第23話 月夜の追跡者
「フリッツ、前方百五十メートルやや左に中型の魔物三体。接近中だ」
「分かった。ヴァレリー、ベアトリス来てくれ」
フリッツ、ヴァレリー、ベアトリスの三人が馬車を飛び降り、前方に走っていく。
ステラは馬車の御者台で御者のカルロの隣に立ち、周囲を警戒している。
前方から何か騒がしい音が聞こえる。しばらくして、三人が戻って来た。
「ゴブリンだったよ。やはり魔力レーダーは使えるな。魔物の位置と数が分かるっていうのは予想以上に心強い」
「そう言って貰えると嬉しいよ。過酷な折檻に耐え続けて練習した甲斐があると言うものだ」
魔力レーダーの練習中、誤って強い魔力波を放つと、ベアトリスとステラから蹴りが容赦無く飛んで来るのだ。おかげで魔力の放出量の調整が、かなり精密に出来るようになった。
「今度ゴブリンか同じくらいの大きさの魔物が現れたら、最後の一匹は残しておいてくれないか。魔石破壊で倒せないか試したい」
「いいだろう」
俺達は王都とレマーンの街を結ぶ街道を離れ旧街道を進んでいる。
冒険者が魔物を討伐する現街道に比べ、人の手が入らない旧街道は魔物が多く、ゴブリンを始めとする中型の魔物もよく出現する。
俺は定期的に魔力レーダーを使い、魔物の存在を感知していた。こちらに関わりのない魔物は無視し、進路上に出てきそうな魔物だけ倒して進んでいる。
フリッツが地図を見ながら俺に告げた。
「もう少し先に廃村があるはずだ。休めそうな家屋が残ってるようなら、今日はそこで休もう。駄目そうなら、もう少し先の川の近くで野営だ」
「了解だ」
荷馬車は旧街道から更に脇道にそれ、十年程前に放棄されたという廃村に辿り着いた。
屋根が崩れ落ちている家屋が多いが、屋根も壁もしっかりしていて、まだ使えそうな家も何件かある。
「よし、今日はここで泊まろうか」
俺達は、比較的きれいな大きな一軒家を今夜の宿に定めた。木のドアは朽ち果てて無くなっているが、壁や屋根は問題無い。
テレーゼと俺で食事の準備をし、その間に残りのメンバーで家の内部を簡単に掃除する。
「よし、食事の用意が出来たぞ。みんな集まれ」
全員にテレーゼ特製スープとパンを配り、夕食タイムだ。
「やっぱり温かい食事はいいよな。なあ、フリッツ。うちのパーティーも食事が作れるメンバーを入れないか?」
ヴァレリーの発言に、ベアトリスが応じた。
「そうですわね。ヴァレリーを追い出して、テレーゼさんを勧誘するというのは、なかなかいい考えかも知れませんわね」
ステラも横で頷いている。
ヴァレリーがぼそりと言った。
「お前ら、本当にやりかねんから怖いよ」
◇◇◇
夜半、何かの物音で目が覚めた。どうやら夜の見張りを交代しているようだ。
「フリッツ、起きて下さいな。交代の時間ですわ」
ベアトリスに肩を揺すられ、フリッツが起き上がる。
「何か変わった事は?」
「平穏そのものですわ」
「わかった。見張りを引き継ぐ。ゆっくり寝てくれ」
「じゃ、あとをお願いしますわ」
ベアトリスは、フリッツが起きて空いた場所に横になると毛布をかぶった。
フリッツは、家の前に置かれた壊れかけの椅子に腰を下ろした。
俺はそっと起き上がり、家の外に出た。
「どうした?」
「ちょっと小用」
「遠くに行くなよ」
「分かってる」
家の脇で小用をすますと、戻ってフリッツの隣に座り込んだ。
「なあ、フリッツ。今更なんだが、本当に俺、狙われてると思うか? 今だにみんなが大騒ぎしてるだけのような気がするんだけど」
「実際に狙われているかどうかは知らん。だが、可能性は小さくない。だとしたら対処するのは当然だろ」
「うーーーん」
納得出来ず首を捻っていると、フリッツがためらいがちに言った。
「理由は定かじゃないが、この国は希少なスキル持ちを集めまくってるんだよ。スキル持ちって事で王城に呼ばれて、そのまま戻って来なかったヤツは結構いる。戻って来た者も多いが、そいつらはみんな口を閉ざして、王城で何があったか言おうとしない」
フリッツが俺の目を見て言った。
「あくまで噂だが、希少なスキル持ちは王直轄の裏組織に放り込まれるって話だ。確証なんて無い噂話だ。実際の所、消えたヤツらが今でも生きてるかどうか怪しいものだ」
「俺のスキルって……」
「タツヤ。あんたのスキル、正真正銘の希少スキルだよ。クラレンスさんも、その辺りの事情を分かってるから、あんたを王都から遠ざけたんだ。国が目を付けたとしたら、追手を差し向けるくらいするはずだし、王の命令と言われれば俺達は逆らえん」
「スキル持ちを集めてるのは、この国だけなのか? 他の国は?」
「他の国の事までは分からんよ」
この国も物騒だな。本当に国に目を付けられたのなら、この国から出ないといけないな。
「ありがとう。よく分かった。もう寝るよ」
俺は家に入る前に、魔物の警戒のため周囲に魔力波を放った。何度もやってるうちに、今では意識せすに自然に放てるようになっていた。
何か反応があった。
(ん? 何だ? 魔物ではないな。何だろう?)
少しだけ魔力を上げ、もう一度魔力波を放った。……いた! 魔術師だ!
人の少ない旧街道。そしてこの廃村は旧街道からすこし奥に入った所にある。そんな場所に、夜間隠れるように潜む魔術師。追手以外に考えられない。
「フリッツ! 右斜め前三百メートル先、魔術師が一人いる!」
「三百メートルだと! なぜ襲って来ない?」
フリッツが即座に立ち上がり、家の中に向かって小さく声を上げた。
「起きろ! 全員起きろ! カルロ、馬を馬車につなげ。すぐにここを出る。ヴァレリー、敵の様子が知りたい。偵察に出てくれ。ベアトリスとステラは、タツヤとテレーゼを馬車に乗せて周囲を警戒!」
フリッツは次々と指示を出し、カルロが馬を馬車につなぐのを手伝っている。
馬車の準備が終わる頃、ヴァレリーが帰ってきた。
「フリッツ、やつら最低でも八人いる。襲撃の準備中だ。まだ、こっちが逃げようとしてる事はばれてない」
「よし、全員乗り込め。今のうちに逃げるぞ」
馬車がゆっくり動き出す。月明かりで周囲は意外と明るいが、馬車を全力で走らせられるほどではない。
背後で何か騒がしい音が聞こえてきた。どうやら俺達が逃げ出したのが発覚したようだ。追いかけて来ているらしい。
「気付かれたか! もうコソコソする必要はないな。ステラ、前方に明かりを頼む」
ステラが魔法で馬車の前方を照らす。道が明るくなり馬車が少し速度を上げた。
背後から馬の蹄の音が迫ってきている。敵も魔法で明かりをつけたようで、相手の姿が視認できるようになった。数は十人。全員、同じデザインの青い軽鎧を着た集団で、騎乗して俺達を追っている。
「ベアトリス、追い付かれたらファイヤーボールを打ち込んでやれ。ステラ、状況に応じて支援魔法を頼む」
「フリッツ、敵さんはたぶん騎士だ。数も多いし、まともに戦っても勝てねえぜ」
「騎士か。これは面倒だな。とにかく逃げるんだ」
本来、荷馬車と騎馬では速度が全く違うのだが、暗い夜道を走っているため、追手も速度を出せずにいる。それでも徐々に敵との距離が縮まってきた。
追手の中に杖の先を光らせた魔術師らしき男がいる。
「魔術師がいる。あいつは俺が潰す!」
俺は敵の魔術師に意識を集中させた。ちょっと距離が遠すぎるか? いや、いける!
「それっ!」
魔術師の体内の魔力を全て吸い取ってやった。魔術師の男は体を硬直させ落馬した。落馬した魔術師に巻き込まれて、もう一騎が馬ごと転倒した。
二騎撃破。魔術師が脱落した事で、追手の照明が無くなった。もう速度は出せないはずだ。
続けてベアトリスが、追手にファイヤーボールを打ち込んだ。
「うわっ!」
ファイヤーボールの直撃を受けた男が落馬した。三騎目撃破だ。
追手が初めて声を出した。
「止まれ! 我らは飛燕騎士団である! 直ちに馬車を止めろ!」
フリッツはしばし考え込んだが、すぐに決断した。
「カルロ、少し前の角を曲がったら馬車を止めてくれ。馬車が止まったらヴァレリーとステラはタツヤとテレーゼを連れて森に逃げ込め。俺とベアトリスで出来るだけ足止めをする。ヴァレリー、後は頼んだぞ。カルロは一切抵抗するな。相手が騎士団なら投降すれば危害は加えないはずだ」
馬車が止まった。森の木の影になって、追手からは目視できない場所だ。
「行けっ!」
俺とテレーゼ、ヴァレリー、ステラの四人が、馬車から飛び出し森に駆けこむ。木々に隠れながら森の奥へとひたすら走る。
背後でフリッツと騎士団が、何かを大声で怒鳴り合っているのが聞こえた。俺達は振り返る事無く、ヴァレリーを先頭に無言で森の奥へと進み続けた。
森に入って三十分近く歩いたろうか。だんだん足元が覚束なくなってきたテレーゼを見て、ヴァレリーが手のサインだけで止まれと指示を出した。
全員が動きを止めると森に静寂が訪れた。ヴァレリーはしばらく森の音に耳をすましていたが、やがて小さな声で言った。
「今の所、追手の気配は無い。少し休憩しよう」
馬車から持ち出した背負い袋から水袋を取り出し、皆で少しづつ飲む。
「フリッツの足止めが効いてるのか、夜の森に入るのを躊躇ってるのか、どっちにしても、しばらく休む時間はありそうだ」
「フリッツ達、どうなったかな?」
「相手が騎士団なら、手向かいさえしなきゃ大丈夫だろ」
「やつら本物の騎士団なのか? 盗賊が化けてるって事は考えられないか?」
「飛燕騎士団って名乗っただろ。やつらの装備は確かに飛燕騎士団のものだ。あの人数分、偽の装備を整えるとは考えにくい」
ヴァレリーが水を一口飲んで、水袋をこちらに返した。
「飛燕騎士団は他の騎士団と少し性格が違ってて、短い剣と軽い鎧、それに足の速い馬を使った、諜報と伝令が主任務の騎士団なんだ。やつら常に各地を飛び回ってるから国内の交通路にも詳しい。旧街道に入った俺達を、たった一日で見つけ出したのも納得だぜ。その代わり、戦闘力は十二騎士団の最弱だけどな」
手際良く俺達を見つけ出した割に、あっさりと逃亡を許した。何か違和感があると思っていたが、今の話を聞いて納得した。
「これからどうする?」
「フリッツ達は単なる護衛だ。王都に連行されて、取り調べの後に放免されるだろうから、ほっといても大丈夫だろう。問題は俺達だ。レマーンまでは距離がありすぎて、徒歩で行くのは厳しい。一旦王都に戻って、改めて馬車を手配して戻るくらいしか手が無いな」
ステラが異議を唱えた。
「タツヤを王都に戻すのは反対です。追手を差し向けるくらいだから、王都内でも警戒が厳しくなってるはずです。戻れば捕まります」
「なに、全員で戻る必要はねえ。王都に戻るのは俺だけだ。お前たち三人には、この近くで隠れて待っててもらう。王都まで徒歩で二、三日、王都からここまで戻るのに一日。最長四日で戻ってくる。王都に戻る途中で馬車にでも便乗出来れば、もっと早く戻って来れる」
俺はヴァレリーに気になってる事を聞いてみた。
「なあ、今の状況だとレマーンに戻るのも危険じゃないのか? このまま国外に出られないかな? 狙われてるのは俺だけだから、俺が国外に出てしまえば、これ以上皆に迷惑を掛ける事は無い」
テレーゼは驚いた顔で俺を見て何か言いかけたが、結局何も言わずに顔を伏せた。
「そいつは難しいな。ここから他の国に行くとすれば、北のホルス王国しかないが、ホルスとの国境には長い山脈が横たわってて、ちゃんとした準備がなきゃ山は越えられん。山脈を迂回するとなると、どのみち王都かレマーン近辺の街を経由するしかない。国境に手配が回ってる可能性もあるしな」
国外脱出は無理そうだ。だが、もっといい方法があるはずだ。
「王都まで戻らなくても、途中の街か村で馬車を用立てればどうだ?」
「この辺りで馬車を貸し出してくれる所はいくつも無いぜ。俺が追手なら絶対にそこに網を張る。だが王都まで戻れば人の出入りが多いから、馬車の出入りについては誤魔化しようはある」
やはり、ヴァレリーに王都から馬車を持ってきてもらうしかないか。
「明るくなったら連中は森に捜索に入って来るはずだ。俺は夜が明ける前に森を出る。ステラ達は俺が戻るまで、何とか隠れていてくれ」
ヴァレリーが離脱すれば、護衛はステラ一人だ。
はたして四日間も持ちこたえられるだろうか。不安だ。




