第13話 角ウサギの強襲
俺は冒険ギルドのロビーで掲示板を確認しながら、他のメンバーが来るのを待っていた。
昨夜は四人で街の酒場に繰り出し、大いに食べて飲んで楽しんだ。
初依頼達成の高揚感に少しばかりアルコールが加わって、皆での会話が弾んだ。
おかげで俺と三人との間の距離感が、かなり縮まったような気がする。
最後はソフィーが飲みすぎてダウンしたので、彼らを宿まで送っていってお開きになった。
ちなみに三人は十五才でこの国では大人だ。飲酒に全く問題はない。そもそも、この国では飲酒に年齢制限など存在しない。
やがて三人がロビーに現れた。
「おはようございます」
「…………」
「おっはー」
今日は一人、挨拶をしてくれないのがいる。ソフィーだ。
ソフィーは俺と目を合わせようとしない。何だかご機嫌斜め?
「おはよう、ソフィー。……俺、何か君の気に障るような事したか?」
「…………」
いかん。マジで嫌われてる。俺、何したっけ?
ノーラが俺の背中をツンツンしながら教えてくれた。
「昨日の醜態を思い出したみたいで朝からずっとあんなだよ。ほっとけばそのうち元に戻るよ」
「昨日の醜態? 何だっけ? 酒場の中を歌いながら踊ってた事か?」
いや違うな。あれは醜態じゃない。実に素晴らしい歌と踊りだった。
あれ? どうしたんだ。ソフィーが目を見開いて俺を見てるぞ。
「違う違う。気にしてるのは、タツヤさんに背負われて帰ってきたことだと思うよ」
「え? やっぱりおんぶはまずかったか。お姫様抱っこの方が良かったか。それは悪いことをしたな」
うちの娘も小さい頃はお姫様抱っこ大好きだったから、よくしてやったものだ。
あれ? どうしたんだ? ソフィーの肩がブルブル震えてる。
「う、う、嘘ですよね? 私が歌って踊ってたなんて、嘘ですよね!?」
「何言ってるんだ。ノリノリで歌ってただろ。酒場の客達も拍手喝采でおひねりまでくれたじゃないか」
「ええっ、まさか起きた時に枕元に置いてあったお金って……」
「あたしが集めて置いといた。取ったりしてないから安心して」
「私、本当におんぶされて帰って来たの?」
「そんなに重くなかったから気にするな」
「!!!」
ソフィーが崩れ落ちた。昨日の事、覚えてないのかな?
「オスカー。出発しようか」
「そうですね。また門前でお弁当を買って行きましょう」
◇◇◇
昨日に引き続き、今日もまたミルズの森にやってきた。森の入口でオスカーが立ち止まり、俺達の方を見た。
「森の入口周辺は昨日採集したので、今日はもう少し奥に進みましょう」
「了解した。さっき説明したように、森の中の移動は隊列を組もう。ノーラ、君が先頭で索敵だ。俺とオスカーはその後方で左右に展開。オスカーが右。俺が左だ。更にその後部中央にソフィー。今日は魔物を見つけたら積極的に倒していこう」
「おっけー」
「わかりました」
「了解です」
昨夜雨が降ったようで、森の木々に水滴が付いている。地面が濡れて少し歩きにくい。
隊列を組んで森の中を進み始めたが、結果的にあまり隊列に意味はなかった。
索敵係のノーラが次々と薬草やいやし草を見つけるので、隊列で移動する間もなく採集作業が続いてしまったのだ。
ノーラの発見スピードにソフィーの採集作業が追い付かなくなり、急遽オスカーも採集係へ投入した。
俺はソフィーとオスカーの掘り出した薬草を集積地に集め、十本ずつの束にして袋に詰めていく。袋の底には落ち葉を緩衝材として詰めてあるので、今度は押しつぶされる事はないはずだ。
昨日よりかなり早いペースで採集が進んでいる。
ノーラが遠くから手を振って合図を送っている。何かを見つけたようだ。俺達は音を立てないようにノーラの元に集まった。
ノーラがそっと森の奥に指を差す。少し離れた茂みの中に何かが動いている。ノーラが小声でささやいた。
「たぶん、角ウサギ」
注意して見ていると、やがてそれが茂みから出てきた。地面に生えた草をムシャムシャ食べている。
ウサギだ。頭に短い角が生えた角ウサギだ。だがかなりでかい。イノシシを二回り大きくしたようなサイズだ。いや、もう子牛並みと言っていい大きさだ。
その姿は確かに冒険者ギルドの資料室で調べた角ウサギだ。
資料には角ウサギの大きさまで書いてなかったのだが、こんなにでかいヤツだったとは……。
性格は臆病ですばしこい。臆病と言っても一応魔物なので、人を見ると襲ってくるが、ちょっと脅せばすぐ逃げ出すらしい。
初心者でも十分倒せる魔物だが、足の速さと後ろ足での蹴りには注意が必要との事だ。
討伐証明部位は尻尾。角と毛皮は素材として、肉は食材として売れる。
「オスカー。指示を」
「本当は包囲したい所ですが、気づかれそうな気がします。僕が行きます。もし逃げられたら、みんなで追ってください」
オスカーはそっと角ウサギの後ろから近づき、大剣を上段に構えて角ウサギに切りかかった。
角ウサギは後ろにいるオスカーに気付くと、瞬時にオスカーを後ろ足で蹴り飛ばした。速い!!
オスカーは剣を振るう間もなく、腹を蹴られて吹き飛んだ。
「オスカー!!」
ノーラが飛び出して倒れたオスカーに駆け寄る。倒れたオスカーはダメージが大きかったようで起き上がれない。
敵は速い上にパワーもある。こいつ本当に初心者でも倒せる魔物か?
俺は角ウサギとオスカーの間に入り込み、腰から抜いた鉈を角ウサギに向けた。
「ノーラ! ヤツは俺が相手する。その間にオスカーを後ろに下げろ!」
「分かった!」
「ソフィー! ファイヤーボールいけるか?」
「森の中で火魔法は危険です!」
「昨夜の雨で濡れてるから大丈夫だ! やれっ!」
「詠唱に二十秒必要です」
「すぐ始めろ! 俺は勝手に避けるから準備できたら攻撃しろ!」
角ウサギはじっと俺を睨んでいる。飛び掛かるタイミングを窺っているようだ。
二十一に若返った俺の体でも、この角ウサギのスピードと渡り合うのは難しそうだ。
不意に角ウサギが動き、俺に突っ込んできた。
俺は角ウサギに向けて渾身の一撃を繰り出した。
角ウサギは自分に襲い掛かる鉈を直前で躱し、素早く後ろに跳んで距離を取った。
あれを躱すのか! これ絶対初心者向けの魔物じゃないだろ!
また角ウサギと俺の睨み合いが始まった。
「ファイヤーボール!!」
なにやら小声で呪文を詠唱していたソフィーが、最後だけ大きな声で叫んだ。俺への合図なんだろう。
俺は素早く角ウサギから距離を取り、ファイヤーボールの射線上から退避した。
ソフィーから放たれた火の玉が角ウサギに向かって飛んでいく。
よし命中だ!
しかし魔法って初めて見たな。
ソフィーが呪文を詠唱するとソフィーの前方の空間に、光る魔法陣が現れ、魔法陣から飛び出した火の玉が敵に向かって飛んで行ったのだ。
すごくカッコいい! 俺もやってみたい! なぜ俺には魔法の才能が無いんだよ! 無茶苦茶悔しいぞ!
ソフィーに対する嫉妬の炎がメラメラと燃え上がる。俺もこの嫉妬の炎を飛ばせられないだろうか?
「キィーーーーーー!」
角ウサギは大きな悲鳴を上げて暴れ回っているが、倒れる気配はない。
俺は鉈を振り上げ暴れている角ウサギに切りかかった。
よし! 今度こそちゃんとヤツを捉えた。だがその刃は表皮で食い止められた。
「うっそ!?」
刃の切れ味はそれほど悪くなかったはずだが、どうやら俺の鉈ではヤツを切り裂けないようだ。思わず動きを止めてしまった俺に、角ウサギが突っ込んできた。
「ぐえっ!」
腹に穴でも空けられたような衝撃が来た。
俺は吹き飛ばされて、無様に這いつくばった。気持ちが悪い。胃の中を全部ぶちまけたい気分だ。
物凄い威力だった。これを何度も食らったらただでは済まないな。
角ウサギは姿勢を低くしてこちらを見ている。次の突撃のチャンスを窺っているようだ。
鉈を杖にして立ち上がり、ソフィーとノーラに指示を出す。
「ソフィー! 再攻撃だ。準備出来次第ぶっ放せ!」
「わかりました」
「ノーラ! オスカーの様子は?」
「まだ意識がはっきりしない! どうしよう?!」
「オスカーの剣をこっちに持ってきてくれ」
「了解!」
俺は角ウサギを睨みつつ、持っていた鉈を捨て、ノーラが持ってきたオスカーの大剣を受け取り構えた。
かなり大きな剣だが、今の若い体なら何とか振り回せるはずだ。
「ファイヤーボール!!」
ソフィーが後方から二発目のファイヤーボールを放った。火の玉が角ウサギへ飛んでいく。
一発目で痛い目にあって警戒していたのだろう。角ウサギは火の玉を見ると瞬時に上空高くジャンプし、あっさり躱してしまった。
俺はすかさず滞空中の角ウサギに駆け寄り、オスカーの大剣で切りかかった。
ジャンプ中はいかに俊敏な角ウサギでも逃げられまい。
大剣が角ウサギの胴を薙ぐ。
だが、オスカーの大剣は角ウサギへの打撃に耐えられず二つに折れ、先の部分がどこかに飛んで行った。
「くそっ!」
角ウサギを見ると、ヤツはうまく立てずによろめいている。
大剣が折れたせいで致命傷は与えられなかったが、ダメージは与えられたようだ。
「ソフィー! 次行けるか?」
「連発は無理です!」
「ノーラ! ヤツはもうまともに動けない。攻撃できるか?」
「やってみる!」
「無理はするな。ヤツは素早い。危険を感じたらすぐに逃げろ」
ノーラが角ウサギに駆け寄り、レイピアを突き出した。鋭い剣先が角ウサギの白い毛皮に突き刺さり、赤い血を流させる。
ノーラは素早く剣を引き抜くと、続けざまに剣を繰り出す。
だが何度目かの攻撃で角ウサギが暴れだし、ノーラはレイピアを手放してしまった。
「あっ! 剣が!」
「ノーラ! 下がれ! 急げ!」
レイピアは角ウサギに刺さったままだ。
よく見れば刺さった刃が大きく曲がっている。あれでは取り戻しても使い物にならない。
武器はもうない。魔法も撃てない。打つ手がない。どうする?
角ウサギは怒りに満ちた顔で口を大きく開き、牙を剥き出しにしてこちらを睨んでいる。
逃げるか? いや、怒り狂ったヤツが俺達を見逃すとは思えない。
俺一人でも逃げ切れるかどうか分からない。四人一緒で逃げ切るのは絶対に無理だ。
三人を先に逃がすか、俺がこいつをどこかに引っ張っていくしかない。
「ソフィー。君のナイフをくれ」
俺は角ウサギから目を離さないまま、ソフィーからナイフを受け取る。自分とソフィーのナイフを両手に持ち、逆手に構える。
暴れていた角ウサギが動きを止め、俺を見ている。ノーラの攻撃で体中血だらけになっており、見た目は満身創痍だが、ヤツの動きを見るに致命傷には程遠い。
「ノーラ。俺の背負い袋にポーションが入ってる。何とかしてオスカーに飲ませろ。飲ませたらソフィーと二人でオスカーを連れて森の外まで走れ。荷物は全部捨てていい。こいつを撒いたら俺も後から追いかける」
「そんなの出来ないよ。だって、だって……」
「ここにいれば全員やられる。オスカーを死なすつもりか?」
「でも…………」
「タツヤさん。私も残ります。もう少ししたら、たぶんもう一回ファイヤーボールが使えます」
「不要だ。君がいると俺が逃げ出せなくなる」
「…………」
二人とも納得していないようだが、議論している暇はない。
「さっさと行け!!」
俺が怒鳴ると、二人はオスカーの所に駆けて行った。
俺には剣術の経験などない。さっきまでの戦闘も、ただ力任せに剣を振っていただけに過ぎない。
両手にナイフを構えてはみたものの、鉈や大剣でも倒せないのに、ナイフごときで立ち向かえるとは思えない。
(どう考えても倒すのは無理だな。遠くへ引っ張っていって撒いて逃げよう。たぶん逃げるのも無理だけどな)
角ウサギが動いた。俺はナイフを構えた。




