第55話 逃避行
「テレーゼ、これが俺の素性だよ。過去からやって来た放浪者……いや違うか。放浪者って言うのは記憶を失って知らない土地に飛ばされ、故郷を探し求めて放浪の旅に出る者たちらしいだけど、俺の故郷は過去にある。故郷を求めて彷徨ったりしないはずだ。俺は言うなれば過去からの漂流者だな」
滔々と語る俺の言葉から故郷に帰れぬ悲しさを感じ取ったのか、テレーゼが寝ている俺の顔に自分の顔を近づけた。
「私がいます。私が一緒にいます。ずっと一緒にいますから……」
その言葉を聞いて胸が苦しくなった。思わずテレーゼを抱き寄せようと腕を延ばしたが、そのとたん体中に激痛が走った。
「ぐおっ! あだだだだだだ、いでででででで」
「タツヤさん!」
俺が苦しんでいるのをテレーゼが心配そうに見つめている。
身体の痛みが引いた頃には、俺の間抜けな悲鳴のおかげでシリアスだった雰囲気が吹き飛んでしまった。
仕方が無い。今は話を進めよう。
「まあ、そんな訳で俺は気が付いたらこの時代に飛ばされていたんだ。その後のことはテレーゼも知っての通り。クラレンスさんに救われてパトリックやテレーゼにこの世界の知識を授けてもらった。そして王都でトラブルに巻き込まれて逃げ出し地下遺跡に迷い込んだ。その後は騎士団に捕まってテレーゼと引き離された」
「私はタツヤさんがいなくなってからずっとタツヤさんを探したんです。飛燕騎士団に出向いて解放をお願いしに行ったら、タツヤなんて人物は知らないと言われて。タツヤさんが乗せられた馬車の行方を追っても王都から出て行ったことしか分からなくて……」
俺の知らない所でテレーゼには苦労を掛けてしまったようだ。
辛いことを思い出させたようで、彼女の頬にまた涙が伝い始めた。
今度は用心してゆっくり腕を上げ指先でテレーゼの涙を拭う。
「俺を連れ去ったのは飛燕騎士団の陰に隠れた組織だったんだ。だから騎士団は俺の捕縛を知らぬ存ぜぬで通したんだろうな。奴らは俺の持ってるスキル『魔力操作』に目を付けて俺を組織に組み込もうとした。その誘いを断ったら殺されそうになった。だから命からがら逃げ出した。空を飛んでね」
「タツヤさんは魔法を使えませんでしたよね。どうやって空を?」
「地下施設で俺が見つけて持ち出した石を覚えてる?」
「覚えてます。こんな小さな石でしたよね」
テレーゼが指で輪を作り大きさを示す。
「そうそう。その小石。あれ実は浮遊石だったんだ」
「浮遊石って、よくお伽話に出てくる空飛ぶ石のことですか?」
「そのお伽話ってのは俺は知らないが、たぶんその空飛ぶ石のことだ。浮遊石で空を飛ぶには大量の魔力を浮遊石に注ぎ込む必要がある。俺は魔法は使えないけど、なぜか魔力は無尽蔵に使えるんだ。おかげで浮遊石で自在に空を飛べる」
「もしかしてこの空飛ぶ島も……」
「ああ、この天空の島エデンは俺が他の場所で見つけ出した浮遊石を使って、地上の大地を空に浮かべたものだ」
テレーゼが妙な目付きで俺を見ている。
「タツヤさん、あなたはやっぱり神様じゃ……」
「だから俺は人間だってば!」
確かにこれだけ大きな島を空に浮かべるなんて、神話にでも出てきそうなお話だ。
間違いなく俺にしか出来ないことだった。だがこれはいくつかの幸運が重なったおかげで実現できたことだ。単に運が良かっただけなのだ。
「話を続けようか。俺が飛燕騎士団から逃げ出した後の話だ。少し長い話になる」
俺は一旦話をやめ、テレーゼに水を飲ませてもらい喉を潤した。
「さあ、ここからは天空の島エデン誕生にまつわるお話だ」
◇◇◇
ここは王都郊外の古い砦跡。
俺は飛燕騎士団に捕まり牢に閉じ込められ、あげくの果てに殺されようとしていた。
そんな逃げ場の無い牢の中、俺を救ったのは小さな石だった。
浮遊石。魔力を注ぐと空を飛べる伝説の石だ。
「さてと。こんな所からは、さっさとおさらばだ」
俺は浮遊石に魔力を込め牢のある塔から空高く飛び上がった。
眼下に砦の全景が見える。脱走した俺を探して騎士たちが砦内を右往左往している。
砦の周りに視線を向けるが夜なので周囲の森は暗くて何も見えない。
周囲を見回しながらどんどん高度を上げていくと、遠くに微かな光が見えた。
「街だ!」
あれは街の光に違いない。俺はその微かな光を目指して夜の森へと飛び出した。
本当を言えば捕まる恐れがあるため街には近づきたくないのだが、どこか遠くに逃げるにしても、逃走のための食料や物資を手に入れる必要があり、どうしても街に行く必要がある。
しばらく空を飛び続けていると腹の虫が鳴った。
牢に入れられてからは一日一回、ほんの僅かな食事しか与えられていなかった。
「くそっ、腹減ったな。早く街に行って何か食べないと死んじゃうな」
浮遊石は上下方向の移動ではかなりの速度が出せるのだが、水平方向の移動は人が小走りする程度しか速度が出ない。
おかげで街にたどり着くのに結構な時間が掛かった。
辿り着いたその街は城壁で囲まれた比較的大きな街だった。
城壁のある街はどこでも同じだが、夜間は城門が閉じられ街への出入りは原則出来ない。けれども空を飛ぶ俺には、そんなことは全く関係ない。
空からこっそり街の内側に入り込み、人気の無い裏通りに降り立った。
そこから人通りの多い大通りに出て街中を歩いていると、どこからか食欲をそそるいい匂いが漂ってきた。
鼻をひくつかせながら匂いの元を辿ると一軒の酒場に行き着いた。
俺の腹の虫が大音量で鳴り出した。もう限界だ。
吸い寄せられるように酒場の扉に手を掛け開こうとしたその時、俺は重大な事に気が付いた。
「金が無い!」
お金が全く無い。テレーゼと別れる際に俺の所持金を全て彼女に預けてしまったので、今の俺は一文無しだ。
「くっ! ここまで来て食事が出来ないなんて……」
俺は自分の服のポケットを探ったが、金目の物なんて何も持っていない。
うーむ。今すぐお金を作る方法は何か無いだろうか?
俺の特技の魔力操作を使えば、クズ魔石に魔力を注いで魔石を再生できる。再生した魔石を売ればお金になるのだが、その肝心のクズ魔石が無い。
「ぐぬぬ。仕方が無い……。今から魔物を狩りに行くか」
魔物は魔力波を飛ばせば簡単に探せるし、魔力操作で空から魔物の魔石を破壊すれば倒すことは簡単だ。
食用になる小型の魔物を持ち込めば、現金が無くても食事させてくれるかもしれない。
まあ、そこは先に確認が必要だな。
俺は酒場の扉を開け中に入った。酒場の中は大勢の客で賑わっている。
「はーい。いらっしゃいませ。お一人ですか? 奥のカウンターにどうぞ」
声の主は若い女の子の給仕だった。頭の上には猫のような耳が付いている。
(おお、猫耳娘だ。かわいい!)
耳をなでなでしたくなる誘惑に必死で耐えていると、猫耳少女は俺をカウンターに案内しようと前を歩き出した。
「ちょっと待って」
慌てて少女を止め用件を伝えた。
「すまない、俺は客じゃないんだ。実は一文無しで路頭に迷ってる最中なんだ。どうだろう、お金の代りに俺が仕留めた魔物を持ちこんだら、それで食事させてもらえないだろうか?」
「私じゃ分からないから、お父さんに聞いて来るね。ちょっと待ってて」
猫耳少女が厨房に入っていくと、すぐにスキンヘッドの厳つい男が厨房から出て来た。どうやら少女の父親のようだ。
俺の視線はその男の頭に釘付けになった。彼の頭にも耳があった。つるつるの頭の上にふさふさした猫耳が……。
何じゃそりゃーー!
ああ、俺の猫耳に対するイメージが……。こんなハゲ頭の猫耳なんて見たくなかったよ……。
猫耳親父は俺を見て聞いてきた。
「あんたか。文無しで飯を食いたいってやつは」
「食事がしたいんだけどお金が全く無いんだ。お金の代りに魔物を狩って来て持ち込むからそれで何か食べさせてもらえないか?」
その時、タイミング良く俺のお腹が大きな音を鳴り響かせた。
その音を聞いた猫耳親父は苦笑しながら言った。
「カウンターに座れ。まかない料理で良ければ食わせてやる。それを食べたら厨房で洗い物を手伝え」
「いいの?」
「食べた分、ちゃんと働けよ」
「ありがとう。本当はもう腹減って倒れそうだったんだ」
猫耳親父は厨房に戻ると料理の皿をカウンターに並べた。
「さあ食え」
「いただきます」
俺は一心不乱に食事にかぶりついた。
ああ肉がうまい。パンがうまい、スープもうまい。
猫耳親父の料理の腕がいいのか、しばらく碌な食事を食べていなかったせいか、涙が出るほど食事がおいしく感じる。
瞬く間に料理を食べ尽くしてしまった。これでやっと人心地がついた。
「ごちそう様。こんなおいしい食事は久しぶりだよ」
「それじゃあ厨房に入れ。洗い物が溜まってる」
「了解! あんなおいしい食事させてもらったんだ。死ぬ気で働くよ」
それから酒場が閉まるまでの間、洗い物やテーブルの後片づけをしてひたすら働いた。何日も空腹のまま牢に入れられていたので体力が落ちており、体が悲鳴を上げ続けていたが何とか閉店までやり遂げた。
店を閉めた後、疲れ果ててテーブルに突っ伏していると、猫耳親父が俺の前にエールの入ったジョッキをドンと置いた。
「ご苦労さん。一杯飲め。思ったよりよく働いてくれたんで助かったぞ」
俺はエールの入ったジョッキを一息に飲み干した。
「うまい。……あっ、しまった!」
「どうした? 酒は飲めないのか?」
「いや、今の疲れた状態でこれを飲んだら絶対に寝ちゃうと思ってね。まだこれから眠る場所を探しに行かないといけないんだ」
「うちに泊まっていけ。物置を兼ねた屋根裏部屋で良ければ泊めてやるぞ。ちゃんとベッドも置いてあるから寝るだけなら問題はない」
「どこの馬の骨とも分からないのに本当にいいのか?」
「行くあては無いんだろ。今日の働きの報酬だ」
無一文の怪しい男に食事を与えて泊まらせるなんて、なんて優しい人なんだ。
「親父さん、あんたいい人だな。俺は心を入れ替えたよ。もう二度と猫耳ハゲ頭なんて馬鹿にしたりしないと誓うよ」
「俺はハゲじゃねえ! この頭は剃ってるんだよ! ていうか、お前は俺の頭を馬鹿にしてたのか?」
「はて? 何のことでしょうか?」
いかんいかん。疲れと酔いと眠たさで自分でも何を言ってるのか分からなくなってきた。
危うく親切にしてくれた猫耳親父を怒らせるところだったよ。
俺は猫耳親父に屋根裏の小さな部屋に連れていかれた。
確かに物置になっているが、ちゃんとした寝床さえあれば文句は言わない。
「ありがとう。無一文の俺にこんなに親切にしてくれるなんて……。親父さんってもしかして猫神様の使徒なんかじゃないの? 俺はこれからの人生、猫耳ハゲ頭教の信者として猫耳とハゲ頭を崇めて生きて行くことにするよ」
「まだ言うか! 全然感謝されてるように思えねえな。まあいい、とっとと寝ちまえ!」
「親父さん。本当にありがとう」
猫耳親父は俺を見て苦笑すると部屋を出て行った。
おれはごろりとベッドに横になった。
明日は何とかお金を工面しないといけない。
お金が手に入ったら食料や生活道具を買い込んで街を出よう。
ひとつの街に長くいれば必ず追手に見つかる。ほとぼりが冷めるまでどこかに身を隠そう。
そうなると身を隠す場所は一つしか思い浮かばない。
そう、旧街道の廃村の奥にあった、あの謎の地下施設だ。あの施設ならまず人に見つからないだろうし雨風も防げる。
あれは未来の生産施設だった。なぜそんな施設がこの異世界に存在するのか?
あの施設は謎に包まれている。俺はその謎を解き明かしたい。
俺が元の世界に戻る手掛かりが見つかるかもしれない。
前に迷い込んだ時は出口を探すのを優先してしっかり内部の調査をしなかった。
今度は施設内を調査する時間は十分にある。
よし、今後の予定は決まった。明日は忙しくなりそうだ。
俺は大きなあくびをひとつすると目を閉じた。




