第51話 テレーゼの危機
天空の島エデンを帝都と定めエデン帝国を建国した。
エデン帝国はアルビナ王国を降伏に追い込み、実質的な支配下に置いている。
将来的にはアルビナ王国をエデン帝国へ編入することになっているが、現在はギルベルト新王によるアルビナ王国内の安定統治を優先し、帝国への編入の時期を見計らっている状態だ。
面倒な事は全てアルビナ王国の新王ギルベルトに押し付け……、いや、お任せしてあるので、俺は今後帝国に必要となるであろう新装備の開発に勤しんでいるのだ。
そして今、エデンが総力を挙げて開発中なのが偵察機なのである。
アルビナ王国はギルベルト新王の元で国内情勢の安定を図っているが、実は外交と軍事面では相当にまずい事になっている。
王城の崩壊炎上と国王の交代劇の一連の出来事が、周辺国の注意を引かないはずはなく、多くの国がアルビナ王国に親善大使を送り込み宮殿内で情報収集に勤しんでいる。そして陰では隠された真相を探るべく王都に多くの密偵を放っていた。
また新王即位の少し前、アルビナ国内で起きた王位継承を巡る内紛により、多くの有力貴族が失脚し地位を追われている。なかには国境を守る辺境伯の爵位剥奪騒動なども起き、王国の国防力低下が深刻な状態になっているのだ。
まあ王位継承に関し陰謀をめぐらし第二王子ギルベルトを失脚させようとしていた愚か者どもを、こっそり排除して回ったのは何を隠そうこの俺なのだ。自業自得と言われても返す言葉もない。
そういった状況で、アルビナ王国の弱体化に付け込み国境の領地を掠め取ろうという国が現れないとも限らない。
特に隣国のホルス王国などは、以前からアルビナ王国に対し不穏な動きを見せており、今回の件でアルビナに対する暗躍に拍車が掛かっている。
最悪アルビナ王国が軍事侵攻されてしまっても、エデン帝国の誇る空中フリゲート艦サラマンダーが出撃すれば撃退など造作もない。だが被害が出てから撃退するのではなく、事前に侵攻を阻止し被害を出さない事が国防上重要なのだ。
そのため、周辺国の主要都市の上空に長期に渡って留まり、各種情報を収集しエデンに送るような偵察機を開発する事にしたのだ。
各国の軍隊の動きを把握するだけでも、国防面で非常に有効だ。
『マスター。試作偵察機の製造が完了しました』
「おお、やっと完成したか」
今回製作した試作偵察機は全長二メートルの小型偵察機で、機体の外殻には光学迷彩を施してあるため、低空で飛行しても地上から視認されることはまずない。
この偵察機にはエデンと通信が出来ないような遠方地域でも、単独で活動出来るよう高度な人工知能が搭載してあり、高高度から地形や軍の動きの調査はもちろん、低空からの建物や人に対する偵察活動も可能で、収集した情報は即座にエデンに送信される。
「早速どこかの街に送り込んで偵察性能の確認をしてみよう」
『どこに派遣しますか?』
「うーん。そうだな……」
性能評価を行うなら、どこか見知った街がいいかな。
俺の知ってる街と言えば、王都ライランド、フォラント、レマーンの三か所しかない。
王都とフォラントは滞在はしたが街を知っているという程でははい。となるとレマーンの街しかない。
レマーンには、昔世話になった商会主のクラレンスや、商会付きメイドのテレーゼがいる。
アルビナ王国に追われていた時は、レマーンに顔を出せばクラレンスやテレーゼに迷惑を掛ける恐れがあったため出向く事が出来なかった。だが今は会いに行くのに何の問題もない。
俺は飛燕騎士団に連れ去られて姿を消したままだ。自分が生きていると知らせる為にも、もう追われる立場では無いと報告するためにも、一度レマーンには行かなければならないと思っている。
俺が消えてからもう一年以上経ってしまった。彼らは今、どうしているだろうか?
ちょうどいい機会だ。レマーンに出向く前に偵察機の試験がてら、クラレンス商会の様子を見ておくか。
「偵察機の性能評価はレマーンでやろう。偵察機にはオフラインモードでレマーンの街とクラレンス商会の情報を調べさせてくれ。特にテレーゼとクラレンスさんの近況が知りたい」
◇◇◇
クラレンス商会の荷馬車が二台、キエルの村へ向かって進んでいる。
キエルの村はレマーンの街から馬車で二日の距離にある森に囲まれた小さな村で、商会が行商を行っている村の一つだ。
クラレンス商会は二か月に一度、アルビナ辺境のいくつかの村々を巡り食料や生活雑貨の行商を行っている。
村々のある一帯はそれほど豊かな土地ではなく、行商を行っても利益など微々たるものでしかない。だが辺境の村にとっては、生活物資の入手先が無くなれば村の存続に関わる重大事であり、それを知っているクラレンスは数十年間、欠かす事無く村々で行商を続けているのだ。
そのクラレンスも最近は体力面で衰えを見せており、今では商会の行商は使用人のパトリックに任せる事がほとんどだ。
「パトリックさん。ちょっとまずい予感がする」
商隊の護衛冒険者のガイルが、荷馬車に乗る商隊責任者のパトリックに近づいて言った。
「どうしました?」
「少し前から馬に乗った三人組に後を付けられている。俺の見たところあいつらは盗賊の斥候だ。たぶんこの前方に盗賊の本体が隠れていて、商隊を前後から挟み撃ちにしようとしてると思う」
パトリックの顔に緊張が走る。
「この場合、どうするべきだとお考えで?」
「まだあいつらが盗賊と決まった訳じゃないが、このまま前に進むのは危険だ。少し戻って様子を見よう。後を付けてるのが三人だけなら、連中に襲われても俺たち護衛六人で対処出来る」
「分かりました。後ろの荷馬車にもそう伝えてください」
二台の荷馬車は向きを変えると、ゆっくりと今来た道を戻り始めた。
荷馬車の隊列の前へ六人の冒険者が扇形に展開し、尾行してきた騎馬の三人に慎重に向かっていく。
盗賊と思わしき男のうち一人が馬に付けた鞄から何か黒い筒を取り出し空に向けた。
「パン!」
黒い筒の先から何かが空に向かって飛んでいき上空で弾けた。そしてそこに黒い煙の塊が広がる。
それを見たガイルが仲間の護衛たちに叫んだ。
「まずい! 本体に合図を送りやがった! 荷馬車は全力でここを離れるんだ! 俺たちはあの三人を潰すぞ!」
護衛たちは、三人の騎馬の盗賊に迫っていくが、騎馬の盗賊たちは護衛たちを相手にしようとせず少しずつ後方に下がっていく。
「本体の到着を待ってやがる。馬相手に追いかけっこしても無駄だ。荷馬車に戻れ。とにかく急いでここから逃げるんだ」
護衛たちは荷馬車を元来た方向に急がせるが、所詮は荷を満載した馬車である。たいした速度にはならない。
しばらくすると後方から騎馬の集団が現れ荷馬車に迫ってきた。
「……七、八、九、おい! やつら九人もいるぞ!」
前には三人、後ろには九人、合わせて十二人の騎馬の盗賊団だ。
「駄目だ! この人数差じゃ勝ち目はねえ! パトリックさん。悪いが俺たちは逃げさせてもらうよ」
「待ちなさい! あなたたちは護衛です! 任を果たしなさい!」
ガイルは馬車の荷台に目を向け言った。
「勝ち目のない戦いはしない。それが生き残る上での鉄則だ。悪く思わんでくれ。抵抗せずに積荷と女を差し出せば、命だけは助けてくれると思うぜ」
ガイルの視線の先には、積荷の間で恐怖に身を竦めているテレーゼの姿があった。
◇◇◇
エデンの屋敷のバルコニーでリクライニングチェアーに横になり、庭園を眺めながら優雅に午後のお茶を楽しんでいると、ケルビムから緊急連絡が入った。
『マスター、レマーンに派遣した偵察機から緊急連絡です!』
「どうした!?」
『クラレンス商会の荷馬車が盗賊に襲われています。テレーゼさんに危険が迫っています。至急救援が必要です』
俺は慌てて飛び起きた。
「状況の詳細は!? いや、まずは出動だ! 格納庫に行く! サラマンダー発進準備!」
『サラマンダーより流星号の方が速く現場に到着出来ます』
「分かった。流星号をバルコニーに回せ。先行する。サラマンダーは後から追いかけさせろ」
自分の部屋に戻り銃と変身ベルトを掴むと素早く身に付け、バルコニーの外に横付けされた流星号に飛び乗った。
俺が乗り込むと流星号がバルコニーを離れ加速を始める。素早くシートベルトを締めて流星号に命じた。
「流星号! ブースターを使え! 可能な限り早く現場に向かうんだ!」
『ラジャー』
ブースターは流星号の緊急加速装置だ。推進剤を燃焼させ二秒以内に流星号を最大速度まで加速させられる。但し強烈な加速度により搭乗者への負荷は非常に大きい。
いつもはオープンカー状態で開放的な座席が、ブースターの使用に備えて座席全体にキャノピーが迫り出し搭乗者を保護する。
『キャノピー閉鎖完了。ブースター準備よし。衝撃に備え! 三……、二……、一……、点火!』
体がシートに押し付けられる。猛烈な加速により肺が押しつぶされ息をするのも困難だ。次第に苦しさが増してくる。
天空の島エデンから猛烈な勢いで飛び出した流星号は、白い雲を引きながら大空を突き抜けていく。
『マスター! マスター!』
強烈なGに一瞬気を失っていたようだ。
気が付けばブースターによる加速は終了しており、現在は流星号の最大速度で飛行を続けているようだ。
「ケルビム。大丈夫だ。詳細な状況を教えてくれ」
流星号の座席前の空中に、偵察機が撮影していると思われる映像が映し出された。
『キエルの村へ向かうクラレンス商会の荷馬車二台が、十二名からなる盗賊団に襲撃されています。荷馬車の一台は盗賊五名に取り押さえられ停車しました。もう一台の荷馬車は七名の盗賊に追われ現在も逃走中です。商隊の護衛と思われる冒険者六名は盗賊団を見て早々に逃げ出した模様』
六人も護衛がいたのに戦いもせずに雇い主を捨てて逃げ出したのか。こいつらは後で必ず捕まえる!
「テレーゼは?」
『テレーゼさんは逃走中の荷馬車に乗っています。この状況ではあと一、二分で追いつかれます。流星号の現場到着まであと四分』
時間的には間に合わないが、盗賊も相手が若い女と見ればいきなり殺す事はしないだろう。大丈夫だ! まだ間に合う! 間に合ってくれ!!
「偵察機にはレマーンの街やクラレンス商会の情報を収集するよう指示していたはずだ。どうやって街の外の商隊の危機を察知したんだ?」
『テレーゼさんが荷馬車に乗るのを確認したため、偵察対象を商隊の荷馬車に切り替えて追尾をしていたようです』
偵察機、よくやった! いい仕事してるじゃないか。高度な人工知能を組み込んだのは正解だった。
逸る気持ちを抑えながら偵察機から送られてくる映像を見ていると、流星号の機体のどこからか細かな振動が伝わってくるのに気が付いた。
何だろう? 普段出さないような最大速度で飛行しているせいか?
流星号が慌てた様子で異常を伝えてきた。
『マスター! エンジンに異常発生! 原因は不明。最大速度を維持すればエンジン損傷の危険性大! 巡航速度まで減速する!』
こんな時に故障か! ブースターを使用した影響か?
「駄目だ! 速度は絶対に緩めるな! 一秒でも早く現場に向かうんだ!」
『ラジャー』
だが駄目と言い張ってもそれで機体の不調が直る訳ではない。
機体の振動が時間と共に大きくなってきている。
『マスター! これ以上は無理だ! もうすぐエンジンが爆発する! 緊急着陸する!』
流星号は俺の命令を無視して減速し高度を下げ始めた。俺を機外に降ろすつもりのようだ。
エデンの空飛ぶ乗り物は全て浮遊石の浮力で宙に浮いており、その上で前に進むための推進用魔道エンジンを積んでいる。そのためエンジンが止まったとしても墜落する心配は無い。
だがエンジンが爆発するとなれば話は別だ。乗員を機外に退避させるため急ぎ地上に降りる必要がある。
流星号があえて命令を無視して降下を始めたとなると、エンジンの状況はかなり切迫しているはずだ。
くそっ! もうあと少しなのに……。
『マスター。ケルビムです。流星号が着地し…』
「ドン!!」
ケルビムの言葉の途中で、流星号のエンジンが音を立てて弾け飛んだ。
『マスター! 衝撃に備えて! 座席を射出する!』
流星号が俺を座ったシートごと機外に射出した。射出されたシートは俺を乗せたまま地上に向けて落下して行き、地上近くで減速しゆっくりと着地した。
俺は立ち上がり空を見上げた。
「流星号!」
流星号が黒煙を上げて遠くに飛び去っていく。コントロールが効かずどこかに軟着陸しようとしているようだ。
流星号の事は気になるが、今はテレーゼの方が優先だ。
ここからテレーゼのいる場所まではまだ距離がある。
テレーゼは今まさに盗賊団に襲われようとしている。
なのに俺はここで後続のサラマンダーの到着を待つしかないのか!
『マスター。大丈夫です。まだ方法はあります』




