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第54話 告白

 テレーゼがキラキラした瞳で俺を見た。


「タツヤさんは神様だったんですか?」

「いやいや、俺は普通の人だよ」

「だって空の島には神様が住んでると聞きました」

「それ噂だろ。地上の人間はこのエデンの事を何も知らない。出回っている話は全部誰かが勝手な思いで吹聴している憶測話だよ」


 そうこうしているうちに、アルバトロスはエデンの屋敷の上空までやってきて停止した。

 眼下には三階建ての洋館とその周囲に広大に広がる庭園が見える。庭園には色とりどりの花々が咲き乱れ、華やかな色彩に埋もれている。

 庭園の奥には木々に囲まれた泉がこんこんと水を湛えている。


「下に見えてるのが俺の屋敷と庭園だ。テレーゼにはしばらくここで暮らしてもらうことになる」


 返事が返ってこない。テレーゼを見ると彼女は屋敷と庭園を見つめて涙を流していた。


「ええっと……、テレーゼ?」

「……あ、タツヤさん。ごめんなさい、あの庭園を見ていたら何だか綺麗すぎて……。もしこの世に楽園があるとしたら、こんな場所なのかも知れないと思ったら涙が出てしまって……」


 まあエデンの園は俺の自慢の庭園なので褒めてもらえると嬉しくはあるが、泣くほど感激されるとは。


 俺たち二人は屋敷の前に降り立った。目の前の屋敷の正面扉が開け放たれている。


「すごいお屋敷ですね。ここがタツヤさんの家なんですよね?」

「そうだよ。そしてテレーゼの家でもある」


 俺がそう言うとテレーゼは俯いてしまった。耳が真っ赤になってるな。

 俺とテレーゼが屋敷の中に入ると、玄関ホールにメイド服を着た三人の女性が並んで立っていた。彼女たちの顔には白い仮面が付けられている。

 彼女たちは、軽く頭を下げて声を揃える。


「マスター。お帰りなさいませ」

「ただいま」


 俺は彼女たちの前にテレーゼを手招きした。


「テレーゼ、彼女たちはこの屋敷のメイドだ。紹介しよう、アリス、ブレンダ、セシリアだ」


 テレーゼが慌てて頭を下げる。


「あ、あの、私はテレーゼと申します。よろしくお願いします」

「しばらく彼女はここで生活するからそのつもりでいてくれ。セシリア、君をテレーゼ付きのメイドとする。今後いろいろと面倒見てやってくれ」

「かしこまりました」


 俺たちは屋敷の奥へと入った。


「とりあえず部屋を用意させるよ。屋敷の中を案内しよう」


 テレーゼが俺の腕をそっと引き、小声で尋ねた。


「タツヤさん。あのメイドの方たち、お顔に怪我でもされてるのですか?」

「ああ、あの仮面のことか。いや怪我ではないんだが、事情があってね……。まあいいか。テレーゼには教えておくよ。ちょっと気味が悪いとは思うが……」


 俺は後ろから付いてきていたセシリアに指示を出した。


「セシリア。仮面を取ってくれないか」

「かしこまりました」


 セシリアが顔に手を当て仮面を外した。金髪の長い髪から現れたその顔は非常に整った美しい顔だ。

 テレーゼは思わす息を飲んだ。セシリアの美しさに魅せられてしまったようだ。


「……きれい」


 まあ確かにきれいなんだよね。口を閉じて視線を動かさなければ……。


「セシリア。テレーゼに挨拶してくれ」


 セシリアがテレーゼに微笑みかけ丁寧にお辞儀をした。


「テレーゼ様。わたくしはこの屋敷でメイドをさせていただいております、セシリアと申します。テレーゼ様付きのメイドとしてお世話させていただきますので、御用がございましたら何なりとお申し付けください」


 丁寧なあいさつを受けてテレーゼもお辞儀を返した。


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 俺はその光景を見て愕然とした。


「セシリアのこと……怖くないの? というか気味悪くないの?」

「タツヤさん! こんなきれいな方に何を言ってるんですか! いくらタツヤさんでも許しませんよ!」


 テレーゼに叱られた。


「いや、ちゃんとセシリアの顔を見てくれ。何も感じないのか?」

「……素敵なお顔です。こんな美しい方、見た事ありません」

「えーーっ!」


 俺はアリスとブレンダを手招きして呼び寄せた。


「二人とも仮面を取ってくれ」


 俺の指示に銀髪セミロングのアリスと赤毛のポニーテールのブレンダが仮面を外す。

 二人の素顔を見たテレーゼがまた息を飲んだ。

 怖がってる訳じゃなさそうだ。二人の美しさに圧倒されている雰囲気だ。


「怖くない?」

「さっきから何を言ってるんですか! タツヤさんがそんな失礼な事を言う人だったなんて……」


 いかん。テレーゼの俺への好感度がかなり低下したぞ。


「テレーゼ。この三人は人間じゃない。俺が作ったアンドロイド、いやゴーレムなんだよ。見た目は絶世の美女だが、目や口の動きや顔の表情がうまく出来てなくて、俺から見るとすごく不気味な顔に見えるんだ。テレーゼは何とも感じないのか?」

「冗談も程々にしてください。この方たちどう見ても人間じゃないですか。それにこんな美しい方たちに不気味だなんて失礼ですよ」


 駄目だ。テレーゼはこの三人がアンドロイドだと信じていない。


 俺の元いた世界ではアンドロイドの研究が盛んに行われていた。

 アンドロイドの外見や動作を人間に似せていくとある程度までは親近感が増すが、人間にかなり近づいたところで急激に不気味さが増大してしまう。これを『不気味の谷現象』と言う。


 この三人は俺が元いた世界より遥かに進んだ未来技術で作られたアンドロイドだ。

 ところが出来上がったのは不気味の谷を象徴するような、見る者に嫌悪感を抱かせる存在だったのだ。


 あまりの不気味さに恐れをなして解体してしまおうとも思ったのだが、問題となるのは顔の不気味さだけで他の動作には何も問題はない。

 貴重な素材もふんだんに使って製造したのでこのまま破棄するのは抵抗がある。


 窮余の策として採用したのが顔全面を覆う仮面だ。顔を隠してしまえば普通に接する事が出来る。


 こうして俺の屋敷内は三人の仮面のメイドの手で管理されることになった。

 ちなみに屋敷の地下には五人の仮面の庭師がおり、彼らが庭園の管理をしている。


「三人ともテレーゼの要望があれば仮面を取ってもいい。但し俺の前では今まで通り仮面着用を厳守すること」

「かしこまりました」


 三人が再び仮面を付けた。これで落ち着いて彼女たちを見ることができる。


 しかし不思議だ。なぜテレーゼは気味悪く感じないのだろう? もしかして気味悪いと思っているのは俺だけなのか?

 これは他の人にも見てもらって確かめる必要があるな。


「セシリア。テレーゼを連れて屋敷の中と庭園を案内してあげてくれ。それが済んだら客室に案内してあげて」

「かしこまりました」

「テレーゼ。すまないが積もる話は明日にさせて欲しい。今日中にやっておかないといけないことがあるんだ」

「お仕事が忙しいのですか?」

「うーーん。仕事ではないんだが……。実は俺が今着ているこの鎧は着た者の力を強くする鎧なんだけど、その代償に半日ほど体が動かせなくなるんだ。俺はこれから部屋で鎧を脱ぐ。そうすると明日までずっとベッドから出られなくなる」


 テレーゼが俺の手を握った。


「私のせいでそんなことに……。分かりました。でしたら明日まで私も一緒にいます。タツヤさんが体を動かせない間は私がタツヤさんのお世話をします」

「ええっと、正確に言えば体が動かせないと言うより、激痛にのたうち回ることになるんだ。あまり情けない姿をテレーゼには見せたくない。一人で大丈夫だよ」

「余計一人にさせられません。大丈夫です。どんな姿を見せられてもタツヤさんのこと嫌いになったりしませ」

「泣いたり叫んだりしちゃうよ」

「大丈夫です。泣いたらちゃんと涙を拭きます。叫んだらしっかり抱きしめます。だから私も一緒にいます」


 俺はこの一年ずっと一人で生きて来た。

 ずっと一人で生きるのに耐えかね、人との触れ合いを求めてフォラントの街に降りる決心をしたのだ。

 でも今の俺はもう一人じゃない。俺の事をこんなに大切に思ってくれる人がいる。

 そう思ったら何だか目が潤んで来た。


「ありがとうテレーゼ。じゃあ本当に甘えさせてもらうよ」


 テレーゼが嬉しそうに笑った。やっぱりテレーゼの笑顔は俺の心を温かくする。



 ◇◇◇



「ぐおっ! いでででででででで!」


 スーツを脱いだとたん、俺の全身の筋肉が悲鳴を上げた。少しでも体を動かそうものなら体中に激痛が走りベッドの上でのたうち回ることになる。

 ベッド脇でテレーゼが心配そうな顔をして見ている。少しでも触られると激痛が走るため、テレーゼも手を出せず顔の汗を拭うくらいしかできない。


 一時間ほどすると体の痛みは少し収まってきたが、もう疲労困憊していて全く動けなくなっていた。明日まではこのままの状態から抜け出せそうもないが、会話くらいなら何とか出来そうだ。


「テレーゼ。少し水を飲ませてくれないか」

「すぐ持ってきます」


 部屋に控えていたメイドのセシリアがテレーゼにストローの付いたボトルを渡し、それを受け取ったテレーゼが俺の口にそっとストローを差し出した。


「はあ、やっぱりテレーゼがいてくれると心強いな」

「起きられるようになるまで、ずっとここにいますから安心してください」


 俺はテレーゼに手を差し出した。テレーゼが両手で俺の手を優しく包む。

 明日までどうせ何も出来ない。この機会に伝えるべきことを伝えておこう。


「テレーゼ、俺は君に隠していることがたくさんあるんだ。ずっと人に言えずに隠していたことが。俺の話を聞いてくれるか? 俺の素性のこと。俺がこの一年何をしていたのか。俺の全てを君に知ってもらいたいんだ」

「聞きたいです。タツヤさんの全てを。私はタツヤさんの事何も知らないんです。タツヤさんの全てを知りたいです」


 俺は目を閉じ何から話すべきか思案した。話したいことがたくさんありすぎる。

 どう言えばテレーゼにうまく伝わるだろうか?


「テレーゼは俺が放浪者だって知ってるだろ。でも他の放浪者とは少し違うんだ。俺は他の国や他の大陸から飛ばされて来た人間じゃない。俺は過去の時代からこの時代に飛ばされて来たときの放浪者なんだ」

「過去の時代?」

「ああ、俺は千二百年前の過去からこの時代に来た」

「……」

「千二百年前、俺にとっては一年と少し前、俺は仕事に向かうため家の扉を開けて外に出た。そして気が付いたらクラレンス商会の前に立っていた。最初はどこか俺の知らない異世界に飛ばされたのだと思ってた。でも違った。俺は千二百年の刻を飛ばされたんだ」

「千二百年……。それは確かなことなんですか? 疑っている訳じゃ無くて、何かの勘違いとか……」


 テレーゼは俺が嘘を付いているとは思ってないようだが、かと言って素直に信じることも出来ないようだ。


「まあ簡単には信じられないと思うよ。でもテレーゼ、君も過去の刻の遺産をその目にしているはずだけどな」

「えっ? 私がですか?」

「一年前に騎士団から逃げ回っていた時に迷い込んだ地下施設を覚えているか?」

「はい。覚えています。何か怖い感じのところでした」

「あれは千年前の文明が残した古代の遺跡だ。俺のいた時代より二百年以上後の時代に作られた生産施設だよ。俺は飛燕騎士団に捕まった後に逃げ出して、しばらくあの地下施設に身を隠していたんだ。その時に施設に残された資料を調べて分かった。俺は確かに千二百年前の人間だ」


 テレーゼが俺の手を強く握った。


「千二百年前の世界は今の時代とはずいぶん違った世界なんだ。俺のいた時代は剣も魔法も魔物もいない世界で、人々は様々な機械を作り出して生活していたんだ。だけど今から千年ほど前に何かが起こって機械文明は滅んでしまった。機械文明が滅んだ理由はよく分からない。たぶん天変地異の類だと思う。今の大陸の地形は俺の時代の地形と全く違ってしまっている。千年の間に陸地は海に沈み、海は隆起し陸地になったんだと思う」

「そんな事があったなんて……」

「天変地異を生き残った僅かな人たちは機械文明を維持出来ずに徐々に衰退してしまった。そして代わりに出現したのが魔法文明だ。千年前に突然この世界に魔素というものが現れた。そして魔素を使った魔法が発達した。魔物もたぶんその頃に出現したものだろうな」


 話の規模が大きくなりすぎて、テレーゼが話に付いてこれなくなっているみたいだ。


「元の時代に帰る方法はあるんですか?」

「どうやって刻を超えてきたのか分からない。だから帰る方法も分からない。俺はもう帰れない」


 俺の手に何かが落ちた。見ればテレーゼの瞳から零れ落ちた涙だった。

 もう帰れないと知って泣いてくれているのか。

 彼女の頬を伝う涙を拭おうとしたが悲しいことに腕が持ち上がらない。


「俺はこの時代に飛ばされた時になかりの記憶を失ってるんだ。いや、飛ばされた時だけじゃない。今でも日々元の時代の記憶を失いつつある。いずれ昔の記憶はきれいに無くなってしまうだろう。そうなったらもう帰ろうとさえ思わないだろうな。俺はもうこの時代で生きて行くしかないんだよ」


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