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第168話 戦争の真実(1)

 皇帝ランドルフが俺を追って来る気配はない。

 どうやら帝都ガリアへの撤退を始めているようだ。


 メカ・ワイバーンの操縦をオートに切り替え、自機がバベルの塔への帰還コースに乗っている事を確認してヘルメットを脱ぐ。


 今回の空戦でエルドラ帝国のワイバーン部隊は、ほぼ壊滅に追い込んだ。当分は空から攻めて来る事はないだろう。


 戦いは我が方の勝利に終わったが、とても手放しで喜べる状況にはない。如何せん被害が大きすぎる。

 貴重な戦力であるメカ・ワイバーンが七機も失われ、残る機体も多かれ少なかれ損傷を受けている。


 俺の乗機を含め、損傷の激しい機体はバベルの塔へ帰投中だ。

 撃墜された機体は、回収のための部隊をバベルの塔から派遣した。

 戦闘で生き残った機体には、回収部隊の護衛を指示してある。


 初戦でここまでやられるとは完全に想定外だった。

 機体の修理と損失機の補充を急がせなければならない。


 俺に代わりメカ・ワイバーンに騎乗させた影武者アンドロイドのブラック1は、片腕片足を失い見るも無残な状態だ。損傷の度合いが大きく、バベルの塔の設備では修理は無理だろう。


 しかしランドルフの奴め。軍神の二つ名は伊達じゃないな。生身の人間がレーザー砲を防ぐだなんて反則にも程があるだろ。


 暗澹あんたんたる思いでコックピットのシートに座り込んでいると、作戦指令室のバジルから連絡が入った。


『陛下。至急、作戦指令室にお越し下さい。問題が発生しました』

「どうした? 何があった?」

『エルドラの密偵イングリッドに、くだんの予知情報が漏れた怖れがあります』

「すぐに行く」


 やれやれ、休む間もなく問題発生か……。やだなぁ。聞きたくないなあ……。


 遠隔操縦用コックピットからのそのそと這い出れば、そこはバベルの塔の格納庫の一角だ。

 緊迫した戦場から安全な拠点へ一瞬で戻れてしまうこの感覚。気分の切り替えがなかなか難しい。



 ◇◇◇



 バベルの塔の作戦指令室で、総大将のバジルがフローラと一緒に俺を待っていた。


「陛下。お疲れのところ申し訳ありません。面倒が起きました」

「何があった?」

「応接室に軟禁しいているイングリッドにフローラ嬢の素性がばれたようです。例の予知についても知られた可能性が高いかと」

「何故ばれた? どんな状況なんだ?」

「まずはこの映像をご覧ください」


 目の前にホログラム映像が映し出された。オット、アクセル、カリーネ、イングリッドの四人が部屋で会話をしている光景だ。

 どうやら俺が彼らを応接室に押し込んだ直後の映像のようだ。


 四人の間で何やら議論が白熱しており、フローラが部屋に入ってお茶を配り始めた。給仕を済ませ退出しようとするフローラの手をイングリッドが掴んだ。


 突然イングリッドに異変が起きた。どうやら意識が混濁しているようだ。


『あれは駄目……。止めて……。エルフリーデさん……。あれは……駄目……。止めて……』


 一体イングリッドに何が起きている?


「確かに『エルフリーデ』って言ったな。フローラの正体を知らなければ絶対に出て来ない名前だ。イングリッドはホルス王国エルフリーデ王女の顔を見知っていた。……という可能性はないはずだが」


 ホログラム映像は更に進む。


『帝都バベルが……業火に包まれる……。炎をまといし……大きな魔物が……街を……飲み込む……。駄目……駄目なの……止めて……』


「ふむ。『帝都バベル』、『業火』、『魔物』。こんなキーワードが出てきたとなると、これはフローラが予知した未来の話とみて間違いないだろう。フローラはこれを聞いてどう思った?」

「彼女は私の手を掴んだ直後に異常をきたしています。私から何らかの影響を受けて彼女も予知能力に目覚めたか、それとも私が視た予知の記憶を読み取ったか。そのどちらかではないでしょうか」

「予知スキルもしくは読心スキルの発現か。なかなか興味深い仮説だな」


 まあその辺りは本人に確かめるとしよう。


「イングリッドはどうしてる?」

「治療が終わって医務室で眠っています。容態は安定していますが、医療班にも彼女の身に何が起きたかは分かっていないそうです」

「そうか。知られてしまったとなると、彼女をどうすればいいか……」


 今回のエルドラ帝国との戦争では軍務大臣バジルが総大将だ。彼の意見を聞いてみるか。


「バジル。この状況、どう思う?」

「こうなった以上、彼女をただ帰す訳にはいきません。事が済むまでエデン本国に送って厳重に隔離しておくか、もしくはひと思いに処分してしまうべきかと」


 かなり物騒な発言だが、今の状況を鑑みれば非道な発言とも言い切れない。


「フローラ。君の考えは?」

「彼女は帝都バベルに起こる惨劇に心を痛めています。エルドラ帝国の密偵としてではなく、一人の人間としてあの惨劇を防ぎたいと願ったのでしょう。彼女には全てを打ち明け、真摯に協力を請うべきだと思います。きっと私達の助けになってくれます」


 フローラが俺を正面から見ている。その瞳から強い意志が伝わってくる。


「……それも予知か?」

「いいえ。彼女が本当にあの予知を視たのなら、あの惨劇を未然に防ぎたいと思うのは当然の事です。私は今でも生きながら業火に焼かれていく、あの子供達の姿を……子供達の……」


 フローラの言葉が途切れた。その瞳は涙で潤んでいる。


「分かった、フローラ。もういい」


 フローラの言うように、イングリッドに全てを打ち明け協力を願えば、彼女は俺達の声に応えてくれるかもしれない。

 だがそれは希望的観測に過ぎない。何と言っても彼女はエルドラ帝国の密偵なのだから。


「イングリッドが目を覚ましたら彼女と話をしてみるよ。その上で協力を仰げそうなら全てを打ち明ける。とは言え、馬鹿正直に全部話せば拒絶されるよな。はぁ、どうしたものか」

「全てを聞いてから拒絶するようなら、その時こそは……」


 バジルは最後まで言わず、親指を首に当て横に引き裂く仕草をした。

 そうならないよう祈るとしよう。



 ◇



「イングリッド。調子はどう?」


 医務室に入って来た俺とフローラを見て、イングリッドがベッドの上で体を起こした。

 体力は戻っていないが、身体に問題はないと医療班から報告は受けている。話を聞くくらいは問題無いだろう。


 イングリッドは俺を見て、開口一番こう言った。


「タツヤさん。街を救って下さい。あれは駄目です。今ならまだ間に合います」


 どうやら腹の探り合いなど必要なさそうだ。

 向こうから話を振られたのなら是非もない。早速だが本題に入るとしよう。


「イングリッド。君は何を視た?」


 イングリッドが俺から視線を外し顔を伏せた。


「帝都バベルに巨大な魔物が襲来します。魔物は城壁を破壊し街に侵入し、その身から迸る業火により街を焼き尽くします。人々は逃げまどい、やがて力尽きて炎と煙に飲まれていきます。帝都バベルは灼熱の炎に包まれ…………滅び去ります」


 まるで物語の一節を朗読するかのように情景を語るイングリッド。

 フローラを見ると彼女は無言で頷いた。イングリッドの語る物語はフローラの予知と同じようだ。


「なぜそれを知った?」

「フローラさんの心を読みました。私の鑑定スキルは普段、物の情報しか読み取れませんが、過去に何度か意図せず人の心を読んだ事があります。今回も同じ事が起きたのだと思います」

「君が視たのは、いずれ起こる未来の出来事だと承知しているか?」


 イングリッドがフローラを見上げた。


「知っています。それが紫炎の予知姫エルフリーデの予知であると」


 心を読まれたとあらば、もう下手な隠し立ては無意味だ。


「もう一つだけ聞く。魔物が壊して侵入した城壁の外に、百人ほどの軍勢が隠れていたはずだ。それも視たか?」

「視ました。あれはエルドラ帝国の軍隊です。彼らが魔物を使って帝都バベルを襲わせたのです」

「そこまで分かっていて尚、君は俺に街を救えと言うのか?」


 エルドラ帝国の密偵が自国の軍事侵攻を妨害するとなれば、それは明確な利敵行為である。発覚すれば裏切者の烙印を押され国に追われる事に成りかねない。


「そこまで分かっているから言ってるんです。タツヤさん、今ならまだ間に合います。降伏してランドルフ陛下に許しを請いましょう」

「はい?」

「私も一緒に陛下にお願いします。今すぐ降伏して陛下に恭順の意を示せば、皇帝陛下もバベルの街を滅ぼそうとまでは思わないはずです」

「一体何を言ってるんだ?」

「あの惨劇を現実のものにさせては駄目です! 今すぐ武装解除して降伏して下さい! 大勢の市民の命が掛かってるんですよ!」


 涙ながらに訴えるイングリッド。

 彼女が心優しい人間なのは間違いない。敵国の街の住人を救うため、これだけ必死に俺に訴え掛けているのだから。


 でも何だか話が噛み合っていないような気がするのだが……。


「なあ、イングリッド。君、何か誤解してるんじゃないか?」

「何が誤解なんですか!」

「俺達が無謀にもエルドラ帝国に戦争を仕掛けたから、その報復として帝都バベルが襲われる。そう思ってるだろ」

「それのどこが誤解ですか!」


 俺の反応が薄いのを見て、イングリッドが激高している。

 だが怒りたいのは俺の方だ。


「逆だ、逆。全く逆だ。俺達は帝都バベルに起きる惨劇を予知で知った。だからこそそれを未然に防ごうと、準備を整えエルドラ帝国に戦争を仕掛けたんだ」

「え?」


 これは最初から順を追って説明する必要がありそうだな。


「事の起こりは三か月ほど前の事だ。俺は……」



 ◇◇◇



 三月ほど前のこと。

 天空の島の屋敷でくつろぐ俺の元に、テレーゼの侍女フローラが駆け込んで来た。


「タツヤ様、お話があります」

「そんなに慌ててどうした? 給金を上げてくれって話ならテレーゼと直に交渉して…」


 俺の軽口はフローラの顔を見て尻すぼみに消えてしまった。


「フローラ。君の瞳……紫色に輝いてるぞ」


 別に女性相手に口説き文句を口にしている訳ではない。

 実際に彼女の瞳が紫色の光を放っていたのだ。


「予知か? 何か予知したのか? それは俺が知っておくべき内容か?」


 フローラが頷く。


 テレーゼ付きの侍女フローラ。その正体は紫炎の予知姫エルフリーデ。ホルス王国の元王女である。

 ホルス王家の動乱の後、行く当ての無くなったエルフリーデをテレーゼ付きの侍女として天空の島に迎え入れ、今は亡き友の名『フローラ』を名乗らせている。


 その紫炎の予知姫の瞳が今、紫色に輝いている。何かを予知した証だ。


「何を視た?」

「帝都バベルが火をまとう巨大な魔物に襲われます。魔物は帝都の城壁を破り街へと侵入し、破壊の限りを尽くします。魔物から迸る劫火に焼かれ、大人も子供も、大勢の人が火の中に……」


 フローラが言葉に詰まる。


「その魔物はいつ襲ってくる?」

「分かりません。予知で視た帝都には見慣れない建物がたくさんありました。街の発展具合から見て、魔物の襲来は今日明日の話ではなく一年か二年先、もしかしたらもっと先の未来かもしれません」


 冗談ではない。俺の大事なバベルを魔物なんぞに蹂躙させてたまるものか。


 しかし不可解だ。帝都バベルには都市防衛機構が二重三重に組み込まれている。災害級の魔物が襲来しようとも、帝都バベルを害する事など出来ないはず。

 なのになぜ易々と魔物の侵入を許した?


「それと……この魔物は自然発生したものじゃありません。帝都の外にどこかの国の軍勢が伏せられていました。この軍勢が魔物を操って帝都を襲わせたんです」


 魔物に続き国籍不明の軍勢か……。


 どうも腑に落ちない。他国の軍勢が帝都バベルに押し寄せて来るのを、未来の俺が黙って見ているはずがない。未来の俺は一体何をしている?


 帝都バベルに暗雲が立ち込めている。


「アリス! アリスはいないか! 宰相達閣僚とシャドウ・ゼロに連絡を入れろ。緊急会議を開く。エデン帝国存亡の危機だと伝えろ!」


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