第53話 慢心
「パトリックはこれからどうするの? 行商を続ける? それともレマーンの街に戻る?」
「そうですね、ここからだとレマーンに戻るよりキエルの村へ行く方が断然近いですから行商を続けたいのですが、護衛がいなくなってしまいました。面倒ですが一度レマーンに戻って護衛を雇いなおします」
「ちょっと待って。護衛か……。護衛がいれば行商を続けられる?」
「ええ。ですが護衛を雇えるのは冒険者ギルドのある街だけです。この近辺だとレマーンしかありません」
「じゃあ俺の部下を貸すよ。行商を終えてレマーンに戻るまで護衛として使ってくれ」
俺はケルビムに連絡を入れた。
「ケルビム。聞こえるか」
『はい、マスター。聞こえています』
「流星号はどうなった?」
『エンジンが吹き飛び自力飛行が出来ません。現在は地上に降りて回収を待っています。アルバトロスを回収に向かわせました』
「よかった。一安心だな。アルバトロスがこっちに到着したら、バトルロイド二個小隊を回収艇に乗せて俺のところに寄越してくれ。バトルロイドはしばらく商隊の護衛に貸し出すからそのつもりでいてくれ。それともう面倒だから回収艇の隠蔽工作はしなくていい」
『了解しました。ブルー、レッドの両隊を向かわせます』
護衛の手配は付いた。二台の荷馬車の護衛に八機のバトルロイドは過剰戦力のような気がしないでもないが、まあいいや。
「俺の部下の騎士八人がもうすぐここに来る。逃げた護衛の替わりに使ってくれ。先に話しておくが、実は俺の騎士は人間じゃない。ゴーレムだ。彼らは人の話を理解できるし会話も可能だから口頭で命令を与えれば指示に従うよ。戦闘でも人間の二、三倍の強さを発揮するからもう盗賊の心配はしなくていいよ」
パトリックが何とも言えないような顔で俺を見ている。
『こいつは何を言ってるんだ?』という心の声が聞こえてきそうだ。
まあ実物を見れば俺の言ったことが嫌でも理解出来るだろう。
「八人ですか。そんなにたくさんのゴーレムをお借りしてよろしいのですか?」
「貸すのは問題ない。だけど少しだけお願いがある。俺のゴーレムの事は秘密とまでは言わないけど、なるべく人には言わないでいて欲しい。こういうゴーレムがいると知られると欲しがる奴が出て来て面倒なんだ。だから普通の騎士と思って相手をして欲しい」
「まあ、そんなゴーレムがいれば確かに狙われますね」
何だか素っ気ない返事だ。まだ本気でゴーレムの話を信じてないようだ。
構わずゴーレムについての詳しい説明をしていると、ケルビムから連絡が入った。
『マスター。お待たせしました。回収艇が到着しました』
「どうやらゴーレムが来たようだ」
皆で空を見上げると青空の中に何か黒い物が見えた。黒い物はだんだん大きくなり、やがて目の前の大地に降りてきた。
「タツヤさん。こ、こ、これは……」
「空を飛ぶゴーレムの乗り物だよ。これも人に言わないでくれると助かるな」
回収艇のハッチが開き、中から青い鎧と兜の八人の騎士が続々と降り立ち整列をする。俺は彼らに命令を与えた。
「盗賊たちを全員集めろ。拘束してから回収艇に放り込め。多少乱暴に扱っても構わんぞ。おっと、回収艇が血で汚れてはかなわん。布と紐で腕を縛ってから乗せるように」
騎士たちが盗賊の腕に布を巻き付け紐で縛っていく。巨体に似合わず手先が器用だ。
やがて彼らは盗賊を数珠つなぎに縛ると次々と回収艇に乗せていく。
そんな騎士たちをパトリックが大きな口を開けて見ている。
「ケルビム。この盗賊たちどうしたらいいと思う?」
『……』
(ん? どうした? ケルビムが返事を返さない……)
しばらくの沈黙の後、ケルビムが俺に聞いた。
『マスター、質問があります。なぜ盗賊たちの腕を切り落としたのですか?』
「なぜって? テレーゼを殴ってたんだぞ! そんな腕など切られて当然だ!」
『テレーゼさんに危害を加えていた盗賊については、咄嗟の判断ということで理解出来ます。残りの盗賊はなぜ両腕を切り落としたのですか?』
「なぜって……、一人目の腕を切ったんだ。他の奴も同じようにしないと不公平だろ」
『その必要がありましたか?』
「えっ?」
『マスターは人を殺傷することに忌避感を持っていたはずです。ですが今のマスターからは忌避感どころか嗜虐性を感じます。マスターは新型スーツの性能に溺れているのではありませんか? 盗賊を無傷で倒すのは簡単だったはずです。自分の力を誇示するために盗賊の腕を切り落としたのではないですか?』
「いや、そんな事は……」
言葉が途切れた。否定しようとしたが何も言い返せない。
俺の着ている赤い騎士風の鎧は新型の特殊スーツだ。
確かにスーツの機能を使えば盗賊を無傷で捕えるのは簡単だ。
だが俺は剣を自分の思い通りに振るえることに高揚してしまい、どこまでやれるか力を確かめたくなったのだ。
ケルビムの言う通りだ。ただ無力化すれば良かったのだ。それが出来なければ殺すのも仕方が無い。だが意味も無く腕を切る必要はどこにも無かった。
俺は自分の手の平を広げその手をじっと見た。
(この手はいつから人を傷つけるのを躊躇しなくなった?)
「俺はスーツの力に慢心していたのか……」
『私にはそう見えました。マスターは以前私にこう頼んだはずです。もし自分が力に溺れるようなことがあれば止めて欲しいと』
昔ケルビムにそう頼んだ時の自戒の念を、俺は完全に忘れてしまっていた。
もう俺は駄目なのか? いや、まだ大丈夫だ。俺にはケルビムが付いている。
「ありがとう、ケルビム。また俺がおかしくなったら止めて欲しい」
『了解しました。そうやって頼んでくるうちはまだ大丈夫ですよ』
俺は回収艇の中に入れられた腕の無い盗賊たちを見た。
彼らの腕を切断する必要は全く無かった。そこは反省すべき点だ。
だが彼らにそれを詫びるつもりは全く無い。彼らは今まで大勢の人間に対し、盗み犯し殺してきたはずだ。腕を失くそうが殺されようがそれは自業自得だ。
『盗賊たちは夜になったらどこか衛兵のいる街に捨てておきます。たぶん縛り首でしょうし、そうでなくても両腕の無い盗賊に生きる術はありません』
「よろしく頼む」
盗賊の措置は決まった。あとは商隊の対処だ。
俺は荷馬車のパトリックの前にバトルロイドたちを並ばせ命じた。
「ブルー隊、レッド隊。追って指示があるまで商隊の護衛任務に就け。護衛中は商隊メンバーの安全を最優先に行動しろ。この人が商隊リーダーのパトリックさんだ。今後は彼の指示で行動するように。ブルー1、お前が護衛リーダーだ。代表して挨拶を」
巨体の騎士姿のブルー1がパトリックの前に進み出る。
「パトリックさん。私は商隊の護衛をさせていただくブルー1と申します。商隊は私が責任を持ってお守りいたします。ご安心ください」
「タツヤさん。彼は本当にゴーレムなのですか? 中に人が入っているのでは?」
「間違いなくゴーレムだよ。水も食料も不要で不眠不休で商隊を守り抜くから安心してよ」
「すごい……」
そろそろ俺も引き上げるとしよう。早く帰って流星号を修理しないといけない。
「テレーゼ。商隊がレマーンに帰った頃にクラレンス商会を訪ねる。今の俺はもうお尋ね者じゃない。俺のこの一年の出来事を全て話しに行くよ。クラレンスさんにもよろしく言っておいてくれ」
俺の言葉にテレーゼが泣き出した。そして俺に抱きついた。
「せっかく会えたのに……。またどこかに行ってしまうなんて……」
どうしよう? 女の子に泣かれるとどうしていいのか分からない。
そうだ、パトリックに助けを求めよう。
俺はパトリックに向かって身振り手振りで助けを求める合図を送った。
それを見たパトリックが大きく頷いた。
「タツヤさん。後日クラレンス商会を訪ねるということですが、それまでの間テレーゼをそちらで預かってもらえませんか? テレーゼは私の手伝いと商隊の食事係として同行してもらってましたが、食事は護衛が居なくなったので大量に作る必要はありませんし、行商も私一人でも何とかできます。テレーゼが抜けても問題ありません」
何を言い出すんだこの人は! 俺はテレーゼを説得して欲しかったんだよ!
「テレーゼはあなたがいなくなってから、一ヵ月ほど塞ぎこんで部屋に籠っていたのです。彼女は毎日あなたが帰ってくる事を信じて生きてきたのです。タツヤさんはそんな彼女を置いて、またどこかへ行ってしまうつもりですか?」
「いやいや、どこにも行くつもりはないよ。しばらくしたら商会に顔を見せに行くつもりだ」
「信じられませんね。あなたテレーゼに一年以内に必ず帰ると約束しましたんですよね。でももう一年過ぎてますよね。約束を破ったんですよね」
いやいや、一年以内に帰らなければ預けた品物を譲るとは言ったが、一年で帰るとは約束してなかったはずだ。
「クラレンス商会に顔を出すというのも怪しいものです。これはお目付け役が必要ですね。ということでテレーゼをお連れください。後でちゃんと商会に返しに来て下さいね」
何を無茶な事を言ってるんだ!
俺の帰る先はエデンだ。テレーゼを連れてエデンに帰るなんて……。
あれ? 問題なんて無いか……。
俺は彼女になら俺の秘密を全て話してもいいと思っている。
いや違う……。俺は彼女に秘密を打ち明け共有したいのだ。
「テレーゼ。俺と一緒に来るか?」
「はい!」
テレーゼの顔に笑顔が浮かぶ。彼女のこんな笑顔を見るのは久しぶりだ。
◇◇◇
俺とテレーゼは、キエルの村へ行商に向かう二台の荷馬車を見送った。
八人の騎士がずらりと荷馬車を取り囲んで護衛しており、そこいらの盗賊なら彼らの姿を見た瞬間に逃げ出すこと間違いなしだ。
「さあ、俺たちも行こうか」
「どこでもついていきます」
「じゃあ、これに乗ってくれ」
回収艇のハッチをくぐると、そこには十二人の盗賊たちが転がされている。
その盗賊たちを見てテレーゼの足が止まった。
彼らに対する恐怖心が戻ってきて動けなくなったようだ。
俺は素早くテレーゼを横抱きに抱き上げた。
「タツヤさん、何をしてるんですか」
「姫さま。お席までご案内いたします」
そういえば昔レマーンの広場で、テレーゼと『お嬢様と執事』ごっこして遊んだな。あれは楽しかった。さしずめ今日はテーマは『お姫様と騎士』だな。
テレーゼを窓際の座席に座らせシートベルトを付ける。
俺も隣の席に座り回収艇に指示を出した。
「よし、アルバトロスに帰投する」
回収艇が上昇を始めた。テレーゼが目を丸くして窓の外を見ている。
「飛んでます!」
「怖くないか?」
「大丈夫です。全然怖くないです。怖いと言うよりすごくワクワクした気分です」
テレーゼは高い所は平気みたいだな。
やがて回収艇は空挺母艦アルバトロスの待機する高度まで到達した。
「タツヤさん! あれ、空に何か浮いてますよ!」
「ああ、あれは俺の空飛ぶ船だ。これからあの船に入るぞ」
テレーゼの目が輝いている。興味を持って貰えて俺も嬉しいよ。
回収艇はアルバトロスのデッキに着艦すると搭乗ハッチを開いた。
「さあ姫様、こちらへどうぞ」
俺はテレーゼの手を引き、アルバトロスのデッキに降り立った。
回収艇の横にはボロボロになった流星号が収容されていた。
エンジンを覆うパネルが無くなっており、エンジン本体は大きく破損し黒焦げ状態だ。コクピット内も俺の座席が射出されたため空になっている。
着地がうまくいかなかったのか、機体の外殻は傷だらけだ。
「流星号。大丈夫か?」
『マスター、これが大丈夫に見えるとしたら目の病気だぜ? また教会に連れてってやろうか?』
「無理させて悪かったな。エデンに戻ったらすぐに修理してやる。お前のおかげでテレーゼを無事に救出できた。ありがとう」
『よせやい、そんなに素直にマスターに褒められると背中が痒くなってくる』
「お前の背中ってどこだよ? 掻いてやるから言ってみな」
せっかく感謝してやったのに流星号は素直じゃないな。
「タツヤさん、えっと、この……人は?」
テレーゼが流星号をどう表現すべきか迷っている。
「こいつは俺の空飛ぶ乗り物の流星号だ。いつも護衛として俺を守ってくれる頼もしい相棒だ。今日はテレーゼの所に駆けつけるのに、かなり無理させたせいで壊れてしまったんだ」
「流星号さん。私のために無理させてしまい申し訳ありません。あなたのおかげで無事に済みました。本当にありがとうございました」
テレーゼが満身創痍の流星号に頭を下げる。
『テレーゼ。何も気にする事はないぜ。機体の傷は男の勲章だ! テレーゼが助かったのなら何も問題はない!』
「そうか、機体の傷は男の勲章なのか。じゃあ修理なんてしない方がいいのかな」
「おい! 冗談に決まってるだろ! ちゃんと修理してくれよ。傷一つないピカピカな機体に戻してくれよー」
「分かった分かった。ちゃんと修理してワックスも掛けてやるから心配するな」
『ヒャッハー!!』
広いデッキの向こうはバトルロイド空挺部隊の待機エリアになっており、多数のバトルロイドが固定装置につながれた状態で立っている。
「すごい!」
「ここはゴーレムたちの待機場所だ。これだけの数がいると壮観だろ。とは言えあまり女性向けの場所ではないな。姫さまには艦橋の方がいいだろ」
テレーゼを連れてアルバトロスの艦橋に移動する。
「わあっ!」
艦橋に足を踏み入れた瞬間、テレーゼが歓喜の声を漏らした。
アルバトロスの艦橋は艦底部にあり、壁面と床部の大部分がガラス張りになっている。そのため地上の展望が素晴らしく良いのだ。
艦橋に立って地上を見下ろすと、まるで自分が宙に浮いているような錯覚を引き起こす。
「このシートに座るといい。もう少ししたらもっといい物が見えるぞ」
しばらく飛行を続けていると、前方の空に何か黒い物体が見え始めた。
「テレーゼ、前を見てごらん」
「タツヤさん! あれって最近街中で噂になっている空飛ぶ島じゃないですか!」
「そう、あれが俺の住んでいる島、エデンだ」




