第15話 レマーンへの帰還
荷馬車はレマーンの街に入り、冒険者ギルドまで戻って来た。
ゴンザレスは荷馬車の御者台から飛び降りると、ギルドに入り受付奥の事務エリアへ声を掛ける。
「おい、アントン、エリク。一緒に来てくれ」
中年と若者の二人の男がゴンザレスに連れられ荷馬車までやってきた。中年の職員は、俺がギルドの受付で最初に声を掛けようとした職員だ。若い職員は初見だな。
ゴンザレスが若い職員に、荷台のアルミラージを示して指示を出す。
「エリク。こいつを解体所に運んでおいてくれ」
「了解っす。よいしょっと。うわっ、でっかい角ウサギですねー」
「エリク、お前もかよ! よく見ろ。こいつは角ウサギじゃねえ。アルミラージだ」
「アルミラージ? Bランクの? すんげー。俺、初めて見たっすよ」
「はぁぁ」
ゴンザレスが深いため息をついた。そして今度は中年の職員に指示を出す。
「アントン。こいつはミルズの森にいたやつだ。他にもまだいるかもしれん。Cランク以下はミルズの森への立ち入りを禁止だ。通達を頼む。あとグレンのパーティーに連絡して、空いてるようなら調査依頼を出してくれ。アルミラージがミルズに現れた理由と他の個体が残っていないかの調査だ」
「分かりました。すぐに手配します」
アントンは指示をメモに記入してから、早足に事務エリアに戻っていった。
「後はお前たちだな。タツヤ、どうだ動けそうか?」
「まだ駄目そうだ。もう一本ポーションくれないか」
「ポーションは数を飲んでも追加の効果はない。中級ポーションか上級ポーションなら効果は出るが結構高いぞ」
「そこはギルドの経費で何とか」
「命にかかわるなら飲ませてやるが、それだけ口が回るなら大丈夫だろ。二、三日寝てれば治る」
「鬼め!」
「こんな優しい鬼がどこにいるってんだ!」
そう言いつつ、俺を支えて馬車の荷台から下ろし、ギルドの応接室まで肩を貸してくれた。まあ確かに優しい鬼だな。
「四人とも座ってくれ。ここで手続きしよう」
俺達は応接室のソファーに腰を下ろした。対面のソファーにゴンザレスと、受付嬢のレナが座っている。
ゴンザレスがレナに指示を出した。
「レナ。こいつらのランクアップ手続きを頼む。タツヤはD、残りの三人はEランクだ」
「いきなりFからDへですか? いいんですか? そんな前例ありませんよ」
「構わん構わん。今は人手不足なんだ。Bランクの魔物を倒すような優秀な人材は遊ばせておけん。という事で君たち昇格おめでとう。今後も冒険者ギルドに貢献することを期待する」
「何だよ、そのお役所的なセリフは」
「まあ、そう言うな。で、これがアルミラージの買取分だ」
ゴンザレスがテーブルの上に金貨を十枚並べた。オスカー達三人の目が金貨に釘付けだ。
「オスカー。明日、武器屋に行って自分達に合った剣を買うといい。本当は一緒に行きたいけど、体がボロボロなんで、家で寝てることにするよ。お金は全部使ってもいいから妥協しないで出来るだけいい品を買えよ。戦闘中に武器が壊れるなんて心臓に悪すぎる。金が残るようなら、その四分の一を俺の取り分としてクラレンス商会まで届けてくれないか。俺、今はそこで居候してるんだ」
「タツヤさん。本当にいいんですか? タツヤさんの取り分がほとんど無くなりますよ?」
「大丈夫だ。俺は蓄えがあるから報酬がなくても何とかなる。君たちはそこまで余裕がないだろ。世の中、持ちつ持たれつだ。俺が困ってる時に助けてくれれば、それでいいよ」
横で黙って見ていたノーラが、目をうるうるさせて礼を言う。
「タツヤさん。ありがとう」
「気にするな」
「話はまとまったようだな。採ってきた薬草はまだ換金してないだろ。後で買取カウンターに持っていけよ」
「オスカー。薬草は昇格祝いに君たちにやるよ。正直言うと早く帰ってベッドに横になりたいから、もう面倒な事は全て任す」
俺はオスカー達三人の顔を順に見て言葉を続ける。
「最初に言ったように、Fランクから上がったから俺はこれでパーティーを抜けるよ。たったの二回だったけど、君たちとの仕事は結構楽しかったよ。また機会があれば一緒に依頼を受けたいな」
オスカーに手を差し出し握手する。
「オスカー。君はいいリーダーの素質がある。三人仲良くしろよ」
「タツヤさんには、いろいろ教えて貰って感謝しかないです。ありがとうございました」
続いてノーラと握手する。かなり涙目になってる。
「ノーラ、君の索敵能力は目を見張るものがある。斥候職を目指すと成功するかも知れないな。まあ頑張ってな」
「……うん、頑張る」
ソフィーは既に泣いている。
「ソフィー、君とはもっと魔法の話をしたかったな。アルミラージとの戦闘の時、君の援護がすごく頼もしかった。ありがとう」
「わだしごそ、ありがどうございまじだ……」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、俺の手を握り締めている。
生死を共にした経験が、俺達を目に見えぬ強い絆で結び付けたようだ。
たった二日間の付き合いなのに、別れが辛いな。
「じゃあ、俺は帰るよ」
ここで颯爽と部屋を出て行くと様になったのだろうが、そうは問屋が卸さない。
「ゴンさん。一人で帰れない。まだ馬車返してないなら、家まで送ってくれない?」
「はぁぁ……」
ゴンさん、知ってるかい。ため息つくと幸せが逃げていくんだよ。
◇◇◇
ギルドの職員エリクの手で、俺はクラレンス商会に送り届けられた。荷馬車の荷台で横になって帰って来た俺を見て、ベティが卒倒しそうになった。
しくじった。一番見られてはいけない人に、真っ先に見つかってしまった。
自室のベッドに運び込まれた俺は、部屋にやってきたクラレンス、ベティ、テレーゼを相手に、今日一日の出来事を語って聞かせた。
「タツヤさん。危険なお仕事は駄目って言いましたよね」
ベティが怖い顔をしている。でも元が優しい顔なので、怖い顔をしても全然怖くない。
「不可抗力ですよ。あの森は初心者向けの森で安全だったはずなんです。まあおかげでDランクに昇格出来たので、冒険者稼業はしばらくしないつもりです」
「本当でしょうね?」
「ホント、ホント」
「何か怪しいですね」
「大丈夫です。そもそもしばらくベッドから出れそうにありません」
何とかベティの追及はかわした。どうも俺はその二十一という見掛けの年齢のせいか、ベティからは息子感覚で扱われているようだ。ちょっと過保護なお母さんだな。
Dランクの冒険者カードを手に入れた以上、冒険者としての活動をする必要など全くない。しばらくは、部屋でおとなしく寝て回復を待とう。
クラレンスは俺とベティの話が終わるまで、黙って考え込んでいた。
「タツヤさん。まずは無事に帰って来れた事を喜びましょう」
「ええ、本当に幸運だったと思います」
「しかしこんな街の近くにBランクの魔物が出るなんて、何か気になりますね。パトリックは行商で街から出る事が多いんですよ。彼にも注意しておきましょう」
「ギルドが森に調査隊を送り込むみたいです。結果が出る頃にギルドに顔を出して聞いてみますよ」
「そうですね。よろしくお願いします」
俺は疲れを感じて、起こしていた体をベッドに横たえた。
「ところでちょっと教えてください。この国の人は病気とか怪我をしたらどう対処しているんですか?」
クラレンスが俺の枕元に椅子を持ってきて座りこんだ。
「そうですね。お金に余裕がある人は教会に行って回復魔法を掛けてもらいます。回復魔法の種類によってお布施の額も変わりますね。一番弱い魔法でも銀貨三枚必要です。お金次第で強力な回復魔法を掛けてもらえます」
教会か。何だかんだでお布施を取るんだな。宗教って儲かりそうな商売だな。
「次にポーションですね。錬金術師が薬草を使って製造しています。回復魔法程の効き目はありませんが、価格はそこそこで、効果もそこそこ。持ち運びができるので、家庭の常備薬として人気です。ポーションも下級、中級、上級とランクがあって、下級は一般市民でも気軽に買えますが、中級、上級はちょっとお高めです」
俺の飲んだポーションは下級ポーションだ。確かに飲んで楽になったが、やはり金額相応の効き目という訳か。
「最後が町医者です。はっきり言って気休め程度だと思ってください。処方する薬もただ薬草を煎じただけのものが主流です。それでもお金がない人にとっては頼みの綱といったところです」
回復魔法やポーションなんて物がある世界では、医学は発展してないのだろう。
「そうですか。今の俺みたいな状態だと、教会に行くのがいいんですかね?」
「タツヤさんは、下級ポーションを飲んだんですよね? であれば中級ポーションを飲んでみますか? 教会でもいいんですが、そこまで行くのが大変です」
「中級ポーションっていくらぐらいするんですか?」
「だいたい、銀貨二枚くらいですね。上級だと金貨一枚です。必要なら買いに行かせますが」
うーん。どうしようかな。
正直言って教会に行って回復魔法っていうのに、すごく興味があるんだけど、体の動かない状態で教会まで出向くのは面倒だ。
ではお勧めされた中級ポーションを飲むか? でも誰かを買いに行かせるのも申し訳ないし、何となく一日寝てれば治るような気もするし。
今の俺は、ポーションのおかげで体の痛みはほとんど無くなっているが、まだ体に力が入らず動けない状態だ。
この所いろいろありすぎて、精神的な疲労も溜まっている。一休みして休養を取るいい機会かもしれない。
「すいません。今日明日は部屋で休ませてください。それで治らなければ中級ポーションを飲みます」
「タツヤさんがそれで良ければそうしますが……」
「はい。それでお願いします」
「では、食事はここに運ばせることにしましょう。必要な者があればテレーゼに言ってください」
「ありがとうございます」
◇◇◇
俺はただ、ベッドの上で一日ぐうたら過ごしていようと思っただけなのだ。
だが不幸な事にクラレンス商会の親切な人達は、怪我人を放置しておくような冷たい人達ではなかった。
ベティはちょくちょく俺の部屋にやってきて容態を確認していく。最初は心配性だなと笑っていたが、頻繁にやってくるので途中からは寝たフリしてやり過ごした。
テレーゼは何やら怪我人介護の使命に目覚めたようで、ベティ以上に強敵だった。
「タツヤさん、はい、あーんして下さい」
「テレーゼさん。体は少ししか起こせないけど、食事は自分で出来るよ。そのスプーンをこっちにくれないか?」
「駄目です。はい、あーんして下さい」
「………」
さすがに俺の歳で『あーん』は恥ずかしい。
着替えはもっと大変だった。
「タツヤさん、お着換えしましょうか?」
「そんなに汗かいてないから大丈夫」
「駄目ですよ。ちゃんと汗を拭かないと体に良くないですよ」
「だって、うまく体を動かせないんだよ」
「大丈夫です。私がお手伝いさせていただきます」
「あっ、こら、勝手にシャツを脱がすなぁ。ああっ、パンツはダメーーー!」
貞操の危機であったが、パンツだけは何とか死守した。
トイレが一番の地獄だった。
「タツヤさん、何してるんですか?」
「トイレに行きたいから、体を起こそうと思って」
「お手伝いしますから、ちゃんと言って下さいね」
「ありがとう。よっこらしょっと。……何とか立てたな。テレーゼさん……。支えてくれるのはありがたいんだけど、少しくっつき過ぎじゃないかと……」
「何言ってるんですか。しっかり支えないと倒れちゃいますよ」
「そうなんだけど……。ねえ! 当たってる! 当たってるから! それ以上はダメだ!」
「そうは言っても、支えない訳にもいきませんから。はい、歩きますよ」
「いや、だから押し付けちゃダメだってば! 誰かこの娘を止めてーーー!」
あの柔らかい感触を思い出すと、罪悪感に苛まされるので、もっと自覚をお願いしたいです。
駄目だ。ここに居ては駄目だ。ここの人達は俺を駄目にする。
パトリックの一般常識集中講座は一応終了している。テレーゼには街歩きに付き合ってもらってるが、街の様子はだいたい分かってきたから、後は一人でも行動できそうだ。
いつまでも居候を決め込む訳にもいかない。体が治ったらここを出よう。
当初の予定よりずいぶん早いが、どこかに宿を取って自力で生きて行こう。
クラレンス商会の食事には未練があるが、いつまでも迷惑は掛けられない。




