第167話 イングリッドの異変
バベルの塔の一室で、エルドラ帝国の密偵オット、アクセル、カリーネ、イングリッドの四人がテーブルを囲み、困惑した表情を浮かべていた。
彼らは四人はバベルの塔最上階への攻略に成功した事により、近隣の街にて解放されるはずだった。だが皇帝ランドルフの襲来により、解放は取り止めになってしまったのだ。
「一体どうなってるんだ? タツヤはランドルフ陛下との会見は無事に終わったって言ってたぞ。その陛下がワイバーンに乗ってこの塔を攻めてくるって、どういう状況なんだ?」
アクセルの疑問にオットが応える。
「タツヤは会見は無事に終わったと俺達に言ったが、平和裏に終わったかどうかは明言していない。これは友好関係の構築に失敗したと見るべきだな」
「そうかしら? タツヤは私達を解放するつもりでいたのよ。話し合いが決裂したなら、私達を帰すなんてしないわよ」
「私もカリーネと同意見。ランドルフ陛下の襲来に一番驚いていたのはタツヤみたいだし、何か誤解が生じてるのかも」
「なあ、イングリッド。よく考えてみろ。ランドルフ陛下は…」
議論が白熱する中、部屋の扉がコンコンとノックされた。
四人は一斉に口を閉ざして扉を見た。
部屋に入ってきたのは若いメイドだった。ティーセットが乗ったワゴンを押して部屋に入たメイドは、優雅にお辞儀をすると彼らに言った。
「タツヤ様はしばらくお戻りになられません。申し訳ございませんが、皆様方にはしばらくこの部屋でお待ち頂くよう、タツヤ様から申し付かっております」
オットが若いメイドに訊ねる。
「いつまで待ってればいいんだ?」
「申し訳ありませんが、タツヤ様がお戻りになるまでこのままお待ち願います」
メイドはそう答えると、ワゴンから取り出したお茶とケーキをテーブルに並べていく。
オットがじっとメイドの顔を見つめている。その視線に気づいたメイドがカップを配る手を止めた。
「どうかなさいましたか?」
「あーっと、じろじろ見てすまん。堂々と素顔を晒してるんで驚いたんだ。ほら、この塔の中にいる奴らって揃いも揃って仮面で顔を隠してる奴ばかりだろ」
それを聞いたメイドは驚いたように目を見開き、慌ててエプロンのポケットに手を入れた。そしてゆっくりと何かを引っ張り出した。
それは仮面だった。塔内の者が身に付けている白い仮面である。
どうやら彼女はオットに指摘されるまで、自分が素顔を晒している事実に気付いていなかったようだ。
メイドはしばし手の中の仮面を見つめていたが、それをそっとポケットに戻すと素知らぬ顔で配膳を再開した。
好奇心を抑えきれずイングリッドが訊ねた。
「ねえ、仮面は付けてなくていいの?」
「別に強要されている訳ではないので、問題ありません」
「じゃあ何でみんな仮面で顔を隠してるの?」
「仮面は元々アンドロイド……、人に似せたゴーレムの装備品だったのですが、タツヤ様に仕える者の間で、身元を隠すのにいいからと自発的に使われるようになったのです」
このメイド、部外者に対する警戒心が緩いように見える。であればとイングリッドは更に突っ込んだ質問をする事にした。
「メイドさん。あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
「申し遅れました。私はフローラと申します。皆様のお世話をするようタツヤ様から言いつかっております。何か御用が御座いましたら何なりとお申しつけ下さい」
「フローラさん。あなたに聞くべき事ではないとは思うんだけど……。私達、自分達が置かれている状況が分からなくて困ってるの。外で何が起きているのか、知っている事があれば教えてくれない?」
イングリッドの直球すぎる質問に、フローラが何か考え込んでいる。
しばしの沈黙の後、フローラはおもむろに口を開いた。
「そうですね。タツヤ様から口外するなとは言われていませんし、差し障り無い範囲で現状をお伝えしておきましょう」
フローラは一つ咳払いをすると、四人にこう伝えた。
「先ほど行われたタツヤ様とランドルフ皇帝陛下のホログラム会見の席上、タツヤ様はエルドラ帝国に対し宣戦布告をなさいました」
「は? 宣戦布告だと!?」
「これにより両国は即時戦闘状態に突入。現在ランドルフ皇帝陛下は自ら五十数騎のワイバーン部隊を率いて、このバベルの塔に向けて進軍中です。タツヤ様はこれを迎え撃つため、エデン帝国のメカ・ワイバーン部隊を率いて出撃なさいました」
戦争が始まったと聞き、四人の密偵達は言葉も無く互いの顔を見合わせた。
「訳が分からん。何で友好関係を築きたいと言いながら戦争なんて吹っ掛けてるんだよ。自分達の国力を見せつけたいなら、他にいくらでもやりようがあるだろうに……」
頭を抱えるオットに、アクセルが重大な事実を突きつけた。
「ちょっと待て。ランドルフ陛下がこの塔に進軍中って事は、俺達ここにいたらまずいんじゃないのか? このままだと戦闘に巻き込まれるぞ!」
焦るアクセルにフローラが諭すように言う。
「ご心配には及びません。じきにタツヤ様がエルドラのワイバーン部隊を追い返してお戻りになられます。さほどお待たせせず、皆様を街までお送り出来るかと思います」
「そりゃ、あんたはエデン帝国の人間だからそう言うだろうが、相手は常勝無敗の軍神ランドルフ陛下だぞ。ワイバーンを駆る竜騎士達もエルドラ全土から集められた精鋭揃いだ。小国相手なら十分に攻め落とせる戦力なんだぞ。タツヤが倒されるとは考えないのか?」
フローラが困ったような表情を浮かべている。
どうやら物分かりの悪い客人にどう言い聞かせればいいのか思い悩んでいるといった感じだ。
結局、フローラはアクセルの言葉を聞き流す事に決めたようだ。
「では後ほどまたお伺いします。何か御用が御座いましたら…」
「フローラさん、ちょっと待って」
イングリッドがフローラを引き留めようと彼女の手首を掴んだ。
その瞬間、イングリッドの体に何かが起きた。
まるで雷にでも打たれたかのように全身が硬直し、そしてゆっくりと後ろに倒れ込んでいく。
「イングリッドさん!!」
いち早く異常に気付いたフローラが、素早くイングリッドの身体を抱き止める。
彼女の顔は青ざめ脂汗が滲んでおり、鼻からは赤い血が流れ出てきている。
意識はあるものの朦朧としているようで、その目は焦点が定まっていない。
「イングリッド!」
オット達もイングリッドの周りに駆け寄ってきた。カリーネがイングリッドの頬を軽く叩く。
「イングリッド! どうしたの!? しっかりして! スキルが暴走した後みたいな状態よ。あなた、力を使ったの?」
イングリッドは朦朧としたままで、全く反応を示さない。
フローラがどこかに連絡を取っている。
「医療班、すぐに来て下さい! イングリッドさんが倒れました」
その声に反応したのか、イングリッドがフローラに顔を向けた。
いくらか意識が戻ってきたようで、彼女は途切れ途切れに言葉を発した。
「あれは駄目……。止めて……。エルフリーデさん……。あれは……駄目……。止めて……」
うわ言のように繰り返されるその言葉に、フローラの顔が青ざめる。
「どうして私の……。イングリッドさん、あなた何を知っているの?」
「帝都バベルが……業火に包まれる……。炎をまといし……大きな魔物が……街を……飲み込む……。駄目……駄目なの……止めて……」
イングリッドの目から茫々と涙が流れて出ている。
部屋の扉が開き仮面姿の男女が駆け込んで来た。フローラが呼び出した医療班のようだ。
彼らはイングリッドの様子を見るなり、周囲の者を下がらせ治癒魔法をかけ始めた。
「イングリッドはどうしたんだ? 大丈夫なのか?」
心配そうに治療の様子を見守るオット、アクセル、カリーネの三人。
「ご心配でしょうが、後は彼らに任せましょう。それよりも……」
彼らに向けられたフローラの表情はとても険しい。
「申し訳ありませんが、皆様方を街に帰す訳にはいかなくなりました」
「そりゃ、イングリッドが回復するまでは帰れないが……」
いつの間にやって来たのか、オット達の後ろに数人の重騎士が立っている。
フローラが重騎士に命じた。
「一人ずつ別の部屋に拘禁して下さい。後の事はタツヤ様の判断を仰ぎましょう」
「おい! これはどういう事だ!」
フローラは口を閉ざしたまま何も答えない。
◇◇◇
目の前に展開する皇帝ランドルフの率いるワイバーン部隊。
彼らは身体強化系の魔法で自身と騎乗するワイバーンを強化しているようで、こちらの攻撃が全く効いていない。
それに引き換え、向こうの攻撃はメカ・ワイバーンの装甲を易々と貫き、既に七機ものメカ・ワイバーンが撃墜されている。
満を持して放った新兵器プラズマ砲さえも、竜騎士には通用しなかった。
メカ・ワイバーンの口から超高温の火球を放つプラズマ砲。
人工知能ケルビムが設計情報を持っていた兵器だが、どうやら開発はされたものの、発射速度が遅く射程距離も短いという欠点から、実用化に至らなかった兵器のようだ。
だが太陽の如く光り輝くプラズマ弾は見る者に強烈なインパクトを与え、近距離ならばそこそこ威力もあるロマン溢れる兵器である。これほどメカ・ワイバーンに相応しい兵器があるであろうか。
そんな訳でメカ・ワイバーンの主兵装に採用したプラズマ砲だが、まさかプラズマ弾を槍で打ち砕く人間がいようとは思ってもいなかった。
「バジル。エルドラの竜騎士は強敵だ。もう苦戦を装う必要はない。メカ・ワイバーン部隊にレーザー戦を指示。ランドルフと護衛二、三人を残して後は全部落とせ」
作戦指令室でメカ・ワイバーン部隊の指揮を執っているバジルにそう命じ、自身の操るメカ・ワイバーンの兵装をレーザー砲に切り替える。
「まさかレーザー砲まで通用しないなんて事はないだろうな?」
目の前にワイバーンに騎乗した一人の竜騎士が立ち塞がっている。先ほど俺の放ったプラズマ弾を一撃で粉砕した男だ。
どうやらこいつを排除しなければ、ランドルフには近づけないようだ。
俺は男に怒鳴りつけた。
「そこの竜騎士! 死にたくなければ道を開けろ」
「どけと言われてどく馬鹿がいるか!」
至極ごもっともである。
まあ、そうなると実力行使しか手はない訳で……。
俺は男の乗るワイバーンに照準を合わせトリガーを引いた。
軽い発射音がすると同時に、ワイバーンの翼に幾つかの穴が開いた。
被弾に驚いたワイバーンはしきりと翼を羽ばたかせているが、穴の開いた翼では高度を維持出来ないようだ。
ワイバーンは竜騎士を乗せたまま、ゆっくりと地上に向かって落ちていく。
「貴様! よくもやってくれたな!」
「ああ、良かった。レーザー砲まで効かなかったらどうしようかと思ったよ」
肉眼では視認できないレーザー光を発射するレーザー砲。
周囲に閃光を撒き散らすプラズマ砲とは対極に位置する超地味兵器だ。
だが長射程に高威力と、地味ながらここ一番で役に立つ俺の一番のお気に入りの兵器なのだ。
大声で何か罵りながら降下していく竜騎士を見送り、ランドルフの姿を探す。
いた! ランドルフは一機のメカ・ワイバーンを追い回している最中で、奴の周囲に護衛の姿はない。
「いっけー!!」
追われるメカ・ワイバーンとランドルフの間に自機を割り込むように突入させる。
俺の接近に気付いたランドルフが、こちらを見て嬉しそうに笑った。
「ほう。逃げずに舞い戻ってきたか。片腕を失ってもまだ戦意を失わぬとは、見上げた闘志。褒めてやろう」
「お褒めに預かり恐悦至極。なあランドルフ。知ってるか? 戦いが熾烈を極めれば極める程、勝負の後の友情はより深まるんだよ。昨日の敵は今日の友。俺達、仲良くなれそうだな」
「まだそんな戯言を言っておるのか。そろそろ引導を渡してやろうぞ」
ランドルフが突撃槍を構えた。
やらせる訳にはいかない。あれを喰らったら今度こそ撃墜されてしまう。
「なあ、その前に周りを見たらどうだ。だいぶ見通しが良くなったと思わないか?」
俺の言葉にランドルフが注意深く周囲に視線を向けた。
先ほどまで空を埋め尽くしていたエルドラのワイバーン部隊。それが今では数えるくらいしか残っていない。
理由は明白だ。レーザー砲戦に切り替えたエデンのメカ・ワイバーン部隊が、エルドラのワイバーン部隊を次々と撃ち落としているからだ。
下方に視線を向ければ、必死に翼を羽ばたかせ地上に降りようとしている多数のワイバーンが見える。
どうやらメカ・ワイバーン部隊も、俺と同じように敵ワイバーンの翼に穴を開けて無力化する戦法を取っているようだ。
「ふん。不甲斐ない者共だ。だがそれがどうした。どれほど落とされようが、お主を仕留めればいいだけの話だ!」
気が付けば目の前にランドルフが迫っていた。
駄目だ。避け切れない。
ランドルフが手にした突撃槍を突き出した。俺の左足が吹き飛んだ。
「くそっ、何でそんな動きが出来るんだよ!」
またしても成す術もなく攻撃を受けてしまった。
あの速さは尋常じゃない。全く以て太刀打ち出来ない。
「ちょこまかと逃げるでない。今度は左腕を狙ったのに仕損じたであろうが」
「両腕を捥いで俺をダルマにするつもりか! 調子に乗るなよ!」
一方的にやられるのは性に合わない。こちらも負けじとトリガーを引く。
軽い発射音と共にレーザーが発射された。
その瞬間、ランドルフと彼の騎乗するワイバーンが球状の光に包まれた。
こちらの放ったレーザーは出現した光に当たると、そこで消滅してしまった。
「レーザーが消えた!?」
信じられない。あの光の球は何だ?
魔法による障壁とか結界とかの、ファンタジー的な防御手段なのか?
「おい、今何かしたか?」
ランドルフがこちらを見て口元に笑みを浮かべている。
まずい。非常にまずい。レーザーまで防がれたとなるともう打つ手がない。
……逃げよう。
「ランドルフ! 今日のところはこれぐらいにしておいてやる。七日後、バベルの塔は帝都ガリアに向け進軍を開始する。それが嫌ならさっさと塔の最上階を攻略して我々を止めてみろ」
ランドルフには何も出来なかったが、ほとんどのワイバーンは地に落とした。
エルドラにもう出撃可能なワイバーンはたいして残っていないはずだ。
当初の目的は達した。
「さらばだ、ランドルフ!」
「待てい!」
俺の逃亡を阻止しようと、ランドルフが突撃槍を構える。
「待てと言われて待つ馬鹿がいるか!」
いや、そう怒るなよ。あんたの部下に言われた言葉だぞ。
スロットルを全開にし、ブースターに点火する。
メカ・ワイバーンは一筋の白煙を残し、猛烈な速度で戦場から離脱していく。




