第38話 手配書
翌日、俺達の宿の部屋に黒獅子の戦士デイヴィッドと重戦士クロヴィスがやって来た。
昨日は厳つい鎧を着込んで勇ましい格好だったが、今日は二人とも普段着なので、どこにでもいる冒険者に見える。
俺とオスカーはまだベッドから出られないので、ベッドで横になりながらの対面だ。
「横になったままで申し訳ない」
デイヴィッドは俺とオスカーを見て、怪訝そうな顔をしている。
「君たち、怪我なんてしてなかったよな?」
「昨日、俺達バッタの魔物の恰好してただろ。あれは俺の作った素人でも魔物と戦えるようになる魔道具なんだけど、使うとその反動で数日動けなくなるんだ」
「君の魔道具はいったい……、いや、すまん。魔道具については何も聞かんよ」
「助かる」
デイヴィッドはテーブルに袋を置いて、中から金貨を取り出した。
「昨日借りた金と、貰ったポーションの代金。それに俺達の感謝の気持ち。金貨で十枚ある。足りなければ言ってくれ」
「無理しなくていいぞ。俺は貸した金とポーション代さえ返ってこれば十分だぞ」
「いや、レベッカの命を救ってくれたんだ。これでも全然足りないと思ってる」
「それでレベッカはどうなった?」
「教会で回復魔法を掛けてもらった。かなり重傷だったからまだ完治はしてないが、一月ほど休養を取れば元の体に戻るそうだ。完治したら本人を連れて挨拶に来るよ。君たちには改めて礼を言う」
デイヴィッドとクロヴィスが頭を下げた。
「礼は受け取った。もうこれ以上頭を下げる必要はないよ」
デイヴィッドは俺に顔を寄せて声を潜めて言った。
「昨日の事が街で噂になってる。教会で白煙が上がった時、空で何かが飛び回っていたってな。言っておくが俺は何も漏らしてないぞ」
「そこは信用してる。街の噂は気にしなくていいよ。間に合わせの偽装工作だったから、そんな話も出てくるさ。あんたが黙ってくれていれば問題ない」
「分かった。秘密は守る」
デイヴィッドとクロヴィスが部屋を出て行きがてら言った。
「今後何か困った事があったら言ってくれ。俺達はいくらでも手を貸す」
「ああ、その時はよろしく頼むよ」
デイヴィッド達は部屋を出て行った。俺は隣のベッドのオスカーに目をやった。
「オスカー。君がレベッカを救ったんだ。胸を張れ。実はあの時俺は迷ってたんだ。君が助けに入ると言わなかったら、何もせずに撤退してたかもしれない。君の決断がレベッカを救った。誇っていいよ」
「そう言ってもらえると、体を張った甲斐があります」
オスカーが嬉しそうに笑った。
◇◇◇
二日後、俺もオスカーも体の状態はすっかり回復した。
魔道具の実地テストの仕事は終了したため、俺はオスカー達と別れて宿を引き払う事にした。
オスカー達は今日からまた冒険者ギルドでの依頼探しだ。
彼らには継続して魔道具の評価を行ってもらう事とし、腕輪を始めとした数々の魔道具を貸し出してある。ソフィーには、当初の予定していた以上に大量の魔道具を持っていかれてしまった……。ソフィー、逞しくなったな。
俺は宿を出て一人で街に立ち並ぶ商店を物色していた。
食料店、衣料店、雑貨屋、金物店に工芸品の店。雑多な商品が目に映る。
人のいない場所での生活が長かったせいか、街の雑踏の賑わいが心地いい。
(どこか治安の良さそうな街を探して住み付くのも悪くないかも知れないな)
気の向くままに街をぶらついていると、ケルビムから連絡が入った。
『マスター。気付いてますか。後を付けられています』
「何人だ?」
『一人です』
「物盗りかな?」
『分かりません。情報が不足しています』
俺はそっと腰の銃を抜き、すぐに撃てる状態である事を確認した。
最後の頼りの変身ベルトは改良予定のため付けていない。
街の商店をのぞき込む振りをして、後方にチラリと視線を向けた。確かにいる。
目立たない服装をした男が、物陰に隠れさり気なくこちらの様子を窺っている。
今すぐ襲ってくるようには見えない。
「街の外に出る。外まで付いて来るようなら捕まえて口を割らせよう」
『了解』
「流星号、今どこにいる?」
『マスターの直上二キロで哨戒中。尾行に気付いたのは俺様だぜ。感謝してくれよ』
「よくやった。引き続き哨戒を続けろ」
『ラジャー』
俺は街の門に向かって歩き出した。尾行者は見えるか見えないかの距離を保ち、俺の後を付けてくる。
あと少しで街の門に辿り着こうという時、俺は複数の男たちに前後を挟まれている事に気が付いた。俺の前方に三人、後方には尾行者を含め三人。
俺は小声で指示を出した。
「ケルビム。相手が何者か確かめる。しばらくは静観だ。もし俺が危険な状況になったら流星号で救出してくれ」
『了解しました』
「流星号、頼りにしてるぞ」
『ラジャー。任せときな』
前方の三人のうちの一人が俺に近づき俺に声を掛けた。
「君は冒険者のタツヤだな?」
「そうだが、あんた達は何者だ?」
「我々はフォラントの自警団だ」
背後から近づいた男にいきなり腕を取られ、あっという間に後ろ手に拘束されてしまった。
身体を調べられ、銃や所持品を取り上げられた。腕輪も取られそうになったが、外し方が分からず諦めたようだ。
「一緒に来てもらおうか」
「俺が何をした?」
「話は自警団の詰所に行ってからだ」
俺は六人の自警団の男たちに囲まれ、自警団詰所に連れていかれた。
詰所の一室に連れ込まれた俺は、一人の男と対面する事となった。
「久しぶりだね。レマーンの冒険者タツヤ。かれこれ一年ぶりかな。まあ座り給え」
テーブルの向こうに座った男は、俺に空いている椅子を示した。
「あんたは、確かモーリスだったな。こんな所で会うとは奇遇だな」
一年前、俺を追い回して牢に閉じ込め、飢えに苦しませた飛燕騎士団の男だ。
街に降りて来たとたん、またこいつに捕まるとは全く嫌になる。
「奇遇なものか。君を見つけたと連絡があって王都から急いで駆け付けたんだよ」
「俺を見つけただと?」
俺がこの街に来てから、まだ一週間しか経ってない。飛燕騎士団の諜報能力が優秀なのは身に染みているがそれにしても早すぎる。
「君が王都郊外の砦から脱走した後、アルビナ国内の主要な街や村、全てに君の手配書を回したんだよ。もちろん各街の冒険者ギルドにもだ」
俺は自分の迂闊さを呪った。この街に来て真っ先に冒険者ギルドに行き魔石を換金したが、その時にギルドカードを提示している。俺は馬鹿だ。
しかし何か変だ。ここは王都じゃない。フォラントだ。王都の騎士団が何でフォラントにいるんだ?
「フォラントは自治都市だ。王都の騎士団はこの街では何の権限もないはずだ。手配書を回したり自警団を手足に使ったりなんて出来ないはずだ」
「君は状況を分かっていない。君が砦から脱走した事で君の重要度はぐんと上がった。今回の捕縛の命令はアルビナ国王グスタフ・リーンハルト・デルリーンの名で各地の領主に出されたものだ。どこの領主も拒否などできん」
「なあ、一介のスキル持ちごときに、王が出てくるなんて何考えてるんだ。確かに魔力操作のスキルは希少なスキルかもしれないが、魔力の無い俺には使えないスキルだ。王がそこまで執着する理由が分からん」
モーリスはやれやれといった態度で首を振ると言った。
「確かに元は魔力操作のスキルから始まった話だが、もうそんな事は些細な問題だ」
「どういう事だ?」
「一年前、君はあの砦の牢からどうやって逃げた? 扉の鍵を壊したのか? 壁を壊したのか? 牢番を買収したのか?」
モーリスは俺の目をじっと見た。
「それとも空を飛んだのかな?」
(こいつ、どこまで知ってるんだ?)
彼は身を乗り出すと自分の右目を指差した。
「前に言っただろ。俺のスキルは『過去視』だ。かなり苦労したが、なんとか君の脱獄場面を視るのに成功したよ。驚いたよ。まさか伝説の『浮遊石』が実在したなんてね」
(浮遊石の事、バレてたのか!?)
やっぱりスキルは反則だ。どんなに注意深く行動してもスキル持ちの前では意味がない。全く嫌になる。
この世界には体や物を少しだけ浮かす魔法は存在するが、自在に空を飛ぶ魔法など存在しない。空は鳥か飛行タイプの魔物のものであり、人がどう頑張っても立ち入る事のできない領域だ。
だからこそ浮遊石は、国家の情勢を一変させる可能性を秘めた石なのだ。
どんなに強固に守りを固めた城でも砦でも、空からなら好きに潜り込め諜報活動や暗殺など容易にできる。
大勢の軍を相手にしても、上空から弓や魔法を浴びせれば反撃の恐れなく、相手を殲滅できる。
浮遊石の存在を知ったのであれば、国が総力を挙げて俺を追うのも納得だ。
下手にとぼけてみても無駄なようだ。
「浮遊石はどこにある? てっきり身に付けてると思ったんだが」
「高価な物を持って歩くと失くすのが心配でね。とある場所に隠してあるよ」
モーリスはじっと俺を見ていたが部屋の外から人を呼び、もう一度俺の身体検査を徹底するよう命じた。どこかに巧妙に隠していると思ったのだろう。
俺は服を脱がされ念入りに検査された。パンツまで脱がされた……。
くそっ! モーリス許すまじ! この恥辱一生忘れん!!
検査が終わって、再び椅子に腰を掛けた。
「モーリス、てめえ覚えてろよ……。で、俺をどうするつもりだ」
「王都に連行する。今回は護送を黒竜騎士団が担当する。今度は絶対に逃げられん」
他の騎士団に応援を求めるとは、さすが十二騎士団最弱を誇る飛燕騎士団だ。
アルビナ王国では十二ある騎士団の競争意識が激しく、騎士団間の仲が非常に悪いそうだ。
そんな王国最強を誇る黒竜騎士団に支援を頼んだという事は、それだけ飛燕騎士団も本気という事か。全く俺も偉くなったもんだ。
状況は理解した。
俺がいくら力を隠していても、スキル持ちを相手にしていたのでは秘密を守り抜くなど不可能だ。
スキル持ちを集めて作られたアルビナの秘密諜報組織『梟』。中二病集団かと思っていたがもう侮ったりはしない。
「そういえばラザールはどうした? 一緒に来てないのか?」
俺を散々殴ってくれた隊長ラザール。あの時の恨みは忘れてないぞ。
「彼は別の任務に付いてるからここには来ないよ。隊長は君を逃した責任を問われてずいぶん上から責められてたからな。もし隊長がここにいたら君、手足をへし折られてると思うよ」
「そりゃ残念だったな」
(本当に残念だよ。奴がいたら手足をへし折ってやったのに。全く運のいい奴め)
「昼には王都に向けて出発する。それまで牢に入っててもらおうか」
「王都に行ってしまっていいのか? 浮遊石はフォラントの街の中に隠してあるかもしれないぞ」
「君は浮遊石の隠し場所を教えるつもりは無いんだろ? だったらこのままフォラントに居ても仕方が無い。王都に戻れば梟の仲間がいる。君から浮遊石のありかを引き出すなど容易い事だ。確かな情報を手に入れてからフォラントを再訪する方が、結果的に浮遊石を早く手に入れられると思うね」
それはまずい。梟の力は本物だ。俺の秘密は絶対に知られる訳にはいかない。
何とかしないと……。
俺は自警団詰所の牢に放り込まれた。
鉄格子の向こうでは見張りの男が椅子に座って俺の事を見ている。たぶん、一刻も目を離すなと言われているのだろう。まあ、逃亡の前科があるからこれは当然だな。
牢の一番奥で膝を抱えて座り、小声で腕輪に話し掛ける。
「ケルビム。聞こえるか?」
『はい、マスター。聞こえています』
「ここで逃げるのは簡単だが、それだと一生お尋ね者として逃げ回る事になる。俺はこのまま王都まで行こうと思う。流星号は王都まで俺の護衛だ。王都での成り行き次第では強硬手段に出る可能性もある。サラマンダーとアルバトロスの出撃準備を整えておいてくれ」
『了解しました。お気を付けて』
「後は頼んだぞ」




