第48話 エデンの密約
俺は目を覚ました。
(まだ生きてるみたいだな……)
どうやら俺はエデンの屋敷の自分の寝室で寝かされているようだ。
「気分はいかがですか?」
ベッドの横に座っていたメイドのアリスが、俺が起きたのを見て体温や血圧を測り始めた。
「頭がふらふらする。俺は腹を刺されたと思ったがどうなってる?」
「かなりの重傷でしたが、腹部の刺し傷については既に治療を終えていますので、数日もすれば完治するでしょう。出血が多かったため当分は安静が必要です」
「俺はどれぐらい寝ていた?」
「まる一日です。昨日の夜に刺されて今は翌日の夜です」
俺はそっと自分の脇腹に手をやった。傷跡がどこにも無い。確かに刺されたはずだが?
「ケルビム」
『はい、マスター。心配しておりました。お目覚めになって何よりです』
「あれからどうなった? 状況報告を頼む」
『マスターはグスタフ王と第一王子フェリクスの二人の手で暗殺される所でした。マスターを刺したの第一王子フェリクスですが、グスタフ王の指示があったと思われます。マスターの負傷後、直ちにサラマンダーの砲撃により城の会議室に突入口を開き、流星号にてマスターを救出しました』
そこまでは俺も覚えている。
『マスター救出後はアルバトロスを王都の教会に急行させ、空挺部隊一個中隊にて教会を急襲。大司教および司教の計四名を拘束し、マスターへの回復魔法の行使を要請しました』
俺の傷がきれいに治ってるのは回復魔法のおかげか。
しかしそれって完全に押し込み強盗じゃないか。教会も災難だったな。
落ち着いたらお布施を多めに渡しておくとしよう。
『マスター救出後、王城に残ったバトルロイド二個小隊は、会議室に乱入してきた騎士団三十数名と交戦。これを撃退し回収艇にてアルバトロスに帰投しました』
「騎士団だと?」
『城の衛兵とは違う装備を身に付けていました。交戦相手はアルビナ王国銀狼騎士団と推定されます』
「王が騎士団を城内に伏せていたという事か……」
あれは第一王子フェリクスの突発的な行いでは無く、グスタフ王の計画的な犯行という訳だ。
「グスタフ王とフェリクス王子はどうした」
『バトルロイドに殴られて負傷したようですが、近衛兵に守られて部屋の外に連れ出されました。捕獲は試みていません』
「今回の件、宰相フォルマー公爵や王弟ブリュン公爵もグルだと思うか?」
『データ不足です。判断できません』
彼らは俺の力を十分認識していたはずだ。こんな馬鹿な真似はしないだろうな。
それに宰相は娘を大切にしているようだった。娘が人質に取られているのにこんな事に手を貸すだろうか。
彼らが俺を殺そうと思ったら、もっと巧妙にやってるはずだ。
『アルバトロスとバトルロイド空挺部隊はマスターと一緒にエデンに帰投させました。サラマンダーは現在も王都上空で王城の監視を継続中です』
「ケルビム。ありがとう。おかげで命を救われたよ。さすがエデンの守護神だ」
『いえ、襲撃を未然に防げなかったのは痛恨の極みです』
「いや、あれは俺も迂闊だった。あんな形で俺を殺しにくるとは思ってもいなかった」
抱きつかれて密着された状態で刺されたのだ。あれでは護衛のバトルロイドもフェリクス王子を制止する事は出来なかったはずだ。
俺自身にも油断があった。変身ベルトを身に付けているから大丈夫だと安易に考えていた。だが今回は変身する間もなく刺されてしまった。
それにたとえ変身していたとしてもバッタ風スーツは筋力増強スーツであって鎧ではない。防刃性能は低く護身用には向かない。
これは後で反省会が必要だな。
俺は目を閉じた。
(和睦はもう無い。これはもうエデンとアルビナの戦争だ。アルビナ王国を攻め落とすか……)
ダメだな。それだと一般市民を巻き込む事になる。俺の敵はあくまで国王だ。
最小限の犠牲でアルビナ王国を降伏に追い込むにはどうすればいい?
「ケルビム」
『はい、マスター』
「明日の正午、教会の鐘を合図に王都ライランドの王城を攻撃しろ。サラマンダーの全兵装の使用を許可する。完膚なきまでに叩き潰せ!」
『了解しました』
他に何か手を打っておく事はあるだろうか?
なるべく犠牲を出さずに彼らに力を見せつける方法は……。
「ケルビム。エデンの進路をアルビナに向けてくれ」
『よろしいのですか?』
「ああ、空に浮かぶエデンの姿を見せるだけでアルビナに圧力を掛けられるはずだ。王都の全住人に、人智を超える存在があるのだと心に刻み付けてやれ」
『了解しました』
天空の島エデン。意外と早く大陸デビューする事になったな。
今までは騒ぎにならないように、ずっと海の上ばかりを飛ばしていたのだ。もう人目を気にするのはやめだ。空の支配者の勇姿を地上の者たちに見せつけるのだ。
「そういえば王子たちはどうしている?」
『四人とも部屋に軟禁しています。マスターが姿を見せない事で講和の失敗を悟ったようです。今のところ部屋で大人しくしています』
「四人をここに連れて来てくれ」
『いいのですか? 拘束して連れてきましょうか?』
「不要だ。アリスたち三人がいれば護衛代わりになるだろう」
『了解しました』
「マスター、王子たちをお連れしました」
アリスが王子たち四人を連れて俺の部屋に入ってきた。
四人が俺のベッドの脇に用意された椅子に座った。
「悪いが横になったまま話をさせてもらうよ」
「何があったのですか?」
ギルベルト王子の声が震えている。
講和の協議に出掛けたはずの俺がベッドに横になっているのだ。
どう考えても悪い事態になったとしか考えられないだろう。
「昨夜、講和条約の協議に城へ出掛けた。講和条件についての合意には至ったが、その後フェリクス王子に刺された。グスタフ王と一緒に俺を殺害しようとしたようだ」
四人が目を見開き固まっている。
「部下たちの働きで何とか生きて帰れたが、これで和睦の道は絶たれた」
ギルベルトが俯き小さな声で聞いた。
「僕たちを殺しますか?」
ライザーが椅子から立ちあがったが、後ろに控えていたブレンダに肩を抑えつけられ、椅子に押し戻された。
「前にも言ったはずだ。君たちはいずれ城に返す。もっともその頃には城は無くなっているはずだがな」
アレクシア王女がベッドで横になっている俺の手をそっと握り言った。
「どうすればタツヤ様の怒りを収めていただけますか?」
俺はその問いには答えず、クリスティンとライザーに呼びかけた。
「クリスティン、ライザー。君たち二人を今から王都に返す。君たちの父親フォルマー公爵とブリュン公爵に伝言を伝えて欲しい」
「何と伝えればいい?」
「明日の正午までに城の人員を全て退去させること。明日の正午、王城をこの世から消し去る。人が残って居ようが居まいが当方は関知しない」
クリスティンもライザーも返事を返さない。別に反抗しているのではなく、事の重大さに茫然としているようだ。
「城が無くなった後に、もう一つ別の伝言を伝えてもらいたい」
「何と?」
「『降伏せよ』と」
ライザーが固まってしまった。
「ライザー。頼めるか?」
「……ああ、伝える」
ライザーは我に返って承諾の返事を返したが、クリスティンの反応は違った。
「伝言役はライザー一人にお願いします。こういう状況であれば尚更アレクシア様の傍を離れる訳にはいきません」
「君を返すのは君の父親フォルマー公爵に降伏を勧告するためだ。君が宰相を説き伏せなければ結果としてアルビナが滅ぶ事になる。王女とアルビナ王国、どちらが大切だ?」
「クリスティン。私からもお願いします。宰相に伝言を伝えて下さい。私は大丈夫です。タツヤ様は私に危害を加えたりしません。あなたも分かっているはずです」
アレクシアの言葉にクリスティンも折れた。
「分かりました。王都に戻って伝言を伝えます」
「助かる。アリス、二人の腕輪を通信用の腕輪に交換してやってくれ」
アリスが二人の黄色い腕輪を外し、替わりに赤い腕輪をはめた。
「これはエデンと君たちとの間で会話ができるようになる腕輪だ。君たちには公爵に伝言を伝えた後も、エデンとの連絡役を務めてもらいたい。腕輪の使い方は後からアリスに教えさせる。今度の腕輪は付け外し自由だが、失くさないように常に身に付けていてくれ」
◇◇◇
ライザーとクリスティンには伝言を託し王都に送り返した。
ギルベルトとアレクシアは軟禁を解除したうえで部屋に戻した。
最後に大事な仕事が残ってるな。
「アリス、ギルベルト王子をもう一度呼んで来てくれ」
『かしこまりました』
しばらくしてギルベルト王子がやって来た。
「何度も呼び出してすまないな」
「いえ、僕はあなたの虜囚です。どう扱われようと文句は言いませんよ」
「王子に事前に伝えておく事がある」
「伺いましょう」
「明日、王城を破壊しその後に降伏勧告を行う。アルビナ王国が降伏を受け入れた場合、アルビナ王国をエデン帝国へ属国として編入する」
ギルベルトの顔が間の抜けた表情になった。
「エデン帝国? 真面目な話をしていたのでは?」
「大真面目だよ。と言ってもエデン帝国はこれから作る帝国だけどな。帝都はこのエデン。皇帝はこの俺。そしてアルビナ王国はエデン帝国の最初の属国となる」
頭を抱えるギルベルトを放置して話を続けた。
「その場合王には退位を、第一王子には王位継承権を放棄してもらうつもりだ。この意味は分かるな」
「僕に王位に付けと?」
「その通り。君が王となり、アルビナ王国を立て直すんだ」
ギルベルトが首を振って言った。
「無理です。王宮内ではほとんどの諸侯が第一王子の派閥に属しています。王位継承者の中で彼の力だけが突出しているんです。他の王位継承者は継承順位など意味を持たないような雑魚の集まりです。第一王子が失脚すれば、諸侯はそれぞれ自分の傀儡になりそうな王位継承者を担ぎ出して、王位に付けようと画策するでしょう。王位継承者が乱立すれば彼らを抑えて王位に就くのは至難の業です」
俺もギルベルトを真似て首を振ってやった。
「これはアルビナ王国が俺に降伏した場合の話だ。勝者の俺がギルベルトを王にすると言えば、誰がこれに反対出来る?」
「そんな簡単にはいきません。諸侯が認めない王を無理に立てても、その後の協力関係を築けません。それでは国を一つにまとめられません。内乱になります」
「だからこその帝国だ。ギルベルト王の助けにならない貴族共は、このエデン皇帝タツヤ様が帝国の敵と見なして排除する。それで問題は解決だ」
ギルベルトが狂人を見るような目付きで俺を見ている。
俺自身狂人の考えだと思う。だが俺にはこれ以上の解決策を見いだせない。
「どうする? 帝国の支配を受け入れアルビナ国王となるか、それとも凡庸な一貴族として一生を過ごすか。好きな方を選ぶがいい」
「なぜです? 支配者になりたいのであれば、帝国など作らずともあなた自身がアルビナ国王に即位すればいい。今のあなたの力ならそれが出来るはずだ」
「嫌だよ。面倒臭い」
「ええっ? 面倒臭い?」
ギルベルトが信じられないと言った様相で俺を見ている。
「俺の本音はのんびり平和に暮らす事なんだよ。国王なんて面倒なこと俺には出来んよ」
「でも帝国の皇帝になりたいんですよね?」
「エデン帝国の版図はこのエデンとアルビナだけだ。エデンは実質この屋敷と庭園だけで支配なんて概念自体が無い。アルビナ王国に関してはギルベルトが王として支配するんだから、俺は『良きに計らえ』って言っていれば済む。帝国の皇帝様はのんびり平和に暮らせる職業なんだよ」
「いや、その理屈はおかしい! 帝国の支配を受け入れろと言ったじゃないですか。帝国としてアルビナ王国に何を要求するつもりですか?」
「将来の事までは分からんが、今は特に無い。いや、あえて言うならば当面はこれまで通りアルビナ王国を維持運営する事が俺の要求だ」
「信じられません」
「別に信じなくてもいい。だが王になるか否かは今返事が欲しいな。君が断るならこの話はアレクシア王女に持っていく」
ギルベルトが目を閉じた。全く身動きをせず必死に何か考え込んでいる。
彼の頭は現在フル回転しているはずだ。一国の未来が掛かっているのだ。即答は出来ないだろう。
十分ほど経ってからギルベルトは目を開けた。
「分かりました。アルビナ国王に即位して、帝国の支配を受け入れます」




