第43話 和睦
「おい、グスタフ、起きろ」
「うーーん。ん? ここは? おい! これは何だ?」
王は身体を動かそうとして、体の異変に気付いたようだ。
王は後ろ手に拘束され椅子に座らされている。身体と椅子を固定してあるので、立ち上がる事も出来ない。
王の横には、この国の宰相が同じような姿勢で椅子に座らされている。謁見の時に王の隣に立っていた中年男だ。フォルマー公爵という結構偉い貴族らしい。
王のような貫禄はないが、知的な雰囲気を漂わせている男だ。
「おはよう。グスタフ。よく眠れたかい?」
「貴様! 何の真似だ! 今すぐこれを外せ!」
俺は王の言葉を無視し、王座に向かって歩きそこにどっしりと腰を下ろした。
「なかなかいい椅子だな。さすが王座だ。何だか偉くなった気分だ」
「貴様! それは儂の椅子だ! 退かんか! おい誰か! こいつをひっ捕らえろ!」
「おい、周りを良く見てから物を言え。……ああ、すまん。体が動かせないから周囲が見えないんだな」
俺は脇に控えていたバトルロイドに指示を出した。
「こいつの椅子の向きを変えて広間の様子が見えるようにしてやってくれ」
バトルロイドが王の椅子を掴み、くるりと半回転させる。
「な、な、なんじゃ……」
広間の後方には、謁見に参列していた貴族たちや警護の兵、城の使用人たちが拘束されたままマグロ状態で並べられている。
寝かされている者の半数ほどは既に目を覚ましているが、全員に猿轡をはめてあるので唸り声くらいしか上げられず静かなものだ。
「この広間だけじゃなく、城の中の者は全員拘束してある。今この城は俺の制圧下にある。言ってる意味が分かるか?」
「嘘だ! お前は嘘をついておる! この城がそんな簡単に落ちる訳が無い!」
「まあ、信じたくは無いだろうけど見ての通りだ」
俺は爆発で開いた壁の大穴まで歩いて行きそこから外を見た。
「おーい。王をここに連れてきてくれ」
バトルロイドが王を椅子ごと持ち上げて、俺の元まで運んできた。
俺は壁の大穴から外を指差した。指の差し示す先には破壊された城門が見える。
「グスタフ、あれが見えるか。西の城門だ。完全に破壊したから人の出入りは不可能だ。他の三つの城門も同じように壊してある。つまりこの城の外にいる自慢の騎士団は、誰一人この城に入って来れない。助けは来ない。理解したか?」
王は何も言わずに俺を睨みつけた。彼の身体がブルブル震えているのが分かる。
『マスター。城門の近くに騎士が集結し始めています。現時点で西門に三十名。東門に四十名。南北の門はまだ数名ですが、各門とも続々と数を増やしています』
報告を聞いた王の顔が喜びの表情に変わった。騎士団が自分を救い出してくれると思ったのだろう。
「城門の瓦礫を乗り越えて中に入るつもりかな? 数が集まると予想外の事をしてくるかもしれん。早めに潰しておこう。ケルビム。威嚇砲撃だ」
『了解しました』
城門付近に、上空のサラマンダーから砲撃が撃ち込まれた。
爆発音と共に騎士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
俺は王に笑いかけた。
「残念だったな。助けは来ないぞ」
王の顔が絶望の色に染まる。王を元の位置まで戻させて、俺は再び王座に腰を掛けた。
「お前は俺に喧嘩を売った。俺はそれを買った。そして勝負はついた。俺の勝ちだ」
「儂をどうするつもりだ。殺すつもりか? 儂を殺して王になるつもりか?」
俺は王の顔を見ながらため息をついた。
「はぁ、今日はあんたに浮遊石の事を諦めてもらいたくて、そのお願いに来たんだよ。まあ、いきなり諦めろって言っても承諾出来ないだろうから、代わりにあんたが興味を持ちそうな手土産をいろいろ用意して来たんだ。それなのに俺から浮遊石を取り上げる前提で話を進めるものだから、売り言葉に買い言葉で武力行使する羽目になったんだよ」
俺は隣に座っているフォルマー公爵に尋ねた。
「あんた宰相だろ。宰相って王の補佐役って認識で合ってるか?」
「ああ、その通りだ」
「王は俺を殺そうとし逆に俺に拘束された。さあ、あんたならこの事態をどう収める?」
フォルマー公爵の顔に汗が流れている。
それはそうだ。王を始めとし、この城にいる者すべての命が俺に握られているのだ。
ここで迂闊な言動をして俺を怒らせればどうなるか。彼の重圧は相当なものだろう。
「王の行った事に関しては真摯に謝罪しよう。賠償金も払おう。貴殿の怒りを収めてもらえるなら、どんな賠償でもしよう。望むものを言って欲しい。金、地位、領地。私に出来る事ならなんでもしよう。それで気が収まらなければ私の首をやろう。どうか、私の命で貴殿の怒りを収めてもらえないだろうか?」
フォルマー公爵は拘束されて身動き出来ないなりに、頭を下げて頼み込んでいる。
俺は王を見た。
「命を捨てて主の助命を願う。忠臣の鑑だな。グスタフ、あんたいい家臣を持ってるよ。で、あんたはどう考えてるんだ。この始末をどう付けるつもりだ?」
王は無言のまま答えようとしない。
テロリストとは口を利きたくないのか、それとも怒り心頭で口が利けないのか。
いや、こいつには事態を収拾出来るだけの能力が無いのかも知れない。
だとすれば馬鹿を相手にするのは時間の無駄だ。
俺はフォルマー公爵に向き直った。
「さっきのあんたの提案、十分誠意を示したつもりだろうが全くなってない。例えば俺が賠償金を手に入れてこの城から出て行ったとしよう。果たしてそれでめでたしめでたしで終わると思うか?」
フォルマー公爵が眉をひそめた。そして何かに気付いたように目を見開いた。
やはり宰相だけあって頭の回転は悪くないようだ。
「そうじゃないだろ。王は自分をコケにした俺を許さんだろう。後ろで拘束されて転がってる貴族連中も同じだ。騎士団の連中も自分たちを無視して王城を攻め落とされたなんて知れば、こぞって俺の命を狙ってくるだろう。違うか?」
「王は私が命にかえても抑える。貴殿に復讐など絶対にさせない。約束する」
「王だけじゃない。怒り狂った貴族たち、血気盛んな騎士たち、彼ら全員の反抗心を抑えられるのか? 下手すると内乱に発展するぞ。そうなればこの国は終わりだ」
「…………」
フォルマー公爵は返事が出来ず目を伏せた。
「正直、俺もどう収拾を付けていいのか分からなくて困ってるんだよ。これが国同士の戦争なら話は単純だ。多くの街を占拠され、死者をたくさん出し、騎士団も壊滅し、その上で城に攻め込まれての降伏なら、あんた達も素直に負けを認めただろう。だけど今回は違う。王都は今日も平和で、国を守る騎士団も平穏だ。なのにいつの間にか王城が攻められ陥落。相手は俺の騎士が四十八名。こんな話、誰も信じないだろ」
フォルマー公爵に歩み寄り、彼の拘束を外してやった。
「俺はこの国を滅ぼしたい訳じゃない。王を殺して成り代わるつもりもない。俺には国の運営なんて出来ないからな。だからさっさと和解しようや。俺とアルビナで講和条約を結んでこの騒動を終わらせてしまうんだよ。宰相にはその講和条項を考えてもらいたい。俺を満足させた上で、王も、この国の貴族たちも、外の騎士団たちも、全てが納得して矛を収める講和条件をな」
「誰もが納得する講和など不可能だ」
「分かってる。それはあくまで理想だ。俺も鬼じゃない。まずは講和の草案を作ってお互い妥協できる部分は妥協し譲れない部分は相手を説得して、そうやって条件を纏めていけばいい」
フォルマー公爵が肩を落としている。どれだけ無理難題を吹っ掛けられたか分かっているからだな。
「何も一人でやることはない。王もいるし……、まあいても役に立たんか……。 では後ろで転がってる者から何人か使えそうな者を選んでくれ。宰相の補佐をさせよう。本当は城の外にもっと相応しい人物がいるのかもしれんが、今の城の状況を知らない外の連中を入れれば、講和じゃなくて徹底抗戦に話が変わりかねん」
フォルマー公爵に人選を任せて七名を選び出させた。
公爵だか侯爵だか伯爵だかの高位貴族が五人と、宰相の部下らしき男が二人だ。
国政に影響力を持つ貴族と、信頼のおける実務担当という人選のようだ。
俺は選ばれた者たちを集めて言った。
「君たちが騒いだり暴れたり逃げたりしないと約束するのなら、君たちの拘束を解く。理解したら首を縦に振ってくれ」
全員が首を縦に振ったので順に猿轡と拘束を解いてやった。
彼らは広間で爆発があった後は眠り込んでいて、現在の状況がはっきり分かっていないはずだ。
「先に状況を説明しておく。今日の謁見で王が俺の持つ浮遊石を取り上げようとし、拒否した所俺を処刑しようとした。ここまでは君たちも見ていたはずだ。殺されそうになった俺は、俺の私設騎士団を呼び寄せこの王城を制圧した。今この城は俺の支配下にある。ここまではいいか?」
単に驚いている者、無表情の者、俺を睨みつける者、反応はいろいろだ。
だが、声を出す者はいなかったので話を続けた。
「俺はこの国を滅ぼすつもりも、支配するつもりもない。このお互い不幸な状況を一刻も早く終わらせたいと願うだけだ。そこで早急に講和を結びたい」
俺は一旦言葉を止め、居並ぶ男たちの顔を見た。異議のある者はいないようだ。
「君たち七名は栄誉ある講和条約策定委員に任命された。君たちにはこれからアルビナ王国と俺との間で取り交わす講和条約の条項を、宰相と一緒に検討して作成してもらう。本来は講和条項は俺とアルビナ王国で協議しながら作りあげるのが筋と思うが、面倒なので俺の要求を聞いてそっちで草案を作ってくれ。ここまでで異議のある者。承服しかねる者はいるか?」
誰も異議を申し立てる者はいない。
「ではまずは俺の要求を伝える」
並んだ男たちが息を飲んで俺の言葉に耳を傾けている。
どんな厳しい条件を言い出されるのか、心配で堪らないようだ。
「第一に賠償金だ。額については今後の話し合いで決めていくが、まずはそちらの出せる額を提示してくれ」
皆が困った顔をしているな。
こちらが具体的な数字を出さなかったから、どの程度の額を差し出すか勘案しているのだろう。あまり低い額にすれば俺を怒らせる事になる。あまり高い額にすると自らの首を絞める事になる。自分達で妥当な額を決めるのはけっこう難易度が高いのだ。
「第二に俺の安全保障だ。講和締結後は俺がアルビナ王国内で害される事が無いよう、国として対策を講じ、それを条項に入れて明文化して欲しい。要は貴族たちや騎士団が後から俺に意趣返し出来ないように対策を立てろと言っている」
俺の言いたい事は理解できたようだ。問題は具体的にどうするかだ。
今後必ず出てくるであろう俺への反抗勢力をどう抑えるか、頭を悩ませてもらおう。
「第三に、……ええと、第三は特に無いな。最初の二点でいいから講和案の作成を頼む。そうだな三日後に最初の草案を出してもらおうかな。草案はこのメンバーが中心になって作成する事。外部の者の意見を聞くのはいいが、余計な口出しまで許せば三日間で案はまとまらんぞ。俺は一週間以内に講和条約を結んで終わりにしたいと思っている」
講和条件策定委員の一人が発言した。
「城内に捕らわれた者達はどうするつもりだ。草案が出来る三日後まで拘束しておくつもりか?」
「名を名乗ってもらえるか?」
「私は王弟のロータル・ベルンハルト・ブリュン公爵だ」
男を見ると確かに王と似ている。こっちの方が兄より知性的な感じがする。
「ブリュン公爵。俺達は全員、夜になったら城から退去する。拘束されている者たちは俺達が城を退去した後に解放してやってくれ」
「このまま退去すると言うのか!?」
ブリュン公爵の顔が驚きの表情を見せる。
折角制圧した城を、何の取り決めもしないうちに放棄して出て行くというのが信じられないのだろう。
「ああ、三日後に講和条約の草案の内容を協議しにまた来る。何か問題でも?」
「三日後、我々が黙って城に入れるとでも?」
俺はブリュン公爵に微笑みながら言った。
「分かってないようだな。今回手間を掛けて城内を無血制圧したのは、こちらの力を見せつけるためだ。こちらの力を分かった上で反抗するのなら、今度は城を消滅させるだけだ。正直、制圧より殲滅の方が遥かに楽だ。俺は手を差し出して和睦を申し入れている。俺の手を払い除けるつもりなら覚悟を決める事だ」




