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第45話 アレクシア

 アルビナ王国、第一王女アレクシア。今の私は虜囚の身の上だ。

 城に押し入った賊に捕まり、賊の本拠地へ移送されている最中だ。


(なぜこんな事に……。私はこれからどうなってしまうの……)


 私は自分の身の上に降りかかった今日の出来事を反芻していた。



 ◇◇◇



 今日は私の数少ない心許せる友人、クリスティンが自室に遊びに来ている。

 私とクリスティンは学園では同じクラスなので、いくらでも話は出来るのだが、王女であるがゆえ人の注目を集める事は避けられず、学園内で本音の会話など出来ようもない。


 クリスティンとは幼い頃からの付き合いで、お互いの気心は知り尽くしている。だから彼女が自室に遊びに来た時だけ、私は気兼ねなく本心をさらけ出していられる。


 クリスティンと一緒にお茶を飲みながら、取り留めのない話題で花を咲かせていると、部屋の外から何かバタバタとした物音が聞こえてきた。


「アレクシア様、何だか外が騒がしくありません?」

「そうね。何かあったのかしら?」


 部屋の隅に控えていた侍女が、私の視線を受けて外の様子を確かめようと立ち上がった。

 侍女が部屋の扉を開けようとした時、扉が少しだけ開いた。侍女が驚いて後ろに下がる。

 開いた扉の隙間から室内に何かが投げ込まれた。その何かはものすごい勢いで白煙を上げている。


「アレクシア様!」


 クリスティンが椅子から立ち上がり、何かから守るかのように私の前に仁王立ちになった。


 白煙が部屋中に充満してきた。そして私は意識を失った。





「アレクシア、起きなさい。アレクシア」


(誰かが私を呼んでいる……。私はいったい……)


 誰かが私の肩を揺すっている。私は目を開けた。


「起きたか、アレクシア」


 私を起こしたのは、叔父のブリュン公爵だった。


「えっ、叔父様。私はどうしたのかしら?」


 私は自分が床で眠っていた事に気付き、慌てて身体を起こした。


 隣では弟のギルベルトと従弟のライザーが、私と同じように眠っているクリスティンを起こしている。彼女の手と足は何かロープのようなもので縛られ、口には猿轡がされている。


 ブリュン公爵は私を椅子に座らせると言った。


「落ち着いてよく聞きなさい。信じられないと思うが、この城は賊に襲われて占拠された。城にいた者は全員捕まっている。賊は一旦城から引き上げるようだが、人質としてギルベルトとアレクシアの同行を求めている。王を始めとした城の全員の命が掛かっている。儂としては賊の要求を跳ね除けられん。すまないと思うが奴らと同行してもらえんか?」


(いきなりそんな事を言われても……。皆で私をからかっているのかしら?)


 私は隣にいる弟のギルベルトを見た。


「姉さん。今の話は本当だよ。僕もこの部屋に来るまでに拘束された者たちをたくさん見た。確かにこの城は賊の手に落ちたみたいだ。城の全員の命が掛かってるというのなら、僕は賊の人質になるよ」


 王城が占拠されたというのは、国として終わっているのではないの? 自分が拒否したところで力ずくで連れていかれるだけなのでは? だとすれば、抵抗しても意味はない。

 弟の言うように城の全員の命が掛かってるのであれば、王女として出来る事をすべきだ。


「分かりました。私も参ります」

「すまん。情けない限りだが儂にはどうしようもない」


 従弟のライザーが私に言った。


「アレクシア様。俺もギルベルトやアレクシア様と一緒に行くよ。二人は命に代えても守るから安心してくれ」


 その言葉を聞いて、隣で拘束されていたクリスティンが、体をくねらせて何かを伝えようとしている。


 それを見たライザーが私の背後に声を掛けた。


「騒がないと約束させるから、彼女の猿轡を取ってもいいだろうか?」


 私が思わず後ろを振り向くと、そこには青い鎧と兜に身を固めた一人の巨体の騎士が立っていた。

 騎士はライザーの問いかけに黙ったまま頷いた。


(この騎士が賊?)


 ライザーがクリスティンの脇に屈みこむ。


「クリスティン。猿轡を取るから絶対に騒ぐなよ。いいか?」


 クリスティンが頷くと、ライザーが猿轡を外した。


「はあ……、はあ……、いやだわ。涎でベトベトじゃない。いえ、そんな事よりライザーが二人について行くのなら、私も一緒に行きます。このロープを解きなさい」


 身動き出来ぬまま私たちの会話を聞いていたのだろう。

 ライザーが困って騎士の方を見た。

 騎士は頷くとクリスティンに近づき、器用に手足の拘束を解いた。


「ああ、こんなレディーの手足を縛るだなんて。おまけに猿轡まで!」

「クリスティン、あなたが一緒に行く必要はありません。ここにいて下さい」

「何を言ってるの! 女を人質に取るような賊など、天が許してもこの私が許しません。あなたは私が守ります。絶対にあなたから離れないから心配しないで」


 こうなったクリスティンを止める事など誰にも出来はしない。


 ブリュン公爵はクリスティンを見て何か言いかけたが、結局何も言わなかった。

 公爵は巨体の騎士に告げた。


「待たせた。謁見の間に戻ろうか」



 ◇◇◇



 人質は元々ギルベルトと私の二人のはずだったが、ブリュン公爵の息子のライザーとフォルマー公爵の娘のクリスティンが同行すると言い張り、賊も同行を認めた。


 そして今、私たちは金属でできた箱のような乗り物に乗せられ、賊の本拠地と思わしき場所に運ばれている。


 私は目の前の座席に座っている男を見た。

 外見は二十代前半。黒目黒髪でこの国では見かけない風貌だ。


 この男が賊の首領か。たった四十八人の騎士を従え、一国の王城に攻め込み一人の血も流さずに城の全員を捕えたという。

 自分が人質になっているというのに、未だに信じられない。


 この男は何のために城に攻め込んだのだろうか? どこかの国の騎士団の将軍だろうか?

 アルビナ王国は確かに周辺国といざこざを抱えてはいるが、戦争になるほど深刻な事態ではなかったはずだ。


 この男の目的は何? なぜ平和な我が国に襲いかかったの?

 気が付けば私は男に問いただしていた。


「あなたの目的は何なのですか? なぜこんな非道を……」


 男が驚いて私を見返し、問い返してきた。


「えっ? 非道!? ブリュン公爵から経緯を聞いてるよな?」

「王城に押し入った賊に王城の者全員が捕らわれたと。交渉の間、私と弟を人質に差し出す事になったと聞きました」

「間違ってはいないけど、俺の方の事情は全部すっ飛ばしてるな。まあ、時間が無かったから仕方がないか……。その話は屋敷に着いてからゆっくり話そうか」



 ◇◇◇



「さあ、着いたぞ。皆降りてくれ」


 私たちが乗っていた乗り物の扉が開いた。

 私たち四人がその扉をくぐると、目の前には三階建ての大きな屋敷が建っており、正面の扉が開け放たれている。

 照明の魔道具でも使っているのか、夜にも関わらず私たちの周りが明るく照らし出されており、まるで昼間のようだ。


 私は周囲を見渡した。屋敷の前には手入れの行き届いた見事な庭園が広がっている。

 私たちの乗って来た金属の箱のような乗り物は、その庭園の芝生の上にのっている。


(車輪がない……。確かに城からここまで運ばれてきたようだけど、これが乗り物なの?)


 賊の男に続き屋敷の中に入ると、玄関ホールにメイド服を着た三人の女性が並んで立っていた。

 彼女たちは、軽く頭を下げて声を揃える。


「マスター。お帰りなさいませ」


 ライザーが、メイド達を見て声を上げた。


「なんで彼女たちは仮面をしてるんだ?」


 そう、彼女たちの顔には白い仮面が付けられていた。舞踏会でつけるような目の周りだけを隠す仮面ではなく、顔全体を完全に覆う仮面だ。

 おかげでメイドたちの素顔は全く窺えない。


「紹介しておこう。左から順にアリス、ブレンダ、セシリアだ。ここにいる間は彼女たちが、君たちの世話をする。仮面は彼女たちの身元を隠すためだ。詮索しないでもらえると助かるな」


 三人のメイドは皆、同じような背格好で同じメイド服を着ている。顔を隠されたら誰が誰か分からない。見分けは髪でするしかなさそうだ。

 アリスは銀髪のセミロング、ブレンダは赤毛のポニーテール、セシリアは金髪のロング。


 賊の男がメイドの一人に命じた。


「アリス、彼らを食堂に案内して食事を出してやってくれ。俺は食事が終わった頃に行く」


 アリスと呼ばれた銀髪メイドが私たちにの前に立った。


「食事のご用意をいたします。こちらへどうぞ」


 清らかな声だ。こんな美声の持ち主ならさぞ素晴らしい容姿の女性なのだろうと、思わず彼女の仮面を凝視してしまった。だがどんなに仮面を凝視したところで彼女の素顔が見える訳ではない。


 彼女は私たちを食堂に案内した。大きな屋敷だったので、食堂もさぞ大きな部屋だろうと思っていたが、案内されたのは八人用のテーブルと椅子が置かれた部屋だった。


「この屋敷内は宮廷の食事作法とは無縁の場所ですので、当屋敷の作法で食事を出させていただきます。ご不満な点はあるかと思いますがご理解願います」


 アリスは私たちを椅子に座らせると、隣の厨房らしき部屋から食事のトレイを持ってきてテーブルに配膳していく。

 トレイの上には肉料理やパンや野菜サラダなどの皿が並べられいる。


「食事が終わりましたら、デザートをお出しいたします。デザートは私どものマスターも同席させていただくと思います」


 アリスが一礼して厨房に戻っていく。

 ギルベルトが明るいおどけた声で言った。


「さあ、いただくとしよう。まさかここまで来て毒を仕込むとは思えないから、心配はいらないよ」


 弟は普段こんな声を出す子ではない。きっと私たちを不安にさせないよう気を遣っているのだろう。それは本来、姉である私の役目だ。


「そうね。いただきましょうか。さっきからいい匂いが漂ってて我慢するのが大変だったのよ」

「アレクシア様、お待ちになって。油断大敵。どんな時も毒見は必要です。さあライザー、あなたからお食べなさい」

「おい、クリスティン。威勢のいい事言っておいて何で自分で毒見しないんだよ。調子のいい事ばかり言いやがって」


 ライザーはブツブツ言いながらもギルベルトと自分のトレイを交換し、肉料理にかぶりついた。


「うめえ! 何だこれ? こんなうまい肉食べた事ないぞ!」


 見ていた私たち三人も彼に続いて食事に取り掛かった。ライザーが褒めるのも当然だ。城でもこんなにおいしい食事はなかなかお目に掛かれない。


 私たちはここが敵の本拠地である事を忘れて食事に夢中になった。

 気が付けば食事は綺麗に無くなっていた。


 アリスがやって来て食事のトレイを回収し、替わりに飲み物とデザートを配膳して回る。テーブルには五つの飲み物とデザートが置かれている。

 それを見てライザーが小声で言った。


「気を抜くなよ。やっと敵の首領とゆっくり話が出来るな」


 皆が頷き気分を引き締めた時、食堂に賊の男が入って来た。

 男がテーブルの正面の席に座る。メイドのアリスがその少し後ろに立った。

 男は私たちを見て口を開いた。


「どうやら食事は満足してもらえたようで安心したよ。食後は重い話になりそうだ。先にデザートをいただこうか」


 男は自らデザートのケーキにフォークを差し、口に入れて嬉しそうな顔をした。

 私も男に倣ってケーキを少し口に入れた。


(んーーーーーーーー! 美味しい! 何このケーキ!)


 今の私の顔は満面の笑みを浮かべている事だろう。

 他の三人もケーキを口にして同様の表情を浮かべている。


 このケーキの目的が、これから交わされる話題の重苦しい雰囲気を和らげる為だとしたら彼の目論見は大成功だ。


 私はまず聞きたかった質問を彼に投げることにした。


「あなたに伺いたいのですが、今後あなたをどうお呼びすればよろしいのですか? マスターとお呼びすればいいのですか?」

「いやいや、メイドたちにはマスターと呼ばせているけど、君たちは単に『タツヤ』と呼んでくれれば……、あれ? 俺って君たちに名を名乗ってなかったっけ?」

「ええ、私たちが名を名乗った時も何もおっしゃいませんでしたので、『賊』と呼ばせていただいていますが」


 男が額に手を当てて、いかにも『失敗した!』といった顔を見せている。


「それは悪かった。今更だが自己紹介しよう。俺の名はタツヤ。そして君たちが今いるのはエデンという島だ。エデンはミルドランド大陸のどの国にも属していない。言うなれば俺はエデンの領主といったところだな」


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