第166話 ワイバーン乱戦
「七日を過ぎてなおバベルの塔が健在、かつエルドラ帝国が敗北を認めない場合、バベルの塔は帝都ガリアに向け進軍を開始する。無人に近い高原ではなく、人が多く住む帝都での戦いとなれば、市民の間にも多くの犠牲が出るだろう。そうならぬよう、塔の攻略に失敗した場合は潔く敗北を認める事を望む」
仮面の皇帝アダムはランドルフにそう言い放つと、手を大きく一振りした。
するとアダムの体は徐々に輝きを失い、やがて闇に溶け込むようにかき消えてしまった。
エデン帝国皇帝アダムとエルドラ帝国ランドルフのホログラム会見は、エデン帝国のエルドラ帝国への宣戦布告を以て終了した。
一方的に言うだけ言って消えてしまった皇帝アダムに怒り心頭のランドルフが、凄まじい形相でクライヴを睨む。
「我がエルドラ帝国に宣戦布告だと? どこまで本気なのだ?」
クライヴは設置したホログラム通信機を回収しつつ、ランドルフの問いに答える。
「陛下。アダム皇帝は本気です。彼の目的は我がエルドラ帝国と友好関係を築く事。ですが彼は我々がエデン帝国と対等な話し合いをするつもりがない事を知っています。だから対等な力があると証明するために戦争を仕掛けて来たのです」
「負ければ国を奪われると承知の上でか?」
「アダム皇帝は我々に負けるつもりなどないのでしょう。周辺国をいくつも支配下に置いた実績やエデン帝国の先進的な技術力を鑑みれば、彼を世間知らずの皇帝とは決めつけられません。アダム皇帝はエルドラ帝国の軍事力を正確に知った上で、容易に勝てる相手と判断したのだと思います」
クライヴの言葉を聞き、ランドルフの顔に凶悪な笑みが浮かんだ。
彼はクライヴから渡された浮遊石に目を落とすと言った。
「確かに浮遊石を独占し空を自由に飛び回れるのなら、弱小国家の一つや二つ落とすのは容易かろう。だが正統なる空の支配者エルドラ帝国を、そこらの弱小国家と一緒にするとは思い上がりも甚だしい」
ランドルフは大声で怒鳴った。
「誰かおらんか!」
部屋の外に控えていた近衛騎士が扉を開け執務室に入ってきた。
「御用でしょうか、陛下」
「第一竜騎士団に出動命令を出せ。フェルーナ高原に現れた敵国の要塞を叩く。儂の飛竜にも出撃の準備をさせておけ。地上からも部隊を向かわせろ。第一近衛騎士団は準備が出来次第フェルーナ高原に出動。第二近衛騎士団は攻城戦装備で待機だ」
「了解しました!」
指示を受け、近衛騎士が部屋から飛び出していく。
「陛下。まさかご自身で出撃なさるおつもりですか?」
「奴の策に乗ってやろうではないか。バベルの塔の最上階を攻略すればいいのだろう。だったら今から行って粉砕するまでだ!」
「お待ちください。エデン帝国は空を飛ぶ軍艦を保有しています。それにバベルの塔も移動要塞を名乗るくらいですから、内部にどんな戦力を隠しているか分かりません。闇雲に戦いを挑むのは無謀です」
「大陸最強を誇るエルドラ竜騎士団の力を見くびるでない!」
頭に血が昇っているランドルフに、クライヴの言葉は届かない。
「儂の鎧を持って来い! 出撃の用意だ!」
◇◇◇
皇帝アダムを背に乗せた鈍色のメカ・ワイバーンが、大きく翼を広げエルドラの青い空を猛然と突き進んでいる。その後ろを二十数騎のメカ・ワイバーンが付き従う。
「おっと、見えてきたぞ」
前方に黒い点がいくつも見えてきた。エルドラ帝国のワイバーン部隊だ。総勢五十騎以上の大部隊である。
先頭のワイバーンには見覚えのある男が乗っている。先ほどまでホログラムで対面していたエルドラ帝国の皇帝ランドルフだ。
俺はメカ・ワイバーンの速度を緩め、ランドルフがやって来るのを待ち構えた。
ランドルフも俺の姿を視認したようで、ゆっくりとこちらに向って来る。
立派な鎧を着込み長い突撃槍を構えた眼光炯々なる偉丈夫。その姿は威厳に満ち溢れており、見る者に畏怖の念を抱かせる。
「対面で気圧されるのは仕方ないにしても、遠隔操作用コックピットに座っていてもなお威圧感を与えてくるとは、やはりこの男は本物の英雄だな……。とはいえ、この状況はまずいぞ」
あの眼光で射すくめられたら、委縮してまともに戦えなくなりそうだ。
コックピットのホロディスプレイに手を伸ばす。
「ええと……、まずは対象をランドルフに指定して……、カメラ映像に処理を加えて……、でもって後の設定はお任せで……。よし、これでいいはずだ。それっ!」
指示を入力し終わったとたん、俺の見ているランドルフの顔に変化が現れた。
顔全体が短い毛に覆われ頭にはピンと立った耳が。そして小さなかわいらしい鼻と長く伸びた白いヒゲ。
ランドルフが猫になった。
「ぶははっ。これはいい。可愛らしくなって威圧感が無くなったぞ。さあ、ランドルフよ。ネコミミ生やしたお前など、もう恐れるに足らず!」
声の届く距離までランドルフのワイバーンが近づいてきたところで、俺は笑いをかみ殺しながら挨拶した。
「やあ、ランドルフ。さっきぶりだな。こんなに早く会いに来てくれるとは嬉しい限りだ」
「自慢の塔を見に来いと言ったのはお主であろうが」
当然、話しかけてるのはメカ・ワイバーンに騎乗する俺の影武者ブラック1だ。俺が操縦するメカ・ワイバーンが話をしている訳ではない。
ランドルフの視線が俺の騎乗するメカ・ワイバーンへと向けられた。
「それがお主の乗騎か。機械仕掛けのワイバーン。何と醜い……」
予想もしていなかった酷評に、気が付けば全力で怒鳴り返していた。
「み、み、醜いだと!? おい、ランドルフ! お前の目はどこに付いている! よく見ろ、この美しい鈍く光る銀のボディーを。厚い金属板でも軽々と切り裂く超硬合金製の爪と牙。それに太い大木でも一撃でへし折る強靭な尾。こんなロマン溢れる機械竜を見て醜いだなんて言葉が出てくるとは……。お前、美的センスの欠片もない男だな」
「ふん!」
ランドルフは俺の抗議に豪快な鼻息で応えた。
駄目だ。この男とは全く分かり合える気がしない。
「アダムよ。大人しく塔で待っておれば良いものを、自ら先頭に立って出陣してくるとは実に愚かな男だ」
「お前がそれを言っちゃうか……」
ランドルフは太く長い槍の先を俺へと向けた。
「バベルの塔など攻略せずとも、ここでお主を倒してしまえば、この戦いは儂の勝ちではないか?」
「確かに俺を倒す事が出来ればランドルフの勝ちだな。……でもまあよく言うだろ。『言うは易く行うは難し』ってな。俺は空の支配者アダム様だぞ。空の戦いで俺のワイバーンに勝てる訳がないだろ。相手の実力を見極める事も出来んでは『軍神ランドルフ』の名が泣くぞ」
「その言葉、そっくり返させてもらおう。さて、もう下らぬおしゃべりは終わりだ。アダムよ、我が槍の錆となれ!」
ランドルフは突撃槍を構えると、猛烈な勢いで突っ込んで来た。
素早く操縦桿とスロットルを操作し、繰り出された槍を回避する。
ランドルフの突撃を合図に、奴の後ろに控えていたエルドラ軍のワイバーン部隊も一斉に動き出した。
俺は作戦司令室で状況を見守っている総大将バジルに指示を飛ばした。
「バジル、全機に戦闘開始を指示! ランドルフの相手は俺がする。他のワイバーンは任せたぞ!」
『了解です。陛下』
エルドラ帝国の竜騎士が騎乗するワイバーン五十二騎。
対するはエデン帝国のメカ・ワイバーン二十四機。
大陸史上類を見ないワイバーン同士の大空中戦が今始まろうとしている。
初撃を躱されたランドルフが、ワイバーンを反転させ再攻撃に移ろうとしている。
「死なせちゃいけないってのは面倒だな」
直接ランドルフを狙う訳にはいかない。騎乗するワイバーンに致命傷を与える攻撃もまずい。ワイバーンをじわじわと弱らせ、何とか戦線から離脱するよう仕向けなければならないのだ。
「難易度高過ぎだよ」
ランドルフの持つ武器は頑丈で重量のある突撃槍だ。勢いを付けて敵に突撃し、目標を粉砕する凶悪な武器である。
だが突撃槍は威力が大きい反面、小回りが利かない。敵味方の入り混じる密集した戦場では、重く取り回しが困難な武器は邪魔でしかない。
ならば突撃などさせぬよう、白兵戦に徹すればいい。
「行くぞ、メカ・ワイバーン! お前の機動力を見せてやれ!」
操縦桿をしっかりと握り締め、スロットルを全開にする。
メカ・ワイバーンは爆発的な加速力でランドルフのワイバーンへと迫る。そして翼や足の爪で一撃を入れると、有り余るパワーで強引に転進。相手に反撃のいとまを与えず死角へと回り込み、再度ワイバーンに肉迫する。
メカだからこそ可能な急激な機動であり、もし騎乗しているのが生身の人間なら、猛烈なGにより失神は免れないだろう。
何度か攻撃と反転を繰り返した後、攻撃の手を止めランドルフから距離を取る。
「どうだ! そろそろ翼がボロボロになって飛べなくなって…………ないね」
あれほど攻撃を加えたにも関わらず、ランドルフのワイバーンに目に見える傷は見当たらない。確かに攻撃は当たっていたはず。なのに何故?
ランドルフがにやりと笑った。
「どうした、アダム。もう終わりか。ではこちらから行くぞ!」
ランドルフが突撃槍を構えた。
与えたダメージを確かめようと距離を取ったのは失敗だった。完全に奴の突撃の間合いだ。
だが静止状態からのスピードの乗り切らない突撃など躱すのは簡単だ。
操縦桿を握りランドルフの突撃に備える。さあ来い。
その時、ランドルフの姿が掻き消えた。
「え?」
気が付けば目の前にランドルフがいた。ランドルフが手にした突撃槍を突き出す。
「ぐおっ!!」
ランドルフの槍が影武者ブラック1の身体に突き刺さる。
ランドルフは間髪を入れず槍を引き戻すと、メカ・ワイバーンに向け第二撃を繰り出した。
嫌な衝撃音が響き渡る。槍がメカ・ワイバーンの装甲を貫いたようだ。
「大口叩いた割に、手応えが無さ過ぎだ」
ランドルフがあきれたような声をあげる。
コックピット内に警告音が響き渡り、赤い警告灯が点滅を繰り返している。
ホロディスプレイには被害報告が表示されているようだが、それを見ている暇はない。
ランドルフが槍を引き第三撃を繰り出そうとしている。
「させるかー!」
スロットルをいっぱいに開き、ブーストスイッチを入れる。
メカ・ワイバーンは青い炎を吹きながらランドルフに突進。勢いに任せランドルフを跳ね飛ばすと、更に加速して戦場から離脱していく。
「ふう。何とか振り切ったか……」
ランドルフが追って来ていない事を確認し、ホロディスプレイに表示されている被害報告に目を通す。
酷い有様だ。メカ・ワイバーンの胴体側面に大きな穴が空いている。騎乗しているブラック1の損傷も激しく、肩を貫かれ右腕が無くなっている。
「何だよあれ。瞬間移動みたいな動きしやがって。あれは奴のスキルか?」
奴のワイバーンにこちらの攻撃は全く通っていなかった。
という事は自分とワイバーンに対し、身体強化系の魔法を使ったのか?
バジルから連絡が入った。
『陛下。メカ・ワイバーン部隊の被害甚大。敵のワイバーン部隊の猛攻が止まりません』
慌ててホロディスプレイに全体の戦況を表示させる。
エルドラ帝国のワイバーン部隊は未だ全騎が健在。一方、エデン帝国のメカ・ワイバーン部隊は五機がロスト。
「五機!? 五機も落とされたのか!」
活動中のメカ・ワイバーンの中にも、深刻なダメージを受けているのが何機かいる。
軍神ランドルフだけでなく、ワイバーンを操る竜騎士達も一騎当千の精鋭揃いのようで、俺と同様に苦戦を強いられているようだ。
『このままでは全滅は免れません。メカ・ワイバーン部隊に火器の使用を許可しました。流れ弾に注意して下さい』
確かに火器を封印したまま勝てる相手とは思えない。
戦場はワイバーン部隊とメカ・ワイバーン部隊が入り乱れる乱戦になっている。
メカ・ワイバーンは次々と口から火球を放ち、対する竜騎士は投擲用の槍や魔法で対抗している。
戦いは白兵戦から砲撃戦へと様相を変えつつある。
ランドルフの位置を確認すると、奴はメカ・ワイバーン部隊と交戦中のようだ。ランドルフの相手はこの俺の役目だったのに、全く以て不甲斐ない。
「ランドルフならたとえ直撃させても死にはしないだろ。再戦といこうか」
メカ・ワイバーンの機首をランドルフに向け発進させる。
やがて密集したワイバーンの群れの中に、ランドルフの姿を捕えた。
目標をロックしトリガーに指を掛ける。狙いはランドルフの乗るワイバーンだ。
ランドルフは数機のメカ・ワイバーンを相手に交戦中で、俺の接近に気付いていない。
「落ちろーーー!」
トリガーを強く引く。
メカ・ワイバーンの口から青白い火球が放たれた。火球はランドルフに向かって一直線に飛んでいく。
「陛下!!」
ランドルフの護衛と思わしき竜騎士が接近する火球を目にし射線上に躍り出る。
竜騎士の姿が消えた。そう思った瞬間、火球は爆散していた。
爆発の中心で護衛の竜騎士が槍を構えこちらを睨んでいる。
「いやいや、それは嘘だろ……」
メカ・ワイバーンの主兵装であるプラズマ砲は、威力は高いが発射速度が遅い。
だからと言って発射されたプラズマは、槍で粉砕出来るような代物でもない。
「エルドラの竜騎士は化け物か……」
コックピットのホロディスプレイに目をやると、メカ・ワイバーンのロスト数が七に増えている。
本来なら真っ先にランドルフを痛めつけて追い返し、劣勢を装いながらワイバーン部隊にチクチクと損害を与え続け、最後には『ちくしょー、覚えていやがれ!』と捨てセリフを残し撤退するつもりでいたのだ。
だが、そんな小芝居をしている余裕はもう無い。
エルドラ帝国のワイバーン部隊は予想を遥かに上回る強さだ。
このまま逃せば後々面倒な事になるのは必然。今ここで排除するしかない。
「バジル。エルドラの竜騎士は強敵だ。もう苦戦を装う必要はない。メカ・ワイバーン部隊にレーザー戦を指示。ランドルフと護衛二、三人を残して後は全部落とせ」
『了解!』
いくらプラズマ砲を打ち破る竜騎士といえど、光の早さで発射されるレーザー砲は躱せまい。
「悪いな。エデン帝国の安寧のため、お前たちにはここで消えてもらう!」




