
なんて優しい人なんだ……。
いや、よく見たら顔が笑いを堪えている。
くっそー、どうせ俺は短足だよ!
俺はテレーゼに向かって言い放った。
「よろしくお願いします!」




