第46話 エデンの園
「タツヤ様。あなたが王城に攻め込んだ目的は何なのですか? 私たちをどうするつもりなのですか?」
やっぱり聞きたいよな。俺はそっとため息をついた。
「アレクシア王女、ギルベルト王子。その質問に答えるには俺とグスタフ王との経緯から話さないといけない。君たちの父親の事を悪し様に言う事になるが、聞く覚悟はあるか?」
ギルベルトが苦笑いしながら答えた。
「王の事を悪し様に言うのは僕の方が得意だと思いますよ。王は僕や姉さんに愛情なんて持っていませんし、それは僕たちも同様です。何を言うにも遠慮など不要です」
ギルベルトの言葉に俺は顔が強張るのを感じた。
実の子にここまで言わせてしまうとは、この親子の間の溝はかなり深そうだ。
「もしかして王の愛情は第一王子にだけ向けられているのか?」
「ええ、王は長男のフェリクスだけを溺愛しています。僕たち兄弟姉妹の中で、彼だけが王妃の子供で他は側室の子供です。王にとって側室の息子は長男の予備、娘は政略結婚の駒です」
「はぁ、あのクソ王め。だから二人寄越せと言った時にあっさり了承したんだな」
俺はお茶を一息に飲み干し、湧き上がる怒りを静めようとした。
後ろに控えたアリスがお茶を新しいものと交換してくれた。
「俺は元々レマーンの街で冒険者をしていたんだが、王都へ遊びに行った時にトラブルに巻き込まれて飛燕騎士団に拉致監禁されたんだ。別に悪い事した訳じゃ無いぞ。拉致された理由は俺が持ってるスキルだ。アルビナ王国には希少なスキル持ちを集めた秘密の組織があって、俺を無理やり仲間に引きずり込もうとしたんだよ」
俺のスキルの詳細を説明しそうになったが、何とか思いとどまった。そこまで説明する必要はないな。
「何とか自力で逃げ出したんだが、逃げる際に使った物がまずかった。浮遊石って知ってるか?」
「浮遊石ですって!?」
「どうやら知ってるみたいだな。伝説の空飛ぶ石。俺はそれを使って空へ逃げたんだが、それを王に知られて国内に手配書を回されたという訳だ」
「それでですか。だいぶ前からお父様は浮遊石に執着なされて、よくその話をされていました」
「俺は騎士団から逃げ出した後は秘境に籠って隠れていたんだが、少し前にフォラントの街に立ち寄った時に、またもや飛燕騎士団に見つかって浮遊石を取り上げられそうになったんだ。今日は王に浮遊石を諦めてもらうよう直談判しに城に行ったんだが、俺に浮遊石を渡す気がないと知った王が激怒し、俺を反逆罪で捕えて処刑しようとした」
アレクシア王女とギルベルト王子の姉弟は父親の性格を知っているためか平然として聞いているが、ライザーとクリスティンは驚きの表情をしている。
「俺もむざむざ殺される訳にいかないから、俺の騎士団を王城に呼び寄せて城の中の者を全員拘束して抵抗できなくした。誰一人死者は出していないんだ。褒めてもらってもいいと思うんだけどな」
アレクシアが席を立つと、俺に向かって頭を下げた。
「城の者に配慮いただき、王に代わり感謝いたします」
冗談のつもりだったが、王女に感謝されてしまった。なかなか真面目な娘だ。彼女の前で下手な冗談は言えないな。
王女の感謝の言葉を聞いたギルベルトも席を立とうとしたが、手をかざして止めさせた。
「すまん。冗談だ。俺は憎むべき城の襲撃者だ。君たちが頭を下げる必要は全くない」
俺はアレクシアに座るよう促した。
「俺は身を守る為に戦っただけで、アルビナ王国と敵対するつもりなど全く無い。何とか講和に持っていきたいと思っている」
俺はクリスティンとライザーに視線を向けた。彼らも俺を見つめ返す。
「君たちの父親には講和条項の策定を頼んである。三日後に講和条項の草案の協議に城に出向く予定だ。だが、この講和に反対して徹底抗戦に出る者が必ず現れると俺は睨んでる。王子と王女はそういった馬鹿が出ないようするための備えとして身柄を預かる事にした」
ライザーが俺を睨んでいる。俺と視線が合うと彼は俺を問いただした。
「もし、その馬鹿が現れてしまったら王子と王女をどうするつもりだ? 二人を殺すつもりか!」
「どうもしないよ。王子と王女はこの先どんな状況になろうと城に返す。うまく事が運べば一週間以内に、もし馬鹿が現れて面倒が起きたら少し遅くなるとは思うが、それでも最長二週間といった所だ」
ライザーは俺の答えに満足したようで、肩の力を抜き椅子にもたれ込んだ。
今度はクリスティンが口を開いた。
「ここにいる間は、王女には身分に相応しい待遇を要求します。もし王女に何か不埒な行いをしようとしたら只ではおきませんわ」
「君たちが客人としての分をわきまえて行動する限り、俺も客人として相応しい扱いを約束しよう。だが俺は貴族じゃないから、君の言う『王女に相応しい待遇』がどんなものかは分からん。その辺りは期待に沿えるかどうか約束できんな」
「まあいいでしょう」
ライザーとクリスティンは俺に強気に振舞っている。王子と王女を守る為なら命を捨てる覚悟があるのだろう。
俺にとってはこの二人もちゃんと返さなければいけない客人だ。大人しくしていてくれると助かるのだが。
「アリス。腕輪を持ってきてくれ」
後ろに控えていたアリスが部屋を出て行き、しばらくして小さな箱を抱えて戻って来た。
「みんなこの腕輪を付けてくれ。腕輪は君たちがこの屋敷の客人だという印で、自分たちの部屋の鍵でもある」
アリスが箱に入った黄色い腕輪を王子たちの腕にはめていく。
「屋敷内の全ての扉はこの腕輪が鍵になっている。開けられる扉は中に入って構わない。開かない扉は立ち入り禁止と思ってくれ」
「おい! この腕輪、勝手に締まって外れなくなったぞ!」
「ライザー。落ち着け。この腕輪は君たちがここに滞在している間は外れない」
腕輪が外せないと聞いて王子たちが騒ぎ出したが、帰る時に必ず外すと約束して落ち着かせた。
「この屋敷の一階と二階部分は自由に使っていい。一階は玄関ロビーと大浴場、二階は客室やダイニング、リビング、バルコニーがある。三階と地下は立ち入り禁止だ。大浴場は明日から使えるようにするから今日は客室の浴室を使ってくれ。明るい時なら屋敷の外に出て散歩するのも自由だが、庭園の周囲の柵から外には出ないように。客室の使い方はメイドたちに説明させよう」
ギルベルトが俺に確認した。
「本当に行動の自由を与えると? 僕はてっきり部屋に軟禁されると思ってましたが」
「一日くらいなら俺もそうしたと思うが、さすがに一週間部屋の中は辛いだろ。客人としての分をわきまえている限り自由に過ごしてくれて構わない。今日はみんな疲れただろ。続きは明日にして部屋で休んでくれ。客室は男女別に一部屋づつ用意してある」
俺はメイドのブレンダとセシリアを呼び出した。
「この四人を客室に案内して部屋の使い方を教えてやってくれ。王子とライザーはブレンダが、王女とクリスティンはセシリアが担当だ。ああ、それとライザー、この屋敷内では魔法の使用は禁止だから注意してくれ」
ライザーが驚いて俺を見た。なんだか俺を見る目が怖いぞ。
他の三人はそんなライザーの反応に驚き彼を見つめている。
ライザーが低い声で言った。
「魔法って何の事だ?」
ライザーの体内の魔力量は魔術師並みに多い。当然魔法を使えると思っての注意だったが、違ったのだろうか?
もしかしてライザーは魔法が使える事を秘密にしているのか?
「すまん。間違えた。ライザーじゃなくて全員への注意事項だ。屋敷内で魔法の使用は禁止だ」
「大丈夫ですよ。僕たちは四人とも魔法なんて使えませんから」
ギルベルトの返答に俺は頷いた。
「それなら問題ない」
ライザーよ。なんとか誤魔化したからそんな怖い顔で俺を見るなよ。
◇◇◇
とりあえず、四人には腕輪を付けさせて客室に押し込んだ。
あの腕輪は彼らには部屋に鍵だと言ってあるが、実は彼らの居場所確認と音声会話の盗聴用だ。
プライバシーの問題があるので、盗聴はケルビムに任せてある。彼らが不穏な行動に出た時だけ俺に連絡するように言ってある。
アルビナ王国との講和が成立するまで、彼らには大人しくしていて貰いたいものだ。
俺は屋敷の自室に入りデスクの椅子に腰かけるとケルビムを呼び出した。
「ケルビム」
『はい、マスター』
「四人の監視はしっかり頼むぞ。万一エデンの正体を知られたら誤魔化しようが無い」
『心配しすぎです。生産施設や格納庫への通路は完全に塞いであります。機密の漏洩は起こり得ません』
「まあ、そっちは任せる。サラマンダーとアルバトロス、それにバトルロイドの整備はどうなってる?」
『現在サラマンダーの整備を優先して進めています。明日中にはアルバトロスや全バトルロイドの整備も終わる予定です』
「初めての実戦だったんだ。念入りに整備を頼むよ。ところでパープル3は修理できそうか?」
『問題ありません』
パープル3を不死の騎士デュラハンに改造してやろうと考えていたが、今はまだバトルロイドの数が足りていない状況なので、改造は諦めて素直に修理することにしたのだ。
「なあ、ケルビム。三日後に何か起きると思うか?」
『データが不足しています。何とも言えません』
「そうだよなぁ」
もし講和に反対し敵対行動を取る者たちが現れたら、もっと目に見える形で威示行動に出ないといけない。そうなれば今度こそ死者が出そうな気がする。
俺は自分の手をじっと見つめた。
(この手が血に染まるのも時間の問題なのかな……)
一年前、俺は無力でちっぽけな存在だった。捕えられて殺されそうになっても、ただ逃げ出す事しか出来なかった。
だから俺は力を求めた。理不尽な力に対抗出来るための力を。
そして今、俺は戦うための力を手に入れた。この力は確かに俺の身を守ってくれている。もうどんな理不尽も跳ね除ける事ができる。
だが同時にこの力は、より大きな争いを俺に招き寄せている。
(俺は何か大きな間違いを犯しているのか?)
その疑問に答えてくれる者はどこにもいなかった。
◇◇◇
「アレクシア、クリスティン、おはよう」
アレクシアとクリスティンが二階のバルコニーいるのを見つけて声を掛けた。
「おはようございます。タツヤ様」
「おはようございます」
アレクシアは丁寧にあいさつを返したが、クリスティンはアレクシアの前に立ち塞がりながらの挨拶だ。警戒しすぎだよ。
アレクシアはそんなクリスティンをそっと引っ張り後ろに下がらせた。
「見事な庭園ですね。見ていると心洗われる気分になります。通りがかってバルコニーに出てみたのですが、ここから見える風景を見たら動けなくなってしまいました」
眼下には手入れされた庭園が広がり、その奥には森に囲まれた泉も見える。
昨日は夜にこの屋敷に入ったから、じっくりと風景を眺めるのは初めてだろう。
「俺も気分が沈んでいる時には、このバルコニーに出て何時間か過ごすんだ。俺のお気に入りの場所の一つだ」
「素晴らしいですね。こんな風景に囲まれてお茶でもいただいたら素敵でしょうね」
「そうだな。なら朝食はここで取りますか。アリス、セシリア、準備を頼む。ブレンダは王子たちを呼んできてくれないか」
メイドたちが朝食の準備に取り掛かる。
バルコニーに大きなテーブルと椅子が用意され、次々と朝食が並べられていく。
ギルベルトとライザーも姿を見せた。彼らもバルコニーからの風景に見入っている。
「さあ、準備が出来た。食事にしようか」
にぎやかな朝食が始まった。
朝の食事も彼らのお気に召したようで上品に朝食を食べているのだが、目新しい食べ物を口する度に評論家のような批評を加えている。
グルメレポーターみたいな感想はいらんからちゃんと味わって食え!
食後のお茶が出される頃には、話題は客室の家具や調度品に移っていた。
ライザーとクリスティンがかなり興奮している。
「この屋敷はいったいどうなってるんだ? 外観は普通の屋敷なのに内側は豪華というか、見た事の無い魔道具の山じゃないか」
「そうですわね。ボタン一つで点く明るい照明、前に立って触れるだけで勝手に開く扉、捻るだけでお湯が出る浴槽、お湯や水の流れるトイレ、温風も冷風も出てくる吹き出し口。それに何と言ってもあの窓ガラス。あんな大きな一枚板の窓ガラスなんて私は今まで見た事がありませんわ」
客室に案内したメイドたちが部屋の設備の使い方を説明するのに、ずいぶんと手を焼いたらしいが、早くも順応しているようで何よりだ。
「どうやら部屋は満足してもらえたようだな。クリスティン、王女への待遇として合格点はいただけるかな」
クリスティンは悔しそうな顔で言った。
「まあ、ぎりぎり合格という所でしょうか」
嘘を付くんじゃないよ。お前の顔はどう見ても十分満足している顔だぞ。
「それは良かった。王子も王女も何か困った事があれば、メイドたちに言ってくれ。可能な限り配慮する」
ギルベルトが屋敷の中に目を向けて尋ねた。
「タツヤ殿、この屋敷でタツヤ殿と三人のメイド以外の人を見かけないのだが、他に人はいないのですか?」
「庭園の管理をしている庭師が五人いる。仕事の時間になると庭園で作業を始めるよ。彼らのおかげでこの広大な庭園は維持できている。彼らの部屋は屋敷の地下にある。地下は彼らの居室兼仕事場だから立ち入りは遠慮してくれ」
俺は席を立ちバルコニーから庭園を見下ろした。
広大な土地に緑の芝生が広がり手入れされた木々が立ち並ぶ。石の敷かれた小道が巡らされ、噴水や小さな水路も見える。花壇には華やかな色の花が咲き乱れている。
まだ造成を始めて半年ぐらいしか経っておらず、木や花の種類を少しずつ増やしている最中だが、現時点でも既に目を見張る庭園に仕上がっている。
「見事なものだろ。俺の自慢の庭園だ。俺はこの庭園を『エデンの園』と呼んでいる」




