第52話 救出
『マスター、偵察機をこちらに呼び寄せました。これに乗って下さい』
俺の目の前には、クラレンス商会の商隊を監視していたはずの試作偵察機がいた。
これに乗れと言われても偵察機は無人機だ。人が乗る席などありはしない。
『新型スーツを着れば偵察機に乗って飛行できるはずです』
「どこに乗れと言うんだ?」
『機体にしがみついて下さい。スーツの腕力と握力があれば、振り落とされたりしないはずです』
俺の理性はそれは無理だと警告を発している。だが俺の感情はさっさと行けと叫んでいる。
他に対案など思い付かない。今は一分一秒が惜しい。
俺は偵察機にまたがると円柱状のボディーに抱き着いた。
「よし! やってくれ!」
偵察機は上空に浮上すると、徐々に速度を上げ進み始めた。
俺は偵察機に振り落とされないように必死で機体にしがみつき叫んだ。
「待ってろテレーゼ! 今助けに行くぞ!」
◇◇◇
キエルの村へ続く街道に荷馬車が停車しており、その周囲を馬に乗った男たちが取り囲んでいる。
荷馬車の御者台には御者のカルロと商隊リーダーのパトリックの二人が盗賊に剣を向けられて座っている。
「お前たち、そこから降りろ」
パトリックとカルロがゆっくりと御者台から降りると、盗賊たちが寄って来て二人をロープで後ろ手に縛った。
「よーし、積荷を調べろ」
盗賊の一人が荷馬車の荷台に乗り込んだ。そしてすぐに大声を上げた。
「お頭! 女だ! 女がいたぞ!」
「キャー!」
盗賊の男に手を掴まれ、テレーゼが荷台から引きずり出された。
その様子を目にしたパトリックが叫ぶ。
「その娘に手を出すな!」
「誰に向かって物を言ってるんだ?」
盗賊の首領がパトリックに近づき彼の顔を殴り付けた。パトリックが地面に倒れ込む。
「パトリックさん!」
テレーゼはパトリックに駆け寄ろうとしたが、盗賊の首領は彼女の手を掴み引き寄せると、顎に手を掛け上に向けさせた。そしてその顔をじろじろと眺めた。
「ほお、なかなかの上玉だな。これは夜まで待ち切れんな。ぐはははは」
「お頭、今日こそ俺たちにも回して下さいよ。いつもお頭一人で楽しんでるんだから」
「しゃーねーな。分かったからそうむくれるな」
「この前の女もそう言って独り占めしたじゃないですか」
「分かったって言ってるだろうが!」
テレーゼが震える声で盗賊の首領に尋ねる。
「私たちをどうするつもりですか?」
「男どもはどうするか分からんが、嬢ちゃんはちゃーんとかわいがってやるから心配するな。ぐはははははは」
盗賊の首領は荷馬車の手下に声を掛けた。
「積荷はどうだ?」
「どっちの荷馬車も食料と衣料品と農具、それにこまごました雑貨品ですぜ」
「これでしばらくは食い物に困らんな。この女も荷台に乗せておけ」
盗賊の一人がテレーゼの手を縛ろうとロープを持って寄って来た。
テレーゼが盗賊の男の前に両手を差し出す。盗賊は彼女が従順になったのを訝しみながらも、ロープを巻こうと手首に注意を向けた。
無抵抗を装っていたテレーゼが、目の前の盗賊の股間を思いっきり蹴り上げた。
「!!!!」
テレーゼは昔、知り合いの女性冒険者から『力の無い女が男に襲われた時の撃退法』として急所蹴りの極意を教わっていた。
その女冒険者は『躊躇うな。手加減するな。潰すつもりで蹴れ』と力説し、何度も彼女に急所を狙う練習をさせ体に叩き込んだのだ。
女冒険者の特訓の賜物か、急所を蹴られた盗賊は言葉を発する事もなく崩れ落ち、股間を押さえ唸っている。
テレーゼはその隙をついて脱兎の如く逃げ出した。目指すは街道沿いに見える小さな森だ。見晴らしのいい平原の中にいては逃げ隠れする事など不可能だ。逃げるとすれば森の中に逃げ込むしかない。
周りで見ていた盗賊たちは慌てる事もなく、倒れた男を見て笑い転げている。
女が一人逃げ出したところで、どうあがいても逃げられはしないと分かっているからだろう。
テレーゼは必死で走り続け、なんとか森までたどり着いた。
だがその背後を二頭の馬が追ってきて、あっという間にテレーゼを取り囲んだ。
盗賊たちが馬を降りて彼女に近づいていく。そのうちの一人は先程彼女が股間を蹴り上げた男だ。
「おい! さっきはよくもやってくれたな!」
男はテレーゼの前に立ち、いきなり頬を叩いた。
「キャッ!」
男は倒れそうになるテレーゼの髪を掴み、ぐっと頭を上げさせた。
そして今度は反対の頬を叩いた。そのまま右へ左へと何度も叩き続ける。
「お願い。もうやめて!」
テレーゼの目から大粒の涙が流れ出る。
もう一人の男がそんな彼女を見て言った。
「おい、そこまでにしておけ。それ以上やるとお頭にどやされるぞ」
だが男の怒りはまだ収まらないようだ。
「仕方ねえ。これで最後にしておく」
そう言うと男はテレーゼの髪を掴み顔を上に向けさせた。
男の右手が大きく振り上げられた。
テレーゼは目を固く閉じ歯を食いしばって身構えた。
(助けて! タツヤさん……)
こんな時いつも心に思い浮かぶのは、ずいぶん前に消息を絶ったタツヤの姿だ。
あの離別の日以来、彼女はずっとタツヤの生存を信じ、無事に戻って来るよう祈りを捧げる日々を送っている。
テレーゼの時間はあの日からずっと止まったままだ。
タツヤは必ず戻って来る。その想いだけが今のテレーゼの心の拠り所なのだ。
「ヒュン!」
何か風切音が聞こえたような気がした。
引っ張られていた彼女の髪が不意に自由になった。
その反動で体が倒れそうになったが、背後から誰かに身体を抱き留められた。
(えっ?)
テレーゼは思わず目を開けた。
目の前には彼女を叩こうとした盗賊が両腕を上げて立っている。
よく見れば彼女を叩こうと振り上げた男の右腕は肘から先から無くなっていた。
いや右腕だけではない。彼女の髪を掴んでいたはずの左腕も肘から先が消えていた。
男が悲鳴を上げた。
「ギャー---!」
テレーゼの背後から懐かしい声がした。
「すまないテレーゼ。遅くなった」
彼女は思わず振り返って後ろを見た。
そこには忘れもしないあの男の顔があった。
「タツヤさん!」
後ろからテレーゼを抱きかかえていたのはタツヤだった。
彼は赤い騎士風の鎧に身を包み、左腕でそっと彼女を抱きしめている。
テレーゼの目からボロボロと涙が零れ落ちた。
「タツヤさん……。生きてると信じてました。必ず戻ってくると信じてました……」
「遅くなってすまない……」
茫然と突然現れた赤い騎士を見ていたもう一人の盗賊が声を上げた。
「おい! てめえどこから現れやがった。こいつの手を切り落としたのはてめえか!?」
優しい眼差しでテレーゼを見ていたタツヤがその顔を盗賊に向けた。
「ヒッ!」
盗賊が何かに怯えるように震え出した。
タツヤはテレーゼをそっと離すと、右手に持った剣を盗賊に向けた。
「ヒュン!」
風切音がしたと思った瞬間、盗賊の両腕の肘から先が無くなっていた。
「ギャー---!」
タツヤはテレーゼ見て優しい声で言った。
「テレーゼ、すまないが少しだけここにいてくれ。ゴミの掃除をしてくる」
◇◇◇
パトリックは目に前で起きた出来事が信じられなかった。
二台の馬車を取り囲む十人の盗賊たちが、突然現れた赤い鎧の騎士によって一瞬のうちに次々と倒されたのだ。
倒したと言うのは殺したという意味ではない。盗賊たち全員の両腕が切断されたのだ。盗賊たちは両腕を失ったショックと苦痛から、倒れたまま起き上がれずにもがき苦しんでいる。
赤い鎧の騎士がこちらを見て兜を脱いだ。
「やあ、パトリック。久しぶり」
「あなた……、タツヤさん?」
「ああ、タツヤだよ。忘れ去られてたら泣いちゃうところだったけど、覚えてくれてて感激だよ。おっと、むこうにテレーゼを待たせてるからこっちに連れてくるよ」
赤い鎧のタツヤさんが林の方向へ目にも止まらぬ速さで走り去っていき、テレーゼを横抱きにして戻って来た。抱かれているテレーゼの顔が真っ赤だ。
「テレーゼ! 大丈夫だったか? 怪我は無いか?」
「大丈夫です。タツヤさんに助けてもらいました」
「はあーー、良かった。本当に良かった」
思わず安堵のため息が出た。
「タツヤさん、どうしてここへ?」
「お姫様の助けを求める声が聞こえたんだ。だから助けに飛んで来た」
抱きかかえられたテレーゼの顔が、ますます赤く染まっていく。
『お姫様』というのはテレーゼのことだろうか?
タツヤさんはテレーゼを地面に降ろした。
そして二人の御者とも再会を喜び合っている。
「やあ、カルロにロレンソも久しぶり。二人はまだ現役の御者なの? 今日は災難だったね。怪我が無くて何よりだよ」
「儂らも何十年と御者をやっとるんだ。盗賊に出くわす事などしょっちゅうだわい。わっはっは」
私はタツヤさんに丁寧に礼を言った。
「タツヤさん。こうして我々を助けていただきクラレンス商会を代表してお礼申し上げます。後日、商会主のクラレンスからも改めてお礼をさせていただきます」
「礼は不要だよ。俺はクラレンス商会にたくさん借りがある。少しでも返す事が出来たのなら本望だよ」
タツヤさんはもうこの話は終わりだとでも言うように手を私に向けた。
「さてと、いつまでもここでおしゃべりしている訳にもいかない。まずはこいつらをどうするかだけど……」
タツヤさんは倒れて呻いている盗賊の首領の頭を軽く蹴飛ばした。
「こいつらどうする? どこかの衛兵に差し出すと報奨金が出るとか?」
「手配されている大物の盗賊なら報償は出ますが、ほとんどは衛兵に引き渡して終わりですよ」
「じゃあ、こっちで引き取ってもいいかな?」
「タツヤさんが倒したのですから、どうするかはタツヤさんの自由です」
「了解。じゃあこちらで処分しておくよ」
タツヤさんはもう一度盗賊の首領を蹴飛ばし、耳元に口を近づけ小声で呟いた。
「テレーゼを襲ったんだ。楽に死ねると思うなよ」
盗賊の首領の顔が恐怖に歪んだ。




