第163話 塔の真実(2)
「さあ、受け取るがいい。君達が欲しがっていた浮遊石だ」
差し出された手の中に卵型の石が握られている。表面が綺麗に磨かれている事を除けば、ただの灰色の石にしか見えない。
クライヴは差し出された石をじっと見つめた。
「いや、本物だってば。魔力を流せば分かる。といっても、浮遊石を活性化させられるだけの魔力持ちはいないか。……この中で一番魔力が多いのはオットだな」
タツヤは椅子から立ち上がると、手招きしてオットを呼び寄せた。
そして手にした石をオットに渡すと言った。
「オット、魔法は使えるな?」
「ああ。だが種火を起こす程度の生活魔法しか使えんぞ」
「問題ない。この石を手に持って魔力を流し込んでみろ」
石を握り締めたオットが、言われた通り石に魔力を流し始める。
「おおっ、光り出したぞ!」
「浮遊石は普段はただの石にしか過ぎないが、魔力を通すと淡い光を放つ。そして更に大量の魔力を流し込むと、石は活性化して浮遊反応を示すようになる」
タツヤがオットの背中に手を当てた。
「だがオットには石を活性化させられるだけの魔力がない。だから俺の魔力を貸してやる。行くぞ!」
「おい! 行くぞって何だ? ……おおっ、何だ何だ。体中に魔力が満ちてくる……。胸が、胸が熱い……」
「高濃度の魔力が流れ込んで体内で発熱してるんだ。大丈夫。死にはしない」
「おい! 本当に大丈夫なのか!? すごく怖いんだが!」
オットが持つ石の輝きが一段と増した。タツヤがオットの背中から手を放す。
「よし、浮遊石が目覚めた。オット、ゆっくりと念じてみろ。『浮け』と」
「おっ、身体が軽くなった……。浮いた! 浮いたぞ!」
オットの足がゆっくりと床を離れ、身体が宙に浮きあがった。
歓喜の表情を見せるオットだったが、宙に浮いた体はすぐに床の上へと落ちてしまった。
「ああっ、魔力が尽きた……。石の光が消える……」
「もういいだろう。それ以上やると魔力切れでぶっ倒れるぞ」
タツヤは不満顔のオットから石を取りあげると、その石を改めてクライヴに手渡した。
「見ての通り本物だ。全ての試練をクリアした報償だ。遠慮なく受け取れ」
クライヴは自分の手の中の石をじっと見つめていたが、やがて険しい表情で顔を上げた。
「なぜこれを俺に渡す? お前の真意は何だ?」
「石が欲しくてこの塔に盗みに入ったんだろ。それが投獄される事もなく、目的の石まで貰えたんだ。そこは素直に『タツヤ様、ありがとう』って言うのが大人の対応だと思うんだが」
「どの口がそれを言う。散々俺達を手玉に取っていいように操ってきた男の言葉とは思えんな」
「何日も一緒に試練に挑んだ仲間に対して、酷い言い様じゃないか」
しばしの睨み合いの後、しぶしぶといった感じでタツヤが折れた。
「はあ、仕方ないな。じゃあ、少し真面目な話をしようか」
タツヤは居住まいを正し、クライヴを正面から見据えた。
「クライヴ、君は前に、他国の外交使節員に化けバベル城に忍び込んだ。これはエルドラ帝国によるエデン帝国への敵対行為に他ならない」
「俺がエルドラ帝国の密偵だという証拠はあるのか? …………なんて聞くだけ野暮ってものだな」
反射的に言い返してしまったが、当然証拠は十二分に揃えているはず。そう悟ったクライヴは早々に白旗を上げた。
タツヤは笑って言葉を続ける。
「エルドラ帝国って年がら年中どこかの国と揉めてるんだってな。建国初期は国土の安定を名目に近隣諸国や部族を攻め滅ぼして国土を広げているし、中期以降は国土の拡張こそ止めたものの、積極的に周辺国に戦争を仕掛けては相手国を隷属させている。まさに絵に描いたような帝国だ」
非難めいたタツヤの口調に、クライヴの表情の険しさが増す。
「エルドラ帝国が今後も同じような速度で周辺諸国への侵略を続けるなら、早ければ十五年、遅くとも三十年後には我が帝国と事を構えるだろう」
「そんな何十年も先の予測に何の意味がある!」
タツヤはクライヴの言葉を遮るかのように、手の平を広げクライヴに向けた。
「まあ話を聞け。俺は未来に起こり得る危機を回避すべく、早急にエルドラ帝国の皇帝と会談の場を持つべきだと考えた。エデン帝国とエルドラ帝国で経済的な協力関係を築き、互いの国が共に発展するような仕組みを作り上げれば、エルドラ帝国も大陸南方への侵略政策を放棄するだろうと思ったんだ」
協力関係を築くというタツヤの言葉を聞き、クライヴは自分の手の中の浮遊石に目をやった。
「この石は友好関係を結ぶための贈り物か。確かに浮遊石をランドルフ陛下に献上すれば、エデン帝国との対話の道が開ける」
話の流れが見え始め安堵するクライヴ。
だがタツヤはゆっくりと首を振った。
「残念ながらそうじゃない。我々は独自に収集したエルドラ帝国の情報を念入りに分析した。その結果、エルドラ帝国と対話を重ねたとしても、友好関係を結ぶのは困難との結論に至った」
「何を根拠に?」
「エルドラ帝国はエデン帝国との友好関係など望まない。エルドラ帝国が周辺国に望むのは友好ではなく隷属だ。何か欲しい物があれば、戦いを挑み相手を捩じ伏せて取り上げるだけだ。……今現在も、どこかの国を相手にやってるだろ」
「我々は欲望のままに戦争を仕掛けるような、未開の国の蛮族じゃない」
「はっ、浮遊石を盗み出そうと塔に押し入った君がそれを言うか」
タツヤがクライヴの抗議を鼻で笑う。
言葉に詰まるクライヴにタツヤが畳みかける。
「対等な立場でエルドラ帝国と友好関係を築こうとしても、その試みは必ず失敗に終わる。もし本気で友好関係を築きたいのなら、まずはエデン帝国の国力を見せつけ、どちらが上かはっきりさせてから会談に臨むしかない」
仮面から覗くタツヤの口元に笑みが浮かぶ。
「ではどうやってエルドラ帝国に我が帝国の力を見せつけるか。一番効果的なのは俺の持つ天空の島だ。天空の島でエルドラ帝国の帝都ガリアに赴き、島を低空に降下させる。空に浮かぶ巨大な島が帝都の上空を覆い尽くせば、街中は大混乱に陥るだろう。人智を超える存在への反抗がどれほど無意味か、皆が心に刻みつけるだろう。これは実際にやった事があるんだ。効果は保証付きだよ」
天空の島が帝都ガリアを押し潰す様を想像したのだろう。
それまで黙って聞いていたアクセルがぼそりと呟いた。
「あんたは悪魔か?」
「そう褒めるな。照れるじゃないか」
「褒めてねえよ!」
タツヤはニコリと微笑むと話を続けた。
「とはいえ天空の島はエデンの象徴だ。エデンから遠く離れたエルドラの地に持って行って、万が一があっても困る。天空の島の代わりにエルドラに派遣できるものは何かないか? サラマンダーのような空中艦では駄目だ。もっと神秘的で見る者に畏怖を抱かせる何かだ……。そう考えたら自ずと答えは出たよ。あるじゃないか。うってつけの建造物が」
タツヤが腕を上げ、指をパチリと鳴らした。
すると部屋の壁の一面がするすると動き出し、そこに横長の大きな窓が出現した。
窓の向こうには山野の風景が広がっている。
「皆、窓に寄って外を見てみるといい。いい眺めだろう」
警戒しながら窓に近づくクライヴ達だったが、窓の外に広がる地上の風景を見ると、たちまち窓にへばりつくように下界を眺め出した。
「これが塔の上から見た風景か。実に雄大だな。何だか鳥にでもなった気分だ」
「そうだろ。どんな山よりも高い位置から地上を見下ろしてるからな」
窓に張り付いて外の風景を見ていたクライヴが訊ねる。
「それでタツヤの言う『見る者に畏怖を抱かせる建造物』ってのはどこにあるんだ?」
「そう急ぐな。こんな素晴らしい景色を見る機会なんて滅多に無いぞ。ほら、正面に見える山がヘリオン山。その右がゴダール山。二つの山の間がベルガム平原。あの青い湖がロマ湖で、そこから海に流れ出る大きな川がアムリート川だ」
次々と地名を上げていくタツヤに、イングリッドが怪訝そうな顔を向けた。
「ロマ湖にアムリート川って……。私の故郷にも同じ名前の湖と川がありますが……」
「何か勘違いしてないか? 窓の外に見えているが、そのロマ湖とアムリート川だよ」
「え? どういう事?」
戸惑うイングリッドを放置し、タツヤはクライヴに告げた。
「見る者に畏怖を抱かせる神秘的な建造物とは他でもない。このバベルの塔のことだ。塔は今、エルドラ帝国の帝都ガリアから五十キロほど南を飛行している」
「馬鹿な。エデンからエルドラまで、一体どれだけの距離が……」
「俺達が塔の試練に挑んでいた五日間。この塔はひたすらエルドラ帝国を目指し空を飛び続けていたんだよ。この塔は元々空を移動出来るよう作ってあったんだが、流石にこんな長距離の飛行は想定してなくてね。おかげでここまで来るのに五日もかかった。サラマンダーなら一日で踏破する距離なんだがな」
クライヴは思わず身震いした。
帝都バベルで行った諜報活動の結果、エデン帝国は今以上の勢力拡大を望んでいないと知った。
だから考えてもいなかったのだ。エデン帝国がエルドラ帝国に侵攻するという状況を……。
「帝都ガリアから目と鼻の先に、突然天に届かんとする謎の塔が出現したら、帝都の住人はさぞ驚くことだろう。ランドルフ皇帝がどんな反応を示すか楽しみだ」
銀の仮面で顔を隠していても、タツヤが満面の笑みを浮かべている事は容易に見て取れる。クライヴは震える声でタツヤに訊ねた。
「エルドラ帝国に攻め入るつもりか?」
タツヤは笑顔でクライヴの肩に手をかけた。
「そこはクライヴの働き次第かな。期待してるよ」
◇◇◇
「陛下! ランドルフ陛下!」
「何だ、騒々しい」
ここはエルドラ帝国の帝都ガリア。
その皇帝ランドルフの居城の一室に、一人の武官が慌てて駆け込んで来た。
「陛下! 城の中庭に所属不明のワイバーンが一頭降り立ちました。ワイバーンには白旗を掲げた男が騎乗しており、陛下への目通りを願い出ています。男は陛下の密使クライヴと名乗っており、陛下への書状を携えておりました。ですがまだ身元の確認は取れておりません」
武官の報告を聞き、ランドルフは怒りを爆発させた。
「正体不明のワイバーンだと! 城への侵入を黙って許したのか!? 警備の竜騎士隊は何をしていた!」
「それが、ワイバーンは城の直上から一気に降下してきたようで、接近に気付いた時には既に中庭に降り立っていたそうです」
ワイバーンは平地ではそれほど高く飛べはしない。それが誰にも察知されないような高度から一気に降下し城に侵入するなど、本当に可能なのか? 侵入を見逃した見張りの言い訳ではないのか?
ランドルフは首を振った。責任追及は後だ。
「男の持っていた書状はどうした?」
「これに」
武官が差し出す白い封書を受け取り封を開く。
封書には幾つかの単語が書かれているだけだ。だがこれは皇帝と直属の密偵とで決められた本人確認用の符牒であった。
「ふむ。符牒は合っておる。クライヴ本人に間違いなさそうだな。奴を連れてこい」
「それが、男はワイバーンから離れられないため、陛下に中庭まで出て来ていただきたいと申しております」
皇帝を呼びつけるなど不敬極まりないが、相手がクライヴなら意味があっての要求だろう。
「分かった。儂が出向こう。何人かついて来い」
ランドルフは数人の護衛を従え、城の中庭へと向かった。
城の中庭でランドルフを待ち受けていたのは、翼を畳んだ一頭の飛竜と、その脇に立つ一人の男だった。
男はランドルフを見ると、恭しく頭を下げた。
「お呼び立てして申し訳ありません。ランドルフ陛下」
「クライヴか。元気でやっておったか?」
そう訊きながらも、ランドルフの視線はずっと飛竜に注がれている。
「これがエデン帝国のワイバーンか。我がエルドラ帝国の他にワイバーンを飼い慣らしておる国があろうとは。クライヴ、よくやった。まさか生け捕りにして戻って来るとは思ってもおらなんだ」
「グワッ」
ランドルフの言葉に呼応するように、ワイバーンが一声短く鳴いた。
嬉しそうに飛竜を見るランドルフに、クライヴが再び頭を下げた。
「陛下、申し訳ありませんがこのワイバーンは、私をこの城に運んだだけで、生け捕ったものではございません」
「どういう事だ?」
ワイバーンが畳んでいた翼を大きく広げた。
周囲が騒然となる。皇帝の護衛達が一斉に腰の剣を引き抜いた。
「グワーーーーーッ」
ワイバーンは翼を羽ばたかせ一気に大空へと舞った。そしてひたすら天に駆け上がるように高度を上げていき、やがて小さな点になって消えてしまった。
茫然とワイバーンを見送ったランドルフがクライヴを見た。
その目にはありありと非難の色が浮かんでいる。
「クライヴ、今のはどういう事だ? ちゃんと説明してもらおうか」
クライヴは要求に答える代わり、懐に手を入れ小さな袋を取り出した。
そして袋の中から灰色の石を取り出すと、恭しくランドルフに捧げた。
「陛下。ご要望の品を手に入れて参りました。お確かめ下さい。浮遊石です」




