第40話 テロリスト
俺は地下牢を出されて、駐屯地の大きな建物の応接室に通された。
部屋の中にはテーブルを挟んで俺と騎士団長のアンジェロ、それともう一人中年の男がいる。
地上の窓がある部屋に移った事で俺の心にも余裕が生まれている。
ここならいざという時、即座に救助が駆けつけられる。
「さて、改めて話し合いを始めようか。ところでそちらさんは?」
「俺は飛燕騎士団の副団長リベリオだ。同席させてもらう」
「騎士団のトップが二人か。まあいいだろう」
話を始める前に、お茶を一口飲んで喉を潤した。
うむ。騎士団はなかなかいいお茶を飲んでるようだ。
この部屋に通された時、ちゃんと俺のリクエスト通りお茶とお菓子も出て来た。
この期に及んで俺を毒殺しようとは思ってないだろうが、念のために出されたお茶とお菓子はアンジェロに毒見をさせてある。
「まず最初に言っておく。今後絶対に俺に敵対行動を取るな。さっきので分かったはずだ。俺はその気になれば王都内の人間を即座に全員殺す事が出来る。と言っても人を二人昏倒させただけじゃまだ信じられんだろ。俺の力の一端を見せてやろう」
俺は席を立ち窓際に歩み寄った。窓の外に広場が見える。
アンジェロとリベリオを手招きする。
「そこの広場、練兵場なのかな? 今は誰もいないようだな。あんたも見てみろよ」
アンジェロに、彼の目で練兵場に人がいないのを確認させた。
「何をするつもりだ?」
「俺に敵対行動を取ればこういう事になる」
俺は練兵場に向かって腕を伸ばし、指をパチリと鳴らした。
その瞬間、練兵場が大音響と共に吹き飛んだ。
砂煙が立ち込め何も見えなかったが、徐々に砂煙が風に飛ばされていき練兵場が姿を現した。
広い練兵場全体に巨大な穴があき、周囲には土砂や瓦礫の山が出来ていた。
騎士団駐屯地が一気に騒然となった。騎士達の怒鳴り声がここまで聞こえる。
「何が起きた! 状況を報告しろ!」
「練兵場で何かが起きています!」
「何かじゃ分からん。もっと正確に報告しろ!」
「練兵場が吹き飛びました!」
「どっかの馬鹿が魔法を暴発させたのか?」
「駐屯地の魔法結界は正常に作動しています。攻撃魔法は使えないはずです。それに練兵場全体を吹き飛ばすような魔法なんてあり得ません!」
「負傷者の数は?」
「不明です!」
「至急確認しろ!」
練兵場の周囲では騎士たちが騒々しく動き回っている。
アンジェロが俺に詰め寄った。
「貴様、何をした? 魔法か? スキルの力か?」
「何でもいいだろ。人のいない練兵場を選んだから今一つ派手さに欠けるが、要は俺がその気になれば、この駐屯地だろうが王城だろうが王都全域だろうが、一瞬で瓦礫に出来るという事だ」
俺はアンジェロにとびっきりの笑顔を向けてやった。
たぶん彼の目には、俺が人ならぬ悪魔のように映っていることだろう。
俺はアンジェロとリベリオに向かって言った。
「まだ信用出来ないか? もっと証明が必要みたいだな。では隣の兵舎を吹っ飛ばしてみるか? 今度は死者が大勢出そうだな。それとも丘の上に見える王城か? さすがに王城を吹き飛ばせば俺の力を信じるだろう」
「やめろ!!」
アンジェロが大声を張り上げた。
それは俺に対する言葉ではなかった。アンジェロが制止したのはリベリオだった。
俺を睨むリベリオの手が剣の柄を握っており、今にも俺に切りかかりそうだ。
「俺が何かしでかす前に息の根を止める自信があるのか? 試してみろよ。王都の全住人の命を掛け金にした、一世一代の大勝負だ」
アンジェロがリベリオに命令した。
「リベリオ。手を放せ。練兵場に行って事態を収拾してきてくれ」
しばらく固まっていたリベリオが、ゆっくり剣の柄から手を放し、足音荒く部屋を出て行った。
(ああ怖かった。今度こそ死んだと思った……)
二人とも騎士団の重鎮だけあって、彼らが剣に手を掛けるとすごい重圧が伝わってくる。恐ろしさのあまり漏らしそうだった……。
足が震えているのを見られないように急いで椅子に座り、冷めたお茶を啜った。
しかしアンジェロに続いてリベリオもかよ。こいつらちょっと気が短かすぎるよ……。まあ、俺が煽った結果だけど……。
「今回は見逃してやるが、以後絶対に俺に敵対行動を取るな。今後は警告はしない。瞬時に王都全域を火の海にする。ちなみに真っ先に狙うのは王城だ。分かったか」
「ああ、分かった」
騎士団長のアンジェロは力無く頷いた。
どうやらアンジェロは俺が思いのままに人を殺したり、街を破壊できると信じたようだ。
これで俺とアンジェロの立場は完全に入れ替わった。
俺は王城や王都の住人の命を盾に何でもアンジェロに要求を出せる。
そしてアンジェロは俺の言葉に従わざるを得ない。
あれ? 今の俺って何だかテロリストみたいだな。
いやいや、みたいじゃなくてテロリストそのものだよな。
おかしいな。俺は元々被害者だったはずなのに……。まあ、いいか。
「これでやっと本題の話し合いに入れるな。話し合いと言っても、俺の要望を伝えるだけなんだけどな。まず最初に確認だ。アンジェロ、あんたが秘密諜報機関『梟』のトップで間違ってないよな?」
「ああ、そうだ。梟は儂が作り上げた組織じゃ。元々飛燕騎士団は諜報を主任務とした騎士団じゃが、合法的な手段だけでは意味のある諜報活動など出来はせん。だから合法、非合法を問わず必要なありとあらゆる手段で諜報活動を行う影の組織を作ったんじゃよ」
影の組織なので手段を選ぶ必要は無く、脅迫まがいの方法でスキル持ちを集めていたんだろうな。それでもって秘密が漏れそうになれば容赦無く殺して口封じ。ご立派な組織だよ。
「一年前に王城から俺に召喚状が出ていた。あれは王の命令か? それともあんたの命令か?」
「儂の指示じゃ。儂が王城の文官に命じて召喚状を作らせた。承認したのは王だが、王はその召喚状に印を押すだけで、いちいち中身を確認したりはせん。珍しい事じゃない。いつもやってる事じゃ」
確かに会社でも時々いるな。書類が回ってくると中身を確かめずに印だけ押して承認するダメ上司が。で、問題が起きると全部部下の責任にしてしまう。
ここの王様、ダメ国王かも知れないな。
「梟の存在は王も知っているのか?」
「ああ、組織の存在自体は知っているが、詳しい活動内容までは知らない」
王め、梟の非合法活動が露見しても『俺は知らなかった』で逃げるつもりだな。
「今回の浮遊石の件は、本当に王も知ってるのか?」
「勿論じゃ。さすがに伝説の浮遊石となると王に知らせない訳にはいかん。王はいたく浮遊石に興味を示されておる。どんな犠牲を払っても手に入れろとのご命令じゃ」
それで俺を国内全域に指名手配した訳ね。
「浮遊石は偽物でしたって王に報告して、この話は終わりにしないか? 今後一切俺に手出ししないのであれば、俺は黙ってここを出て行ってやるし、二度と王都には近づかないよ」
「無理じゃ。浮遊石の件を報告した時に、その信憑性を問われて詳細な調査報告を王に渡してある。今更偽物でしたでは通らんよ」
「じゃあ俺の手配書だけでも撤回してくれ」
「それも無理じゃ。王は浮遊石の事をずっと気に掛けていて、毎月のように捜索の進展を聞いてくる。手配書の取り下げなどできん」
「じゃあどうするんだよ」
「浮遊石を譲ってもらう訳にはいかんのか?」
「断る」
俺達の間に気不味い沈黙が訪れた。
「仕方がない。俺が王と直接話を付けるよ。王と面会出来るよう手配してくれ」
「王はよほどの事がなければ、平民の謁見などなされん」
「王が直接要請すれば浮遊石を献上するとでも言えば、王だって俺に会おうとするんじゃないか? まあ拒否されたら力ずくで王城に乗り込むまでだが」
アンジェロの顔が苦悩に歪む。
たぶん今、彼の脳裏には瓦礫と化した王城が思い浮かんでいるはずだ。
王城を練兵場の二の舞にはさせられんだろう。
「……分かった。確約は出来んが、何とか謁見の手はずを整えよう。だから力ずくで王城に乗り込むのは止めてくれ」
「わかったよ。ところで王に今日の出来事を正直に知らせるつもりか?」
「分からん」
「知らせるのは一向に構わんが、だったらこれだけは明確に王に伝えておけ。『俺に敵対行動を取るな』と。俺に友好的な態度を取るなら俺もそれに応えよう。俺に敵対的な態度を取るならば……」
「分かった」
俺はアンジェロの肩に手を置いた。
「そんなに気を落とすなよ。練兵場を吹っ飛ばして少し気が晴れたから、これまでの俺に対する仕打ちは忘れてやるよ。但し次は無い。梟のメンバーを使って俺を探るとかもするなよ。俺への干渉も敵対行動とみなすからな」
この後、フォラントで取り上げられた俺の銃と所持品を返してもらった。
やはり銃を腰に差すと安心感が違う。
「明日の昼頃また来るよ。王との面会手続き頼んだぞ」
練兵場の騒動を横目に、俺は飛燕騎士団の駐屯地から外へ出た。
「ケルビム。聞こえるか?」
『はい、マスター。聞こえています』
「さっきは助かった。打ち合わせしてなかったけど、よく俺の意を汲んで一撃を入れてくれた」
『練兵場への示威行動の件ですか?』
「ああ、あの一撃で騎士団長を戦意喪失に追い込めた。いい仕事だったよ」
『ありがとうございます。これからどうしますか』
「さすがに冷汗流しっぱなしで精神的に疲れた。久々に風呂にも入りたいし、今日はそっちに帰るよ。どこか人気の無い所まで行くから流星号で拾ってくれ」
『了解しました』
ああ、本当に疲れた。我が家に帰るとしよう。
◇◇◇
翌日の昼、俺は再び騎士団の駐屯地を訪れた。
門に待機していた従者に付いて奥へと進んで行く。
途中練兵場を見たが、まだ瓦礫の山は手付かずのままだ。元通りにするにはかなりの人手が要りそうだ。
まあ、俺をいじめた報いだ。諦めて頑張れ。
従者に通された部屋には昨日と同じ部屋だった。
今日は特に催促してなかったが、ちゃんとお茶とお菓子が出された。
俺はポケットから毒物検出器を取り出し、お茶とお菓子をチェックする。
毒物反応はない。よしよし。
しばらくして、部屋にアンジェロが入って来た。
「やあ、ご馳走になってるよ」
「敵地で真ん中でのんびり茶菓子を頬張るとは、貴公も豪胆じゃな」
「そうでもないさ。ちゃんと毒見はさせてもらった」
昨日の練兵場の騒ぎの後、疲れ果てた老人といった様子を見せていたが、今日はまた騎士団長の風格が戻ってきている。一晩で復活するとはさすが団長だ。
「早速だが貴公の要求の件、王との謁見の許可が出た。六日後に王がお会いになる」
「六日後か。けっこう先だな」
「何を言うか。普通なら二ヵ月は待たされるわい。儂がどれだけ骨折ったと思っとるんじゃ」
「すまん。それは悪い事をしちゃったな。でも浮遊石を餌にしたんだ。もっと勢いよく食いついて来ると思ったんだけどな」
「優先度の問題じゃ。王だって遊んでいる訳ではない。軍事、外交、財政、治安、早急に解決せねばならぬ案件が山のように溜まっておるのだ。浮遊石は重大ではあっても緊急性は無い。だから後回しじゃ」
「そう言われると返す言葉が無いな」
アンジェロが俺に一通の書状を渡した。
「六日後にこれを持って王城の東門に行くがいい」
俺はアンジェロに気になっていた事を尋ねた。
「王には昨日の出来事を報告したのか?」
「伝えておらん。騎士団が一介の平民の脅迫に屈したと知れれば、我が騎士団は解散させられるじゃろう。当然貴公の謁見の願いなど叶う訳もない」
「まあ当然だな」
「王には浮遊石の持ち主が見つかったと伝えてある。貴公が浮遊石を渡すのを拒否しているとも、王がご自身で頼めば渡す可能性があるともな。貴公は王とどう話を付けるつもりなんじゃ?」
俺は腕を組んで考え込んだ。
「うーーーん、浮遊石は渡さない。これは決定事項。だけどどうやって王に諦めさせるかはまだ考えてない」
「王には、浮遊石が失われる可能性があるから、決して力ずくで奪い取る事の無いようにと、何度も念押ししてある。じゃが貴公との話次第では王がどう出るか儂にも分からん。なんとか穏便に収めてもらいたいのじゃが……」
「それは俺も同じ気持ちだ。こちらから強硬な態度を取らない事は約束しよう。だが、向こうが強硬な態度に出たらその限りではない」
「その場合は王を殺すと言うのか?」
俺とアンジェロの間に緊迫した空気が流れた。
「そうだ、と言ったらどうする。今ここで俺を殺すか?」
「いや、今貴公に剣を向ければ貴公はただちに王を殺すだろう。だとしたら、儂は謁見が穏便に終わるよう祈るだけだ」
「それがいい。成功を祈っててくれ。ところでこの国の王様の名前ってなんだっけ?」
アンジェロが呆れた顔で俺を見た。
「王の名前くらい覚えておけ。グスタフ・リーンハルト・デルリーン陛下じゃ」
「長い! グスタフ王で覚えておくよ」




