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第157話 バベルの塔(1)

 別行動を取っていたオットとアクセルが、任務を終えてクライヴたちの拠点に合流してきた。


 彼らに与えられた任務は、セントース聖王国の聖都セレスでの情報収集である。

 端的に言えば、エデン帝国の属国であるセントース聖王国で、反エデン帝国派の存在を探り、もしそのような勢力がいるのなら打倒帝国を焚きつけ、反乱を起こさせる事が可能か探ることである。


「隊長、こんな目抜き通りにアジトを構えてるとは意表を突かれましたよ。でも何でアジトが住居じゃなく店舗なんですか? 偽装用に商売でも始めるつもりですか?」

「オット、アクセル。二人ともご苦労だったな。一息入れてくれと言いたいところだが、今日中に片付けないといけない作業が溜まってる。早速だが報告を頼む」


 世間話に乗じた質問をさらりと聞き流され、思わず苦笑するオット。


「苦労して情報を集めてきたというのに、労いの言葉もなく報告を催促されるとは……」

「報告が終わったらイングリッドに帝都内を案内させる。街の重要施設の位置を把握しておけ。隠れ家も三か所用意した。有事の際の逃走経路は頭に叩き込んでおけよ。それが終わったら今日は休んでいい」


 労いの言葉や休息どころか、その後の作業まで命じるクライヴにアクセルも不満顔だ。


「なあ、オット。鬼だ、鬼がいるぞ」

「そういうのはいいから、さっさと報告せんか」


 やれやれといった感じで天を仰ぐアクセルを尻目に、オットが調査の報告を始める。


「結論から先に言えば、エデン帝国とセントース聖王国の結びつきは非常に強固です。聖王国がエデン帝国に反抗する可能性はゼロではありませんが、限りなくゼロに近いですね」

「セントース聖王国は属国の地位に甘んじ、黙って帝国の支配を受け入れているのか?」

「エデン帝国は始めこそセントース聖王国に強い圧力を掛けて改革を迫ったようですが、最近は干渉も少なくなり聖王国内の情勢も安定しているようです。改革の成果が出るに従い、不満を漏らす者は減っていったようですね。まあ、改革のスピードに付いていけず、昔の体制を懐かしむ者は大勢いるようですが、帝国に反旗を翻す程の不満にはなっていません。そもそも聖王国の歴史はですね…」


 セントース聖王国に関する詳しい調査報告をオットから聞き終えると、クライヴはオットとアクセルに言った。


「よく短期間でここまで調べ上げた。今の話だと、やはりセントース聖王国とエデン帝国を仲違いさせる策は取れそうもないな」


 実のところ属国で反乱を煽り、その混乱に乗じてエデン帝国が保有する浮遊石を奪い取るという当初の構想は、エデン帝国の軍事力や技術力を垣間見た時点でとっくに放棄していた。


 属国で反乱が起きたところで、エデン帝国は気にも留めないだろう。彼らにとって反乱の鎮圧など、赤子の手を捻るようなものだ。


「引き続き他の属国の調査に着手しますか? アルビナ王国はエデン帝国と良好な関係を築いてるみたいだから、帝国への反抗は期待薄のようです。ホルス王国は今、第一王女アストリットが国の改革を断行中で荒れているようです。辺境の貴族たちが自領を独立させるとか、アストリット体制を打破するとか言って騒いでるらしいですから、わざわざ焚き付けずとも、とっくに火の手は燃え盛ってるようです」


 オットはセントース聖王国だけでなく、アルビナ王国やホルス王国の情報も仕入れてきたようだ。だが残念ながらその情報はいささか古い。


「他国の調査は必要ない。ホルス王国で起きた反乱はエデン帝国が介入して既に鎮圧済みのはずだ。属国を焚きつけて陽動に使う案は断念した。今後の俺たちの目的はバベルの塔だ。あの塔を攻略して浮遊石を手に入れる」


 驚いたアクセルが反射的に問い返す。


「バベルの塔って、街の真ん中に立ってる、あの棒みたいな塔ですか?」

「そうだ。あの塔の最上階に浮遊石が保管されているとの情報を得た。カリーネとイングリッドが情報の裏を取ってるが、確認が取れ次第俺たち五人で塔に忍び込む」

「本気ですか?!」

「無論だ」


 クライヴの強い意思表明に、オットとアクセルは顔を見合わせた。



 ◇◇◇



 数日後。クライヴたち五人の密偵は、帝都の中央にそびえ立つ塔の近くに身を潜めていた。


「何度見ても信じられん高さの塔だな」

「五百メートル以上あるって話だからな。全く、見上げているだけで首が痛くなる」

「本当にこれの最上階まで登るんですか?」

「当然だ。浮遊石を手に入れる為には、この塔の攻略は不可欠だ」

「最上階まで登るのに、どれくらい時間が掛かるか分からないわね。私あまり体力に自信がないんだけど」


 確かに目の前に立っている塔は、ただ登るだけでも一苦労しそうな高さだ。

 そんな彼らの後ろから、一人の男が声を上げた。


「なあ、本当に中に入るつもりか?」

「今更の質問ね」

「いくら愛しのカリーネの頼みでも、流石にこれはまずいんだけどな」


 困惑の表情を見せるタツヤ。


 彼は皇帝アダムが帝位に就く前から苦難を共にしてきた友人であり、皇帝アダムから絶大の信頼を寄せられている。

 皇帝アダムはその信頼の証として、彼にバベル城を始めとする帝国の重要施設への立ち入りを許可している。


 このバベルの塔とてその例外ではない。内部の部屋はともかく、少なくとも塔の入口はタツヤの権限で通過できるはずなのだ。


 不安顔のタツヤの胸にカリーネがしなだれかかる。


「私達だけではあっと言う間に見つかって捕らえられてしまうでしょうね。捕らわれた女の密偵の末路は哀れなものよ。衛兵たちにさんざん慰み者にされ、拷問のあげく無残に殺されてしまうの。お願い、タツヤ。あなただけが頼りなの。私たちに力を貸して」


 カリーネの懇願にタツヤの表情が一変した。


「カリーネ、俺に任せておけ! 君をそんな目に遭わせたりはしない。カリーネは俺が必ず最上階まで連れて行く!」

「ありがとう、タツヤ」


 そのやり取りを黙って見ていたアクセルが小さく呟く。


「何だよ、この茶番は。女って本当に恐ろしいよな。タツヤも可哀想に……」


 アクセルの呟きにオットが異論を唱える。


「そうかな? 愛する女の為に命を掛けるだなんて、ロマン溢れるシチュエーションじゃないか。本人も結構喜んでるみたいだぞ」

「いや、だからそれ自分の意思じゃないだろうが」


 そんな緊張感に欠ける空気を打ち払うように、クライヴが小声で皆に指示を出す。


「アクセル、タツヤ。準備はいいか? 二人で塔の入口の扉を開けるんだ。行け!」


 斥候役のアクセルと扉を開けるタツヤの二人が、平静を装い塔の入口へと歩いていく。重要施設のはずだが塔の入口に歩哨の姿はない。


 アクセルは入口に辿り着くと、大扉をざっと調べてタツヤに声を掛けた。


「タツヤ。頼む」


 呼ばれたタツヤが手首の腕輪を扉に向けてかざす。カチリと音がして大きな扉がゆっくりと開いていく。

 アクセルが大扉の中を覗き込み、周囲を警戒しながら静かに中へと足を踏み込む。タツヤがその後に続く。


 塔の内部は何もない大きな円形のフロアであった。奥には幾つかの小さな扉が見えている。上階へ続くと思わしき階段も見えるが、それ以外は何もない。


「ここは塔のエントランスホールなのかな? 誰もいないようだな……。よし、タツヤ。クライヴたちに合図を」


 タツヤが扉の外に出て大きく手を振る。残りのメンバーが次々と塔の内部に入って来る。


「もいいいぞ、扉を閉めろ」


 タツヤが再び扉に向かって腕をかざすと、塔の大扉は音もなく閉じられた。


「思ってたより中は広いな」


 周囲を見回していたクライヴの呟きにイングリッドが応える。


「あまりにも高さがあるせいで細い塔に見えてますが、塔は街の一区画を丸ごと使って建てられてるんですよ。細いだなんてとんでもない誤解です」


 オットが、誰にともなく疑問を口にする。


「外にも内にも警備の兵を置いてないとは、不用心が過ぎないか?」

「衛兵なんぞいなくとも賊の侵入は不可能っていう、エデン帝国の自信の表れだろ。実際、俺たちだってタツヤがいなければ侵入出来なかったはずだ」


 エデン帝国の重要施設は、入口の扉に権限を付した腕輪をかざす事で開く仕組みになっている。腕輪は所有者本人が腕にはめている状態でしか作動しないため、腕輪を借りたり盗んだりしても、他者が内部に入る事は不可能だ。


「気を抜くな。三つのしもべとやらが、どこかで俺たちを待ち構えているはずだ」


 そう皆に注意を促した途端、クライヴの前方に突如として何者かが出現した。

 突然の出来事に、五人の密偵たちは慌てて飛び退すさる。


「何者だ! どこから現れた!?」


 現れたのは白い仮面で顔を隠した銀髪の女であった。

 女はクライヴたちを見据え、美しい声で名乗りを上げた。


「私は皇帝アダムを支える三つのしもべが一つ、ローテム。バベルの塔の第一の守護者である。お前たちは何を目的にこのバベルの塔に足を踏み入れた? 返答次第では生きてこの塔を出られぬと知れ」


 塔に入った途端、早くも発見されてしまった。

 向こうは戦う気満々だ。ここは強硬手段に出る他ない。

 クライヴはアクセルとオットに向け、素早く目で合図を送る。


 アクセルが、素早く投擲用のナイフを銀髪の女に投げつけた。

 同時にオットが腰の剣を抜き放ち、銀髪の女へと斬りかかる。


「何っ!」

「うおっ!」


 二人が悲鳴にも似た声を上げた。

 アクセルの投げたナイフは銀髪の女の体を通り抜け、遠くの床へと落下した。

 オットの剣も同様だ。満身の力を込めて振り抜いた剣は、銀髪の女の体をすり抜け空を切った。その手応えの無さに、オットがバランスを崩して転びかける。


「この女、実体がない! 幻影だ!」


 二人の失敗に終わった攻撃を見て、銀髪の女が怒りを滲ませた声を上げる。


「それがお前たちの返答か。いいだろう、お前たち六人は、この塔の……」


 銀髪の女の言葉が不意に止まった。その白い仮面の顔は、一番後ろで身を隠すようにしている男に向けられている。


「そこで一体何をしているのですか? タツヤ殿」


 五人の密偵たちが一斉に振り返りタツヤを見た。カリーネがタツヤに尋ねる。


「タツヤ。あの仮面女、あなたの知り合いなの?」


 タツヤは一瞬迷っていたようだが、すぐにカリーネの問いに答えた。


「ああ。何でローテムなんて名乗ってるかは知らないが、あれはアダムの秘書のアリスだ。ちなみにあれはホログラム……、幻影だ。本体は別の所にいるから幻影に何をしても無駄だそ。逆に向こうも俺たちに手出し出来ないけどな」


 バベルの塔の守護者ローテム。いや、皇帝秘書のアリスがタツヤを問い詰める。


「タツヤ殿。この塔に賊を引き入れるとは、一体どういうおつもりか?」

「……仕方がないだろ。愛するカリーネを助けられるのはこの俺だけなんだから。例え親友アダムに弓を引く事になろうとも、この塔の最上階にある浮遊石は俺が必ず手に入れる。浮遊石をカリーネに捧げるためなら、俺はこの命尽きるまで戦うぞ!」


 タツヤの熱い宣言を聞き黙り込むアリス。重苦しい静寂が辺りを包む。

 しばらくしてアリスが大きなため息をついた。


「女の色香に騙されて陛下を裏切るとは……。前から馬鹿な男だと思っていましたが、まさかここまでとは思いませんでした」


 アリスは白い仮面の顔をクライヴへと向けた。


「お前たちの目的はこの塔の最上階にある浮遊石か?」

「ああ、他に浮遊石の入手方法が見つからなくてな。だから少し分けて貰おうと思って訪問させて貰ったんだ。出来れば少し浮遊石を譲ってもらえないか? もちろん対価は払うぞ」

「浮遊石は売り物ではない」

「そこを何とか」

「私に刃を向けておきながら、よくもまあ抜け抜けと」

「そう言われると返す言葉がないな」


 もちろん相手にされない事など承知の上での会話である。

 部下たちには先ほどハンドサインで撤退の指示を出しておいた。

 彼らが行動を起こすまで、アリスの注意を自分に引き付けておかねばならない。


 撤退の指示を受けたカリーネとイングリッドは、さりげなくタツヤの両脇へと移動し、彼を塔の入口へ誘導しようとしている。

 タツヤに入口の扉を開けさせなければ、塔からの撤退は不可能だからだ。


 オットとアクセルは、カリーネとイングリッドの動きを目立たせぬよう、わざと不審な動きを取りつつ、撤退に備えて慎重に立ち位置を変えている。


 そんな密偵たちの思惑を知ってか知らずか、アリスがさも可笑しそうに笑う。


「はははっ。面白いではないか。侵入者たちよ、お前たちにチャンスをくれてやろう。この塔を登り、最上階まで辿り着いてみせよ。さすれば褒美として、お前たちの望む浮遊石を与えよう」


 自分たちをなぶって遊んでやろうという魂胆が見え見えだ。

 クライヴの顔に険悪な表情が浮かぶ。


 塔の最上階へといざなう様子を見れば、塔の内部に危険な罠が張り巡らされている事は明白だ。罠を掻い潜り最上階に辿り着いたとしても、アリスが約束通り浮遊石を渡すとは思えない。


 相手の思惑通りに動くのは下策でしかない。

 塔に侵入した途端に発見されてしまったのだ。もう塔の攻略は不可能だ。即時撤退しか道はない。


 そんなクライヴの思いを読み取ったのか、アリスが蔑むような態度で言う。


「浮遊石を手に入れるチャンスを捨て、この塔を出て行くと言うなら止めはしない。入口の扉の錠は外しておいた。邪魔はしないから勝手に出て行くがいい。……まあ、出ていけるならの話だがな」


 アリスの思わせぶりな言葉の真意を探ろうと、クライヴは塔の入口へと駆け寄った。そして入口の大扉に手を掛け一気に開け放った。


「!!」


 全く想像だにしていなかった光景が、目の前に広がっていた。


 空だ。青い空がどこまでも広がっている。


 空が見えるのではない。空しか見えないのだ。

 よく見れば青い空の下には白い雲海も広がっている。


 クライヴの後を追って駆け寄った部下たちも、同様に外の光景を見て立ちすくんでいる。



 バベルの塔は大地を離れ、白い雲の上に浮いていた。


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[一言] >浮遊石をカリーネに捧げるためなら、俺はこの命尽きるまで戦うぞ! かっこ良さそうな発言に見えてかっこ悪い。 塔が飛ぶのは予想外。
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