第17話 初心者講習
俺はクラレンス商会を辞し、街の宿屋『金のしゃちほこ亭』に居を移した。
宿の予約と宿泊料の支払いは事前に済ませてある。俺が宿に入ると、昨日の女将が酒場のカウンターから声を掛けてきた。
「いらっしゃい。待ってたよ。これが部屋のカギだよ。部屋は二階の右側いちばん奥ね。夕食と朝食はこの酒場で出すから、時間になったら降りてきな」
俺はカギを受け取り、指定された部屋に入って中を確認した。部屋にはベット、タンス、椅子とテーブルが置かれている。クラレンス商会で泊めてもらった俺の部屋と同じような構成だ。但し、家具類の高級感はクラレンス商会の圧勝だ。
窓を開けると眼下に人の賑わいが見える。眺望は望めないが、まあ問題はなさそうだ。
昨日の夜、俺はクラレンスとペットボトルの件で話をしていた。
「そういえば俺の売ったペットボトル、売れましたか?」
「まだ売りに出していません。何分、初めて扱う品なので、値段を付けるのに苦心してまして。ですので、まずは何本か王都のオークションに出して感触を確かめようと思っています」
「売れそうですか?」
「それは間違いなく」
俺は少し考えてから、クラレンスに相談を持ち掛けた。
「実は、残りのペットボトルも売ろうかと思ってるんですが、先に売った分が誰も見向きもしない不人気商品になってたらどうしようかと思って」
「それは絶対にありません。金貨二十枚でも安すぎだと思ってます」
「残りも買い取ってもらえますか?」
「買取はぜひさせていただきたいですが、適正な買取価格が出せません。オークションが終わるまで少し待ちませんか? オークションで高値落札されれば、買取価格もそれに合わせて高くします。高値が付かなかった場合でも、前回と同じ金貨二十枚での買取を保証しますよ」
この人やっぱりおかしいよ。何で目の前の利益に手を伸ばさない?
「クラレンスさん。それ、商売になってないんじゃないですか? 売れる確信があるのなら、最初から金貨二十枚で買い取った方が儲かるでしょ」
「タツヤさんは私の大切な友人です。こちらも商売なので利益は出しますが、タツヤさんから暴利を貪るつもりはありません」
「あなた、本当に商売人ですか!?」
「商売人以外の何者に見えると?」
「……神様?」
そんなやり取りがあって、ペットボトルや俺のカバンはクラレンス商会にそのまま預かってもらっている。不特定の人物が出入りする宿に持ち込むのは、いささか不用心だと思ったのだ。
さて、これからどうしようかな?
元の世界に戻る方法は全く分かっていない。手掛かりもない。お手上げ状態だ。
とりあえず仕事を探そう。でも俺に出来るような仕事はまだ見つかっていないんだよな。
資金はあるから何か商売でも始めるか?
それともまた冒険者稼業で薬草取りでもするか?
森の薬草取りって、確かに魔物の心配はあるんだけど、何だか森林浴気分で心が落ち着くから結構好きなんだよね。
そういえばゴンザレスが出したミルズの森の調査隊、もう調査結果は出てるかな。立ち入り禁止が解除されないと薬草取りも出来やしない。
「冒険者ギルドに顔を出してみるか」
オスカー少年率いる少年少女冒険者パーティー『タイスの剣(仮)』は、先日クラレンス商会に魔物売却の分配金を届けてくれていた。オスカーとノーラが剣を購入し、その残金の四分の一として金貨一枚と銀貨三枚が俺の取り分だった。
俺はその時ベッドから動けなかったため、テレーゼにお金を預けて帰っていったらしい。もしかしたら、彼らに会えるかもしれない。
◇◇◇
冒険者ギルドの扉を開け中に入ると、ロビーにいたゴンザレスに捕まった。
「おお、タツヤか。やっと来たな。体はもういいのか?」
「体はとっくに治ってるよ。ミルズの森の立ち入り禁止が解除されたらまた薬草採集しようと思って状況を聞きにきたんだ」
「そうか、ミルズの森の立ち入り禁止は解除した。もう危険はないはずだ」
「アルミラージがいた理由は分かったの?」
「いや、そっちは結局分からなかった。何度か森の全域を調査したが、上級の魔物の存在は確認できなかった。あのアルミラージがイレギュラーな存在だったんだろう」
「そうか。じゃあまた薬草取りに行ってみるかな」
ゴンザレスはどこかに行きかけたが、すぐに戻ってきて俺に聞いた。
「お前は初心者講習受けないのか? まあDランクだから初心者ではないか」
「初心者講習?」
「EランクとFランクを対象に、ギルドで簡単な講習を開いてるんだ。なんと無料だ。オスカー達は参加するぞ」
「受けたい! いつ開催?」
「今からだ。参加なら一緒に来い」
冒険者として魔物と戦うつもりは全く無いのだが、何かあった時に身を守るくらいは出来るようにしたい。
冒険者ギルドの建物の裏には小さな空き地があり、そこを訓練場として使っているようだ。ゴンザレスに付いて訓練場に行くとそこには六人の冒険者が集まっていた。
「タツヤさん!」
冒険者の中に、オスカー、ノーラ、ソフィーの三人の姿が見える。
「タツヤさん。もう大丈夫なんですか?」
「ああ、もうバッチリだ。そういえば商会まで来てくれたそうだな。会えなくて悪かったな。報酬はちゃんと受け取ったよ」
「みんな心配してたんだよ。元気になって良かったよ」
ゴンザレスが、二人の男を従えて皆の前に立った。
「よーし、注目! 今から初心者講習会を始める。講師を紹介しよう。こっちが剣技講師のダグラス。こっちは魔法講師のバーナードだ」
剣技講師のダグラスと魔法講師のバーナード。どちらも現役のCランク冒険者という話だ。教え方が上手いと評判で、初心者講習会が開かれると、こうして講師に引っ張り出されるらしい。
「これからお前たちには二組に分かれて講習を受けてもらう。初心者講習だからって軽く見るなよ。冒険者稼業は危険と隣り合わせだ。ちょっとした技術の有無が生死を分けるなんてザラだ。死にたくなければ、ここで学べるだけ学んでいけ。以上だ。ダグラス、バーナード、後を頼む」
おお、ゴンザレスがちゃんと副ギルド長っぽい仕事をしてる。ただの買取担当じゃなかったんだな。ちょっと見違えたよ。
そういや、ここのギルド長ってまだ一度も見た事ないな。レスラーのようなゴンザレスの上役ならボディービルダーみたいなマッチョマンかな?
おっと、ダグラスが何か言っている。
「魔法の講習を受ける者は、バーナードに付いて奥の訓練場に行け。剣技の講習を受ける者はそのままここに残れ」
ソフィーと魔術師風の若い女の子二人の計三人が、バーナードと一緒に奥の訓練場に歩いていく。教える相手が女子三人とは羨ましい限りだ。バーナードのヤツ、鼻の下伸びてないか?
バーナードが急に立ち止まり、振り返って俺を見た。俺をじっと見ている。俺が心の中でエロ講師呼ばわりしたのに気付いたか? さすが魔術師、侮れない!
バーナードはしばらく俺の顔を見ていたが、やがて踵をかえし、女の子達の後を追いかけて行った。何だったんだろ?
魔法組が抜けて、この場には俺とオスカー、ノーラ、若い男の計四人が残った。男三人に女一人。やったなノーラ、逆ハーレム状態だぞ。ちらりとノーラの顔を見たが、どうやら鼻の下は伸びてないようだ。
「よし、改めて名乗ろう。俺は剣技講習担当のダグラスだ。今回の参加者は全員剣を使うと聞いている。よって今回の講習では、剣と盾の使い方を教える」
オスカー達は事前に剣を使うと申告していたようだ。槍や弓を習いたいと申告しておけば、希望の講習を受けられるのだろう。俺は飛び入りなので当然希望など聞かれていない。まあ、俺も剣がいいから問題ないけどね。
「始める前に、そっちから順に名前を名乗れ」
ダグラスが若い男の一人に指を差す。
「ジャスパーだ」
「オスカーです。よろしくお願いします」
「ノーラだよ」
「タツヤだ」
「よし、後ろの箱に木剣と木盾が入っている。一つずつ持ってこい。それからタツヤ。こっちの箱に防具が入ってるから、サイズの合うものを探して付けろ」
そういえば、他の三人は皮鎧を着ているが、俺だけ普段着だ。防具の事は考えてなかったけど、やっぱり持ってた方がいいかな?
箱の中には、かなり使い古した革の胸当てや小手などが、何組分か入っている。胸当てを一つ取り出してみる。何だか匂ってきそうだな。
無意識に匂いを嗅いでしまった。目が眩むような強烈な刺激臭に襲われ、思わず涙が滲んで来た。俺にこれを付けろと?
無言でダグラスに胸当てを差し出すと、彼も同じように匂いを嗅いだ。ヤツの目にも涙が浮かんでいる。
『さあ、この始末どう付けてくれるんだ?』という抗議の意思を込めて、ダグラスを睨んでやると、彼は小手や脛当てなど防具一組分を箱から取り出し、胸当ての横に並べた。
「バーナード! すまん、少しだけいいか?」
魔法講師バーナードが俺達の所まで来ると、ダグラスが防具を指差した。
バーナードがため息を付き、何か呪文らしき言葉を小声で呟いた。
「クリーン!」
防具が淡く光り出した。おおっ、魔法だ!! 呪文の最後の『クリーン』という言葉だけははっきり聞き取れた。洗浄か消臭だかの魔法なんだろう。これが生活魔法というやつか?
「終わったぞ。いい加減、新しいのに買い替えてくれんかな。毎度毎度やってられん」
「助かった。副ギルド長にはそう伝えておくよ」
俺は胸当てを摘み上げると、注意深く匂いを嗅いだ。
すごい! 匂いがしない!
これはファイヤーボールなんかより、よほど役に立つ魔法ではないか!
「これでいいだろ。早く防具を付けろ」
俺以外の三人は、既に木剣と木盾を持ってこっちを見ている。すまん、待たせちゃったな。
「よし、じゃあ始めようか。まず剣の握り方だ」
俺達は数時間に渡って、剣の握り方、振り方、足さばき、盾の持ち方や受け方など、基本の型をみっちり叩き込まれた。
「よし、そこまでだ。そろそろ仕上げと行こうか。二人ずつの組を作れ。攻撃役と守備役を決めろ。攻撃側はひたすら剣で打ち込め。守備側はそれを盾で受けろ。俺が合図を出したら攻撃と守備を交代だ。よし始めろ」
俺はジャスパーとペアを組んだ。だってオスカーやノーラをボコボコにするのは気が引けるじゃないか。
まずは俺の攻撃ターンだな。ジャスパー、覚悟しろ!
「それっ!」
袈裟懸けに木剣を振る。うまく木盾で受けられた。やるな。ジャスパー!
「ならばこれだっ! 兜割りっ!」
また受けられた。あいつは木盾の使い方うまいな。
「とりゃ!」
「これでどうだ!」
「それそれっ!」
「いけっ!」
全部盾で受けられた。
「よし、攻守交代だ!」
今度はジャスパーの攻撃ターンだ。
ヤツが木剣を振りかざす。俺は木盾を構える。
痛っ! 巧妙に盾を躱して斬りつけられた!
ヤツが木剣を横薙ぎに振る。それに合わせて木盾を向ける。
あ痛っ! ガードが間に合わなかった。
ヤツが木剣を……。
痛っ。イタタ。イタタタ。イタタタタ。ギブ! ギブ! 助けて!
「そこまで! 今度は互いに打ち合え。攻守関係無しだ。始め!」
ジャスパーの木剣が俺を襲う。ヤツの攻撃は速くて正確だ。ひたすら受けに回る。
だが、ジャスパーの攻撃は、剣でも盾でも受けきれない。
手も足も出ず、だた一方的に叩きのめされ、最後には木剣を捨てて逃げ回った。
これって練習という名の、いじめじゃなかろうか?
「そこまでだ! みんな集まれ!」
ダグラスの元に四人が集まった。
「今の模擬戦の講評を伝える。まずはオスカー、構えの姿勢はなかなかいいが、全ての動きが緩慢すぎる。もっと機敏に手足を動かせ。よたよたし過ぎだ。毎日練習を続ければ良くなるはずだ」
ダグラスがノーラの前に立った。
「次にノーラ、間合いを開けすぎだ。もう一歩踏み込んで剣を構えろ。その一歩のせいで全ての動きがワンテンポ遅れている。相手を恐れるな。弱い魔物相手でいいから討伐経験を重ねて自信を付けろ」
ダグラスが俺を見た。だが、何も言わずにジャスパーに視線を移した。
「ジャスパー。剣筋がなかなかいい。盾の使い方もこの中では頭一つ飛びぬけている。あまり欠点は無いが、強いて言うなら筋力がまだ足りない。力不足で攻めきれてない所がある。剣術は今のままでいいが、もっと体を作る事に気をかけろ」
ダグラスが俺を見た。今度は俺を見続けている。
「タツヤ。お前の剣の使い方だが……、いや、はっきり言おう。お前には剣の才能はない。自分でも自覚してるだろ。後先考えずに力一杯剣を振ってるから、振った後に動きが止まって即座に次の動作に移れない。常に相手の動きを見てないから、攻撃を受けても躱せない。相手が連撃を加えるともう成す術もない。それにお前からは闘争心が全く感じられん。これは剣術以前の問題だ。魔物を相手にするのにこれは致命的だぞ」
そんな! 確かに俺は剣など握った事のない素人だけど、そこまで酷くはないだろ! ちゃんとアルミラージ相手に戦ったぞ。
……違うか。確かにあれは剣を力任せに振るっただけだ。相手が勝手に倒れたから勝てたけど、普通はやられてる。
でも闘争心ならあるぞ! チンピラ冒険者とも戦ったぞ。ジャスパーからは逃げ回ったけどな。
いつの間にか俺の後ろにゴンザレスが立っていた。
「うーん。Dランク昇格は早まったかも知れんな」
おいコラ! 自分で昇格させたくせに、今になってそれを言うか! 俺のガラスのハートはもう粉々だよ。
俺が心へし折られて地面に手と膝を付いていると、魔法講習を終えたバーナードとソフィー達女子三人がこちらにやって来た。
「タツヤさん。どうしたんですか?」
ソフィーが心配そうに俺を覗き込んでいるので、膝を付いたまま返事した。
「剣の才能無しって宣告されて、泣いてるところ」
「そうですか、じゃあ魔術師に転向しますか?」
「俺は魔法適性も魔力もないよ。ああ、俺はダメ人間だあー」
魔法講師のバーナードが、怪訝そうに俺の言葉を否定した。
「君、魔力あるよね。それも大量に」




