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第164話 宣戦布告

 エルドラ帝国皇帝ランドルフ。

 五十を過ぎてもなお衰えを見せず、時には自ら戦場に赴き先陣を切る生粋の武人である。民衆からも絶大な信頼を寄せられており、常勝無敗の軍神ランドルフとの異名を持つ戦う皇帝である。


 そのランドルフの前のテーブルの上に、灰色の卵型の石が置かれている。

 テーブルを挟んだ向かい側には密偵クライヴが座っている。


「クライヴ。聞きたい事は多々あるが、まず最初に確認しておく。これは本物の浮遊石か?」

「はい、陛下。本物の浮遊石に間違いありません。実際にこの石が人の体を浮かせるのを見ていますし、鑑定持ちの部下もこの石が浮遊石だと確認しています」


 ランドルフは石を手にして仔細に観察を始めた。


「ただの石にしか見えんがな」

「魔力を流せば確認は出来ます。ただ石を浮かせるには、かなりの量の魔力が必要のようです」

「実際に空に浮くところを見てみたいが、それは後だ。まずはお前の報告を聞きたい。しばらく連絡が途絶えて心配しておったが、それが見知らぬワイバーンで帰還したと思えば、浮遊石の入手に成功したという。一体、何があった?」


 クライヴはランドルフから借り受けた通信用の魔道具を使い、エデン帝国で収集した情報を度々本国へ報告していた。

 最後に連絡を入れたのは、クライヴ達がバベルの塔へ潜入する数日前であり、それ以降は連絡を絶ったままだ。


「エデン帝国の帝都バベルにはバベルの塔という、天を衝くような高さの塔が立っており、調査の結果、そのバベルの塔の最上階に浮遊石が保管されていると判明しました。そこで我々は…」


 クライヴはバベルの塔に侵入する事となった経緯をランドルフに語って聞かせた。

 そして塔への侵入後、塔が空に浮かび脱出不能となった事。塔の守護者に数多くの試練に挑まされた事。全ての試練をクリアした報償として浮遊石を手に入れた事などをも報告していく。


「塔の最上階で私達を待ち受けていたのは、エデン帝国の皇帝アダムでした。彼は私に浮遊石を渡すと、一つの依頼を持ち掛けてきました。私を帝都ガリアまで送り届けるので、ランドルフ陛下との会見を仲介して欲しいと」


 その言葉を聞き、ランドルフが大きく頷く。


「貴重な浮遊石を他国の密偵に渡す理由が納得出来なんだが、そういう事か。だが儂が会う事を承諾せぬうちに石を渡すとは、エデンの皇帝はただの馬鹿か、それとも何か裏があるのか」

「いえ。石はあくまで試練への報償です。陛下が会見を承諾するか否かは全く関係ありません」

「ふむ。それで儂が会うのを承諾したら、アダムはこの帝都ガリアまでやって来るのか?」


 クライヴはその問いには答えず、ランドルフに問い掛ける。


「陛下、エデン帝国アダム皇帝との会見を承諾されますか?」

「何を話し合うつもりか知らんが、向こうが挨拶に来るというなら会ってやろう」

「では今からアダム皇帝をお呼びしても?」


 ランドルフが目を剥いた。


「今からだと? まさかもう近くまで来ておるのか?」

「いえ。以前陛下が私にお預け下さった通信用の魔道具。あれに似た通信用魔道具をアダム皇帝より預かってまいりました。それを使えば遠方にいても互いの姿を見ながら会話が出来るそうです」


 ランドルフの目つきが鋭くなった。

 クライヴの口ぶりに強烈な違和感を感じたからだ。


「クライヴ……。貴様……、エデン帝国に取り込まれたか?」

「いえ。私の忠誠は変わらず陛下に捧げております。……ただ」

「ただ、何だ?」

「ただ、私がバベルの塔で見聞した事で、まだ陛下に報告していない事がいくつかございます。それについては、アダム皇帝が自分の口から陛下に伝えるので、私からは何も言わぬようにと堅く口止めされました」


 ランドルフの額に青筋が浮き出る。


「クライヴ。儂への忠誠を口にしておきながら、皇帝アダムの意を優先するとはどういうつもりだ!」


 ランドルフの怒りを予想していたようで、クライヴは頭を下げて言った。


「陛下。まだ私の部下達はバベルの塔に留め置かれたままです。どうかお察しいただきたく」


 ランドルフはクライヴの配下として、何人かの若手を送った事を思い出した。

 問題を抱えていて燻っていた者達であり、捨て駒にして構わないとも言ってあったはずだ。


「クライヴ。部下を人質に取られ相手の言いなりとは情け無い。昔のお前ならそんな失態は犯さなかったはずだが。……老いたな」


 そうは言っても、年齢を理由に一線から身を引いたクライヴを、強引にエデン帝国に送り込んだのは、他でもないランドルフ自身だ。

 クライヴが何を隠しているのかは気になるが、皇帝アダムの口から語られるのならば、これ以上責めても仕方がない。


 この怒りは全て皇帝アダムにぶつけてやろうと意を決し、ランドルフはクライヴに告げた。


「浮遊石を手に入れた功績に免じ、儂への隠し事の件は不問とする。いいだろう、会おうではないか。すぐにアダムを呼び出せ!」

「では、早速」


 クライヴは懐から黒い筒を取り出すと、周囲に何も置かれていない床へと置いた。


「これが通信用の魔道具です。陛下、アダム皇帝に繋ぎます。よろしいですか?」

「やれ!」


 ランドルフがそう言い終わったとたん、黒い筒の前にひとりの男が現れた。

 黒い髪に銀の仮面。黒を基調とした豪華な衣装にマントを羽織った若い男だ。

 男の身体は淡い光を放っており、不思議な神秘的な雰囲気を醸し出している。


 現れた男はランドルフを見ると口を開いた。


「お初にお目に掛かる。余はエデン……うわっ!」


 男が悲鳴を上げた。

 ランドルフが腰の剣を抜き放ち、仮面の男に斬りかかったからだ。

 だが振り抜かれたランドルフの剣は何の手応えも無く、男の体をすり抜けた。


「おい! こら! 何すんだよ! いきなり斬りかかるとは何考えてるんだ!? ホログラムだから良かったようなものの、生身の身体だったら今頃真っ二つになってるぞ!」


 余程肝を潰したのであろう。男が心臓の辺りを押さえて息をはずませている。

 ランドルフは抜いた剣を鞘に納めながら言う。


「ふん。部屋の中にいきなり現れ出たのだ。暗殺者と間違われても仕方あるまい」

「いや、ちゃんと通信を繋ぐって言われたはずだぞ!」

「知らんな」


 突如出現した男の姿に驚き、反射的に剣で斬り付けてしまったのだが、ランドルフにそれを謝るつもりは全くない。


「今度からはホロ映像を出す前に、何か登場予告的なものを出した方がいいのかな?」


 仮面の男はひとつ咳払いをすると、姿勢を正して言った。


「お初にお目に掛かる。余はエデン帝国皇帝アダム…………。今更勿体ぶった話し方してももう手遅れか。どうやらそっちも俺とご同類のようだし、ここからはお互い砕けた話し方でどうかな? ランドルフ皇帝」


 一瞬にして丁寧な口調を捨て去ったアダムが、気安い態度でランドルフに呼びかける。


 確かにランドルフも私的な場では砕けた会話を好む方だ。

 だが、それは自分が相手に許可した場合の話だ。格下相手から一方的に馴れ馴れしくされる謂れはない。


 思わず怒鳴りつけようとしたランドルフだったが、アダムの態度に微かなわざとらしさを感じ、相手をじろりと睨むに留めた。

 アダムが単なる馬鹿者なのか、それとも馬鹿者を装う策士なのか、しっかりと見極めてやろうと思ったのだ。


「貴公がアダムか。儂の手の者がずいぶん世話になったそうだな。礼を言う」

「なに、礼には及ばないよ。クライヴ達はバベルの塔の最初のお客さんだったからな。俺も精一杯おもてなしさせて貰った」


 ランドルフの痛烈な皮肉が伝わっていないのか、それとも分かっていてはぐらかしているのか、ランドルフには判断が付かない。


「訪問客へのおもてなしは俺の故国の自慢の文化でね、我がエデンでも根付かせようと啓蒙活動の真っ最中なんだよ」


 どうでもいい自慢話にイラついたランドルフは、早々に本題に入る事にした。


「世間話をしに来たのではなかろう。浮遊石などという伝説の石を献上されたのだ。何か儂に願いがあるのなら話を聞こう」

「浮遊石はクライヴへの報償で、別にランドルフへの献上品って訳じゃないんだけどな」

「儂への願い事でないと言うなら、何の用で儂への会見を申し込んだ?」

「実はエルドラ帝国と我がエデン帝国の間で友好的な関係を築けないかと思ってね。今は国同士が遠く離れ過ぎて交流なんてほとんど無いんだけど、お互い帝国主義の国なんだから、将来的にどこかで衝突する可能性が高い。だったら早めに仲良くなっておいた方がいいかなと思ってね」


 不敬で軽薄な態度はともかく、言っている事に不審な点はない。


「ふむ。我が方に利があれば話に乗らんこともないが」

「それはもう、泣いて喜ぶような利益がちゃんとあるぞ」

「ほう。領土など無きに等しい新興国家が、大陸随一の我が国にどんな利をもたらしてくれるのだ?」

「そうだな。浮遊石をいくつか追加で提供する用意がある。飛行船に仕立てるつもりなら船体の製造も請け負うぞ」


 ランドルフの目の色が変わった。


 エルドラ帝国は古くからワイバーンを軍事利用してきた。そのため空の重要性は十分理解している。

 だがワイバーンの欠点は山岳地帯を離れて活動出来ず、エルドラ帝国の領域内でしかまともに使えない事だ。

 だからこそ大陸全土で使える空の戦力を保有せんと、クライヴに浮遊石の入手を命じたのだ。


 浮遊石に加え飛行船の製造まで請け負うというなら、ランドルフにとっては願ったり叶ったりだ。


「ふむ。なかなか魅力的な話だな。それでそちらが儂に望むものは何だ? 友好関係を築きたいと言ったな。では両国で何か条約を結ぶか。友好条約でも通商条約いい。何なら不可侵条約でもいいぞ。さあ、望みを言え」

「条約ねえ……、それはいらないかな。だってエルドラ帝国って、過去に何度も不可侵条約を締結した国に攻め込んでるでしょ。守られない約束に意味はないよ」


 ランドルフは心の中で舌打ちをした。

 確かに条約などただの方便でしかない。例え破ったとしても、相手国を攻め滅ぼしてしまえばそれまでだ。条約破りの責を問う者などいなくなるのだから。


「では何を望む?」

「うーん……。なあランドルフ。あんたは俺を成り上がりの若造としか思ってないだろ。今のあんたとでは、話し合いをするだけ時間の無駄のようだ。とはいえ、将来両国が衝突して多くの血が流れるような事態は何としても回避したい」

「別にそうなっても儂は一向に構わんがな」


 アダムの顔に笑みが浮かぶ。


「俺の故国には古くからの伝統というか慣例があってだな。意見が合わず仲の悪い二人を親友に変える方法があるんだ」

「ほう、是非とも聞きたいな。どうするのだ?」


 アダムが自分の手を握り締め、ランドルフに突き出した。


「拳で語り合うんだよ。互いの力を出し切って殴り合えば、敵だった者との間に友情が芽生え、ついには終生の友に変わる。これ、少年漫画では常識だ」

「お前は何を言っておる? 意味が分からん」


 あきれ顔のランドルフにアダムが言い募る。


「だがな、ランドルフ。実際に俺とお前が拳で殴り合えば…………確実に俺が負ける。ボコボコにされて負ける。そりゃもう手も足も出ないまま負ける。俺は殴られ耐性があるから簡単に倒れたりはしないが、反撃も出来ずに一方的に負けるだろう。断言しよう、俺はとっても弱い!」

「お主、何を威張っとるんだ?」

「だから皇帝同士の殴り合いはなしだ。お互いの国同士での勝負といこう」

「国同士の勝負とは即ち戦争だ。アダムよ、もうそこまでにしておけ。流石にこれ以上は冗談と聞き流せなくなる」


 ランドルフの制止を無視し、アダムは更に言い募る。


「冗談なものか。そこにいるクライヴはかつて身分を詐称しバベル城に無断侵入した。更には部下を率い、浮遊石を狙ってバベルの塔に忍び込んだ。クライヴがランドルフの指示で動いていた事は明白だ。エルドラ帝国は我がエデン帝国に敵対した。看過出来ぬ所業である」


 アダムがランドルフに指を突きつけた。


「エルドラ帝国皇帝ランドルフ。我がエデン帝国は貴国に戦いを挑む。これは宣戦布告である」


 部屋の中が静まり返った。


「正気か? 君主の口から出た言葉だ。簡単には取り消せんぞ」

「取り消すつもりはない。だがこれはエルドラ帝国との友情を求めんが為の戦争であり、国を荒廃させるような全面戦争は好ましくない。だからルールを提案する」

「戦争にルールだと?」

「そう、ルールだ。帝都ガリアから五十キロ程南にフェルーナ高原という人がほとんど住んでいない高原がある。そこに我がエデン帝国の移動要塞『バベルの塔』を設置した」

「移動要塞?」


 ランドルフは部屋の隅で皇帝たちの会話を見守っていたクライヴに視線を向けた。


「クライヴ、バベルの塔とはお前が潜入していた塔ではないか。移動要塞だと? こ奴の言っている事は本当か?」

「移動要塞というのは初耳ですが、バベルの塔が空飛ぶ塔なのは確かです。私は塔に乗ってエルドラ帝国まで戻ってきました。バベルの塔は既にエルドラ帝国領内にいます」


 既に自国内に侵入されていると聞き、ランドルフの怒りが爆発した。


「貴様! 最初から儂と戦うつもりだったのか!?」

「ランドルフ。エルドラ軍の力でバベルの塔を撃退してみせろ。勝利条件は塔の最上階の制圧もしくは破壊だ。攻略期限は今日を含め七日間。塔の攻略に成功すれば、この戦争はお前達の勝ちだ。勝者の権利としてエデン帝国の領土、賠償金、浮遊石。何でも欲しいものはくれてやる」

「もし七日間で塔を攻略出来なかったら儂らの負けか? そうなったからと言って、儂は負けなど認めんぞ」


 仮面の皇帝アダムは正面からランドルフの目を見て言った。


「七日を過ぎてなおバベルの塔が健在、かつエルドラ帝国が敗北を認めない場合、バベルの塔は帝都ガリアに向け進軍を開始する。無人に近い高原ではなく、人が多く住む帝都での戦いとなれば、市民の間にも多くの犠牲が出るだろう。そうならぬよう、塔の攻略に失敗した場合は潔く敗北を認める事を望む」


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[一言] >ランドルフが腰の剣を抜き放ち、仮面の男に斬りかかったからだ。 狂犬だな。
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