第165話 メカ・ワイバーン
エデン帝国皇帝アダムとエルドラ帝国皇帝ランドルフのホログラム会見は、エデンのエルドラへの宣戦布告を以て終了となった。
「はあ、疲れた……」
ここはバベルの塔の最上階にある作戦指令室。
ホログラム通信機の接続が切れていることを確認し、俺は椅子にへなへなと座り込んだ。
周囲で俺とランドルフの対話を見守っていた者達も、緊迫した雰囲気から解放され吐息を洩らしている。
「マスター。お疲れ様でした。どうぞ」
秘書のアリスが俺の前に紅茶の入ったカップを置いた。
カップを取ろうと手を伸ばすが、手が小刻みに震えているせいでうまくカップを握れない。
「くそっ、手の震えが治まらん。さすが軍神ランドルフ。俺なんかとは格が違うな」
実のところ、会見の間中ずっとホログラム越しに伝わりくるランドルフの武人としての威厳に気圧され続けていたのだ。
「同じ皇帝とは言っても、向こうは大陸に武勇を轟かす戦う皇帝。片やこちらは新興帝国の成り上がり皇帝。格が違うのは当然です。……というか、震えが止まらないのは対面早々に斬り付けられたせいでは?」
「そうかもしれん。あの時は本当に死んだと思ったからな。だとしたら、それも含めて向こうの方が格が上って事だ。最初に相手に恐怖心を植え付け委縮させるとは、俺には到底真似できんやり方だ」
アリスがヤレヤレとでも言いたげに首を振る。
「絶対そこまで考えての行動じゃありませんよ。『敵は出会い頭に屠るべし』というのがエルドラ人の気質なんでしょう。私もこの塔の一階でオットとアクセルに問答無用で襲われましたから分かります」
「まあ、確かにそれはあるかもな」
何とか両手でカップを掴み、口の中に紅茶を流し込む。
紅茶の香りが緊張で凝り固まった体を解きほぐしていく。
「ふう、やっと人心地が付いてきたよ」
俺は中央の指令席に座る男へと目を向けた。
「バジル。見ての通りランドルフ皇帝には挑戦状を叩き付けた。一時間もしないうちに偵察隊がこの塔を探りにやって来るはずだ。丁重なおもてなしを頼むぞ」
エデン帝国の軍務大臣バジル・ロアエク。
今回のエルドラ戦争の総大将でもある。
「お任せ下さい。陛下からお預かりした戦力で、奴らに一泡吹かせてやりますよ」
普段は沈着冷静な男だが、彼も実戦を目の前に気分が高揚しているようだ。
エデン帝国軍は未だ兵士の数が揃っておらず、まともな軍隊として機能していない。
末端の兵士はいない、指揮官もいない、軍を統べる将軍などいるはずもない。
無い無い尽くしで涙が出てくるような軍隊なのだ。
そんな状況下で今回の戦争である。どう足掻いても正規軍の投入は不可能。
ならばエデンの先端科学兵器を前面に押し出して戦うしかあるまい。
俺は軍務大臣バジルをエデン帝国軍の総大将に据え、バトルロイドを始めとするエデンの先端戦力を彼に預ける事にした。
本来なら軍務大臣は自ら戦闘指揮を執るような役職ではない。だが他に適任がいないのだから仕方がない。
本人も実体のない軍組織の管理より、実戦部隊の指揮の方がやりがいがあると喜んでいるから問題はない。
「はあ。しかし何だな。よもやこの俺が戦争を仕掛ける側に回るとは……。おまけに開戦理由が『仲良くするために戦争をしよう』だ。我ながら訳が分からん」
開戦の理由をこじつけ、エルドラ帝国に宣戦布告した。
これは来るべき悲劇を回避する為の戦いだ。
エデン帝国の民の生命を守る為に必要な戦争なのだ。
だが、それを声高に口にする事は出来ない。
俺達エデン帝国は、無法にもエルドラの領土を踏みにじり、一方的に戦いを挑む悪の侵略者なのだ。
エルドラ帝国には七日という期限内に、悪の侵略者を撃退すべく全力で立ち向かって貰わねばならぬのだ。
「おまけに宣戦布告前からエルドラ領内に侵入して、帝都ガリアの目と鼻の先にこれ見よがしに要塞を築くだなんて、俺もとんだ悪党だよな」
この事実を告げた時のランドルフの怒りは半端なかった。ホログラムでなく生身で相対していたら、八つ裂きにされていたに違いない。
そんな自虐混じりの愚痴に、アリスが嬉々として応える。
「さすがマスター、やる事が姑息でとても素敵です。私もマスターの僕として鼻高々ですよ」
「ちがーーう! 今のは暗に『悪党なんかじゃありません』って否定して欲しくて言ったんだよ! 何で褒めてるんだよ!」
「マスターは常々『俺は褒められて伸びるタイプだから、もっと褒めろ』とおっしゃってるじゃないですか」
「いや、確かにそうは言ったけど……言ったてたけどね……。はあ、もういいや」
ぐちぐちと愚痴をこぼしていても始まらない。
賽は投げられた。
たとえ死者を出す事になろうとも、立ち止まる訳にはいかないのだ。
「ちょっとオット達のところに行ってくる。何か動きがあったらすぐに知らせてくれ」
「承知しました」
◇
「みんな、お待たせ」
扉を開けると、窓から外の景色を眺めていた四人の密偵達が、一斉に俺を振り返った。
「クライヴの仲介のおかげでランドルフ皇帝との会見は無事に終了した。もう君達をここに留めておく必要はなくなった。帝都ガリアは無理だけど、どこか近くの街まで送るよ。どの街がいい?」
四人の顔に歓喜の色が浮かぶ。
任務を達成出来なければ二度と戻れぬと覚悟を決めて国を出てきたのだ。
苦難の連続ではあったが、何とか浮遊石の入手に成功した。
これで大手を振って国に戻る事が出来る。喜びもひとしおだろう。
クライヴ不在の間のメンバーのまとめ役であるオットが俺に訊ねる。
「隊長はどうした?」
「帝城に留まってるよ。今のところ裏切者扱いはされてない。浮遊石を持ち帰った功績者だから、無下な扱いはされないだろ」
「そうか。それを聞いて安心したよ」
クライヴには俺からのメッセージを託し、使者として帝都ガリアに赴いてもらった。
部下の命と引き換えにランドルフとの仲介を強要された、との体裁を取ってはいたものの、エデン帝国に寝返った二重スパイと疑われても仕方がない状況だ。
万一の場合は、クライヴを城から連れ戻す算段は付けてあったが、どうやらその必要はなさそうだ。
「五日間一緒に塔の試練に挑んで、やっと気心も知れてきたのに、ここでお別れとは寂しい限りだな」
しんみりと言う俺に、空気を読まないアクセルが応じた。
「よせよ。俺達と一緒に試練に挑んだのはタツヤじゃなくて影武者のゴーレムだろ。……あれ? 最初は偽のタツヤだったよな。でも最後は本物のタツヤだった。……いつから本物に?」
まあ同じ顔の男が二人もいたら混乱するのは当然だ。
「本当は君達の相手は、最初から最後まで俺の影武者ゴーレム、つまり偽タツヤがするはずだったんだ。でも塔の第三の試練の時、イングリッドが鬼ごっこの鬼役の正体をゴーレムって見破っただろ。あれを見て慌てて偽タツヤを引っ込めて、本物の俺と入れ替わったんだ。それ以来、君達と一緒にいたのは紛れもないこの俺、本物のタツヤだよ」
「紛らわしいな。もう本物でも偽物でもどっちでもいいや」
投げやりなアクセルは放置し、俺はイングリッドの前へと進み出た。
「イングリッド。今しか言う機会がないから、思い切って言わせてくれ。……俺は君が欲しい」
イングリッドの目が大きく見開かれる。
「え? 私? カリーネじゃなくて、私なの?」
「ああ。イングリッドがいいんだ」
イングリッドの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
周囲の者達はギョッとした顔で俺達を見守っている。
「君の鑑定能力は極めて優秀だ。どうだろう、エデン帝国でその力を生かしてみないか? 今より高待遇で迎え入れる事を約束する。エデンなら君の力を大きく伸ばす事が出来るはずだ。今すぐに返事しろとは言わない。考えておいて欲しい」
イングリッドが顔を伏せた。
「ぐおっ!」
拳を握り締めたイングリッドに思い切り腹を殴られた。
俺を睨むイングリッドの額に青筋が立っている。
周囲からは失笑が漏れ聞こえてくる。
やはり他国の密偵を引き抜くのは無謀だったか……。
我が秘密諜報組織シャドウは慢性的な人材不足にあり、優秀な人材は常時募集中だ。彼女の鑑定能力には目を瞠るものがあったのだが、実に残念である。
怒りに震えるイングリッドをカリーネが宥めている。
「愛しのカリーネともこれでお別れだな。君の下僕役も結構楽しかったよ。エデン皇帝を傅かせた逸話は、後世まで語り継がれそうだな」
カリーネが笑いながら手を伸ばし、俺の頬をそっと撫ぜた。
「あなた本物のタツヤよね。今のあなたなら私の魅了は効くのかしら?」
「止めてくれ。この塔の中で変な事すると武装した重騎士隊が押し寄せてくるぞ」
「変な事って、こんな事?」
カリーネが俺の頭を引き寄せキスをした。
不意を突かれ慌てる俺に、カリーネが微笑みかける。
「これは下僕として私に仕えてくれた礼よ。変な事じゃないから安心して」
いかにもカリーネらしい別れの挨拶だ。
「名残惜しいが、あまりのんびりもしてられない。街に送る準備は出来てるから一緒に来てくれ」
四人を連れて部屋を出ようとした時、腕のブレスレットに連絡が入った。作戦指令室のバジルからだ。
『陛下。帝都ガリアを監視中の偵察機が、城から飛び立つ複数の飛竜を捉えました。この塔に向かって飛行中です』
「早速偵察隊を送り込んで来たか。さてさて、彼らがこの塔を見てどんな報告をするのか、非常に気になるところだな」
バベルの塔はその長大な高さのせいで、遠目には細い棒か煙突にしか見えない。
目視できるのは窓のないレンガ模様の外壁だけであり、外観から塔の戦力を推し量る事など不可能だ。
いくら偵察しても何も分かりはすまい。
そうほくそ笑む俺に、バジルが驚愕の事実を突きつけた。
『そうじゃありません。接近する飛竜の数は全部で五十二。全ての飛竜には武装した騎士が騎乗しています。これは偵察隊ではありません。空戦部隊の本体です』
「は? 正気か? 偵察も無しにいきなり本隊を繰り出して来たのか?!」
敵の戦力分析もしないで突っ込んでくるとは、一体何を考えているのか。
威力偵察という線もあるが、それにしては出撃させてきた数が多すぎる。
『陛下、どうやら先頭の飛竜に騎乗しているのは、ランドルフ皇帝本人のようです』
「マジかよ……」
ランドルフが戦う皇帝と呼ばれているのは知っている。勇猛果敢な武将である事に疑いの余地はない。
だがこれはちょっと無茶が過ぎるだろ……。
俺はオット達を振り返った。
「あー、諸君。すまんが急用が出来た。街に送り届けるのは一旦取り止めだ。部屋に戻って寛いでいてくれ。後で茶菓子でも届けさせる」
ランドルフ皇帝が塔に攻めて来たと聞き騒ぎ出すオット達を部屋に押し込め、急いで作戦指令室へと取って返す。
作戦指令室ではバジルが矢継ぎ早に指示を出しているところだった。
「メカ・ワイバーン部隊を迎撃に向かわせろ。塔への接近を断固阻止せよ。火器の使用は禁止。戦闘は格闘戦で行え。塔の防御は対空機銃をフルオートに設定。空での騒ぎに紛れ、地上部隊を送り込んでくる可能性もある。無人偵察機を塔の周囲に展開し、怪しい動きがないか探れ」
メカ・ワイバーンに火器の使用を禁じたのは、乱戦で流れ弾がランドルフに当たる事を恐れたためか。
確かに今はまだランドルフを死なせる訳にはいかない。
「バジル。俺もメカ・ワイバーンで出る。ランドルフを何とか追い返してみるよ」
「よろしくお願いします、陛下」
向こうが皇帝自ら先陣を切って挨拶に来るなら、こちらも皇帝自ら先頭に立ってお出迎えするのが礼儀というものだろう。
とはいえ俺には生身でランドルフと正面切って戦う度胸も技量もありはしない。
こういう時こそ俺の影武者アンドロイド、ブラック1の出番だ。
「ブラック1を格納庫へ。メカ・ワイバーンに騎乗させろ」
◇
格納庫内にサイレンが鳴り響いている。
『第四ゲート開放! 第四ゲート開放!』
アナウンスが響き渡り、塔の外壁の一部がゆっくりと開いていく。
開口部の周囲で黄色いランプが明滅を繰り返している。
格納庫内には数十機の鈍色の飛竜、メカ・ワイバーンがずらりと並んでいる。戦闘に特化した金属剥き出しの機体は、見る者に恐怖を抱かせる勇ましい容貌となっている。
一番端のワイバーンには俺の影武者ブラック1が騎乗している。今回俺が操作するのはこのブラック1……ではない。ブラック1が騎乗するメカ・ワイバーンの方だ。
格納庫フロアの一角にはメカ・ワイバーンの遠隔操縦用コックピットが設えられており、これを使えば、どのメカ・ワイバーンでも遠隔操縦が可能となっている。
『緊急発進! 緊急発進! 発進三十秒前。総員退避! 総員退避!』
格納庫内で作業していた数台の整備ロボットが、退避所へと駆け込んでいく。
遠隔操縦用コックピットに座り、ヘルメットを被る。
バイザーの内側にメカ・ワイバーン視点の風景が映し出される。
ブラック1の乗るメカ・ワイバーンが、牽引装置に引かれ発進位置へと運ばれていく。
後続のメカ・ワイバーンも次々と発進位置へと移動を開始している。
『メカ・ワイバーン01、発進位置へ。魔導エンジン出力上昇。カタパルト準備良し。発進スタンバイ!』
シグナルが青に変わる。
「アダム、メカ・ワイバーン01。出る!」
スロットルレバーをいっぱいに倒す。
ドンという衝撃音と共に、メカ・ワイバーンが大空へと射出された。
畳まれていた翼が大きく開かれる。
後続のメカ・ワイバーンも、続々と塔から発進しているようだ。
「さあ、ランドルフ。一戦交えるとしようじゃないか」




