第44話 人質
三日後の再訪時に揉めないよう、ブリュン公爵には脅しをかけておいたが、状況を理解せずに馬鹿な行動に出る者は必ずいるものだ。何かいい対策はないものだろうか。
ふと先程王城内で見かけた第一王子の事を思い出した。
そうだ。あの馬鹿っぽい王子に頑張ってもらおう。
俺はフォルマー公爵とブリュン公爵に言った。
「このまま俺たち全員が引き上げると、今度こそ負けないとか言って俺に牙をむく奴が出てきそうだ。講和が成立するまで第一王子の身柄をこちらで預かる。そうすれば馬鹿な事を考える奴は出ないだろう」
それまでずっと無言で俺たちのやり取りを聞いていた王が、いきなり大声で抗議を始めた。
「ならん! フェリクスは儂の後を継ぐ大事な息子だ。人質に差し出すなど以ての外だ」
麗しい親子愛だな。見た目はアホ王子っぽかったけど、やっぱり跡取りは大事なのかな?
だけど後を継がせるべき国が、今現在存亡の危機にあるのだが、王にはその認識はあるのだろうか?
「心配するな。お前たちが馬鹿な事をしなければ、ちゃんと戻って来る」
「ギルベルトを連れていけ」
「ギルベルト?」
俺は宰相フォルマー公爵の顔を見た。
「第二王子、ギルベルト殿下です」
「第一王子は大事な子で、第二王子はいらん子か?」
長男と次男で対応がずいぶん違うじゃないか。これが王族の考え方なのか。
全く麗しい親子愛だな。第二王子もかわいそうに。
だが跡継ぎだからこそ預かる意味があるのであって、第二王子では影響力が弱い。
強引に第一王子を連れて行ってもいいのだが、それが原因で講和の足を引っ張る事になっても困る。
では第二王子と第三王子の二人を連れていくか? いや、第三王子は確か十才くらいじゃなかったかな? さすがに未成年を連れていくのは駄目だな。
ならば王妃を連れていくか? いやいや、なんか性格の悪そうな感じだったから王妃はパスだな。
そうなると第一王女か? 女の子というのは問題だが、まあ第二王子と一緒なら大丈夫だろう。
「第一王子は王位継承権第一位だからこそ意味がある。第一王子を拒否するなら、第二王子と第一王女の二人を預かる」
「いいだろう。連れて行くがいい」
あれ? もっと抵抗するかと思ったが、王があっさり承諾したぞ。
もしかして第一王女もいらん子なのかな? 王家ってどうなってるの? 跡継ぎ以外は皆いらん子なの? それは親としてどうなの?
俺には娘が一人しかいないから、その辺りの気持ちはよく分からんな。
「ブリュン公爵。公爵様に使い走りを頼むのは心苦しいが、すまんが第二王子と第一王女を探して連れてきてくれないか。王子と王女の拘束は俺の部下に解かせる。自分がどういう立場にいるかを言い含めてから、連れて来てもらえると助かる」
「分かった。そうしよう」
ブリュン公爵は人質を二名にする事については反対はしなかった。この状況では仕方が無いと思っているのか、自分の子供じゃないから問題ないと思っているのか。
ブリュン公爵とバトルロイドの小隊が城内に消えていった。
しばらくして、ブリュン公爵がの四人の少年と少女を連れて戻ってきた。男女二名づつで、全員十七、八くらいの年代か。
フォルマー公爵が驚いた顔で彼らを見ている。
「ブリュン公爵。ご苦労様。俺は王子と王女を頼んだだけなのに、何で四人もいるの?」
俺がそう尋ねると、少年と少女が俺の前に進み出て来た。
「アルビナ王国、第二王子のギルベルトだ。状況は理解している。私を人質として連れて行くがいい」
「同じくアルビナ王国、第一王女のアレクシアです。第二王子同様、覚悟は出来ております」
若いのに堂々とした振る舞いだ。事情を説明され納得の上でこの場に来たようだ。これが王族というものか。
彼らの振る舞いに感心していると、後ろに従っていた気の強そうな感じの少年が進み出て俺に言った。
「俺はブリュン公爵の次男ライザーだ。王子が人質にされると聞いた。人質の世話役が必要だろう。俺も連れていけ」
俺はブリュン公爵を見た。
「あんたの息子? どういう事?」
「ライザーはギルベルト殿下の従兄弟で同じ学舎の学友だ。今日はギルベルト殿下に招かれ部屋に一緒にいた所を拘束されたようだ。事情を話したら殿下と同行すると言い張ってな。こいつは言い出したら聞かん奴だ。殿下の従者として同行させてもらいたい」
「本気で言ってる?」
「ああ」
自ら人質志願とは。友を思っての自発的な提案なのか、それとも父親から身を呈して王子と王女を守れと言われたのか。どちらにしてもすごいな。
もう一人の少女も俺の前に進み出た。
「私は宰相フォルマー公爵の娘、クリスティンです。私も王女の侍女として同行させていただきます」
この娘も第一王女の友達のようだから、ライザーと同じような考えで志願したのだろう。俺はフォルマー公爵を見た。
「宰相。この娘、あんたの娘だよね。止めなくていいの?」
「クリスティン、ちょっとこっちに来なさい」
「嫌です。お父様、アレクシア様を一人で賊の元に行かせる訳にはいきません。私も同行いたします」
「お一人ではない。王女殿下はギルベルト殿下とご一緒に行かれる」
「アレクシア様は女性です。女性のお世話には女の侍女が必要です。私が同行いたします」
フォルマー公爵が頭を抱えている。国政を司る宰相も娘の言葉には逆らえないようだ。
俺も娘の事では人の事は言えないか……。
だが、俺を抜きにして勝手に話を進められても困る。
「四人も連れて帰っても面倒なだけだ。客人は二人いれば十分。王子も王女もこっちでちゃんと世話するから心配するな」
クリスティンが俺に吠えた。
「駄目です! 妙齢の女性をかどわかす理由など知れた事。王女には指一本触れさせません。どうしてもと言うなら私が身代わりになります。さあ、私を好きにしなさい!」
この娘は俺を性犯罪者と思っているようだ。
俺は思わず顔を両手で覆った。
「宰相。この娘そっちへ連れてってくれない?」
フォルマー公爵が娘を引っ張っていこうとしたが、娘が大暴れして言う事を聞かない。
公爵が泣きそうな顔をしている。
それはそうだ。俺だって自分の娘が犯罪者に身を差し出すと言い出したら泣いちゃうよ。
第一王子一人なら何とでもなると思っての要求だったのに、いつの間にやら四人にされてしまった。そんなに受け入れ可能だろうか?
俺は広間の隅に移動し、ケルビムに連絡を入れた。
「ケルビム」
『はい、マスター』
「人質を軟禁……じゃなくて、お客さんを四人滞在させられる場所はどこかあるかな? 期間は最長で一週間くらいの予定だ」
『宿泊出来る場所はありますが、どの程度のもてなしを考えていますか? 待遇により松、竹、梅の三コースがあります』
「何だそれ? 下から順に聞こうか。梅コースってどんなの?」
『ジルス鉱山の第三鉱区の坑道にご招待します。坑道と言っても資材置き場として利用していた大空間ですから宿泊に問題はありません。野営セットと一週間分の水と保存食を渡しますので、後は自由な時間をお過ごしいただきます。坑道内は気温は一定ですし、雨の心配もありません。静かな環境ですから日頃のストレスから解放されてのんびり過ごせます』
「却下だ! ケルビムって、けっこう意地悪な性格してるよな」
『心外ですね』
さすがに王子と王女を坑道内に放置は出来ないよ。
「竹コースだとどうなる?」
『チラート山の別荘にご招待します。四人だと少々手狭ですが、寝室はちゃんと二部屋ありますからベッドを追加すれば大丈夫でしょう。源泉かけ流しの露天風呂付きですので、美容と健康面からもお勧めです。但し調理設備はありませんからお客さん自身による自炊が必要になりますが、彼らに出来ますかね?』
「おい! ちょっと待て。あれは俺の別荘だぞ。来客用じゃない」
『四人も生活出来る施設なんて他に無いんです。文句言わないでください』
あの別荘は俺専用のくつろぎ空間だ。他人に使わせるなど以ての外だ。
「別荘も却下だ。最後の松コースは?」
『エデンの園にご招待です。屋敷のゲストエリア以外への立ち入りを制限しておけば、自分たちがどこに連れて来られたかなんて分からないでしょう。屋敷の外に出たとしても、山の上の高原地帯とでも言っておけば誤魔化せます』
確かに俺の屋敷なら安全だし衣食住の問題は無い。設備も整っているから一週間くらいなら王子や王女を泊めても大丈夫だろう。
だが今までエデンに人を入れた事などない。正直、人を入れるのには抵抗がある。
とは言え、四人も滞在させるとなると他に選択肢がないのも確かだ。
「分かったよ。エデンに迎え入れるよ。二人部屋を二部屋使えるようにしておいてくれ」
『了解しました』
俺は王子たち四人の所に戻った。
フォルマー公爵は娘のクリスティンとまだ口論を続けているが、娘に言い負かされているようだ。
「宰相、四人とも連れていくよ。どうせ講和締結まで長くても一週間かそこらだろう。不埒な事はしないから心配するな」
フォルマー公爵が引きつった顔で俺を見た。かわいそうだが娘を説得出来なかったあんたが悪い。
俺は謁見の間に開いている壁の大穴から外を見た。とうに陽は沈んでおり周囲はかなり暗くなっている。
「ケルビム。帰投する。回収艇を降下させてくれ」
『了解しました』
俺はフォルマー公爵とブリュン公爵を見て言った。
「そろそろお暇するよ。王子たち四人は講和締結までこちらで預かる。俺も好き好んでアルビナ王国と敵対したい訳じゃない。うまく事態の収拾を図ってくれ」
「ああ、分かった。三日後までに講和の草案をまとめておこう。王子と王女には間違っても危害を加えるような事はしないでくれ」
「そんな心配はいらんよ」
俺は近くで黙り込んでいる王を見た。王も俺を無言で見ている。
「じゃあ、息子と娘はしばらく預かる。今回の事は俺を殺そうとしたお前の自業自得だ。いつまでも俺を恨むんじゃなくて、事態収拾を図り今後の関係改善に目を向けて欲しいな」
「…………」
返事なしか。まあいい。
俺は謁見の間に整列している部隊に命令を下した。
「ブルー隊は俺の護衛に就け。レッド隊は殿を務めてもらうからこの場で待機。他の隊は指示があり次第、城を出て回収地点に向かえ」
俺はレッド隊の四機を差し示しフォルマー公爵に言った。
「この四人の騎士は最後に引き上げる。この四人が居なくなったら城内の拘束者を解放してやるといい」
「帰ると言ってもどうやって城から出るつもりなのだ? 城門は全て塞がれているのだろう?」
「それは内緒だ。では三日後に」
俺はブルー隊に守られ、四人の少年少女と一緒に城の外に出た。
城の前には大きなコンテナ形状の回収艇が着地しており、後部の搭乗ハッチが開いている。
四人の少年少女が不審そうな目付きで回収艇の内部を覗き込んでいる。
「何ですかこの箱は? 馬車の荷台?」
「これは魔法の乗り物だよ。そこはあまり気にするな。さあ、中に入って座席に座ってくれ」
俺は自ら率先して回収艇に乗り込み座席に座って見せた。
ブルー隊が四人を回収艇の中に導き、座席に座らせシートベルトをさせている。
準備が終わったのを確認し帰投の指示を出した。
「よし、出してくれ」
ハッチが閉まり回収艇が空に向けて上昇していく。回収艇の窓は全て閉ざしてあるため、四人の乗客たちは、自分たちが空を飛んでいるとは気付かないだろう。
今夜は新月で辺りは真っ暗闇だ。城内からも城壁の外からも回収艇の姿は見えないはずだ。回収艇が浮いている所を見られないよう、わざわざ夜まで待ったのだ。隠蔽に抜かりはない。
しばらくして回収艇の内部に軽い衝撃音が響いた。
『マスター、回収艇を収容しました』
「了解」
俺たちの乗った回収艇は、上空で待機していた空挺母艦アルバトロスに収容された。
残りの部隊も、地上に降ろした四機の回収艇に分乗し帰投中のはずだ。
「全部隊の回収が完了し次第エデンに帰投する。サラマンダーも帰投させろ」
『了解しました』
俺はシートベルトを外した。四人の乗客の前に行き声を掛ける。
「もうシートベルトを外して楽にしてくれていいよ。あと三十分ほどで俺の屋敷に着く。着いたら食事にしよう。予定外の来客なので十分なもてなしが出来ないかも知れないが、そこは大目に見て欲しい」
皆、シートベルトの外し方が分からなかったようで、俺が順にシートベルトを外して回った。
アレクシア王女のベルトを外していると、王女が俺を見て尋ねた。
「あなたの目的は何なのですか? なぜこんな非道を……」
「えっ? 非道!? ブリュン公爵から経緯を聞いてるよな?」
「王城に押し入った賊に王城の者全員が捕らわれたと。交渉の間、私と弟を人質に差し出す事になったと聞きました」
「間違ってはいないけど、俺の方の事情は全部すっ飛ばしてるな。まあ、時間が無かったから仕方がないか……。その話は屋敷に着いてからゆっくり話そうか」
俺はため息を付いた。四人にはちゃんと説明しておかないとまずいだろう。
ああ、面倒臭いな。やっぱり四人も連れて来たのは失敗だったか……。




