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第35話 変身

「オスカー、おはよう。よく眠れたかい」

「おはようございます。タツヤさん。あのテントと寝袋最高です。ぐっすり眠れました」


 お世辞でも何でもない。僕は野営でこんなに熟睡したことは一度もない。おかげで今は気分爽快だ。


 僕は物欲の薄い人間だと思っていたけど、タツヤさんの持ち込んだ道具を見ていると、その全てが欲しくなってくる。

 自分がどれだけ欲深な人間だったかと自覚させられてしまい、ちょっと落ち込む。


 タツヤさんの道具は危険だ。まさか呪われた道具じゃないよね?


「ソフィーとノーラも起こしてくれ。朝食にしよう。今日は俺が朝食の準備をするから」


 タツヤさんは僕たち三人が揃うと、朝食の準備を始めた。

 準備と言っても、魔道コンロでお湯をわかしただけなのだが……。


「では、朝から何だけど、俺の作った保存食の試食をしてもらう。自分用に作ったものだけど、やっぱり他の人の評価も聞きたいと思ってね」


 タツヤさんは、僕達にカップを持たせると、中に小さな四角い塊を一つづつ入れて、お湯を注ぎ込んだ。


「俺の作ったお湯を注ぐだけで飲めるスープだ。よくかき混ぜて飲んでくれ」


 僕はスプーンでカップの中をかき混ぜた。すごくいい匂いがする。

 一口すする。ああ、おいしい……。気が付けばカップは空になっていた。


 ソフィーとノーラも同じように空になったカップを持って茫然としている。

 二人もスープのおいしさにやられてしまったのだろう。


 ソフィーが悲しそうな顔で言った。


「タツヤさん、これ私たちが昨日作ったスープより、すっとおいしいじゃないですか! 何でこんなにおいしいんですか! 私たちのスープなんて……、スープなんて……」


 タツヤさんが慌ててソフィーを宥めにかかった。


「いや、俺は昨日のスープの方が好きだよ。だいたいこのスープは保存食で、肉も野菜も入ってない……いやエキスは入れてあるか? いやいやいや、そんな事はどうでもいい。俺はソフィーのスープの方が大好きだよ。昨日のスープ、また飲みたいなー」


 タツヤさんが、ソフィーの機嫌を直そうと必死に話しかけている。

 数分後、苦労の甲斐あって、どうやらソフィーの機嫌を直すのには成功したようだが、何故かテントと寝袋セットの無期限貸出をソフィーに約束させられていた。


 タツヤさんに物をねだる時はソフィーに頼もう。僕はしみじみそう思った。


 その後も、携帯しやすく保存もきいて栄養満点のクッキーとか、お湯を注ぐだけで飲めるコーヒーなる飲み物とか、次々においしい保存食が出て来た。


「タツヤさん。これの評価なんて出来ませんよ。全部おいしいとしか言いようがないです」

「いや、君達のその顔を見れただけで十分だ。人の好みは十人十色だから、俺の作った保存食が他の人の口に合うかどうか、ちょっと不安だったんだ。人に出しても大丈夫と分かったから目的は達したよ」

「これ、十分商売になりますよ。タツヤさんがお店を開いたら毎日買いに行きます」

「うーん。手に入りにくい材料がけっこうあるんだ。売る程の量は作れないな」


 僕達三人の視線がタツヤさんに集中する。


「分かってるよ。君達三人に分ける分はあるから心配するな」


 どうしよう。もうタツヤさん無しには生きていけない体になってきた気がする。



 ◇◇◇



 昨日のうちに僕らの受けたゴブリン討伐の依頼は完了している。

 そのため、今はフォラントの街に戻りつつ、腕輪通信による連携訓練を行っている。


『こちらソフィー。グレイフォックスを発見。ノーラの方に向かってます』

『こちらノーラ。こっちからも見えた。接近するね………ああっ、ゴメン、気付かれた。逃げられちゃった』


「こちらオスカー。気にしなくていいよ。そろそろ小休止にしようか。僕の所に集まって」


『ソフィー了解』

『ノーラ了解』

『タツヤ了解』


 僕は立ち止まって後ろを振り返った。全員が距離を取って散開しているので、森の木立に隠れて誰の姿も見えないが、タツヤさんは僕の後方に位置しているはずだ。


 森のあちこちから三人が集まって来た。


「お疲れさま。休憩にしよう。お湯を沸かしてコーヒー飲もうよ」

「そうだね、あたしもあれ大好き」

「私はコーヒーよりスープをいただきたいです」


 タツヤさんは何にするのか聞こうとして、彼がじっと森の奥を見つめているのに気が付いた。タツヤさんが険しい顔をしている。


「この先八百メートルくらいの所に大型の魔物が何匹かいる。近くに冒険者もいる。たぶん戦闘中で形勢は不利っぽい」


 突然そんな事を言われて、僕は戸惑った。


「何でそんな事が分かるんですか?」

「君達にまだ見せてない魔道具がある。それを使った。俺はちょっと行ってくる。君達はすぐにここを離れろ」

「僕も一緒に行きます」


 タツヤさんが僕を押しとどめるように、肩を抑えつけた。


「危険が予想される。討伐任務じゃないから金にはならん。それに怪我をしても死んだとしても自分の責任だ」

「タツヤさんは行くんですよね。僕も一緒に行きます」

「私も行きます」

「あたしも行く」


 タツヤさんはやれやれといった感じで首を振った。


「……分かった。魔物はたぶん大型だ。場合によっては何もせずに撤退するかもしれない。オスカーは俺と一緒に来てくれ。ノーラとソフィーは五百メートルだけ前進してそこで待機だ。加勢か撤退か状況を見て連絡を入れるからその指示を待て」


 ノーラとソフィーの不満顔を見てタツヤさんが言った。


「ノーラとソフィーは今回は俺達のサポートだ。ノーラの銃はまだテスト中で大型の魔物との実戦には不安がある。ソフィーのファイヤーボールはまだ威力が安定していない。混戦で使えば味方を巻き込む恐れがある」


 それだけ言い終えると、タツヤさんは森の奥に向かって走り出した。僕も後を追う。

 しばらく走ると魔物の唸り声が聞こえてきた。


「グオーーーー!」


 大声で交わされる人の話声も聞こえる。


「デイヴィッド! レベッカがやられた! クロエも魔力が尽きた! 俺ももう腕が使い物にならん。これ以上は持ちこたえられん。撤退しよう」

「今更逃がしてはくれんよ。テリー、ここは俺一人で対処する。レベッカとクロエを連れて脱出してくれ。クロヴィスはすまんが俺と一緒に足止めだ」

「了解した。テリー、二人を頼んだぞ!」


 前方の木々の間から戦闘の様子が見えてきた。

 一匹のトロールが黒い鎧の戦士と戦っていた。少し離れた所では、別のトロールが、全身を鎧で覆い大盾を持った重戦士と戦っている。


 重戦士の後方では、男女の冒険者が、意識のない女冒険者を両側から抱えて後退している最中だ。抱えられた女冒険者は体中が血で染まっている。


 立木に隠れて状況を確認したタツヤさんが僕に尋ねた。


「敵はトロールだ。確か脅威度はCランク。正直俺達Dランクには荷が重い。だけど彼らの撤退支援なら出来るだろう。助けに入る気はあるか?」

「もちろんです」

「よし、オスカーは向こうの重戦士の支援だ。俺は手前の黒い戦士の方だ。いいか?」

「問題ありません」

「よし、行こう!」


 僕とタツヤさんは戦闘の中に飛び込んだ。

 タツヤさんは腰から抜いた銃を撃ちまくりながら、トロールと戦っていた黒い鎧の戦士に向かって声を張り上げた。


「俺達は通りすがりの冒険者だ! あんたたちの撤退を支援する! 適当に時間稼ぎしたら逃げるから、そのつもりで!」


 黒い戦士は突然の闖入者に驚いていたが、すぐに応答した。


「感謝する。こっちはいいから、後ろの三人が逃げるのを援護してやってくれ」

「大丈夫だ。俺の仲間を向かわせる。ソフィー、ノーラ、聞こえていたな。負傷者がいる。彼らの撤退を支援してくれ」

『ソフィー了解』

『ノーラ了解』


 黒い戦士はタツヤさんに任せておけば大丈夫だ。

 僕は重戦士と戦っているトロールの背後に回り込み、重戦士に声を掛けた。


「応援に来ました。撤退を支援します」


 重戦士は剣と大盾を構えながら、チラリと僕を見ると一言言葉を返した。


「助かる」


 トロールの棍棒が重戦士に振り下ろされた。重戦士は棍棒を大盾で受け流すと剣でトロールに切りつける。僕も同時に背後から剣を繰り出す。

 トロールの皮膚は分厚く丈夫でなかなか刃が通らないが、決して切れない訳じゃない。


 何度もタイミングを計って切りつけた結果、何とかトロールに一撃を加えるのに成功した。トロールの皮膚から血が吹き出す。


 ところが、あれだけ苦労して一撃入れたのに、その傷跡がみるみるふさがっていく。

 そんな! 再生するなんて反則だよ!

 重戦士も同じようにトロールの再生能力を見て驚愕の表情をしている。


 やつの再生能力だって無限じゃないだろう。なら再生しなくなるまで切りまくるだけだ。


 僕と重戦士はトロールを挟んで、連携して攻撃と牽制を繰り返す。

 トロールは前後に挟まれる不利を悟ったようで、僕達を寄せ付けないように、手に持った棍棒をブンブンと振り回し始めた。まともに当たれば吹き飛ばされる。


 だけど、そんな大振りの棍棒など、かわすのは造作もない。

 重戦士と交互に切りつけているうち、奴の傷がだんだん増えて来た。どうやら再生能力が落ちてるようだ。


 危機を感じたのか、とうとうトロールは僕らに背を向け、脇目も振らずに敗走を始めた。


 いや違う。トロールの向かう先には負傷した冒険者達がいた。手負いの獲物から確実に仕留めようという魂胆だ。


 支援に向かったノーラとソフィーはまだ彼らの元に到着していない。彼らが危ない。


 僕と重戦士は、同時にトロールの後を追いかけ走り出した。あと一息で追い付くと思った時、トロールが急に立ち止まりこちらを振り返った。手にした棍棒が唸りを上げた。


(しまった! 止まれない!)


 気が付けば、僕も重戦士も棍棒で打ち付けられ地面に転がっていた。僕達は一撃で動けなくされてしまった。

 トロールは僕たちに追撃を加えることなく、負傷者たちの方へゆっくりと歩いて行く。


 近づくトロールを見て女魔術師の顔が恐怖に歪んだ。

 負傷して意識の無い女冒険者を置いていけば、彼女だけでも助かりそうだが、女魔術師はそんな事は全く考えていないようだ。

 男の冒険者が彼女たちを庇うように前に出るが、肩から血を流しており武器は持っていない。あれでは無駄死にだ。


 まずい! このままでは彼ら全員殺される!


「くそっ、体が動かない。このままじゃ彼らが……。立て! 立つんだ! 何で立てないんだよ!!」


 何とか立とうとしてみたが、全く力が入らない。

 いつもこうだ。ここぞという時に僕は何も出来ない。自分の無能さが悔しくて涙が流れそうになる。


 その時、どこからか声が聞こえた。


『力が欲しいですか?』


 腕輪だ。腕輪がしゃべっている。


『どうなんですか? トロールと戦える力、欲しくないんですか?』


 今まで腕輪がこんなふうに僕に語り掛けたことなど一度もない。これはいったい……。


『のんびりしている時間は無いですよ。どんな代償でも払う覚悟があるのなら、あなたに戦う力を授けましょう。どうしますか?』

「力が欲しい! あの人たちを見殺しには出来ない。代償が欲しいなら支払う。僕に力をくれ!」

『契約が成立しました。今の会話は録音させていただきましたので、ご了承願います』


 腕輪が意味不明な言葉を話し出した。言ってる事が全く理解できない。


 僕の腰のベルトが光り出した。ベルトを見ると中央の丸い輪の中で小さな風車が回っている。何だこれは?


『本来はご自身でポーズを取っていただくのですが、今回は初回限定サービスとしてこちらで対応いたします。オートモードに設定しました。ご健闘をお祈りします』


 僕のベルトから叫び声が響く。


「変身!」


 僕の全身に何かが纏わりついた。何か分厚い服を着せられている感じがする。

 顔の感覚も変だ。妙に圧迫感があるし、視界も少し狭くなったような気がする。それに何だか息苦しさを感じる。

 いったい僕の体に何が起きてるんだ!?


 僕の体がむくりと起き上がった。そして膝を曲げてジャンプした。


「とおーーーーーーっ」


 何だ何だ。僕の体が途轍もなく高く飛び上がった。怖いよー。


 僕の体は空中で一回転すると、負傷した冒険者達とトロールの間に着地した。そして腰のベルトが勝手に名乗りを上げた。


「仮面オスカー参上!」


 この声、僕の声じゃないか!! それに仮面オスカーって何?


 その後の事はよく覚えていない。

 僕の体が勝手に動いて、トロールにパンチやキックをかましていたような気もするが、僕の気のせいかもしれない。


 気が付いた時には、僕の目の前にボロボロになったトロールが倒れていた。


 後ろを振り返ると怯えた目で僕を見る負傷者たちがいる。

 その横にはノーラとソフィーが立っている。彼女たちも驚いた顔で僕を見ている。


「ノーラ、ソフィー、来てくれたんだ。よかった。みんな無事みたいだね」


 僕がノーラに手を差し出すと、ノーラが叫んだ。


「ぎゃー、オスカーがバッタの魔物に食べられたーー」


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