第19話 王都へ
「タツヤさん。王都に行きませんか?」
数日ぶりにクラレンス商会に顔を出したら、いきなりクラレンスに誘われた。
「王都?」
「ええ、王都ライランドです。王都で私の長男が商会を開いています。そこにタツヤさんに売っていただいたペットボトルを持ち込んで、オークションに出品しようと思っています」
この国の王都までは、なかり距離があったような気がする。
「どれくらい日数が掛かるんですか?」
「王都までは馬車で片道三日掛かります。王都で三日滞在して、また三日掛けて戻ります。合計九日ですね。ご自分の商品の評価、気になりませんか?」
「非常に興味があります。でも、ご迷惑じゃないですか?」
「とんでもない。私としても旅の友がいてくれると嬉しいですしね」
「いつ出発ですか?」
「明後日の早朝に出発予定です」
王都はこの国で一番大きな街だ。王都になら、俺が元の世界に戻るための手掛かりがあるかもしれない。せっかくのお誘いだ。このチャンスを逃すべきではない。
「行きます。ぜひ連れてって下さい」
「分かりました。宿泊や食事などはこちらで手配します。自分の身の回りの物だけ用意しておいて下さい。王都まで馬車三台で行きます。商会からは私とテレーゼ、これに馬車の御者三名と護衛四名が付くので、タツヤさんを加えて総勢十人になりますね」
これは急いで準備しなきゃ。
俺の宿、金のしゃちほこ亭は明日までの宿泊費は支払い済だ。しばらくこの街に戻って来ないから、延長せずに出て行けばいい。旅に不要な荷物は、またクラレンス商会で預かってもらえばいいな。
◇◇◇
出発当日の朝、クラレンス商会の前に行くと、そこには幌付きの荷馬車三台が待っていた。馬車の近くには数人の冒険者や御者、見送りの商会従業員達でごった返しており、非常に賑やかだ。
「タツヤさん、おはようございます」
「おはようございます。クラレンスさん。結構大所帯ですね」
「王都までの街道は比較的安全ですが、それでも魔物や盗賊が出る可能性はあるので護衛は必要です。護衛や御者の費用も馬鹿になりませんから、荷を多く運んでその分、利益を出さないといけません。どうしても馬車も人も増えてしまいます」
「商売も楽じゃないですね」
見るとテレーゼが馬車に荷物を積み込んでいる。
「おはよう、テレーゼ」
「タツヤさん! おはようございます」
「手伝おうか?」
「いえ、これで最後ですから大丈夫ですよ」
「今日はいつもと装いが違うから見違えたよ」
いつもは地味なメイド服に身を包んでいるテレーゼだが、今日は少しお洒落なメイド服を着ている。日本のコスプレメイド服の派手さとは比べようもないが、それでも飾りの多いかわいい服だ。何だかちょっと新鮮だ。
「服のサイズが合わなくなってきたので、新しい服を買ったんです。どうですか、似合いますか?」
テレーゼがスカートの裾をつまみ、軽く持ち上げ一礼した。
「素敵だ……」
テレーゼの顔がみるみるうちに赤くなった。耳の先まで真っ赤だ。
(俺の娘もこんな服着て、こんな風にスカートの裾を持ち上げたら、魅力的に見えるかな? ……駄目だな。あいつはこんな服着ないだろうな。カーテシーなんてやらせたら、自分で笑い転げそうだ)
テレーゼのこと、もうロッテンマイヤーとは呼べないな。金髪の長い髪に、青い髪飾りが見える。俺のプレゼント、気に入ってくれたようだ。
俺がテレーゼに見惚れていると、やってきたクラレンスに呼ばれた。
「皆さんに紹介しておきます。こちらは私の友人のタツヤさんです。今回の旅に同行していただきます」
俺は、周囲の人たちに軽く頭を下げて挨拶をした。
「タツヤです。よろしく」
そして今度は、俺に彼らを紹介する。
「この三人は御者のラルス、ロレンソ、カルロです」
紹介された御者の三人が、俺に軽く頭を下げる。全員がおじいさんだ。三日間もの長旅で大丈夫かと不安になるが、彼らも本職だからそこは問題ないのだろう。
「そちらの四人は護衛をお願いしている冒険者パーティー、紅い疾風の方々です」
リーダーらしき男が、俺に手を差し出し挨拶する。
「俺は紅い疾風のリーダー、Cランク冒険者のフリッツだ。戦士をやっている。よろしく頼む。こっちはCランクのシーフのヴァレリー。向こうが魔術師のベアトリスとステラだ。ステラは回復魔法担当で、二人共Dランクだ」
男二女二の四人パーティーだ。職種がバランス良く組み合わさっていると見るべきか、後衛重視で前衛が手薄と見るべきか、パーティーの運用知識が無い俺では判断できない。だが回復魔法の使える魔術師がいるパーティーはかなり希少なはずだ。
フリッツが差し出した手を握り返して驚いた。大きく固く傷だらけの手だ。剣で魔物を薙ぎ倒す歴戦の勇者に相応しい手だ。命を預けても大丈夫そうな安心感があるな。
「こちらこそ。道中の護衛、よろしく頼みます」
俺の見立てでは、リーダーのフリッツは三十半ば、残りの三人は皆二十代に見える。俺は自分の年齢看破能力を信じてないので、実際の所は分からない。
「それでは準備が整ったようなので、出発しましょうか」
御者が各馬車に向かって行く。俺とクラレンスとテレーゼは先頭の馬車だ。護衛の四人は、三人が三台の馬車の御者台に一人ずつ乗り、残り一人は最後尾の荷馬車の荷台だ。ローテーションで順に休憩を取るのだろう。
俺の馬車は御者台の後ろにスペースが空けてあり、ここが俺達三人の乗車スペースだ。片側にクラレンスが、反対側に俺とテレーゼが座る。
馬車の列が動き始めた。
「クラレンスさんは、よく王都に行くんですか?」
「そうですね、今はもう年に一回くらいですね。私も歳なので長期の旅は体に堪えます。そろそろ行商関係はパトリックに全て任せてしまおうかと思ってますよ」
馬車は街中を進み、街の城門から外に出た。ここから王都までは大きな街道で結ばれており、道に迷う恐れはない。
街の中の道路は石畳が敷かれており快適だったが、街の外の街道は整地されている訳ではなく、馬車が道の凹凸を拾う度に大きく揺れる。確かに三日間、こんな道で馬車に揺られ続けるのは大変だ。
王都への旅は極めて順調だった。
一番恐れていた盗賊は一切姿を見せていないし、魔物の襲撃もほとんどない。たまに現れる小さな魔物は、護衛達が瞬時に片づけてしまい、心踊るようなイベントは起きそうにない。
そんな旅で一番の敵は退屈である。最初こそはクラレンスやテレーゼを相手に会話を楽しんでいたが、馬車の中で交わす会話など、そうそう何時までも続くものではない。
荷台から御者台に顔を出し、御者のカルロと世間話をしたり、馬車から降りて走ってみたりした。だが、馬車の周りを走るのは、護衛任務の邪魔になると、護衛リーダーのフリッツに言われて止められた。退屈だ……。
日が暮れる前に、商隊は川の近くの林で停止した。
「ヴァレリー、ステラ、安全確認を頼む」
フリッツの指示で、シーフのヴァレリーと魔術師のステラが周辺の偵察に出て行った。残ったフリッツと魔術師のベアトリスは荷馬車の周囲を警戒している。
「クラレンスさん。安全の確認が取れたら、ここで野営にしようと思います。よろしいですか?」
「ええ、問題ありません」
しばらくしてヴァレリー達が戻ってきた。フリッツに結果を報告する。
「大丈夫だ。この近辺には人も魔物もいない」
「よし、ここで野営にしよう」
御者達は、荷馬車から馬を外して近くの木に繋ぎ、馬用の桶を担いで川に水を汲みに行った。
「テレーゼ、俺達も食事の用意を始めようか」
「はい。お手伝いお願いしますね」
食事の用意はテレーゼの仕事だが、道中退屈していた俺は、彼女の手伝いを買って出ていた。
先を急ぐ王都までの旅では、朝食や昼食は時間を掛けないよう、調理の要らない保存食ベースの食事を取る。だが、十分調理時間の取れる夕食は、大きな鍋を使って全員分の温かい食事を作のだ。
俺は石を組み合わせてかまどを作り、中に枯草と枯れ木を敷き詰めた。
かまどは出来たが問題は火起こしだ。この世界では火起こしには火打石を使うのが一般的だが、普段火打石など使わない俺には、この作業は難易度が高い。
何度か試みたがうまく火が付かない。早々に匙を投げ、着火の魔法が使える護衛の魔術師、ベアトリスに頼むことにした。
「ベアトリスさん。お疲れでなければ火を点けて欲しいんですが、お願い出来ます?」
「火を点けるくらいなら、いつでもお手伝いしますわよ」
ベアトリスが何やら呟き手を差し出すと、枯れ木に小さな炎が点いた。
「はい、これでよろしくてよ」
「ありがとうございます。こんなに簡単に火が点くとは。やっぱり魔法って便利ですよね」
こういうのを見せつけられると、諦めたはずの魔術師への憧れが蘇ってくる。
ああ、魔術師になりたい!
魔力を操る魔力師(自称)にはなったが、火や水を操れる魔術師に比べれば、派手さに欠け、爽快感がまるで無いのだ。
「火を点ける程度の事なら、魔法を使わなくても魔道具で代用できますわよ。まあ、着火の魔道具はちょっとお高いですけど」
「魔道具には詳しくないんですが、着火の魔道具っていくらぐらいする物なんですか?」
「そうですわね、耐久度や着火できる回数にもよりますけど、最低でも銀貨五枚はしますわね」
「うわ。便利そうだけど、庶民には手が出ない値段ですね」
魔道具か。そういや、魔道具の話は誰からも教えて貰ってないな。後でクラレンスに詳しく教えてもらおう。
「タツヤさん! 何やってるんですか! 火を点け終わったら、こちらのお手伝いをお願いします!」
テレーゼが怒ってる。別にサボってた訳じゃないんだけど……。
ベアトリスが俺とテレーゼを交互に見てニヤニヤしている。
「若いっていいですわねー。ああ、羨ましいわー。それじゃあ、これ以上怒られないうちに、お姉さんは消えると致しますわ」
ベアトリスが手をヒラヒラさせながら去っていった。何か誤解しているようだ。
大きな鍋で全員分の食事を作る。今夜の夕食は野菜とソーセージをふんだんに使ったスープと堅パンのセットだ。この堅パン、長期保存が出来る代わり、その名の通り非常に硬い。スープに浸してふやけた所から少しずつ食べるのだ。
出来上がったスープを木製の椀に入れて、一人ずつ渡していく。受け取った者から順に食事を始める。
「美味い! クラレンス商会の護衛任務は、報酬がいいのもあるが、この温かい夕食にありつけるのがいいよな。一日の疲れが吹き飛ぶぜ」
ヴァレリーがしみじみと言い、フリッツが頷きながら応える。
「普通の護衛依頼は、自前で用意したパンと干し肉だけで終わりだからな」
フリッツがクラレンスに向かい礼を言った。
「クラレンスさんにはいつも指名依頼出して貰って感謝しています」
「紅い疾風ほど信用できるパーティーは他にいませんから、当然の事ですよ」
どうやら紅い疾風とクラレンスは前々からの顔馴染みたいだ。
「紅い疾風は、昔からのお知り合いなんですか?」
「ええ、行商時に彼らが街にいれば、指名で護衛依頼を出すようにしています」
「信頼されてるんですね」
「他の冒険者を雇った事もありますが、素行が悪かったり力不足だったりする事が多いんですよ。なので、信頼できるパーティーには逃げられないよう、待遇を良くするようにしています」
紅い疾風の面々がそれを聞いて笑っている。うん。いい関係で何よりだ。
クラレンスは人を使うのが上手い。相手を上手く褒めて味方に付けてしまう。
俺から見ると、お人好し過ぎて、誰かに騙されないか心配なんだが。
食事が終わってしまえば、もう夜の野営地では何もする事はない。
高齢の御者達は明日に備えて早々に寝てしまった。
護衛の冒険者達は交代で朝まで見張りだ。
俺達も寝る事にした。クラレンスとテレーゼは馬車の荷台に敷布を敷き、毛布をかぶって眠る事になっている。二人が横になると、もう馬車の中に空きスペースは無い。
俺は荷馬車に載せてあった戸板を、荷台から降ろし地面に置く。戸板をベッド代わりにして、その上に寝転び毛布をかぶる。
横になって夜空を眺めると、空に満天の星が瞬いている。元の世界では夜空を見上げても、星なんてほとんど見る事は出来ない。こっちの世界は空気が澄んでいて、空を照らす灯りも無いため、驚く程たくさんの星が見える。
(あれは天の川か。星の密度が高くて本当に川のように見えるな。あの四角は『秋の大四辺形』かな。となるとこれがアンドロメダ座か。でこっちがペガスス座だな。星座なんて大昔に習ったきりなのに結構覚えてるな)
自分でも驚く程、星座を覚えていた。妻や娘の名前は思い出せないのに、数十年前に習った星座の名前は憶えてるなんて、本当に俺はどうしてしまったんだろうな?
(あれ? 天の川? アンドロメダ? これって地球から見た星座じゃないか!? ここは地球なのか?)
……いや、よそう。ここはファンタジーの世界なんだから、何でもありだよな。考えるだけ無駄だ。もう寝よう。
俺は目を閉じ、眠りについた。




