第21話 スラムの子
「ねえ、ヴァレリーさん。本当にここで合ってます?」
「間違いねえ。ここがお目当ての図書館だぜ」
「帰ろっかな……」
アルビナ王立図書館。そのご立派な名前に相応しくない、みすぼらしい建物が俺達の目の前に建っている。
一応二階建ての石造りの建物なのだが、石材が割れて崩れ落ちている箇所がいくつか見受けられる。こんな建物で貴重な本を管理しているのだろうか? それとも内部は意外としっかりしているのだろうか?
入口のドアの上には確かに『アルビナ王立図書館』との看板が掛かっているが、いかにも怪しげな雰囲気で、足を踏み入れるのを躊躇してしまう。
「あまり期待出来ないけど、ここまで来たんだ。入ってみようか」
俺と護衛の冒険者ヴァレリーが入口のドアを入ると、そこは受付になっていて、かなり年配の老人が座っていた。老人は俺達を見て、いつも繰り返しているであろう決まり文句を語り始めた。
「いらっしゃい。入館料は一人銀貨一枚じゃよ。本は閲覧だけで持ち出しは禁止じゃ。あと、本を破いたら高額な罰金を取るから丁寧に扱うんじゃぞ」
蔵書が何冊あるかも分からないボロい図書館で、本を見るのだけに銀貨一枚の入館料とは、ずいぶん強気だな。護衛と二人で入れば銀貨二枚。ちょっと考えるな。
「おじいさん、俺は調べものをしにここに来たんだけど、先にちょっとだけ中を見させてもらう訳にはいかないかな? 見たい本がここにあるか、当たりをつけたいんだ」
「入館料払わずに中を見て帰られたら、こっちは商売にならんわい。……と言いたい所じゃが、最初から商売なんぞしとらんから構わんじゃろ。ところで何の本を探しとるんじゃ?」
この老人、司書もやってるのかな?
「放浪者のおとぎ話の書かれた本を探してる。それとおとぎ話じゃなく実際の放浪者の話や、知らない世界から来た人の話について書かれた本がないかどうか知りたい」
「そういった本は無いな。ここには国の歴史や政治の書物の他には、武術や魔術、錬金、建築、農業、漁業なんかの技術書、あとは魔物や薬草の図鑑みたいな実用書が納められとる。放浪者みたいなおとぎ話なんてのは無いはずじゃ。もっとも儂もここの本を全部読んだ訳じゃないから、絶対に無いとは言えんがな。ほっほっほ」
俺は老人に許可を貰い、図書室に足を踏み入れた。壁に沿って書架が並んでおり、部屋の中央にはいくつか椅子とテーブルが置かれている。
想像以上に蔵書の数が少ない。おまけにジャンル毎の分類もされていない。これで図書館を名乗るのは問題があるレベルだ。しかも王立だ。
手近な本を一冊抜いてパラパラとめくってみる。建築関係の書物で、建物や橋を作る際の説明が解説図入りで書かれている。
本を戻し別の一冊を手に取る。今度は農業関係の本だった。畑の土の話や水路の引き方などが書かれている。
本自体に問題は無い。だが、受付の老人の言う通り、放浪者に関係するような本は置いて無さそうだ。もしあるとしても、書架に分類がされていない以上、蔵書を順に全部見ていく必要がある。とてもそんな暇は無い。
「おじいさん。俺の見たい本は無さそうだ。申し訳ないけど、このまま帰ります」
「そうかい。無駄足踏ませて悪かったのう」
王立図書館がこの有様では、本から情報を集めるのは難しそうだ。
「タツヤさん。良かったのかい?」
「ああ、問題ない。あそこに居ても時間と金の無駄だよ」
事前にクラレンスに警告されていなければ、高い入館料を払って入っていたはずだ。そしてその貧弱な蔵書を見て怒り狂っていた事だろう。クラレンス様様だな。
「だけど、時間が空いちゃったな。王都の見物にでも出るかな」
「だったら一度戻って嬢ちゃんと出直した方が良かないか?」
嬢ちゃんってテレーゼの事か? まあ確かに男同士で街歩きするより、若い女の子を加えた方が華があっていいんだけど……。
「なあ、クラレンスさんもあんた達も、妙に俺とテレーゼを一緒に行動させようとしてる気がするんだけど、気のせいか?」
「いや、だって嬢ちゃん見てると、あんたに気があるのは丸分かりだろ。甘酸っぱい気分が漂っててちょっと応援してやろうって気になるじゃねーか」
「あれは恋に恋するお年頃ってやつだよ。最近よく俺が一緒に行動してるから、そんな気になってるだけだよ。だいたい、俺とテレーゼじゃ親子ほど年が違う。相手にならんよ」
「親子って、あんたいくつだよ!?」
うっかり本当の歳で話をしてしまったが、ヴァレリーは冗談だと受け止めたようで、気にした様子はない。
そんな話をしながらも、一旦ブライアン商会に戻ってテレーゼを王都観光に誘ってみる事になった。
商会へ戻る途中、雑貨屋の店先で店主らしき男と、小さな男の子が言い争いをしている場面に出くわした。
周囲の人達はその騒動を気に留めることもなく通り過ぎてゆくが、俺は思わず足を止め、言い争いに聞き入ってしまった。
「だから、そんなクズ魔石じゃ値段は付かないって言ってるだろ」
「よく見てよ。まだ少しは使えるはずだよ。小銀貨三枚はするはずだよ」
「お前こそ目ん玉ひん剥いてよく見ろ。透明度がもうほとんどないだろうが! 銅貨一枚にもならん!」
一緒にやり取りと聞いていたヴァレリーがそっと説明してくれた。
「たぶんあのガキはスラムの住人だ。スラムには王都で出るゴミの捨て場があって、ガキ達は捨てられたゴミから、まだ使える物を探して売って生活してるんだ。貴族の家から運ばれて来るゴミはやつらにとっちゃお宝で、結構高値で売れる。壊れた魔道具だと、まだ使える魔石が入ってる事もある。あのガキはそういう魔石をここまで売りに来たんだと思うぜ」
ヴァレリーは顔をしかめて続けた。
「普通はスラムの中に買取人がいて、そいつに売るはずなんだが、何でこんな街中まで出て来てやがるんだ。こんな街中であまり騒ぐと何されるか分からんぞ」
「ヴァレリーさん、あなた…………ここのスラムの出ですか?」
「そうだよ、悪いか!」
俺はそれに答えず、店主と口論している男の子を見つめた。子供だというのに手足は痩せ細ってガリガリだ。ちゃんと食べていないのは一目瞭然だ。スラムとはそれほどに貧しい者達の集まりなのか。
そうこうしているうちに、店主が男の子を蹴飛ばした。男の子が道にひっくり返る。駆け寄ろうとした俺をヴァレリーが止めた。彼は黙って首を横に振った。
男の子は起き上がると、またしても店主に魔石を差し出した。目からは涙が零れている。彼は痛みを堪えて消え入りそうな声で店主に訴えた。
「お願いだから買ってよ……。もう食べる物何も無いんだ……」
店主は一瞬動きを止めたが、それでも男の子を脅すように腕を振り上げた。
「いい加減帰れ! どう頑張ったってクズ魔石はクズ魔石で…………」
店主の言葉が途切れた。彼は目を見開いて、男の子の手の中の魔石を見ている。
「何で……、何で魔石が透明になってるんだ? おい、お前何をした?」
「オイラ何もしてないよ。最初からこうだったよ」
「そんな訳あるか。さっきまでクズ魔石だったろ!」
「知らないよー」
店主はしばらく泣いている男の子を睨んでいたが、視線を外し周囲を見渡した。
俺と店主の目が合った。
「…………」
俺はヴァレリーに告げた。
「行きましょう」
俺とヴァレリーはその場を離れた。ヴァレリーはしばらく無言で歩いていたが、小さな路地に差し掛かると、急に俺の腕を掴んで路地に引き込んだ。
彼は俺の胸倉を掴み、睨みつけている。
「あんたさっき何をした?」
「何とは?」
「ふざけるな! 正直に言え!」
「あの子の持ってた魔石をまた使えるようにした」
「もう一度言ってくれ」
「魔石を再生した」
「…………」
ヴァレリーはしばらく固まっていたが、俺を離すと悪態を付き始めた。
「クソッ! クソッ! クソッ!」
「ヴァレリー、何をイラついてるんだ?」
「あんたは自分が何をしたのか分かってるのか?」
「魔石を再生しただけだよ」
「馬鹿野郎! どういう魔法だかスキルだか知らねえが、そんな事できる人間は、他に誰もいねえんだよ。さっきの店主、たぶん鑑定系のスキル持ちだ。あんたの能力、ヤツにばれたかも知れん」
黙って見てただけだから、俺の関与などバレるはずないと思っていたが、相手がスキル持ちでは誤魔化せないか。
迂闊だと言われれば、確かにそうなんだろうが、俺にスキル持ちの存在まで考慮に入れて動けなどとは、所詮無理な相談というものだ。
「急いで商会に戻るぞ。そんな能力持ってたら狙われるって考えた事なかったのかよ」
「この力は最近使えるようになったんだ」
「クソッ! 後を付けられないように、注意して戻るぞ。俺から絶対離れるなよ」
「了解だ」
人の少ない路地を選び、不審な者が後をつけてない事を確認しつつ歩く。
「……何でその力を使ったんだ?」
「あの時はそれが最善だと思ったんだ。あの子をあのまま放置するなんて出来んだろ」
「クソッ!」
俺とヴァレリーは何度も追跡者がいない事を確認し、クラレンス商会の裏口からこっそりと中に入った。
クラレンスとブライアンは商用でまだ戻ってない。紅い疾風からはフリッツとステラが付いて行ったので、商会内に残っている護衛はベアトリスだけだ。
ヴァレリーがベアトリスを連れて、俺の部屋にやってきた。
「本当は雇い主のクラレンスさんとうちのフリッツの帰りを待ちたい所だが、緊急なんで俺達で話を進めよう。ベアトリスには、さっき俺が見た事を全て話してある。問題は、これからどうするのかだ」
「何をそこまで大騒ぎしてるんだ? ちょっと大袈裟だろ」
「お前はまだ自分が何をしたのか分かってないのか?」
女魔術師のベアトリスが真剣な眼差しで俺を見て、諭すように口を開いた。
「タツヤさん、あなたの能力がどの程度の力を持っていて、何か使用条件があるのか、私には分かりませんが、何にしてもクズ魔石を再生して元の魔石に変えられる人なんて、過去にも聞いた事がありませんわ。あなた金の卵を産むガーガ鳥ですわ。私ならそんなガーガ鳥を見つけたらカゴに閉じ込めて卵を産ませ続けますわ」
言われてみればその通りだ。俺は魔石に魔力を注ぐことを、乾電池に電気を充電する程度に考えていた。電池に過充電させて破裂させることに夢中になっていて、その意味を深く考えていなかった。
一応、魔石が換金物資であるという認識はちゃんとあったのだ。だからこそあの男の子の魔石を再生させた。だが、それを富を得るための手段としては全く考えてなかった。ペットボトルの売却でお金に不自由していなかったせいかも知れない。
「まずいな」
「やっと事の重大さが分かったか」
「タツヤさん、あなたのその能力、他に誰が知ってますか?」
「誰も知らない。人のいる場所で使ったのもこれが初めてだ」
ベアトリスがヴァレリーを見る。
「ヴァレリー、商店主にタツヤさんの能力がばれたのは確実かしら?」
「確証はない。だが、商店主はタツヤを見て驚いていた。俺も一緒にいたのに後ろにいたタツヤだけを見てたんだ。何らかの鑑定能力を持ってるのは間違いない」
「その商店は何を扱ってるお店なの? 店の規模は?」
「小さな雑貨屋だ」
「という事は鑑定能力があっても、たいしたレベルじゃないわね。高レベルの鑑定能力なら、もっと大きな店か高価な商品を扱う店を開いてるはずですわ。庶民から中古品の買取をしてるようなセコイ店なら、せいぜい買取品の品質を見抜く程度の力じゃないかしら」
「商店主がどこまでこっちの情報を掴んだか分からんが、最悪の状況を想定しておいた方がいい」
「最悪の状況って?」
「街のゴロツキに悪徳商人、犯罪組織、有力貴族、それに国からも狙われるかも知れん」
この人達は何の話をしているのだろうか? いくら何でも話を盛り過ぎじゃないか。
俺は思わず口を挟んだ。
「さすがに国は無いだろ」
「右から左に魔石を生み出せるヤツなんていたら、国の経済が混乱する。俺が王様なら、あんたを牢に閉じ込めて、生かさず殺さず魔石を搾り取る」
「さすがに右から左にって程は出来ないと思うんだけどな」
「実際にどれくらいの量を生み出せるかは問題じゃねえ。その力があるかも知れないってだけで狙われる」
「怖くなってきたな」
「あんたは、もう商会から外に出るな。窓から顔を出すのも駄目だぞ。後はフリッツが帰って来てから相談しよう」
男の子の魔石を再生したのは危険な行為だったのだろうか? 確かに手段はまずかった。普通に言葉で店主を止める事も出来たはずだ。だが、そんなのは所詮、結果論だ。
俺はあの泣いてた男の子を見て、何もしない訳にはいかなかった。
この世界ではありふれた光景なのかも知れない。この世界の常識では、弱者に手を差し伸べるのは罪悪なのかも知れない。
だけど俺は納得できない。見て見ぬふりするのがこの世界の常識なら、そんな常識クソ食らえだ!




