第49話 エピローグ
アルビナ王国の王都ライランド。王城は騒乱の中にあった。
「急げ急げ! 正午まであと一時間だ。早く荷物を運び出せ!」
「おい! そんな大きなものは運び出せん! 他の荷物の搬出の邪魔だ。諦めろ」
「この荷物は何だ? ガラクタばかり詰め込むな! 貴重品を優先して運び出せ」
城の使用人たちには、持ち出し可能な貴重品を正午までに城外に運び出すよう指示が出ている。
だが城壁の門は先日の襲撃で破壊され、通行可能なの門は一つしかなく、門の周囲は荷物を抱えた者たちでごった返していた。
「そろそろ時間だ。これ以上の運び出しは無理だ。全員退避しろ!」
「退避! 退避! もうすぐ正午だ、退避しろ!」
正午を知らせる教会の鐘が王都に鳴り響いた。
鐘が鳴り終わると共に城が大きな音を立て爆発した。一度だけではなく何度も爆発が起きその都度城の形が失われていく。
繰り返し起きる爆発の中、城は猛烈な炎に包まれた。モクモクと黒煙を上げ炎が城全体に広がっていく。
王城の城壁の内側は紅蓮の炎に包まれ、美しく荘厳な姿を誇っていた城は見る影もなくなっていった。
王都の王城は小高い丘の上に建てられており、王都内のどこからでもその雄大な姿を見る事ができる。王都の住人にとっては王城はアルビナの誇りなのだ。
その城が今、猛烈な炎に包まれ燃えている。王都の住人は城の周囲から燃え盛る城を見上げ涙を流した。
「おい、あれは何だ?!」
一人の男が空を指差した。黒煙を上げて燃え盛る王城の空の上に何か黒い影が浮いている。
影は徐々に大きくなりやがて王都の空を大きく覆い隠していく。
「何だ! あれは何なんだ! 何が起こってるんだ!」
「あれは島だ! 島が空に浮いてるぞ! 神が怒ってるんだ! 神が俺たちに罰を与えに来たんだ!」
「魔王だ! 魔王が復活するんだ! この世の終わりだ!」
「あの島が城を燃やしたのか? 俺たちは神の怒りに触れてしまったのか?」
「終わりだ。もう終わりだ。この国はもう終わりだ……」
長さ四キロ、幅三キロの巨大な天空の島。地上からは島の側面や底部しか見る事は出来ず、島の上部に何があるのかは窺い知れない。
巨大な空飛ぶ島は、地上の人々の畏怖の眼差しを受けながら王都の上空を覆っていく。
人々はこれから何が起きるのかと固唾をのんで見守っている。
空を漂った巨大な島は、王都の上空をゆっくりと通り過ぎると、徐々に遠くの山の向こうへと飛び去っていく。
「あれは、何だったんだ?」
王都の住人はこの島の正体について語り合ったが、誰一人その答えを持ち合わせる者はいなかった。
だが、王都の住人たちは誰しもがこう思っていた。
『王が神の怒りに触れた。神はその力をもって王城に鉄槌を下した』
◇◇◇
王城焼失の二か月後、アルビナ王国において王の退位、および新王の戴冠式が盛大に執り行われた。
式典は王城が失われたため、王家が所有する離宮を使って執り行われた。
新王ギルベルト・ディーター・デルリーンは、即位後国民に向け発表を行った。
『今回の世代交代は、前王グスタフおよび前第一王子フェリクスによる権力の乱用、および国政の混乱に端を発したものであり、旧悪を厳しく断罪し国民が安心して暮らせる国を復活させる』と。
新王ギルベルトには、宰相フォルマー公爵と叔父のブリュン公爵が後見として付き、年若い新王を補佐する事となった。
退位した王および王妃は、人里離れた山奥の屋敷に籠り余生を静かに過ごすこととなった。
次期国王と目されていた第一王子フェリクスは王城焼失以降、人前に姿を見せていない。
新王ギルベルトの即位にまつわる一連の事件の真相は闇に葬られた。
アルビナ王国の民には王城で一体何が起きたのかは公にされていない。
だが王城焼失の少し前、王城が謎の騎士団により占拠された事件は周知の事実となっていた。事件に巻き込まれた者が多数おり隠蔽しきれなかったのだ。
だが城を襲った騎士団の正体や、騎士団がどこから現れどこに去っていったかについては誰一人知る者はいなかった。
城が炎に包まれ崩壊した原因については、様々な噂が飛び交うばかりで真相は杳として知れないままだ。
事前に城からの退避指示が出ていたため、その理由を知る者は確実にいるはずだが、退避が誰からの指示だったのかははっきりしていない。
王城は焼け落ち瓦礫と化したが、何年か掛けて再建する事が決まっている。
王都上空に現れた空に浮かぶ島の正体は一切が謎のままだ。
王城の炎上と崩壊の直後に上空に現れた事から、誰もが天に浮かぶ島と炎上した王城との間に何らかの関係があると確信していたが、それを裏付ける証拠は何も無く結局は何も分からないままだ。
空に浮かぶ島はアルビナ王国に出現した後、隣国のホルス王国やその隣のセントース聖王国にも姿を見せ、そして再びアルビナ王国へ戻っていったようだ。
一説によれば三国の国境が交わる地を中心とし、大きな円を描くようにして国々を巡っているとのことだ。
いっときは大変な混乱に陥ったアルビナ王国ではあったが、新王が即位して以降は国内の秩序回復に努め、急速に平穏を取り戻しつつあるようだ。
◇◇◇
「おーい、ギルベルト。頑張ってるか? 差し入れ持ってきてやったぞ」
俺はギルベルト王の執務室の扉を開けるとズカズカと入り込み、ソファーにどっしりと腰を下ろした。
続いて入って来たメイドのアリスが、手にしたバスケットからお茶のポットとケーキを取り出し、テーブルに並べていく。
今日のアリスの服装はいつものメイド服と白い仮面ではなく、華麗な青いドレスと顔を覆うベール姿である。
「皇帝陛下。来るなら事前に連絡を入れるよう、何度もお願いしているはずですが」
「すまんすまん。メイドのセシリアに新作のケーキを作ってもらったんだ。今回はドライフルーツが入ったケーキだ。おいしいぞ」
ギルベルト王は苦笑しながら執務室の書類が山と積まれたデスクを離れ、ソファーに腰を降ろした。
テーブルのケーキの皿に手を伸ばし、ケーキをひとくち口に入れた。
「疲れてる時は、甘いものが特においしく感じますね。以前貰ったレシピでうちの料理人にもケーキを作らせていますが、何度やってもこれほどおいしいケーキが作れないんですよ」
「使ってる材料の質が違うんじゃないかな。今度材料一式持ってきてやるよ」
「それはありがたいですね。お願いします」
しばらくギルベルトとお茶を飲みながらケーキの論評に花を咲かせた。
「おっと、あまり邪魔をしても悪いからそろそろ本題に入ろうか」
「今日は何の御用で?」
「アルビナの国内情勢もだいぶ落ち着いてきた。半年後にアルビナ王国をエデン帝国に編入しようと思う。以前に取り決めた手順に沿って準備を進めてもらいたい」
「とうとうですか。はあぁ、やっと国内が落ち着き始めたのにまた大騒ぎですよ。気が重いですね」
「そう言うなよ。帝国の一員となればエデンの技術力の恩恵を受けられる。悪い事ばかりじゃないぞ」
「分かってます。愚痴ですから聞き流してください」
アルビナ王国がエデン帝国の属国となれば、貴族連中が騒ぎ出すのは確実だ。
現時点でエデン帝国の存在は全く人々の間に知られておらず、そんな得体の知れない帝国に与するなど、諸侯も国民も納得などしないであろう。
説明や説得にあたるギルベルトは一苦労する事になるだろう。
「ところで、いい加減に教えて下さい。エデンはいったいどこにあるんですか? 帝国の存在を公にするのに、どこが帝国本土か分からないでは話になりませんよ」
ギルベルトにはエデンの位置を教えていない。
彼にはエデンをアルビナ王国の西の海にある島だと思わせてある。
自分たちが数日間暮らしていたエデンが、実は空に浮かぶ天空の島だとは全く気付いていない。
彼にとってもアルビナ上空に現れた天空の島は、今でも正体不明の謎の島なのである。
「それなんだが、帝国本土の位置は明かさない事にした」
「場所さえ分からない謎の帝国の属国になるなんて、どうやって国民に伝えろと言うんですか!」
「海の魔物が跋扈している危険な海域を適当に選んで、地図に大きな島を書き込んでおけばいい。そこをエデン帝国だと発表しよう。どうせ海は魔物の支配域だ。誰もエデンの場所を確かめに来たり出来ないよ」
ギルベルトが怖い顔で俺を睨んでいる。
「大丈夫だ。文句を言ってくる奴がいたら、俺が直々に説明なり説得なりするよ」
最初はエデンが天空の島であり帝国の本拠地であると明かすつもりだった。
だが今は考えが変わった。
天空の島は謎の存在だからこそ、ミルドランド大陸を気ままに飛び回れる。
天空の島の正体がエデン帝国だと明かしてしまえば、以後は勝手に他国の上空を飛べなくなる。
空の支配者としては自由な航行を手放す訳にはいかない。
「もう一点、話があるんだが」
「何ですか?」
「飛燕騎士団の陰の秘密諜報機関『梟』と、元飛燕騎士団長のアンジェロを帝国に貰い受けたい」
「どういう事ですか?」
「エデンには人材がいないから、街中で人の噂を集めるような情報収集能力が全く無いんだ。今後の事を考えるとエデン独自の諜報組織は必須だ。それで非合法組織の梟をこちらで合法組織に改編した上で運用しようと思ってる。その組織の長にアンジェロを据えたい。どうだろうか?」
「どうと聞かれても僕には拒否権などありませんよ。それに非合法組織は扱いに困っていたところです。持って行ってくれるなら助かります。でもアンジェロは騎士団を辞めて隠居しているはずです。スカウトするなら交渉はご自分でお願いします」
「了解だ。梟は一旦組織を解体して帝国の新組織に再編する。新組織の初期メンバーは梟からの移籍で賄うが本人の意思を尊重する。新組織に移籍を希望する者は引き取るし、移籍を望まない者は飛燕騎士団に残す。但しこれまでに一般人の虐殺や婦女子に対する暴行等残虐な行為に手を染めた者の扱いは別だ。この方針でいく」
「かしこまりました」
ギルベルトが疲れた顔をしている。
面倒な事をたくさん押し付けているからちょっと罪悪感を感じる。
「ギルベルト王。正式に帝国の一員となった暁には、エデンの本当の姿を見せてやろう。帝国に与して良かったと必ず思わせてやるから、もう少しだけ頑張れ」
ギルベルトが姿勢を正す。
「ご期待に沿えるよう頑張ります。皇帝陛下」




