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第3話 商談

 俺はペットボトルの入ったゴミ袋を持ち上げ聞いた。


「これに興味がおありで?」

「ええ。中の物を拝見させて頂いても?」

「どうぞどうぞ」


 ゴミ袋を開けペットボトルをひとつ取り出す。それを見てクラレンスが目を細めた。


「きれいなガラス瓶ですね」


 クラレンスはそう言いながらペットボトルを受け取ったが、それを手にした途端に目の色が変わった。予想外の軽さに驚きを隠せないようだ。


 何度もボトルを指で押して形が変わるのを確かめたり、目の前にかざしその透明度を確かめたりもしている。


「何ですか、これは?! 一見ガラスのように見えるが全く違う何かだ! 軽い! 薄くて軽い! 表面は固いのに押せばしなやかに曲がる。何よりこの全く曇りのない透き通った材質。この素材は何なんですか? 瓶の造形も見事と言う他ない! これは一体何ですか?!」


 興奮気味なクラレンスさん、ちょっと怖いです。

 さっきまで落ち着いたナイスミドルだったのに、今は玩具を手にした子供状態だ。

 これは大きく出ても大丈夫か?


「これは俺の国で作られた飲み物用の容器でペットボトルと言います。自分で作った訳ではないので素材とか製法とかは知りません。一般にはほとんど出回らない貴重品で、とても高価な品です」

「これを、どうされるおつもりで?」

「今の俺は無一文なので、お金に換えられるようなら売って…」

「買った! 買います! 私に売って下さい!」


 なかなかいい食いつきだ。さあ、一気に押すぞ。


「数が多いので何本か売るのはかまいません。いかほどで買ってくれますか?」

「初めて見る品なので値付けが難しいのですが……。そうですね。一本あたり金貨十、十五……いや二十枚でどうでしょう?」


 えっと、困ったな。

 値段を聞いてから気付いたが、金貨二十枚と言われてもこの世界の金貨の価値など俺には分からない。

 金貨二十枚、これは一月くらい楽に生活できる金額なのか、それとも子供の小遣い程度の金額なのか?


 まあ、今の流れからすると金貨一枚はけっこう高額とは思うが、日本円換算でとれくらいだろう? 一万円? 十万円? 百万円? まさか百円とか言わないだろうな?


 今後の事を考えれば、この世界のお金は絶対に必要だ。

 クラレンスが足元を見るような価格提示をする商人とは思えないし、困っている俺に手を差し伸べてくれた恩もある。


 ここはクラレンスを信じて、提示された値段で売ってしまおう。


 俺はゴミ袋のペットボトルを全て取り出し数を数える。

 袋から出して気付いたがサイズが1.5Lと0.5Lの大小二種類ある。

 大は三本、小は二十本の計二十三本だ。

 全部売ってしまっても大丈夫か?


 うーん、どうも判断が付かない。

 ある程度手元に残しておいた方がいいような気もするな。


「分かりました。その値段で結構です。売るのはこの小さいサイズのを十本でいいですか?」

「十本ですか。もう少し……いえ十本で結構です。十本を金貨二百枚で買わせていただきます。よろしいですか?」

「問題ありません」


 俺はペットボトルを一本手に持つと注意事項を伝えた。


「ペットボトルは押せば形を変えますが、押しすぎると壊れます。軽く押さえるくらいに留めてください。あと熱に弱いですから直火に近づけるのは厳禁です。冷たい液体やぬるま湯程度のお湯は入れても大丈夫ですが、熱湯はボトルが変形するのでダメです。あと、ガラスと違って表面にキズが付きやすいですから、拭く時は柔らかい布でそっと拭くようにお願いします。本来は専用のキャップで栓をするのですが、今回は手元に無いのでコルクなどで塞いで下さい」


 俺の伝えた注意事項をスラスラと紙にメモするクラレンス。

 メモを書き終わるとペットボトルを手に取りじっくり眺め出した。


「何度見ても不思議な材質ですね。透明で軽く薄く美しい。固さと柔らかさを兼ね備えてる。どうやって作ってるんだろうか? これは皆欲しがりますね。どう売り出すのがいいか……。売り方は一工夫した方がいいな。貴族階級がこぞって欲しがると思いますよ」


 クラレンスは十本の並んだペットボトルの隣に、どこからか取り出した革袋を四つ置いた。


「一袋に金貨五十枚入っています。合計金貨二百枚、お確かめください」


 俺は革袋の一つを手に取った。ずっしりと重い。中を覗くと金貨が詰まっている。

 テーブルの上に金貨を広げ十枚づつの山を作る。山が五個できた。きっちり五十枚だ。四袋なら二百枚だ。


「残りの袋は確認不要です。クラレンスさんを信用してます」


 クラレンスが俺に手を差し出してきた。俺は頷いて彼と握手を交わした。


 今更ですがと頭を掻きながら、クラレンスにこの国の貨幣について教えを請うた。


 クラレンス先生の教えによると、アルビナ王国で一般に流通している硬貨は、額が小さいものから「青銅貨」「銅貨」「小銀貨」「銀貨」「金貨」「白金貨」がある。

 実際には「白金貨」は高額すぎて一般には流通しておらず、国や商人くらいしか使わないそうだ。


 異世界と日本では物価が全く違うため単純な換算はできないが、大雑把に金貨一枚で十万円くらいの価値のようだ。


 つまり

 青銅貨:十円

 銅貨 :百円

 小銀貨:千円

 銀貨 :一万円

 金貨 :十万円

 白金貨:百万円

 といった感じだ。


 今回のペットボトルの売却代金は金貨二百枚で二千万円相当。

 ビックリだな。当面の生活費としては十分すぎる額だ。


 家を出る時に持っていたゴミが資源回収のペットボトルだったのは本当に僥倖ぎょうこうだった。

 これが生ゴミの詰まった可燃ゴミだった日には、どうなっていた事やら。


 ペットボトルはまだ半分以上残ってる。

 残りも全部同じ値段で売れれば更に二千万円。今回の売却分と合わせると四千万円。

 贅沢しなければ一生働かずに暮らせそうな額だ。


 まあ異世界で一生を過ごすつもりはサラサラないのではあるが……。


 貨幣の価値が分かったのはかなり助かった。

 やはり今後の活動の為には、この世界の知識を身に付けておく必要があるな。


 一息付いたところで、俺はクラレンスに相談を持ち掛けた。


「記憶は曖昧なままですが、いつまでも遊んでいられません。生活資金が出来たので住む所を探して自力で生活していこうと思います。その事で少し相談に乗ってもらいたい事があるんですが」

「何でもご相談に乗りますよ」

「今の俺は知らない事だらけで一人で生きていくのは難しそうです。俺にこの国の一般常識を教えてくれる人を誰か紹介願えないでしょうか?」

「そうですね。ですが一般常識全般となると範囲が広すぎて、何をお教えすればいいのか。たぶん一日や二日では教え切れませんよ」


 クラレンスはしばらく考え込んでから口を開いた。


「住む所をお探しならしばらく当家に滞在いただくというのはどうでしょう。客室も空いてますし、商会の者で良ければ仕事の合間に交代でこの国の事をお教え出来ると思います」


 非常に魅力的な提案だが、何だかこちらに都合良すぎて不安になってくる。

 それに今日会ったばかり相手を家に招き入れるってのはどうなの?

 単なる親切なお人好しなのか、それとも……。


「予想外のありがたい提案なのですが……。なぜそこまで親身になってくれるんです? 俺はどこの馬の骨とも分からない人間ですよ。そんな人間を家に招き入れるなんて、不用心が過ぎるのではないですか?」


 クラレンスはビックリした顔をして俺を見た。


「タツヤさん。あなたは私に何か害を成そうと企んでるんですか?」

「いや、そんな訳ないでしょ」

「じゃあ、何も問題ないのでは?」

「いやいや、問題大ありだ! あなたは簡単に人を信じすぎだ!」


 俺の叫びを聞いてクラレンスは俯き肩を震わせていたが、やがて声を出して笑い始めた。

 ひとしきり笑った後、俺に謝った。


「ああ、大変失礼しました。つい嬉しくなって抑えられなくなってしまいました。こんなに笑ったのは久しぶりだ」


 彼はテーブルに置いてあったお茶を一息に飲み干すと話を続けた。


「そうですね。正直にお話しましょうか。私の商売人の勘が『この人は絶対に逃がしてはいけない』と告げているのですよ。もしあなたが東のユーク大陸の人なら記憶が戻った時に、今は失われているユークとの交易ルートを再興できるかもしれない」


 東の大陸との交易ルートの件はご期待に沿えそうもないな。

 残念ながら俺は異世界人であって東大陸人ではない。

 これは明かす訳にはいかないが……。


「それに残りのペットボトルも買取させて欲しいと考えてますし、あなたの持っているカバン、あの中にはまだ私の知らない珍しい品々が入っていると思うのですが……。ああ、とても興味深いですね」


 時々俺のカバンに視線を向けていたのは気が付いていたけど、何も言ってこなかったので俺も気にしてなかった。

 どうやら機会を窺っていただけのようだ。


 しかしクラレンス、思いっきりぶっちゃけてきたな。それはそれでどうかと思うぞ。


「まあ、そういった想いもあって、タツヤさんとは今後とも良き関係を続けていきたいと思っています」


 それが理由なら過度な親切もまあ納得できる。提案を受けて入れても問題ないか。


「それにタツヤさん。私はこの仕事を何十年と続けています。これまでにいろんな人を相手に商売をしてきました。全てが善人ばかりではありません。時には詐欺師や盗賊などの犯罪者も相手にしてきました。おかげで人を見る目には自信があります。タツヤさん。あなたは信ずるに足る人物だと思っています」


「いや! だからあなたは俺を信じ過ぎだってば! 出会ってまだ数時間しか経ってないでしょ! それに俺はそこまで正直者じゃない! あなたに言えずに隠していることだってある!」


 やばっ。激高して自ら隠し事の存在を暴露してしまった。俺はアホだ。


「隠し事の一つや二つ誰だって持ってますよ。ではこう言い直しましょうか。あなたは『悪意を持って』人を騙すような人じゃない」

「…………」


 この人は本気で言ってるのだろうか?

 なぜ初対面の人間を碌な根拠もなしに信用できるんだ?


 俺はそんな善人じゃない。どこにでもいるごく平凡な人間だ。

 ちょっとズルくて、ちょっと欲深で、ちょっと怠惰で、ちょっと煩悩にまみれた、どこにでもいる凡人だ。

 そこまで褒められるような人間じゃない。


 まあいい。反論するのも疲れてきた。信頼には信頼で応えるとしよう。

 残りのペットボトルもご希望通りクラレンスに売ってしまおう。

 折を見てカバンの中の品々を見せてもいい。スマホとか腕時計以外にたいした物はないはずだから、見せてしまっても問題ないだろう。


 俺はクラレンスに頭を下げて言った。


「分かりました。信頼が重すぎて苦しいのですが、なるべくご希望に沿えるよう努力しましょう。いろいろご迷惑をお掛けするとは思いますが、滞在と一般常識の教示の件、よろしくお願いします」

「確かに承りました」


 こうして俺は、当面の間クラレンス商会の客人として世話になる事になった。

 期間は一般常識がある程度身に付くまでという、実にいいかげんな約束だ。

 本当にこんなんでいいのだろうか?


 滞在費用を相談したら不要と固辞された。

 だが俺の信条は『タダより怖い物はない』なので、現金ではなくペットボトル(大)を一本押し付けてやった。


 どうだ! これなら断れまい!

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