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第14話 死闘の果てに

 血塗れの角ウサギが動いた。左右に小刻みにジャンプしながら迫ってくる。あまりの速さに、俺はナイフを構えたまま動けない。


 ヤツの頭が俺の腹に突っ込んできた。背後で黄色い悲鳴が上がった。


 またしても吹き飛ばされ地面に倒れ込む。

 腹を抉るような激痛が走り息が出来ない。咳き込んだ拍子に口から血が飛び散った。どこか内臓をやられたようだ。

 駄目だ、意識が朦朧もうろうとしてきた。


(俺、死ぬ。ウサギにやられて死ぬ……)


 死を予感した俺の脳裏に、娘の顔が浮かび上がった。娘は笑顔で俺に手を振っている。


(すまん。父さん、もうダメみたいだ。お前を嫁に出すまでが俺の仕事だと思ってたけど、どうやら果たせそうにない。すまない。ああ、もう一度お前の声を聞きたかった……)


 脳裏の娘が何かを手にした。あれは……カラオケマイク?

 娘がマイクを口に当てて、アニメソングらしき歌を歌いながら踊り始めた。

 何だか、ノリノリだな。


(いや、声を聞かせてとは言ったけど……。なあ、父さんもうすぐ死んじゃうんだよ。そこは『お父さん、死んじゃいや!』じゃないかなあ?)


 娘は歌を歌い終わると、ドヤ顔で俺に向かってピースサインを出た。


 ……何だろう。今、絶対に死んではいけないような気がした。


 こんなお馬鹿な娘を残して俺は死ねない。死んでたまるか。家に帰るんだ。

 さっきまで心を占めてした絶望感は、きれいさっぱり消え失せていた。


(俺はなぜ異世界に飛ばされて来た? こんなウサギに殺される為か? こんな異郷の地で無様に這いつくばって死ぬ為か?)


(違う! 断じて違う! もう一度娘の顔を見るまで俺は死なん! こんな所でくたばってたまるか!)


(俺がここに転移させられたのは何か意味があるはずだ! 俺には何か秘めたる力があるはずだ! 力を見せろ! その力、今使わずしていつ使うと言うのか!!)


 俺はよろよろと立ち上がり、角ウサギに右腕を突き出した。


「ファイヤーボール!!」


 何も起こらない。

 大声で叫んだせいか、俺の頭に激痛が走る。

 角ウサギは一瞬身構えたが、何も起きないと見るや、姿勢を低くしてまた突撃しようとする。


「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」


 何度叫んでも何も起こらない。俺の頭に更なる激痛が走る。

 角ウサギが俺を見てニヤリと笑ったような気がした。


 くそっ。やっぱり駄目なのか……。


 俺は渾身の力を振り絞った。


「ファイヤーーーーーーボーーーーーーール!」


 何も起こらない……。


 いや、どこかで『パンッ』という小さな破裂音が聞こえた気がする。


 突然、角ウサギがパタリと倒れた。

 同時に俺も意識を失った。



 ◇◇◇



(ああ、頭が痛い。気分が悪い。二日酔いだな。あれ? 俺、昨日そんなに飲んだっけ?)


 どうやら地面に横になっているようだ。朦朧もうろうとしていた意識が徐々にはっきりして来た。


(違う! 角ウサギ! おれは角ウサギと戦っていたはずだ!)


 俺は体を起こそうとしたが、体中に激痛が走り全く体を動かせない。

 見れば俺のすぐ横にソフィーが座っている。


「タツヤさん。気が付きましたか」

「ヤツはどうした!? オスカーは?」

「大丈夫です。角ウサギはちゃんと倒しました。オスカーも無事です。まだうまく動けないようですけど」

「そうか」


 俺は首を動かして周りを見た。

 オスカーが少し離れた所で立木を背に座り込み、こちらを見ていた。その横でノーラが心配そうにオスカーを見ている。


「オスカー、大丈夫か?」

「まだ、あちこちが痛みますけど、骨は折れてなさそうです。ポーション飲んだので、しばらく休めば起きられると思います」

「そうか、よかった。ヤツは倒したのか。流石ソフィーだ。よくあんなの倒したよな」


 皆が驚いた顔で俺を見た。


「何言ってるんですか? タツヤさんが魔法で倒したんじゃないですか」

「は? そっちこそ何言ってるんだ? 俺は魔法なんて使えないぞ。ソフィーが倒したんだろ?」


 なんだか話が噛み合っていない。ソフィーが俺の倒れる前後の状況を教えてくれた。


「タツヤさんが手を伸ばして『ファイヤーボール』って何度も叫んたら、角ウサギが倒れたんですよ。私には炎は見えなかったですが、当然タツヤさんが魔法で倒したと思ってました」

「いや、あの時はもしかしたらと思って叫んでみたけど、やっぱり魔法なんて使えなかった。角ウサギを倒したのは俺じゃないよ」


 皆で頭を捻るが、角ウサギが倒れた原因は分からないままだ。


「致命傷は与えてなかったはずだけど、意外と効いてたのか? それとも心臓発作でも起こしたのか? まあ、その話は一旦措いておこう。悪いんだが、俺はもうボロボロで起きれそうにない。すまんが誰かギルドまで戻って助けを呼んできてくれないか?」


 一本だけ持ってきたポーションは、オスカーに飲ませたため、俺には回復手段がない。誰かに街に戻ってポーションを買ってきてもらおう。


 倒した角ウサギの運搬も考えると馬車も必要だ。これだけ苦労して倒したのだ。捨てていくのは惜しい。確か肉は食用になるはず。このサイズなら食べ応えがあるぞ。


「僕が行きます。でも戻ってくるまでノーラとソフィーでタツヤさんを守る事になるけど大丈夫?」

「確かにまた角ウサギが出たら終わりだな。じゃあ君達三人で街に戻ってくれ。俺は助けが来るまで何とか隠れてるよ」

「「「駄目です!」」」


 結局、俺の意見はリーダー権限で却下され、オスカーだけが街に戻る事になった。

 オスカーに手持ちのお金を全て渡し、角ウサギ運搬用の荷馬車と人手、それにポーションの手配を頼んだ。


「すぐ戻ってきますから、頑張ってください」

「ああ、よろしく」


 オスカーが街へ戻っていった。街へ戻るのに二時間、ギルドに駆けこんで馬車の手配をして戻ってくるのに一時間、合計三時間といったところか。


 全身の痛みはなかなか止まず、体は相変わらず動かない。かろうじて動く首を捻って、近くに倒れている角ウサギを見る。


 やっぱりでかいな。

 これ本当に角ウサギなのか? なんだか非常に疑わしい。

 こんなのが本当に初心者向けの魔物だとしたら、この世界の冒険者は皆化け物だよ。どうやって倒しているのか見てみたい。




 三時間後、オスカーが荷馬車で戻ってきた。ノーラとソフィーが荷馬車に駆け寄る。

 オスカーが荷馬車から降りこちらに走ってくる。その後ろを御者をしていた男が続く。確かギルドの買取担当職員のゴンザレスだ。


「タツヤさん! 大丈夫ですか!」

「三人とも無事だったか。心配したぞ。とりあえずお前はこれ飲んどけ」


 ゴンザレスが俺の口にポーションの小瓶を突っ込んだ。

 ゴクゴクゴク。ぷはっ。何これ。これあんまり美味しくないな。

 お? ……おおっ。何だか体の痛みが和らいでいく。ポーションってすごいな。

 腹の中の痛みは和らいだが、まだ力が入らず自力で立てそうもない。


「しかし四人もいて角ウサギにやられたあげく、助けを求めるとはちょっと問題だぞ。来週ギルドで新人講習会を開くから、お前も参加して………………、おい、あれがお前の倒した角ウサギか!?」


 少し離れた所に倒れている角ウサギを見て、ゴンザレスが驚きの声を上げる。


「ああ、ちょっと甘く見過ぎてた。まさか雑魚の角ウサギにさえ勝てないとは思ってなかった」

「何言ってんだ! あれのどこが角ウサギだ!」


 ゴンザレスは角ウサギの所に行き、体を持ち上げて見ている。


「こいつは角ウサギじゃない。アルミラージだ。Bランクの魔物だぞ。だけど角が無いな。折れたのかな。こいつは恐ろしく凶暴な性格なんだ。お前たち、よく死ななかったな」

「やっぱりそうか。何かおかしいと思ってたんだよ」

「アルミラージは角ウサギの上位種だから外見は似てるが、大きさが全然違うだろ」

「いや、俺達、角ウサギ見た事ないし」

「……はぁぁ」


 ゴンザレスに思い切りため息を付かれた。


「ここを見ろ。角の折れた跡が分かるか? アルミラージの特徴は長くて鋭い螺旋状の角だ。こいつの角に刺されたら人間の身体なんて簡単に穴だらけにされるぞ。跡が古いから折れたのはかなり前だな。あとこの後ろ足だな。ここに大きな深い古傷がある。他にも古傷が多いな。どうやら角無しで力の衰えた個体だったみたいだな。健康なヤツだったらお前ら確実に死んでるぞ」


「何だってそんな凶悪なのがこの森にいるんだよ! ここは初心者向けの森じゃなかったのか?」


「ああ、これは調査が必要だな。まだ他にアルミラージがいるかも知れん。この森は当面立ち入り禁止だな。冒険者たちには注意情報を出さんといかん。急いで街に戻ろう」


 ポーション一本では回復しきれず体を動かせなかった俺は、荷馬車で横になって体を休めている。残りの者でアルミラージを荷台に乗せ、騒動で散乱してしまった荷物を回収してくれた。


「よし出発だ。街に戻るぞ」


 ゴンザレスとオスカーが御者台に、俺とノーラとソフィー、そしてアルミラージが荷台だ。荷馬車は森の中をゆっくりと進みだす。


「ノーラ。採集した薬草ってちゃんと回収できた?」

「半分くらいは踏みつぶされてぐちゃぐちゃだったから捨てた」

「まあ仕方ないな。依頼達成に必要な本数、残ってるかな?」


 話を聞いていたゴンザレスが御者台から会話に参加してきた。


「ランクアップの話か。心配するな。これだけの大物を仕留めたんだ。薬草が足りなくてもそこは配慮してやる。アルミラージを倒したのはタツヤだな? だったらタツヤはDランクに昇格だ。他の三人はEランクだ」

「おい、そんな事勝手に決めていいのか? 偉いさんにバレたら怒られるぞ」

「俺も偉いさんだからいいんだよ。これでも副ギルド長だからな」

「買取係じゃなかったのか?」

「うちも人手不足でな。買取と解体と副ギルド長の兼職だ」

「うわ。このギルド大丈夫か? まあいいや。くれるのなら有難く頂戴するよ」


(俺が倒した事になってるけどいいのかな? まあ、誰も文句言いそうにないし、気にしないでおくか)


「ところで、このアルミラージ、丸ごとギルドで買い取らせてもらえんか? 詳しく調査したいんだ。金貨十枚でどうだ?」

「俺の一存では返事が出来ないんだが……」


 俺はオスカーを見た。


「タツヤさんが決めていいと思います。あれはタツヤさんが倒したものですし」


 ノーラとソフィーも頷いている。


「分かった。ギルドに売るよ。買取価格はそれでいい。金貨十枚か。想定外の臨時収入だな。四等分しても結構な額だ。命を懸けた代価に相応ふさわしいかどうかは分からんが」

「アルミラージはタツヤさんが倒したんですよ。四等分はおかしいです」

「オスカー。最初に決めたはずだ。報酬は役割にかかわらず四等分だ。君が先陣を切って敵の脅威度を教えてくれたから、その後の対応が取れたんだ。俺やノーラが最初に当たっていれば、真っ先に殺されてたかもしれん。ソフィーもちゃんと魔法で戦ってた。だから報酬はきっちり四等分だ」

「分かりました」


 そう言えば、オスカーとノーラの剣が駄目になったんだったな。


「すまん。緊急だったので君の剣を無断で使って駄目にした。申し訳ない。剣はちゃんと弁償するよ」

「いえ、弁償は必要ないです。あの剣は元々かなり状態が悪くて、元の持ち主にも『お金が出来たら買い替えろ。それまでのつなぎと思え』って言われてましたから」

「そうは言っても、剣は安くないぞ。報酬は一人当たり金貨二枚と銀貨五枚だ。剣を買ったら何も残らん」

「ですが、それは仕方が無い事です」


「アルミラージの売却代で、オスカーとノーラの新しい剣を買って、その残金を四等分ってのはどうだ? ああ、それだとソフィーが不利になるか……」

「私は賛成です。その分け方で問題ないです」

「オスカー、ノーラ。ソフィーもこう言ってくれてるんだ。それでいいよな?」

「……ありがとうございます」


「そう言えば、馬車の借り賃とゴンさんの助っ人代、渡したお金で足りた?」

「急ぎだったので後回しにしてもらいました。お金は全然使ってませんから財布はお返ししときます」


 ゴンザレスがチラリと俺を見て言った。


「この森の危険性に気付かず初心者を送り込んだ責任はギルドにある。だから今回はギルドの業務扱いだ。荷馬車代も人件費も不要だから心配するな」

「きゃー。ゴンさん男前! 惚れちゃいそう!」

「何気持ちの悪い事言ってやがる」


 荷馬車は森を抜け、街道に入った。


「よし。街道に入ったから馬車のスピードを上げるぞ。早く街に戻ろう」

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