第20話 王都ライランド
どこかで鳥が鳴いている。目を開けると、僅かに明るくなり始めたばかりの空が見える。起きる時間までには、まだ少し余裕がありそうだ。
もう一度眠ろうとして、何か違和感を感じた。
「ん、何だ?」
俺はそっと毛布をめくってみた。
「!!!!!!?」
毛布に中にテレーゼがいた。手足をぎゅっと縮め、体を丸めて眠っていたのだ。
背筋に汗がダラダラと流れた。全身の血液が凍り付いたかのような悪寒が走る。
(やばい! 何でテレーゼが? 俺、この娘に何した!?)
俺が訳が分からず固まっていると、こちらに近づいて来る足音が聞こえた。駄目だ! こんな所、人に見られたら……。
「おはようございます。良く眠れました?」
見られた! やってきたのは護衛の女魔術師ベアトリスだ。
返事が出来ずに、口をパクパクさせていると、ベアトリスが嬉しそうな顔をして教えてくれた。
「そのお嬢さん、夜中に用足しに起きられたんですのよ。私が同行して用は済ませましたけど、戻って来てあなたが寝てるのを見たら、毛布をめくって潜り込んでそのまま眠ってしまわれて。寝ぼけてたようですわね。流石に何か始めちゃうようならお止めしようと思いましたが、二人とも幸せそうな顔して寝てましたので、まあいいかと思いまして。ほほほほ」
とりあえず、俺は無実のようだ。安堵のため息が出た。
「ああっ、ベアトリスさん! まだ行かないで!! もうちょっとここにいて!」
俺はベアトリスを引き留めると、テレーゼの肩をそっと揺すって起こす。
「テレーゼ、テレーゼ、起きて」
「うーん……。タツヤさん……。おはようございます」
そう言って目を開けたテレーゼは、ぼーっと俺の顔を見ていたが、急に真顔になって飛び起きた。顔がみるみる赤く染まっていく。
「テレーゼ、ちょっと落ち着こうか。ベアトリスさん、もう一度さっきの説明頼みます」
ベアトリスがテレーゼにも先程の説明を繰り返す。
「あの……。ご迷惑をお掛けしました。ええと……、食事の用意してきます!」
テレーゼが真っ赤な顔をして逃げていった。
「いいわねぇ、初々しくて堪らないですわねえ。タツヤさんは、もっと私に感謝して頂いてよろしくてよ」
「あなたのおかげで犯罪者扱いされなくて済みました。本当に感謝しています」
「いえ、そちらではなくって、あのお嬢さんとの添い寝を、温かく見守って差し上げた事ですわ」
「止めろよ! 普通は止めるだろ! どうすんだよ! テレーゼと気まずくなっちゃったじゃねーか!」
「おーーっほっほっほ」
◇◇◇
馬車に揺られ続けて尻が痛くなったのと、相変わらずの退屈さを除けば、旅は極めて順調だ。
俺は退屈を紛らわせるため、居眠りしているフリをして、魔力操作の練習をすることにした。
魔力の操作と言っても、今の俺には魔力を『注ぐ』か『抜く』ぐらいしか出来ない。他の操作と言うと、何があるんだろう?
魔力を『燃やす』……魔力って燃えるのかな?
魔力を『冷やす』……この世界に冷蔵庫は無さそうだ。
魔力を『投げる』……魔力は持てないから投げられない。
魔力を『食べる』……お腹こわしそうだ。
魔力を『捏ねる』……意味が分からんな。
魔力を『飛ばす』……魔力に羽根でも付けるか? ……いや、案外いいかも。
魔力を飛ばすのはやってみる価値はあるな。別に羽根を付けようと言う訳ではない。
俺の魔力操作の有効距離は約五メートルだ。これは俺が魔力を注いだり、抜いたり出来る距離だ。魔力に勢いを付けて飛ばせば、有効距離を延ばせるかもしれない。
そうと決まればさっそく実験だ!
体の中の魔力を集めて密度を高める。溜めて、溜めて、溜めて、一気に放出!
よし、うまくいった!
俺の体を中心に、目に見えない魔力の輪が外へ外へと広がっていく。さながら池に小石を投げ込んだ時にできる波紋のようだ。
魔力の波紋は、他の魔力にぶつかると、そこで反射してこちらに返ってきた。帰って来た波紋は、対象までの距離と魔力の強さを俺に教えてくれた。
俺の脳裏にはレーダー画面のようなイメージが浮かび上がっていた。
俺を中心としたその画面に、いくつかの光点が浮かび上がる。たぶんこれは周囲に潜む魔物だろう。どうやら体内の魔石が大きいほど光点が明るく輝くようだ。
更にもやもやした暗い光点も浮かび上がってきた。反応の位置は、ベアトリスとステラのいる位置と同じだ。
魔術師は体内の魔力が普通の人より多いので、俺の魔力波にかろうじて反応するのだろう。
これは正真正銘のレーダーだ! 名付けて『魔力レーダー』だ! これは使えるぞ!
そんな俺の喜びとは裏腹に、商隊の護衛達の間には緊張が走っていた。
俺が魔力波を放った直後、女魔術師のステラが馬車の御者台から飛び降り、声を張り上げたのだ。
「止まって! 警戒態勢! 何か妙な気配がします。周囲に目を配って!」
やばっ! これって俺が魔力レーダーを使ったせいだよな。放った魔力が強すぎたようだ。どうしようか……。でも、説明なんて出来ないし……ここは知らん振りしておこう。
ヴァレリーとベアトリスは、それぞれ自分の馬車を降りて周囲を警戒している。
最後尾の馬車で休憩していた護衛リーダーのフリッツがステラの元までやってきた。
「ステラ。何があった?」
魔術師二人は青い顔をしている。
「強い魔力の揺らぎを感じました。何か大きな魔物がいるのかも知れません」
「私も感じましたわ。たぶんかなり近くに何かいますわね」
「フリッツ、目視じゃ何も異常はない。俺が周囲の偵察に出る。ここを頼む」
シーフのヴァレリーが馬車を離れ偵察に出た。彼は十分程して戻って来た。
「特に変わりはない。魔物の気配も無かった。大丈夫だと思うぞ」
「ステラ、今何か感じるか?」
「いいえ、何も感じません」
「そうか……。よし出発だ! ヴァレリー、もうしばらく注意して警戒を続けてくれ」
「了解だ」
馬車の列は前に進み始めた。
(やっちゃたよ。もう人がいる所で魔力操作の練習は出来ないな。また退屈な旅になっちゃうな)
◇◇◇
旅を続けて三日目の夕方、アルビナ王国の王都ライランドに到着した。
王都は、周囲を高い城壁が取り囲む巨大な城塞都市だ。街道から見える街の外観は中世ヨーロッパの城塞そのもので非常に美しい。いつまで眺めていても飽きない風景だ。
都市の中央部に聳えるライランド城は、小高い丘の上に建てられており、街道からでもその雄姿を見る事ができる。
(この城塞の風景は素晴らしいの一言だな。ああ、俺の娘にも見せてやりたいな……)
王都に入る門の前には短い列ができていた。馬車が列の最後尾に並ぶ。
「街に入ったらどうするんですか?」
「息子のブライアンの商会に行きます。部屋を用意させてますので、三日間そこに滞在します。オークションは二日目に開かれますから、それ以外の時間は王都見物をされてはいかがですか? テレーゼもこの街にいる間は、仕事は少ないですから、一緒にお連れ下さい。但し、出掛けられる場合は、必ず護衛のどなたかと一緒に行動して下さい」
街に入っても護衛を付けろとは、どういう事だろうか。
「そんなに治安が悪いんですか?」
「いえ、今回王都に持ち込んだ品物は、必ずオークションの目玉になります。そうなると良からぬ事を考える輩が出て来るものです。出品物を狙ったり、売却代を狙ったり。直接奪いに来る事もあれば、関係者を人質に取って金品を要求することもあります。まあ、用心に越した事はありませんから」
「ちょっと怖くなってきましたね。オークションは大丈夫ですか?」
「オークション当日は、強面の護衛を追加しますので、まず大丈夫でしょう」
今の俺は丸腰だ。もっと装備を整えて武装すべきだろうか? 一応ショートソードとナイフを持って来てはいるが、剣の才能無しと言われたので馬車の中に置きっぱなしだ。頼りの魔力操作は対魔物専用なので、人間の盗賊相手には役に立たない。
まあ、街の中では護衛に頼る事にしよう。
入口の列が進み、俺達の番になった。簡単な検査の後、入都税を払い城壁の中に入る。
馬車は王都の街中を進み、大きな建物の前に止まった。中から男が一人出て来た。中々のイケメンだ。という事は……。
「父さん。お疲れ様。待ってたよ。荷下ろしはこっちでやるから、父さんは中に入って」
「ブライアン。元気そうで安心したよ。母さんも顔を見たがってるから、たまにはレマーンに戻って来なさい」
「そうは言っても、なかなか行く機会が無いんだよ」
「まあ、その話は後でゆっくりしよう。ブライアン、紹介しておこう。こちらはタツヤさん。私の友人で、ペットボトルの売主だ」
ブライアンは確かにクラレンスの息子だ。顔がそっくりでイケメンだ。この親子が二人並ぶと、なんだか映画の一場面を見ているようだ。
ただ似ていない所もある。温和そうなクラレンスと違い、ブライアンは眼光鋭く、出来る男の雰囲気が漂っている。
ブライアンが俺に笑顔を向ける。
「ようこそタツヤさん。父の息子のブライアンです。長旅でお疲れでしょう。部屋を用意してありますから、夕食まで部屋で疲れを落としてください」
「ありがとうございます。しばらくご厄介になります」
ブライアンは急ぎの話があるからと言って、クラレンスを連れてどこかに出て行った。テレーゼも荷下ろしの手伝いで荷馬車の所へ行ってしまった。
誰も相手をしてくれそうも無いので、俺はブライアン商会の使用人に連れられ、俺に用意された部屋へ行った。
あてがわれた部屋で、窓を開けて眼下の街並みを眺める。
王都はレマーンの街の数倍の規模を誇る街だ。街の人通りもレマーンとは比べようもない程、人に溢れていて活気がある。
街を行き来する男女の服装も、みな煌びやかだ。
時折、市内を巡回しているらしき騎乗した騎士達を見かけた。これはレマーンではお目に掛かれなかった光景だ。王のお膝元だけあって、騎士団がいくつも組織されているらしい。
騎士達はきらびやかな金属鎧を着込み、二騎一組で周囲に目を配りながら街をゆっくり巡回していく。かっこいいな。
外は既に暗くなりかけているが、通りの両側の商店や酒場の軒先には灯りがともされ、人通りが絶えない。
レマーンの街も城壁を備えたそれなりの街だと思っていたが、王都に比べればまだまだ田舎街だと実感させられる風景だ。
部屋のドアがノックされた。ドアを開けるとクラレンスが立っていた。クラレンスを部屋の中に招き入れる。
「タツヤさん。明日からの予定ですが、明後日はオークションで一日潰れると思ってください。明日と三日目はご自由にしていただけばいいですが、どうされますか? どこかお目当ての場所があれば、ここの者を案内に付けますし、特に希望が無ければ街の観光がいいでしょう。テレーゼを案内に付けますよ」
何だかクラレンスは機嫌が良さそうだ。
「本当は私が案内して差し上げたい所ですが、残念ながらここでの三日間は全て商用で埋まっていて、ご案内できそうもないです」
「実は放浪者について調べてみたいのですが、図書館のような施設とか、昔からの伝承話に詳しい人とかいませんかね?」
クラレンスは少し考えてから答えた。
「図書館はあります。私は入った事はありません。ただ、入るのに結構な入場料が必要で、おまけに大した書物は揃ってないと聞いた事があります。ご期待に沿うかどうかは保証できませんよ」
「そうですか」
「伝承に詳しい人物については心当たりがないですね。息子に聞いておきましょう。図書館に行かれるなら案内を付けますが、どうしますか?」
「せっかく王都まで来たんだから、無駄足かもしれないけど、図書館に行ってみます。わざわざ案内人を用意して頂かなくても、場所さえ教えてもらえば一人で行きますよ」
「タツヤさん、王都内では一人での行動は控えて下さい。必ず護衛と行動を共にして下さい」
そうだった。外出時は護衛を付けろと言われたのを、すっかり忘れていた。俺は一般庶民だから護衛と言われてもピンと来てなかったのだ。
「すいません、忘れてました。ところで護衛の方々はどこの部屋に?」
「紅い疾風の方々は近くの宿に宿泊しています。明日の朝にこちらに来ますので、その時に誰に付いてもらうかを決めましょう」
「よろしくお願いします」
明日の予定は決まった。クラレンスには放浪者の調査と言っておいたが、正確には、元の世界に戻る方法を見つけるためだ。
実の所、王都の図書館には大して期待出来ないと思ってはいる。あくまで念の為だ。レマーンの街に戻った時に誰かから『その本なら王都の図書館にあったはずだよ』なんて言われたら泣くに泣けないからな。




