第24話 森の逃亡者
ヴァレリーは俺達と落ち合う場所を決めて、夜明け前に王都へ向けて出発した。
騎士団と対峙したフリッツとベアトリス、それに御者のカルロがどうなったかは分からない。手荒な事はされていないと思いたい。
俺とテレーゼ、そして護衛のステラの三人は、追手から逃れるため森の中を歩いていた。
「テレーゼ、こんな事に巻き込んで本当にすまない」
「危ない事は最初から分かってましたから、気にしなくて大丈夫ですよ」
「そういう訳にはいかないよ。もし君に何かあったら親御さんに申し訳無くて……、そういえばテレーゼってご両親は何処に住んでるの?」
テレーゼは、少し寂しそうな顔をして言った。
「私の両親は、私が十歳の時に亡くなっています。馬車で街の郊外を移動中に盗賊に襲われて……。その直後に通りがかった旦那様の商隊の護衛が、盗賊を退治してくれたおかげで、私だけ生き残ったんです」
俺は何と声を掛けていいのか分からず、ただテレーゼを見ていた。
「その後は旦那様のご厚意で商会で働かせてもらう事になりました。まだ十歳だった私に、ちゃんとした仕事なんて出来るはずも無かったんですけどね。そんな私に温かい食事と温かい部屋を与えてくれた旦那様と奥様には、感謝しかありません」
いかん! 目が潤んできた。年取ると涙腺が弱くなるんだよ。
「……テレーゼ」
気が付けばテレーゼを軽く抱きしめていた。
「そうなのか。辛かったな。悲しかったな。よく頑張ったな。もう大丈夫だから。これからはおいしい物いっぱい食べて、楽しい事いっぱいして、幸せに生きるんだよ」
気が付けばテレーゼをしっかりと抱きしめていた。
テレーゼも俺を抱きしめ返す。彼女の目からも涙が流れる。
「大丈夫です。私、今、幸せです」
やらかした……。感情の赴くまま抱きしめてしまった。
やましい気持ちはこれっぽちも無く、ただ子供をあやすように抱きしめただけだ。
やましい気持ちはこれっぽちも無いのだが……これは非常に気まずい。
ステラもそこは分かってくれてるようで、ベアトリスのように俺を冷やかす事は無かったが、小さく呟いた声はしっかり俺に届いていた。
「はぁ、うらやましいですね。私もあんなふうに力いっぱい抱きしめられたい」
この場合、抱きしめて欲しいのは「意中の男」であって「俺」では無い事は確かだ。もし、俺がご要望通り抱きしめたら、蹴り倒される事間違い無しだ。
◇◇◇
騎士団の連中は、俺達を探してもう森に入っているはずだ。何とかしてヤツらの動きを掴みたい。俺は出力を強めにして魔力波を放った。
反応がたくさん出た。
明るい光点は魔物の反応だ。割と近くに小さなのが二匹いるが、その他は無視して大丈夫そうだ。
二キロ程先に暗い光点が二つある。魔術師ベアトリスと、飛燕騎士団の魔術師の反応だろう。
「騎士団は昨日の廃村を拠点にしてるようだ。ベアトリスもそこにいる」
「あなたの魔力レーダーって、本当に便利ね」
「ああ、これで魔力を持たない人間の位置が分かれば、完璧なんだけどな」
捕虜がいる以上、見張りの人員が必要だろう。となると捜索隊と見張りの二隊に分かれる可能性が高い。
魔術師が廃村を出て捜索に加わっているのであれば、その位置は俺に筒抜けだ。奴らから逃げるなど造作もない。
逆に彼らの留守中にこちらから廃村に乗り込んで、フリッツ達を救出するのも可能かもしれない。
だが、今、魔術師は廃村にいる。たぶん見張りだろう。となると、俺に捜索隊の動向を知る手段は無い。お手上げだ。
俺の魔力レーダーは便利ではあるが、万能ではない。
そういえば近くに魔物二匹の反応があったはずだ。
「小型の魔物が近くにいる。俺が倒すから手を出さないでくれ」
反応があった辺りを見ても、魔物の姿は確認できない。目視は出来ていないが、かまわず魔物の潜むと思われるあたりに意識を集中し、魔力を流し込んだ。
手応えがあった。
「よし、倒したぞ! ちょっと魔物を回収してくるから待ってて」
魔力を注いだ辺りを探すと、茂みの中に黒いニワトリのような魔物が二匹倒れていた。二匹を回収して戻ったら、テレーゼが尊敬の眼差しで俺を見ていた。
「タツヤさん、視線だけで魔物を倒せるなんてすごいです」
いや、俺は目からビームを出せる訳じゃないんだけど……。
「これ、食べられる?」
「これ黒ターク鳥ですよ。焼いても煮込んでも、どちらでも美味しいんですよ」
今日の昼食は、焼き鳥か。
思わずニンマリしたが、ステラに駄目出しされた。
「残念ですけど、こんな所で調理は出来ませんよ。煙や匂いで敵に居場所が見つかります」
「そんな……。じゃあ、干し肉に加工するとか?」
テレーゼは首を横に振った。
「道具が無いと無理ですね」
「じゃあ、これどうするの?」
「もったいないですが捨てましょう。まさか生でかじる訳にもいかないでしょう」
何たる事だ。騎士団が引き上げるか、ヴァレリーが戻ってくるまで調理も出来ないのか!
という事は、当分俺達の食事は、馬車から持ち出した長期保存用の堅パンだけか。レンガの如き硬さで、非常に食べにくいのだが。
ステラが身構え、小声で俺達に言った。
「静かに! 動かないで!」
遠くに何か気配を感じたようだ。俺達は森の倒木の陰に隠れているが、完全に体を隠せている訳ではない。接近されれば見つかる可能性が高い。
木々の向こうに一人の男が現れた。昨夜見た騎士団の装備を着ており、周囲に目をやりながら歩いている。
この森は地面の起伏が激しい上に、ぬかるみや倒木が多数ある。騎乗して進むのは難しいとみて、徒歩で捜索を行っているのだろう。
男は俺達の潜む倒木とは違う方向に進んでいき、やがて視界から消えた。
しばらく息を潜めていたが、やがてステラが大きく息を吐いた。
「広範囲の捜索が出来るほど、人はいなかったはずだけど……。こちらの位置を掴まれてるのかしら? とにかく敵からもっと距離を開けましょう」
俺達が倒木の陰から出て荷物を背負っていると、どこかで笛の音が鳴り響いた。
「ピーーーー、ピーーーー、ピーーーー」
背後を見ると、遠くの木の脇にさっきとは別の男が立っており、こちらを見て笛を鳴らしている。
「見つかったわ! 走って!」
「止まれ! 俺達は飛燕騎士団の者だ。大人しく投降すれば手荒な事はしない。無駄な抵抗は止めろ」
止まれと言われて止まる程、俺は素直な人間ではない。
「今ならまだ追手はあの一人しかいません。私が足止めします。先に行きなさい」
「分かった。すまん」
俺はテレーゼの手を引き森を走った。森の中は倒木やぬかるみなどが多く、非常に歩きにくい。逃げる方も追う方も素早くは動けない。
「アイスランス!」
背後でステラが魔法を放つ声がする。回復要員と聞いていたが、ちゃんと攻撃魔法も使えるみたいだ。彼女が足止めしているうちになるべく距離を稼ごう。
どれくらい走ったろうか。テレーゼの息が荒くなっている。立ち止まって後ろを振り返るが、ステラも追手も姿は見えない。
「ステラさん。大丈夫でしょうか?」
おれは魔力レーダーでステラの位置を探った。
「廃村の方向にゆっくり移動してるようだ。どうやら捕まったみたいだな」
護衛はヴァレリーを除き全滅。そのヴァレリーも四日しないと戻ってこない。これ以上の逃走は無理のようだ。そろそろ覚悟を決めないといけないか。
前方を見ると地面が大きく窪んている場所があった。身を隠すにはちょうどいい。
「そこの窪地に隠れて少し休もう」
俺は窪地に飛び降りた。その瞬間、飛び降りた俺の足元が大きな音を立てて陥没した。
「ああっ!」
突然開いた穴に、俺は為す術もなく土砂と共に飲み込まれた。陥没した穴は、俺の背丈より遥かに深く、俺の体は完全に地中に沈み込んだ。
抜け出せないような深い穴に落ちた事を認識し、俺は死を覚悟した。
(生き埋めで死ぬのは、さぞかし苦しいんだろうな……。どうせ死ぬなら楽に死にたかったな)
遠くでテレーゼの叫び声が聞こえたが、土砂に埋もれてすぐに聞こえなくなった。
地面に飲み込まれ、死を覚悟した俺だったが、奇跡的に生きてた。
窪みに開いた穴は、その先の大きな空間に繋がっており、俺は土砂と一緒にその空間に放り出されていたのだ。
「助かった!」
全身の土を払いながら立ちあがる。この空間には俺が立てるだけの高さがあるようだ。
どこかから光が入ってきており、僅かだが周囲の様子が見て取れる。ここはどこだ?
「キャー!」
俺の出て来た穴からテレーゼが転げ落ちて来た。
「テレーゼ! 大丈夫か!?」
「ごほっ、ごほっ」
急いでテレーゼの手を引き立たせてやる。どうやら怪我はなさそうだ。
俺もテレーゼも土砂まみれだ。彼女の身体の土をはたき落としながら尋ねた。
「君も穴に落ちたのか!?」
ゴホゴホと咳き込み、返事も出来ない様子だったが、やがて苦しそうにしながら答えた。
「タツヤさんが穴に落ちたので、助けなくちゃと思って窪地に降りたら、そこにも穴が開いてしまって……」
なんて無謀な!
聞いて心臓が止まりそうになった。穴の先が空洞だったから助かったが、そうでなければ俺と一緒に死んでる所だ。そっとテレーゼを抱きしめて諫める。
「無茶をするな。心臓に悪い。そういう時は外から…」
「良かった……。無事で良かった……。良かった……」
そんなふうに泣かれたら、もう何も言えないじゃないか……。
テレーゼが落ち着いた所で、今いる場所を確かめた。
地下に空いた空洞に落ちたのだとばかり思っていたが、違っていた。
どうやらここは人が作った地下室のようだ。周りの壁は金属でできており、部屋の大半は天井が崩落し土砂に埋もれている。
この地下室はずっと以前に、何かの理由で天井が崩落し埋もれてしまったのだろう。その地下室のかろうじて埋まらず残っていた一角に、俺達は落ちて来たのだ。地上にあった窪地は、地下室の崩落が原因でできた跡なのだろう。
崩落を免れた壁を見ると、大きな丸いハンドルが付いた金属製の扉がはまっていた。
俺の目は、扉に釘付けになった。
(気密扉? これって気密扉じゃないのか? 何でこんな扉があるんだ?)
どう見てもこの世界の産物じゃない。俺の心臓の鼓動が高鳴る。
(帰って来たのか? 日本に帰って来たのか? 俺は家に帰れるのか?)
テレーゼが扉のハンドルを不思議そうに見ながら尋ねた。
「タツヤさん。これ何でしょうね?」
「扉だよ。この丸いのを回すと扉が開くはずだ」
ハンドルに手を掛け回そうとして気が付いた。これが本当に気密扉なら、扉の向こうには危険なガスや細菌が存在してるのでは? 開けても大丈夫なのか?
少し迷ったが、俺達が落ちて来た穴は土砂に埋もれてしまった。他に進むべき道は無い。
「開けてみよう。テレーゼは少し下がって」
ハンドルは固かったが、何とか回す事ができた。何度も回すとカチリと音がして扉が開いた。
扉の向こうは真っ暗だ。俺は暗闇に向かい、そっと一歩を踏み出した。




