第36話 トロールとの闘い
トロールが棍棒を振り回し黒い戦士に襲い掛かる。
黒い戦士は素早く後ろに跳び退り棍棒をかわすと、今度は突進してトロールに切りかかった。
トロールもその巨体に似合わず器用な身のこなしで棍棒を使って剣を受けた。
黒い戦士とトロールはお互いに有効打を与えられず、ずっと膠着状態が続いている。
俺は後方からファイヤーバレットをひたすら撃ち込んでいるが、トロールがダメージを受けている様子はない。
(Cランクなら銃で戦えると思ったんだけど、どうも無理っぽいな。だったら牽制に徹してエアバレットを使うか? 音が大きいから注意は引けそうだ)
俺は銃のシリンダーを回してエアバレットを選択し、トロールの顔を狙って撃った。
「バン! バン!」
殺傷力が無いため当然トロールを倒すのは無理だが、派手な大音響と共に撃たれれば、トロールだって俺を無視はできまい。
顔を撃たれたトロールは俺の方を向いて棍棒を振り上げるが、そうするとがら空きの背中を黒い戦士に切りつけられ、どっちを向いていいか分からない状態になっている。
腕輪に通信が入った。
『マスター』
「どうした、ケルビム」
『オスカーのスーツを起動させました。現在オートモードによる戦闘中です』
「あちゃっ、もう使っちゃったの? 緊急用って言っておいたでしょ」
『戦闘不能状態でしたので仕方なく。大丈夫です。ちゃんと本人の了承も取り付けてあります』
オスカー、あれ使っちゃたのか……。異世界変身ヒーローの誕生だな。
『戦闘が終了しました。オスカーの勝利です。秒殺でしたね』
遠くからノーラの叫び声が聞こえてきた。
「ぎゃー、オスカーがバッタの魔物に食べられたーー」
何だと!? オスカーがやられたのか!? バッタの魔物? 新手か?
『マスター。大丈夫です。ノーラがオスカーのスーツ姿を見て、バッタの魔物と誤認しただけです』
俺は胸をなでおろした。だけど『バッタの魔物』って……。
そう言えば、昭和を代表するあの変身ヒーローは、バッタをモチーフに悪の組織に作られた改造人間だ。確かにバッタの魔物なんだよな。
まあ、それはそれとして『食べられた』ってのは何だよ?
向こうは片が付いたようだが、こっちの戦況は膠着状態のままだ。トロールに引くそぶりが見えないから、黒い戦士も撤退できずに体力の消耗戦になっている。
(はぁ、オスカーにだけ使わせて俺が使わないでは、後で絶対に恨まれるな。時間稼ぎだけして逃げるつもりだったのに……)
「おーい、そこの黒いの」
黒い鎧の戦士はトロールと戦いながら俺に返事を返した。
「何だ!」
「今からバッタの魔物が現れるが、敵じゃないから攻撃するなよ」
「何言ってんだ?」
俺は銃をホルスターに戻すと、決めポーズを取った。
「変身!」
ベルトの風車が回り、一瞬のうちに俺の全身に緑色の特殊スーツが装着される。
緑のマスクに赤い複眼の目、銀のギザギザ模様の口。昭和の変身ヒーローの登場だ。
まあ、バッタの魔物と言われてしまえば、確かにその通りだ。
ちなみに俺が1号で、オスカーは2号だ。
黒い戦士とトロールが仲良く動きを止めて、俺の変身した姿を凝視していた。
「それじゃあいくぞ!」
威勢よく言ったが、俺には格闘戦の能力など無い。
「オートモード!」
言い終わると共に、俺の体が勝手に宙を舞った。トロールの胸にドロップキックが炸裂する。
「バシン! ズバン! ドカン!」
俺のパンチがトロールの体に打ち込まれる度に、周囲の森に大音響が響き渡る。
実は実際に殴って出た音ではない。スーツが俺のパンチやキックに合わせて派手な効果音を流しているのだ。
音だけではない。パンチやキックを繰り出すグローブやブーツには発光素材が使ってあり、会心の一撃を繰り出すと、とても派手な音と光の演出で見る者を楽しませてくれるとても素敵なスーツなのだ。
連続パンチを受けて倒れたトロールの足を掴み力任せに振り回す。回転速度が付いた所で手を離すと、トロールの巨体が森の大きな木に向かって飛んでいく。
トロールが鈍い音を立てて木に激突し地面に崩れ落ちた。
「とどめだ!」
高くジャンプしてトロールに必殺キックを喰らわす。スーツの特殊効果により周りで見ている者たちには、俺の足が燃えあがる炎に包まれキックを放っているように見えたはずだ。
必殺キックを受けてトロールの腹に大きな穴が開いた。もう起き上がる気配はない。
「終わったな」
俺は頭からバッタ風マスクを脱いだ。
「おい、お前!」
黒い鎧の戦士が目を丸くして俺を見ている。
「お前、何者だ? いや、そんなのは後だ。向こうの加勢に行かないと!」
「大丈夫だ。向こうももう終わってる。でも負傷者がいるから急ごうか」
俺達が負傷者の所に行くと、男女の冒険者が地面に横たわっていた。
ソフィーとノーラ、そして女魔術師がその周りを取り囲んでいる。
少し離れた所では重戦士が倒れている。そちらにはバッタ風マスクを脱いだオスカーが付き添っている。
どうやら既に『バッタの魔物に食べられた』という誤解は解けているようだ。
黒い鎧の戦士が、横になっている男女二人の冒険者のもとに走っていく。
「クロエ! レベッカとテリーの状態は?」
クロエと呼ばれた女魔術師が泣きながら答える。
「レベッカが危ないの。出血が止まらないわ。ポーションは逃げる途中に落として割れちゃったの。どうしたらいいの!?」
レベッカは全身血まみれで意識が無い。いつ死んでもおかしくない状況だ。
テリーは肩から血を流している。こちらも重症だが、命の危険までは無さそうだ。
「ソフィー、ノーラ、君達の収納袋にポーションが一本ずつ入っている。その二人に飲ませて」
二人が慌てて自分の収納袋を開けてポーションを取り出す。
俺は倒れている重戦士の方に向かった。
「オスカー、大丈夫か? そっちの男の容態は?」
「僕は大丈夫です。この人は意識がありません。かなり強く殴られたので心配です」
ポーションを二本、オスカーに渡した。
「一本は自分で飲んで、もう一本はその人に飲ませてやってくれ」
「分かりました」
オスカーがポーションを一本飲み干し、もう一本を重戦士の口に少しずつ垂らしていく。
一本全部の飲ませ終わる頃に重戦士が目を覚ました。
「俺はやられたのか……」
「トロールは二匹とも倒しました。もう大丈夫です」
重戦士は起き上がろうとしたが、まだ力が入らなかったようで、また横になった。
俺は黒い戦士の所に戻り彼に言った。
「俺の手持ちのポーションはこれで全部だ。そっちの二人の様子はどうだ?」
「ポーションの提供に感謝する。代金は街に帰ったら必ず払う」
「そんな事は後だ、二人の様子は?」
「テリーはポーションのおかげで何とかなりそうだ。レベッカは出血は止まったが、危ない状態だ。たぶん中級や上級のポーションでも効かないかもしれん。教会に連れていかないと危ない」
俺はレベッカを見た。確かに出血は止まったようだが、このままなら助からないだろう。
こんな状態では街まで連れて行けないし、街から馬車を呼んでくるにしても時間が掛かり過ぎてとても持たないだろう。
俺は黒い鎧の戦士に名を名乗った。
「俺は名はタツヤだ。あんた、名前は?」
「俺はデイヴィッド。向こうで倒れてる重戦士がクロヴィス。肩を怪我してるのがテリー。意識が無いのがレベッカ。横にいるのがクロエだ」
「なあ、デイヴィッド。このままじゃレベッカは助からんぞ」
「分かってる。だが持ってきたポーションは全部失った。どうしようもない!」
デイヴィッドが苛立ってる。仲間の危機に何も出来なくて苦しんでいるようだ。
クロエは俯いて泣いている。自分がポーションを落として割ってしまったせいで、仲間が死ぬ。内心でどれだけ自分の失敗を責めているか想像に難くない。
「デイヴィッド。良く聞け。俺なら十分と掛からずレベッカを街の教会まで連れてってやれる。だが教会まで連れて行く方法は絶対に人に知られたくない。何を見ても秘密を守ると約束するなら、俺がレベッカを教会まで送り届けてやる。どうだ約束できるか? 秘密を守れるか?」
デイヴィッドが眉をひそめている。俺が本気で言ってるのか、それともからかっているのか判断が付かないようだ。
「街までどれだけあると思ってるんだ。十分で行くなんて………本当に街まで連れて行けるのか?」
「ああ、間違いなく。時間が無い。今すぐ返事をしろ」
「頼む。レベッカを助けてくれ。助けてくれるなら俺の全財産を差し出してもいい。秘密は守る。もし秘密を洩らしたら殺されても文句は言わん!」
「分かった。レベッカを街に連れていこう。人払いをしたい。あんたとレベッカ以外には、ここから少し離れてもらおう」
デイヴィッドのパーティーメンバーとオスカー達には、レベッカを残して森の奥に移動してもらった。
クロエ達は俺を信用しきれてないようで、レベッカを置いていく事に難色を示したが、俺が『言う通りにできないなら手を引く』と宣言すると、渋々去っていった。
周囲に人がいなくなったのを確認して、俺は腕輪に向かって呼びかけた。
「流星号、応答せよ。流星号」
『はいよ、マスター。こちら流星号』
「今どこにいる?」
『マスターの南十キロの地点で哨戒中』
「今すぐ俺のところに来い」
『ラジャー』
一分と経たずに俺達の上空から白いボディーの流星号が降りて来た。
流星号。五十代以上の昭和世代なら誰でも知ってる、流線形の2シーターオープンカーといった外見の、あの未来の空飛ぶ乗り物である。
もちろん俺の流星号はパチモノなので、似てるのは外見と空を飛ぶことくらいで、性能は格段に落ちる。マッハ十五では飛べないし、タイムマシンも搭載していない。
更に俺の流星号は実用性を考えて四人乗りに変更してあるし、搭載してある人工知能は結構おしゃべりだ。
「何だ! こいつは!」
デイヴィッドが空から降りて来た流星号に向かって剣を構えている。魔物が現れたと思ったのだろう。
「デイヴィッド、落ち着け。こいつがレベッカを街まで運ぶ。あんたが守るべき秘密とはこいつの事だ。これは俺の作った魔道具だよ」
流星号からアームがせり出し、後部トランクの中から担架を引っ張り出した。アームはレベッカの隣に担架をそっと置いた。
「デイヴィッド、手伝ってくれ。レベッカをこの担架に乗せるんだ」
俺とデイヴィッドでレベッカを担架に乗せベルトで固定すると、アームがレベッカごと担架を持ち上げ流星号に収容した。
俺は流星号に乗り込み、デイヴィッドに声を掛けた。
「デイヴィッド、あんたも乗ってくれ」
デイヴィッドがおっかなびっくりの様子で、流星号に乗り込んだ。
「流星号、フォラントの街の教会は分かるな。至急向かってくれ。但し怪我人がいるから急加速、急減速は禁止だ」
「ラジャー」
流星号は森の上空へ垂直上昇し、そこから水平飛行を開始した。
デイヴィッドは座席前のグリップを言葉も無く握りしめている。首を横に向ければ、眼下に流れる景色が見えるのだが、全く目を向けようとしない。
まあ、何の心の準備もなく空の散歩に連れ出されたのだ。気持ちは分からんでもない。
「デイヴィッド、教会に着いたら門の前に煙幕をはってそこに着陸する。お前たちを降ろしたら俺はすぐに消えるからな」
デイヴィッドは首を上下に振っているが、やはり言葉を発しない。
「そう言えば教会って結構なお布施を要求するんだろ。今お金持ってるか?」
デイヴィッドは首を左右に振っている。どうしても口が利けないようだ。
レベッカ達に使ったポーションの代金を『代金は街に帰ったら必ず払う』と言っていたのだ。今現在、手持ちのお金など持ってないだろう。
「これを持っていけ」
俺はデイヴィッドにお金の入った袋を差し出した。
だが、彼は座席前のグリップから手を離せないようだ。仕方がないので、彼のポケットにお金の袋をねじ込んだ。
「もう街に入ったぞ。降りる準備をしろ。いいか、約束を忘れるな。どうやって街に戻ったかは絶対人に言うなよ」
デイヴィッドが首を大きく上下に振っている。
『マスター。教会の上空に到着』
「よし、煙幕弾をばら撒け」
『ラジャー。じゃあ派手にいってみようか! ヒャッハー!』
上空からいくつもの煙幕弾が投下された。教会前がもうもうとした白い煙に包まれる。
流星号は煙幕に紛れて高度を下げ教会前に着陸した。流星号からアームが伸びレベッカを乗せた担架を教会前に降ろす。
デイヴィッドも震える足で流星号を降りレベッカの横に立った。
「じゃあ、俺達は戻るから急いで診てもらえ」
デイヴィッドの返事を待たずに流星号を上昇させた。
「一仕事終わったな。流星号、オスカー達のところに戻ろうか」
『ラジャー』
負傷者を降ろし身軽になった流星号が、先程とは打って変わった急加速で街から遠ざかっていく。




